魔からの脱出


ロマン・ロラン【Romain Rolland】

(1866〜1944)] フランスの小説家・劇作家・批評家。人道主義・理想主義の立場に立った作品を書くとともに、反戦平和運動を推進。1915年ノーベル文学賞受賞。小説「ジャン・クリストフ」「魅せられた魂」、戯曲「愛と死との戯れ」、伝記「ベートーベンの生涯」、評論「戦いを超えて」など。


 ロマン・ロランという名を耳にするとき、私たちが一番始めに感じる事は、彼が単なるフランスの作家というよりも、常に人類全体に向かって話し掛けている世界人であるという事である。そして又この作家ほど、作品を通して人間の価値というものを重視している作家はいない。

 ロマン・ロランは、力で成功した人を英雄と呼ばない。彼は人間の心の偉大、人間の善良さだけを人間の価値として認める。ロランはベートーベンやワーグナーやシェークスピアなどに心酔したが、特にロシアの文豪トルストイから大きな影響を受けた。そしてローマに留学した彼は、1890年のある日、ローマ郊外のジャニコロの丘で、西に沈む太陽の光を受けて赤く燃えているローマの町を見て、『ジャン=クリストフ』を書こうという霊感を得たのだった。

 ロランは『ジャン・クリストフ』を書く事によって、物質文明・機械文明によって破壊された人間性のために戦おうとしたのであった。ロランは、人間が理性を失わないで、人間らしく平和に正しく生きていく事を理想として、そのための戦いを、文学を通じて行った。

 第一次世界大戦で、フランスの中にドイツに対する憎しみの感情が渦巻き、偏狭な愛国主義の風潮が高まっていく時に、ロランは一人だけ、フランスにもドイツにも味方しない絶対平和主義の立場をとって、人類と文明とを戦争から守ろうと決心した。

 そこで彼は祖国フランスを去って、中立国のスイスに行き、スイスの新聞を通して、この戦争はどちらの側から見ても決して正義の戦争ではないという事を主張した。そのためにロランは、ドイツからもフランスからも非難を浴び、特に彼の祖国のフランスからは裏切り者という刻印を押された。然し、彼は自分の主張を曲げずに、万国赤十字社に努めて、世界の人々との友愛のために奉仕した。

 戦争が終わったのちも、ロランは人類の平和のために働いたが、1939年には、またも第二次世界大戦が始まった。70歳を越えたロマンは、今度はナチ・ドイツをはっきり敵として意識して、占領下のフランスの抵抗運動に加わった。その頃一人の友人に当てた手紙で、ロランはこう云っている。

 ・・・ひたすら忍耐強く、未来を信じればいいのです。・・・私は数十年を--数世紀さえも--先んじて生きる事になれています。私は胸を痛める必要はありません。人類は遅々とではありますが、やはり前進しているからです。

 ロランの偉大さは、どんなに困難な状況におかれても、未来への夢を失わず、常に時代の変動の中心にいて、苦悩に耐え、不正と戦い、一歩でも理想に近づこうと努力した事にあった。

[土居寛之]  (玉川百科事典)

ジャン・クリストフ(原題フランスJean Christophe


 長編小説。ロマン・ロラン作。全10巻。1904〜12年発表。天才音楽家ジャン=クリストフの苦難に満ちた生涯を、当時の西欧社会を背景に展開した大河小説。一青年の自己形成の書であると共に、社会・時代に対する文明批評の書でもある。


 「ドイツのライン川のほとりの小さな町で、飲んだくれの音楽家を父とし、単純でやさしい女中を母として、ジャン・クリストフが生まれる。父親はジャンの才能を食い物にして、音楽の名人に仕立てようとするが、ジャンは作曲家になろうとする。

 父親が酒飲みのために破産してしまった一家は、ジャンがピアノを教えたり、オーケストラに加わったりして生計を立てなければならなくなる。オットーとの友情が弟たちの意地悪によって破壊され、ミンナとの初恋は、身分が釣り合わないために失われてしまう。そして突然父の死に出会う。

 こうした事からジャンは、人間が生きているのは幸福になるためではなく、ひとりの「人間」であるためだ、という事を知る。

 16歳のジャン・クリストフの心の中には、無限の創造力が芽生え始める。しかし、愛情の上ではザビーネとローザとの二つの不幸な恋が続く。

 クリストフは、自由で自然な心の芽生えによって、ドイツの社会や芸術のさまざまな嘘を発見して、これと戦い、フランスの中に自由な精神を見い出し、フランスへ逃れようとする。そしてある日、ふと会ったフランスの家庭教師アントワネットの中に美しい魂を見い出した。

 そしてクリストフは、ある喧嘩をきっかけに、ドイツを去って、パリに出ることになる。しかし、パリの社会もその全体が濁っていて、彼は失望する。

 クリストフは、孤独に耐えながら苦しい生活を送っているアントワネットの弟のオリビエ青年の優しい目に会い、深い友情を感じるようになる。

 やがてクリストフは芸術家として有名になる。オリビエは、ジャクリーヌとの恋から結婚するようになり、クリストフと別れるが、それに破れて、再び彼のところに戻ってくる。

 オリビエは社会の不正を発見して、それと戦うが、ある暴動の時に子供を助けようとして殺される。クリストフもこの暴動に巻き込まれ、自分の身を防ごうとして人を殺してしまう。

 クリストフはスイスに逃れて、友人の妻アンナを恋するが、やがてそれから逃れ出て、再び音楽を創造する昔の彼に立ち戻る。クリストフは、魂の平静を保ちながら、次第に老いていく。

 彼は昔の友人のオリビエの息子と、かっての女友達のグラチアの娘とを結婚させ、自分は人知れずこの世を去って行く。熱に浮かされた頭に、子供の頃いつも耳にしていた鐘の音と、ライン川の川音を聞きながら。

(玉川百科事典)


哲学の道からライン川を眺める


 オオヨシキリは打楽器。カッコウやツバメ、スズメは木管や管楽器の音だ。
川の流れる音はチェロやベースなどの弦楽器だろうか。こうして自然の音に耳を傾けながら堤防を歩くと、昔読んだロマン・ロランの小説「ジャン・クリストフ」を思い出す。

 クリストフはヴァイオリニストの父からその音楽的才能を見出され、幼いころから厳しいピアノのレッスンを受ける。酒飲みで身を崩した父だったが、クリストフにピアノを教え込むことでうまくいけば神童の父としてあがめられ、豊かな生活を送れるのではないかと身勝手なもくろみをする。

 このため父のピアノの教え方は幼いクリストフにとって拷問に近いものとなった。クリストフは音楽を憎み、ピアノを嫌った。

 だが、もって生まれた音楽的才能はどうしようもない。ピアノの演奏力だけでなく、クリストフには作曲という才能も芽生えた。その天才的な才能を見出したのはクリストフの祖父であり、また行商人をしている叔父のゴットフリートだった。ジャン・クリストフの長い物語で今も印象に残っているのは叔父のゴットフリートの音楽への考え方だった。

 ゴットフリートは幼いクリストフに

 「お前は偉い人になりたいために歌を作るのか。歌をこさえるために偉い人になりたいのか。お前はまるで自分のしっぽを追いかけて、ぐるぐる回る犬みたいだ」


 と叱る。ゴットフリートは音楽とは自分の名誉や出世、お金を稼ぐために作るものではないと言いたかったのだろう。

 ゴットフリートはクリストフをある晩、月の輝く牧場へと連れ出し、神さまの音楽を聴かせる。それはカエルたちの鳴き声だったり、コオロギの鳴き声であり、木の枝を静かにそよがせる風の音だった。川の向こうから聴こえてくる鳥の鳴き声だった。

 ゴットフリートはクリストフの作った音符を見て

 「お前は作曲のために作曲をした。えらい音楽家になるために、人に感心してもらうために、作曲をした。お前は傲慢だった。お前はうそをついた。音楽は慎ましくて、真実であることを望むのだ。そうでなかったら音楽なんかなんだろう。真実な本当のことを言うためにこそ、美しい歌をわしらに贈って下さる神さまに対する不信だ。冒とくだ」


 と激しい言葉で叱る。

 ゴットフリートのこの言葉は音楽だけでなく、絵を描く芸術家にとっても、茶道に生きる者にとっても華道を心がける人にとっても、いや生きるものすべてにとって通じる貴重な言葉だし、忘れてならない名言ではないだろうか。遠い昔に読んだ「ジャン・クリストフ」だが、流れる雲を見つめ、カッコウやツバメ、そして葦原の中で鳴くオオヨシキリの鳴き声を聴いていて、ふとゴットフリートの言葉を思い出して、図書館にその言葉の確認のため走った。

秋田県南日々新聞 こちら編集室 2004.6.4号


 原文・・ジャン・クリストフ 世界文学全集26
 片山敏彦訳 河出書房 曙編

1.魔への誘い


Friedrich Nietzsche(1844-1900)

 誠が中学2年の国語の教科書で、このジャン・クリストフとゴットフリート伯父さんに出会った。

 そこで、誠は自分が今しているすべてが否定されたように感じた。
 「なんで、こんな勉強をするのだろう?」
 「なぜ、受験勉強なんかしなくてはならないのだろう?」
 「このままいけば、いい高校、いい大学、いい会社に入って、それで終わりではないのか・・それが何だっていうのだろう、それが大切なことなのだろうか?」

 誠は、ジャン・クリストフ少年だった。偉くなるために、勉強していた。試験で、いつも100点とるために、頑張っていた。それが何のために、そうするのかなんかは考えもしなかった。親や教師の言うままに、素直に従って、優等生として、ちやほやされていた。それが一番いいことのように思い込まされ、自分も何の疑問も感じないで、そう思い込んでいた。

 だが、ゴットフリート伯父さんから、強烈に頭を殴られたような衝撃を受けてしまった。よりによって、親も教師も、社会も推奨するような国語の教科書に突然出てきたゴットフリートによって、優等生である誠の今までの人生は否定されてしまったのである。

 それは、今やっている勉強、しかも受験勉強に、大いなる疑問を感じ、それはしいては、生きる疑問へと発展していったのである。

 「何のために生きるのか?」

 この疑問は、それからの誠にとって、まさに魔への誘いだったのである。

 そして、自分だけでなく、同級生も、先生も、両親も、社会のすべてが、何の目的を知ることもなく、やみくもに、学び、働いていることに、疑問を持ち、それが、何の意味もないように感じ始めてきた。すべての行為が空しく思え、誠はニーチェの虚無主義へと突入していったのである。


 彼は学校で勉強する意義を何ら見出すことはなくなったため、もう学校には行かなくなってしまった。どんなに親が学校へいくように頼み込もうと、拒否して、自分の部屋に閉じこもってしまった。

 誠には、ただ一つの疑問「何のために生きるのか」を解決しなければ、その先にある何ものも手につかなかったからである。だが、彼の意志だけではどうにも強い社会の力が、彼を学校に行かせた。
 そこの授業は実につまらないものだった。教師はただ教科書のアンチョコを見て、そのとおりの授業をしているだけで、自分で考えて授業などはしていなかったのである。ただの、アンチョコに書いてある答えを提示するだけの人間でしかなかった。
 
 誠はそんな教師全員に、「何のために生きるのか」を聞いてまわった。だが、誰も、その答えを知らなかっただけでなく、別な心配をしていた。誠のあまりにも反抗的な態度を心配していたのである。

 そんな学校へ行くのは一日がいいところであった。親に学校へいくと見せかけて、彼は古本屋街を歩き回った。そこで、立ち読みしては、めぼしい本を探しておき、夕方には、図書館に行き、その疑問を解決できるような本を読み続けた。

 そこで、解ったのは、「何のために生きるのか」の答えを提示しているのは、宗教書しかなかったことである。神・仏のために生きると書いてあった。そして、その神・仏になることがすべての疑問を解決できるかのようなことであった。

 では、その神や仏になるためには、どうしたらいいのかというと、修行が必要であり、その修行法には、いろいろあり、呼吸法によるもの、神仏の名を唱えるもの、瞑想するもの、相対を超えた悟りを得るもの、ひたすら無私の奉仕をするものなどがあった。

 誠は、こんな簡単な方法で、神仏になれたら、どんな知識も、どんな才能も、どんなこともできる人間になれると思い込んでしまった。英語でも、神仏になれば、何も勉強せずに、ペラペラと話せるものであり、どんな山でも、自分の意志で動かせる、自分も、人の未来過去をみなわかるようになれると思い込んでしまった。しかも、この宇宙の創造者になり、人を生かすも殺すも自由にできるようになると思い込んでしまったのである。

 そして、彼はほとんど、部屋に閉じこもり、呼吸法だの、瞑想だのをして過ごすようになった。だが、どんなに修行しても、念力もできないし、外国語をペラペラと話せないし、人の心も読めなかった。

 だが、彼の神や仏のような超人への意志は、信じれば信じるほど強くなっていったのである。それが、まさに魔界への扉だとは気付かずいたのだった。

  
2.超人への意志

 誠は生きることに必死だった。彼にとっては、超人になることだけが生きる証でもあったからである。
 そして、超人への意志を邪魔するのは、何の目的もなしに生きている社会全体であった。まわりがみな無意味な働きと欲望を持っているように感じていた。それを攻撃すれば、批判となり、逃避すれば、引きこもりになった。こういう傾向は宗教すべてにあった。神仏になろうが、神仏を崇めようが、それを信じることは、社会を攻撃するか、社会からの逃避をするかの道へと進むことであった。

 これは、新興宗教には特徴的に表れている。オーム真理教団はまさに宗教を持って、一般社会で真面目に働く者を無差別殺人する集団へと発展した。社会から遠ざかる宗教教団は、自分の信仰を隠した。そして、人知れず、教祖の像を崇め、祈り、その幻想の世界に遊んでいた。

 この超人への意志は、現実を否定し、理想だけを肯定した。その理想がエゴにつながっているものだとは疑いもしなかったのである。

 どんな宗教にも、、奇跡や超常現象、超能力が付き物である。それを求めて信者は集まってくる。特に、その超能力が強そうな教祖が特に発展したのである。誠もまた、そんな教団に身を投じた。そのことで、一人でなく、同じ志を持った仲間を得たことで、そこに疑問を持つこともなく、超人への意志はさらに強いものとなっていった。

 誠は、神仏のような超能力者になれることを信じていた。また、そうなれた神人のような教祖を信じ、それは、また教祖の言ったことはすべて真理だと信じるようになっていった。そして、教祖のようになるには、教祖と同じ修行をすればいいと思い、断食と座禅を繰り返してやっていた。

 だが、それは「有り得ない」ことを「あり得る」と信じて行動することで、多くの幻想を本当だと思い込むようになっていった。自分には念力がないのに、念力があるように信じた。見知らず外国語ができないのに、できるというような古代の言葉を話せるように思い込んでいった。

 親や教師は、そうした誠を誰も止めることはできなかった。なぜなら、誠にとって、超人になることだけが生きている証だったからである。もし、学校へ行って、知識を詰め込むことなど、実に馬鹿げたことのように思い込んでいたのである。教師や親たちが何とか、勉強が必要だと説得しようとすると、誠は「それが何になるんだ。学者になるんだったら、それはとても役に立つかもしれない。でも、僕は学者なんかなりたくない」と突っぱねた。
 「でもな、誠、中学までは義務教育だ。法律で決まっていることではないか」と、社会の法律でもって説得しようとした。
 「だから、どうだっていうのさ。法律ってなんだよ。社会が勝手に決めたことじゃないか。僕は、そんな法律に従うつもりはないよ。神の法律に従うだけだよ」

 その言葉は、みな教祖の受け売りだった。そこで、教師は、誠が何か新興宗教に入信しているのではないかと感づいた。そこで、君は今、社会問題化している原理主義に没頭しているのかと聞かれたが、別な宗教だったので、誠は違うと答えた。なぜか、彼は違ってホッとした。それは自分の信じた宗教は他の宗教とは違う本物だと言いたかったのである。

 宗教の特色には、自分の心を二つに分けて、判断する。本当の自分と偽りの自分である。もしくは、内なる神と自分とに分けて判断する。これが、多くの葛藤を生み出していく。その葛藤こそ、克己であるかのように思われ、それがまさに修行であり、神仏への道のように説かれている。

 そのため、自分がやりたいことと、自分がやらねばならないこととが、分かれてきてしまった。自分がやりたいことが、偽りの自分であり、煩悩なる自分であった。そして、自分がやらねばならないことが、本当の自分であり、神の意志であったのである。この神の意志が、教祖の意志となり、それはまた、自分で自分を洗脳することになっていったのである。

 こうして、彼の心と精神は分裂していった。さらに、それを追い打ちをかけるように、仏教のお経を理解しようと試みた。「色即是空、空即是色・・・無何とか・・・無無何とか・・」という般若心経を解読にかかった。それは相対なる事象を超える境地を体験することだった。

 彼は、それを思索で理解しようと試みた。自分が今考えている言葉と反対な言葉をそこに持っていき、それらが、同じであるという境地を開拓しようとしたのである。例えば、「・・・である。それは・・・でない」「ここに・・・がある。でも、それは、ここに・・・・・がない」というように、反対語にして、思索し始めた。この思索と訓練は、彼の論理的思考をすべて打ち砕いてしまった。頭の中が言葉の渦で、ぐるぐる回りだし、それが、止まらなくなってしまった。それはとりもなおさず、無限回廊にはまり込んでしまったのである。そこには入り口があるだけで、出口が無かった。

 それから誠は、もう日常の言動ができない状態になり、彼は狂気の世界へと突入していった。


3.狂気の世界


 ニーチェが虚無主義から超人にあこがれ、そして、ついには、発狂せざるを得ない人生をどうして歩んだのだろうか?
 それは、みな一連の思索の流れの中でつながっていたからである。

 誠もまたニーチェと同じく発狂した。虚無主義は平凡な生活を無意味なものとする。それ故に、特別な人間を求め、神仏に近い超人思想へと発展する。そして、超人思想は現実を否定し、、現実を批判し、現実から逃避をしていく。そして、有り得ない・不可能なことをあり得る・可能と信じてしまう。そこから、多くの幻想が生まれ、それが本当と思い込むことで、狂気なる自分が形成されるのである。

 狂気となった誠は、自分があこがれるキリストやシャカの生まれかわりだと信じた。そして、自分は彼らのように、奇跡が行え、また人の心を読みとり、その運命を予言できると思い込んでしまった。

 そして、大声で、偉そうなことを説教して歩く狂人になってしまった。そうなると、親は地獄のどん底に落とされたように、悲しんだ。「なんでこうなってしまったのだろう。私の何がいけなかったのだろう」と自分を責めた。もう自分の力ではどうしようもなかった。

 誠の狂気はおさまることはなく、さらに、ひどくなっていった。他人をひどく攻撃非難したかと思うと、急に、謝りだし、自分の非を詫びた。でも、すぐに他人を攻撃中傷するようになった。そして、誠は幻想の世界を生きていたので、彼が話す内容は意味不明なものになっていったのである。そして、独り言をブツブツいったかと思うと、急に怒り出した。その声の大きさと抑揚は神経を逆立てるほどであった。まるで、誠が話していないで、まったく別人が話しているようだった。それは、まさに多重人格の様子を見せていた。

 両親は、そうした誠を危険と思い、精神病院に相談した。そして、医師がやってきて、暴れる誠を数人で、押さえつけ、麻酔薬を打った。そして、誠は意識をそこで失ってしまった。

 そして、意識がもどったときには、彼は独房にいた。薄暗いコンクリートの小さな部屋であり、鉄格子がついた高い小窓があった。そして、むき出しのトイレとバケツが用意されていた。そこはまさしくテレビで出てくる刑務所の中の牢獄と同じだった。

 誠はすぐに暴れ出した。
「おい、ここから出せ! 俺が何悪いことをしたのいうのだ。ここはどこなんだ! 一体おまえたちはこの俺に何をしようとしているんだ」と、鉄扉をガンガンにたたき、けっ飛ばした。

 扉の小さな小窓から差し入れされる食事がきても、全部、投げ捨てた。近くにあったトイレットペーパーも、投げたもので、部屋中が、食べ物とほどけたトイレットパーパーで埋め尽くされた。そこで、また、ドヤドヤと医師が入り込む、麻酔薬を誠は打たされ、即失神した。

 気が付いたときは、翌日になっていたが、彼には、時間も日付も知るすべがなかった。彼の世界のすべては、その牢獄だけだったからだ。誠は暴れるとまた麻酔薬で殺されるので、少しは静かに振る舞った。だが、医師たちは嫌がる誠の口に無理矢理、薬を押し込んだ。それを吐きだす誠、その吐き出した薬をまた数人がかりで、口に押し込む。

 誠にとって、その薬は毒薬だったのである。「この野郎、よってたかってこの俺を殺す気か、そうはいかねえぞ」と死にも狂いの抵抗をした。だが、その薬を飲まされても、死ななかったので、いくらか安心したが、飲んだ振りをして、その薬を隠していたら、それに気付いた医師は、「君、その薬を飲まないと、ここから出られないぞ」と脅したのである。誠は彼らが医師や看護人であることに気付くまでは時間がかかった。誠は自分がキリストやシャカだと思い込んでいたので、そうした聖人を殺そうと犯罪テロ集団だと思い込んでいたのである。

 そして、あいかわらず、説教をしていた。「おい、これを総理に届けろ」と何やら、総理に意見する内容の手紙を渡した。もちろん、その手紙が総理に届けられることはないことは知るよしもなかった。

 この狂気の世界には、幻聴幻覚妄想が付き物である。狂人にとって、幻聴は神の声であり、幻覚は神の姿であり、妄想は真実の教えなのである。幻想が真実であると信じこみが強いほど、それはリアルに体験できるもので、他人にとっては、幻でも、その当人にとっては、真実である。そして、この現実社会が狂人にとっては、幻なのである。そして、心に浮かぶすべてが真実の世界であり、現実に起こるすべてが、偽りの世界であるように感じ入ることなのである。

 では、そうした幻聴幻覚妄想がどこから出てくるかというと、彼のあこがれや欲望やエゴから生まれてくるのである。でも、本人は、それが、本当の自分であり、神や仏からくるものであると信じて疑わないのである。だから、それらは、ときどき信じる教祖の声であったり、姿であったり、その教義であったりするのである。

 では、幻覚を信じる教祖はどうして狂人にならないのだろうか? 彼らは、それが幻覚であり、本当ではないことを自覚しているのである。そして、世間に嘘をいうことで、社会生活とのバランスをとっているだけでなく、自分の思い通りの人生をエンジョイしているのである。

参考URL:地上の旅人 ガタゴト生きる 心の散歩道 向精神薬

 
4.病気への自覚

日の出

 時間だけがやたらに過ぎ去っていく。そして、隣からも、壁の向こうからも、自分のような叫び声をあげる者がいた。そこで、誠は、叫ぶ彼らの姿から、自分の姿を発見した。ひょっとして、自分は病気しているのではないだろうか? しかも、自分で言うことが、かなり現実に合わない内容になっていることに気付いてきたのである。
 ひょっとして、社会がおかしいのではなく、自分がおかしいのではないのだろうか? 

 だが、あいかわらず、幻聴幻覚妄想が彼を襲っていた。でも、彼はそれをただ観察するようにした。それは、彼の意志とは常に関係なく押し寄せてきたから、逆らっても、無駄であることを知っていたからである。それは、眠っていても、夢となって、誠に頭に住み込んでしまっていた。その夢は常に自分が浮遊する夢であり、まるで、自分の体から出たり入ったりする霊魂のようであった。誠にとって、それは地に着かない足のような存在であった。その夢をみる限りにおいて、自分が現実に合っていない考え方をしていることをだんだん知るようになっていった。

 この自分が病気であるかもしれないという自覚は、彼に平静さをとりもどさせていた。そして、医師は誠を独房から、多くの患者との集団生活をする寮へと、移動させた。

 そこでは、もっと自分と同じような症状の人間を知るようになった。中にはあきらかに犯罪者のような人、いつもうわごとを言う人、自分のベットで常にお経を唱える人、いつもおびえる人、意気消沈して、まるで魂が抜けてしまった人間たちがいた。中には幻聴が激しく、その命令につい従ってしまうものもいた。

 そして、そういう患者をしきるのは、看護人であった。看護人たちはいちように暗かったが、中には、おもしろい性格の人もいた。

 「おい、おかしいと思わないかい。ここにいると自分はおかしくなってしまうと、言うんだよ。おかしいだろう」

 と、ゲラゲラ笑いながら言った。だが、、誠にはそれを笑うことができなかった。自分もまた、そう感じる一人であったからである。自分もおかしいかもしれないが、まわりは、それぞれ特徴的に秀でておかしい姿があった。そのために、おかしい姿がそのまま普通になっている空間だからであった。でも、誠にとっては、自分の姿を彼らが鏡として映し出してくれているように感じていた。

 その病院で、一番みんなが怖がっていたことがあった。「今日も電気ショックで死んだ奴がいるぞ」といううわさであった。自分もいつか電気ショックで、殺されるのではないかと、みな一様に恐れていたのである。

 誠は、そこが死を待つ家のようにさえ感じていた。電気ショックで死なずとも、そこで暮らす人々は、その年数が数十年単位であることを知ったからである。一生そこで暮らしている人もいたからだ。この精神病は不治の病なのかと、そこで実感した。ここで、義務づけさせられたのは、毎食後薬を飲むことであった。それを飲まないと、凶暴になるか、うつに入り込むかだと言うように教えられていた。その薬だけが唯一、病気を治す力と思われていた。

 医者が診察するといっても、ただ目つきや、言動をチェックするだけで、特別治療するわけではなかった。そのため、医者はチェックし、判断するだけしか用をなさなかった。映画のように、心理分析医が、患者と格闘して、その患者の心の内部に入って、治療していくことは一度もなかったのである。

 そして、患者も医師も、看護人もみなその薬に頼っていた。だが、その薬は副作用が大きく、強烈な眠気と体中のしびれをもたらした。まるで精神病における抗ガン剤のような性格をもっていたのである。

 誠はその薬が頭に浮かぶ幻聴幻覚妄想を押さえる働きがあることを体験していた。でも、それは、ただ頭の回転を遅らすだけの作用で、根本的に幻聴幻覚妄想がもう出てこないようにするものではなかった。いわば、臭い物には蓋をするだけのことであることに気付いていた。

 そこから、精神医療の遅れを誠は実感した。あまりにも、この分野ではなしのつぶてだった。ただ異常な行動をなんとか物質的行為で、おさえることしか、考えが進まなかったのである。

 誠の母親だけが面会にやってきた。父親は誠に会うことを極度に怖がったからである。母にとっては、中学生になった誠でさえも、かわいい赤ん坊であった。そして、母親なりに真剣に考えた末、「きっと栄養が足りないせいだわ」と思った。母は自分が子供だったことを思い出していた。そして、それは貧しく、食べるものも食べずに親に働かされ、ついには、肋膜炎に陥ったこをを思い出していた。そこで、誠に赤ちゃんにあげる粉ミルクを買って、飲むように奨めた。

 だが、中学生になった誠には、粉ミルクはまずく、牛乳の方がありがたかったが、母の気持ちを察して、飲んだふりをして、それを捨てていた。

 誠は、病気になってしまった自分の人生をこれからどうするかを考えていた。一生ここで暮らさなくてはならない運命を受け入れることはできなかった。運良く、退院できても、みなここにもどってくるということも聞いていたからだ。まるで、ここは廃人を囲っている特殊な空間であった。

 そして、1年の歳月がそこで流れていった。中学の卒業式があった。誠は校長の計らいで、卒業できることが決定した。そして、病院から特別の許可がおり、卒業式だけは出席できた。同級生も、教師も、みな誰も誠に話しかけることはなかった。運動不足のため、丸く太り、ただ茫然自失しているかのように、すっかり変貌した誠にはどう対応していいのかが解らなかったからである。

 もらった卒業証書がただの紙切れであり、これからは勉強が義務でないことを証明するようなものにすぎなかった。あまりにも馬鹿げていると誠はそう思った。その義務というのは親や社会の義務だろう。子の義務であるわけがないではないかと反抗的になった。だが、それも誠にとっては病気の兆候としてとらえ、すぐに自分の考えを押さえ込んでしまった。


 
5.我が身を捨ててこそ浮かぶ瀬こそあれ


 病院にもどった誠は、寮の中の封筒貼りのような簡単な手作業から、外の植木の手入れをする作業を希望した。病院では、その症状から、それにあった働きを体験させ、社会生活に適応できるように取りはからっていた。

 誠は、やっと屋外に出ることができた。外の太陽は眩しかった。こんなに太陽が眩しい光であることも忘れていたからだ。そして、風があった。ちょうど春であり、木の芽が出始めるころだったのである。こんなに外の世界が美しく命あふれるものであることを、まるで生まれて始めて知ったかのようだった。

 同じ植木作業をしている人はいつも独り言をいっているが、あるとき、ノビルを探し、生のままうまそうに食べていた。それを食べさせてもらった誠は、こんなにおいしい野草があることを始めて知った。

 世界がみな新しく感じていた。そして、誠はどうして自分がこんな姿になってしまったのかと過去を振り返っていた。それはそもそも「なぜ勉強するのか?」「何のために生きるか?」と言う疑問からだった。そして、その答えを神仏であると見いだした。いや、そう決めつけられたのではないのか? ひょっとしたら、それが違っていたのではないだろうか? 一体、超能力を持ったとして、それがどう役立つというのだろうか? 神仏になったからといって、それが何だというのだろうか? 結局、菩薩のように、人の世界にもどるのだろう。だったら、最初から、菩薩でいいではないか。煩悩に苛まれる人間がどうしていけないのだろうか?

 そこで、誠は数学のXを思い出した。未知の数をXにして、先に進む方法である。そして、何やら計算していると、いつの間にか、X=何 の答えが出てくるというものだった。そうだ! 「何のために生きるのか」をXにして、先を生きて見ようではないか。そうしたら、いつの日か、その答えがわかるかもしれない。いやまてよ、ひょっとしたら、その答えを探すことが生きるってことかも知れない。誠は数学が案外生きるために役に立つということがわかり、過去勉強を批判した自分に照れた。

 それからというもの、誠は、やっと脱出ルートを探し当てたような歓喜の声を出した。彼は庭を走り回った。くたくたになるまで、駆け回った。そして、水をがぶ飲みし、芝生にのけぞった。青空が見渡せた。その青空に、自分が吸い込まれていくことを感じていた。

 そうか! わからないってことがこんなにすばらしいことがどうして気がつかなかったのだろうか。この青空の美しさがそうだ。彼には、「わからない世界」がその「青空」だったのである。けして、仏陀のように、「わからない煩悩の世界」・「黒雲に覆われたような空」ではなかったのである。

 だが、病室にもどって、夜眠るころには、休ませることなく、幻聴幻覚妄想は襲いかかってきた。彼は意識的にそれを止める方法を模索した。いわゆる思考停止させる訓練である。というのは、自分が明らかに気違いになる前と後では、感情力・思考力・想像力にセーブがかかるか、かからないかの差だけであったからである。

 だが、思考を止めることを考えるということ自体が、矛盾していた。煙草をやめようとして、まず煙草を一服してから始めようとすることと同じだった。そんな矛盾に誠は気が付かなかった。彼が考案したのは、気合いを入れることだった。「飛ぶ鳥を気合いで落とす」ようなことをやったのである。

 自分が幻聴幻覚妄想の世界からまずのがれ、それを観察し、外から、気合いで幻聴幻覚妄想の鳥を落とすのである。「エイ!」「コラ!」「コンチクショウ!」と気合いをかけると、一瞬止まるが、また人をあざ笑うかのように動き出した。落ちはしなかった。そこで、次は、意識ずらしをした。何かのゲームに夢中になる方法であった。寮には卓球台があったので、誰かをさそい、それに夢中になった。中には、魔球を打てる年配者がいて、どうしても、そのサーブが打てない。悔しくてたまらないので、何度も挑戦したが、それは将棋におけるプロのアマの違いのようで、まるで歯が立たないものだった。

 そこで、そのプロ級のおじさんをさけ、別な人とやるが、あまりにも相手が下手なのでそれもつまらなくなる。そこで、どうしてもあのプロ級のおじさんとやるようになった。だが、あるとき、そのサーブを打てたときがあった。すると、そのおじさんは、ただサープだけがうまいだけで、他のレシーブはとんと下手だってことに気付いた。そこで、サーブ魔球だけはやめてもらえば、同じレベルだった。それから、さらに卓球に夢中になった。

 そうしたゲームとその疲れが残っているうちは、あのいまいましい幻聴幻覚妄想は消えていることに気付いた。だが、一番怖いのは、眠るときである。必ず、夢で幻聴幻覚妄想が襲ってくるからである。これだけは薬をうまく使うことにした。それは、三食後に一定の薬の量を飲まずに、寝る前だけに、その薬を大目に飲んだ。朝昼夕は、ゲームや作業に熱中することでセーブできたからである。

 そして、彼は夢の内容で、その薬の量を自分で調合していた。それは医師や看護人には知られないようにしていた。彼らは、ただ飲まなければ治らないと脅すだけであったからだ。どんなに脅してもいいが、ここにいる患者が少しも治る見込みはないように思えたからである。医師のいうとおりにしたら、こうなるというのが、そこで証明されていたからである。

 医師も看護人もただの知識人だった。経験者ではなかった。しかも、その病気を克服した者ではなかった。そんな経験もない医師がどうして精神を病む人を治せると信じる方がおかしいと誠には思えたのである。肉体の病と精神の病をごっちゃにして、それぞれの特性をわきまえた上でも治療が必要だってことにどうして気が付かないのだろうか? ただ、ありがたいのは、薬を発見した医師である。向精神薬や睡眠薬が命をつなぎ止める働きだってことは確かなのだから。

 そして、また1年が過ぎ去った。二度目の春が来た。誠は順調に回復に向かっていた。それは誰も攻撃したり、鬱(うつ)にはまり込むことがなくなったことから医師が判断した。退院し、通院することになったのである。

 誠の友人のほとんどが高校へと通っていた。誠にはもはや勉強することに何の意欲も湧かなかった。彼は自宅近くにある工場に働くことを望んだ。ガス器具をベルトコンベアで作る作業である。おばさんたちがパートで、やっていた。そこの工場主も、パートのおばさんたちも、誠が高校へ行かないで働くことに、何か事情があることは推察できたが、誰もその理由を聞くことはなかった。
 誠は、ただ夢中で自分がやるべき部品を、組み立てていた。そして、一番楽しいときは、昼食の時間と休み時間だった。疲れを工場の外で、空を眺めながら、ボーとするのが、何より楽しかった。その時間の楽しさのためだけに、他の時間があったようにさえ思えてきたのである。

 彼は、退院してから、ある決意をしていた。今まで知り得たこと、信じたことの一切を捨て去ろうとしていた。そのころには、幻聴幻覚妄想は、弱まり、幻ではなく、ある想念の流れに変わってはいたが、つい、その想念に自分が囚われ、もがいていた。その元をどうしても消し去らないと、一生、誠はその想念の囚われの身になることが予想されていたからである。

 そこで、彼が信じた神仏をすべて捨てた。そして、信じた教祖や教団からは一切離れた。そして、神仏をまったく信じないようにしたのである。彼にとって、神仏は魔界の帝王だったのである。そして、自立して、社会生活ができることだけを目的とした。なぜなら、病気が治るということは、社会的自立ができるというのが、目安だったからである。それは、病院の方針もそうだった。また、たとえ、病気であったとしても、ゴッホやトルストイなどのように、社会生活ができれば、それは病気ではなく、才能としてとらえられると思えたからである。


 工場の仕事は嫌ではなかったが、突然誠は社長に呼ばれた。
「君はいつも眠りながら仕事をしているね」
「え?」
「君がそういう態度でやられるのでは、事故はさけられない。だから、やめてほしい」

 それは、誠には意外だった。確かに、誠は常に眠気がおそうので、それをこらえながら仕事をしていた。気が付くと、手が止まっていたこともしばしばあった。彼はその眠気との格闘が忙しく、まわりが自分をどう思っているのかが、判断できなかったからである。

 工場の同僚たちはやさしく、そんな誠を「眠狂四郎」というニックネームで呼んでいた。彼が眠りから覚めると、急に自分を元気付けるために、声を出しながら、おおげさに仕事をするからである。だが、すべての責任を持っている社長には通用しなかったのである。

 誠は素直にその工場をやめた。なぜ、自分がすぐに寝てしまう原因が薬だということを知っていたからである。そして、作業する手足が小刻みに震えていることは、他人には異様に思えたことも知っていたのである。

 通院する医者に相談した。

 「いったいいつまで薬を飲まなくてはならないのですか?」
 「何年もだ」
 「薬を飲まなかったらどうなるのですか」
 「再発するね」
 「では再発しなくなるまで、どのくらい薬を飲むのですか?」
 「・・・・とにかく飲まなければ、治らないのだよ」

 誠には、それが一生その薬を飲まねばならないように言われているような気がした。
 「先生、でも薬を飲むと、仕事ができないのです」
 「それはやむを得ないな。仕事より病気の方が大事だからね」

 人の良さそうな医師ではあったが、相談役にはなれそうにないほど頑固であったので、もう相手にしなかった。自分でなんとかするしか道がなかった。


6.魔からの脱出

 誠は一切の薬を飲むのをやめた。それは、神仏を捨てたように、薬も捨てたのである。そして、飲まずに、通院しては薬だけもらってくるので、その薬の量はダンボール一箱にもなっていった。その量を見て、誠は驚いた。

 「僕はこんなに薬に犯されていたんだ。まるで、自然食品を食べずに、化学薬品を食べて生きているようにさえ思えた。ひょっとしたら、薬を飲むから病気が治らないのではないか、とそう思えたのである。だが、その薬は大事にとっておいた。何かあったときのために使用することにしたのである。

 彼は、薬を飲まないかわりに、別な自己診断法を編み出した。毎朝、鏡の前に立ち、自分の眼を眺めるのである。その眼が異様だったり、その輝きが狂気の輝きではないかをチェックするのである。そして、腕を水平にあげ、その手が震えてないかをチェックした。

 不思議なことに、薬をやめてから、その副作用がどんどん消えていった。そして、再発することもなかった。それが、鏡の前に自己診断法で、確認できたのである。そこで、また彼はバイトを探しにいった。今度は「眠狂四郎」という汚名もなくなって、普通のニックネームで呼ばれた。誠の名をもじって、しかも、、何かと、かよわく見えたのか、マコちゃんと呼ばれるようになっていた。

 そこは、ダンボールを作る工場だった。そこは、若い従業員もいて、片足の身障者も同じように生き生きと働いていた。誠はいわば心障者だったから、やけに心が通じたのである。やはり、休み時間は一番楽しい時間だった。すぐに仲間とともに、バレーボールを始めた。もちろん、片足の敦史くん、通称あっちゃんも一緒だった。彼はどうしてそこまで明るくなれるのというくらいに、底抜けに明るかった。

 誠と敦史はなにかと一緒に行動した。歳も敦史の方が、一歳年上に過ぎないくらいなので、気があったからである。仕事あけても、一緒に遊びに出かけた。二人の共通の問題は、高校に行かないことだった。

 二人は同じ年代の者たちからは、あまりにもかけ離れた存在だった。現実の世界が、大きな世界と小さな特別な世界と二つあるようにさえ思えた。そして、二人の間で、いつか高校の問題が出てくるか、それは時間の問題さえなっていた。切り出したのは敦史だった。

 「俺、通信高校に行こうと思うんだ」
 「え? そんな方法もあったんだね」
 「ああ、変だよな。中学に行っているときは、勉強なんかちっともおもしろくないと思ったのにさ、働いてみると、勉強したくなるなんてさ」
 「どんな通信高校?」
 「特別何を勉強したいというのではなく、社会に取り残されたくないためなのかもしれないな。君はどうするの?」
 「・・・・・・・何も考えてないなあ。」

 誠は帰宅してから、将来のことを考えるようになった。ダンボールを作ることがおもしろいわけではなかったが、その仲間との交流がおもしろかっただけであった。

 そこで、また、誠は「どうして働くのだろう?」という疑問を持つようになった。それは、振り出しにもどったことを意味していた。「なぜ勉強するのだろうか?」というところから、今の病気が始まったことを思い起こさせていた。それに気付いた誠は気を引き締めた。もう二度と、この迷いの無限回廊には突入してはならない。
 
 この疑問は括弧でくくれ、Xにして先に進まねば、働くことをまず肯定しないと、また、魔の世界にはまりこんでしまうぞ。彼は地獄のどん底のような苦しみを、あの独房生活を思い起こし、身震いした。やばい、今夜は薬を飲んでおこう。

 彼は、鏡の前のチェックだけでなく、否定的な疑問が起こった場合には、病的注意チェック項目にあげていたのである。そして、自立して働くことだけに専念することにしたのである。だが、働くことだけでは、やる気が制限されてしまった。働くそのものに、何か意味を見いだし、またそこから夢を拡げることが必要に思えたのである。今のダンボールのアルバイトでは先が、夢が見えなかった。それに、高校に進んだ同級生たちも気になる。ときどき道で会うと、みな別世界の人間に映ったのである。

 誠は敦史に言った。

 「僕も勉強することにした。高校に行くのではないよ。整備士の勉強をしようと思うんだ。ほら、調布の方に、セスナ機の飛行場があるでしょう。あそこで、飛行機も整備をしている人に出会ったんだ。そうしたらさ、飛行機のところに案内してくれて、整備といっても、車と同じで簡単なんだってさ」

 「へえ、それはいいことだよ。夢があるよな。うまくいけば、その飛行機に乗れるかもしれないね」

 「そう、そう思う。パイロットだってできるかもしれないからさ。一緒に整備士にならないかい」

 「そうしたいけれどね、このダンボールの会社はさ、実はおやじの会社なんだよ」

 「え? そうだったの、それは知らなかった。だったら、将来社長ではないか」

 「まあ、そうだ。だからさ。通信高校に行かないとさ」

 「わかった、わかったよ、一緒に整備士になるのはあきらめるよ」

 二人は別々の夢を持った。そこで、何か二人だけの確認をしたのである。

 「ところでさ、いつか聞きたいと思っていたんだけれど、あっちゃんの足はどうしてそうなったの」

 「事故さ、自転車を乗っているときに、車ではねられたんだよ」

 「そうだったのかあ、それで、片足がなくなってしまってからどんな気持ちだった」

 「そりゃあ、そのときは相手を怨んださ、そして、自分の人生を呪ったよ。でもさ、どうしようもないんだよね。どんなに怨んでも、呪っても、自分の足は帰ってこないのだからね。それに気付いてからだ。片足の自分をそのまま自分の特徴だってことにしたんだよ。人それぞれじゃないか、片足の自分がいても、世の中になんかの役にたつと思ったんだよ。世の中には片足の人間はそうたくさんいるわけないだろう。

 僕の父が言ったんだ。敦史、おまえは今片足だけど、心の片足にはなるな! と叱ったんだ。心はいつだって自由だよ。どこでも歩いてでも、飛んででも出かけていけるからね。そんな心までも、わざわざ片足にすることはないってさ」

 「そうかあ、それで、そんなにあっちゃんは明るいんだ」

 「だってさ、暗いより、明るい方が楽しくなるでしょう」

 「そりゃそうだ、そうだ」

 「あっちゃん、実は僕は心の障害者なんだよ。見かけはさ、両足があるけれどさ、この心は片足だけなんだよ」

 「え? まこちゃん、それどういうこと」

 「心はいつも自由っていうわけにはいかないんだ。自由な心をもてることは健常者だけだよ。でも、事故・・・そう精神的事故ってものもあるんだよ。ある観念に取り憑かれて、その狭い観念から一生脱出できないこともあるんだよ。でもね、義足が付けられて、普通に歩けるように、心もまた義足を付けると歩けるようになれるのさ」

 「その心の義足って何なの?」

 「何だろうなあ? それは「X」かもしれない。「未知」ってことかもしれない。「未知」っていうのはさ、「無限の可能性」を引き出すと思うんだ。わからないってことを素直に認めることかもしれないなあ」

 「何か難しい話でよくわからないけれど、明日はどうなるかわからないってことのような気がする。明日、事故に出くわすことだってある。明日、すばらしいことに出くわすことだってある。それは本当にわからないことなんだから」

 「それはさ、未知の明日があるから、今、いろいろなことを想像したり、いろいろなことをして、いっぱい楽しめるってことかもしれないね」


 真っ赤な夕陽が工場にスッと斜めに差し込んできた。そして、二人の顔を染めた。




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