お地蔵さん 

 菩醍の一つ。サンスクリット名クシティガルバKoitigarbha の訳。六道および五濁悪世を選んで救済活動にあたり,弥勒の出現まで活躍する。

 〈わが名を唱える人を苦から救う〉という誓願をたて,梵天,夜叉,狼,閻魔などさまざまの姿をとって衆生を導く。

 《地蔵菩醍本願経》によると,かつて二王がいて,一王は自ら悟ってから衆生を救おうと考え,一王はまず衆生を悟らせてから自らも悟ろうと考えた。

 前者は一切智成就如来,後者は地蔵菩醍である。〈地蔵〉の意味は〈大地(クシティkoiti)の子宮(ガルバ garbha)〉であり,大地はたとえ裸でもさまざまのものを生み出す力を秘めているように,〈地蔵〉はいま菩醍であっても仏としての豊かな可能性を秘めていることを象徴している。



  大地の母

 ある小さな洋服の生地屋さんをのみの夫婦のような感じで、経営していた。体の小さな親父さんは、仕事から帰ってきても、ただ座ったきりで、何もしなかったが、お袋さんは、すぐにご飯の支度にとりかかった。

 子供たち4人は腹ぺこである。まず、一番おいしそうな鱈の子が親父さんに配られた。子どもたちは、それには手に出せなかった。そして、子供たちは、カレーライスが配られた。というのは、親父さんはカレーライスが嫌いだったからである。

「いただきま〜す」

 と、一斉に子供たちは目を丸くして食べこんでいった。親父さんは、新聞を見ながら、ちょびちょび食べていた。

「はい、おかわり」

 次々とおかわりがされた。そして、そのおかわりは、とうとう食べ残ってしまった。


 それからである。お袋さんが、子どもたちが残ったカレーライスを食べ始めたのは。


 お袋さんは親父さんの倍くらい太っており、しかも力持ちであった。


 そして、子供たちは自分の部屋にもどり、親父さんは食事が終わると、お袋さんは黙々と、食器を洗い、お膳を片づけていった。

 それから、子供たちの布団と、親父さんの布団を敷き始めた。

 みんなが寝静まってから、店の台帳を付け始めた。そして、いつ寝たのか、もう早朝には、朝に支度にとりかかっていた。



 子供たちは、いつしか高校大学と入学卒業していった。でも、お袋さんは小学校しか出ていなかった。

「私は学がなくて、とても辛い目にあったからね、せめて子どもたちには学問をさせてあげたいと思ってね」


 お地蔵さんは、まず衆生を悟らせてから自らも悟ろうと考えたという。いつでも、自分のことは最後にしたという。そんなお地蔵さんのようなお袋さんが、この日本にたくさんいたし、今もたくさんいることだろう。



   2004.6.7  

 
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