松竹梅 

1 松と竹と梅。冬の寒さに耐えて松・竹は緑を保ち、梅は花を咲かせるので、古来「歳寒の三友」と称し、めでたいもののしるしとして、画題や祝い事の飾りなどに用いられる。

2. 地歌、箏曲。江戸末期、大坂の三津橋勾当(こうとう)作曲。梅に鶯、松に鶴、竹に月を配したもので、にぎやかな手事(てごと=間奏)がある。

3.「松・竹・梅」などと順位をつけて、「松」はその最上位を表す。



  一本松

 深入山に一本松がある。そこからは、遠くの山々や、都会の街並みも見える。

 炭焼きの仕事を終えると、とっちゃんは、いつもこの一本松のところにやってくる。

 今、息子はどこにいるのだろうか?
 生きてれば、それだけでいいのだが。
 
 数年前だったか、家を飛び出した23歳の息子が突然帰ってきた。
 そのみすぼらしい格好からいくと、金がなくなって帰ってきたのだろう。
 どんなことがあったのか、どんなことを考えているのか、まったくわからなかった。

 でも、一つだけ言えることがあった。

 何やら、変わった宗教を信じてから、息子は変わってしまった。

 そして、親を何かと批判しだした。批判するだけだったらよかった。まだ、話ができたからだ。お互いに話しても無駄という関係にまで発展してしまった。

 家で、顔を合わせても、言葉を交わすこともなく、息子は自分の部屋に閉じこもって、何やら、唱えていた。祈りのような言葉が聞こえることもある。

 部屋には、異国の人の人物の写真がたくさんところせましと飾られていた。そして、いつも、線香の臭いが充満していた。

 彼は大学を卒業しても、就職をせず、フリーターとなっていた。お金がたまると、すぐに海外の旅に出かけていた。何も言わずに突然のようにいなくなり、数年も帰らないこともあったのだ。

 とっちゃんは、陰で、女房がその息子に何かと金をあげていることを知っていたが、黙っていた。もし、金をあげなければ、息子は家には帰ることはないことを知っていたからだ。お金だけが、親と子を結びつけていた。

 どんな宗教だか、わからないので、その宗教の教祖を怨むことさえできなかった。宗教が悪いのか、息子が悪いのか、どちらともいえなかった。

 でも、とっちゃんは待った。子どもの頃の素直な息子になっていつか帰ってくることを。そして、待って、やっと帰ってきたときの息子の顔で、何度も失望した。

 もうあきらめようか、わしには息子なんかいなかったんだ。いないと思えば気が楽になるじゃあないか。もっと、息子が長く家にいれば、とことん話して、それでダメだったら、勘当させればいいじゃあないか。でも、そのチャンスさえもなかった。

 息子はその気配があると、さっさと逃げていった。

 「愛の反対は憎しみだと言うけれど、そうじゃあない、無視なんだ」と、テレビのドラマから、そんな文句が流れていた。時間は、テレビの騒音とともに流れ去っていくかのようだった。

 とっちゃんは、反抗する息子を心底憎いと思ったことがあった。殴りつけることもあった。殺してやりたいこともあった。でも、そのときはまだよかった。会話ができた。顔を合わせられた。今は、数年に一時の親子の出会いも、無視の間柄になってしまった。

 とっちゃんは、待った。

 川の水の流れはいい。山から海へと確実に流れていく。だから、川の水が海に行くってことは信じられる。でも、人の心が水のように、古里へと、あの子供のときの純朴さと素直さに流れていくとは、信じ切れるものではない。

 わしが死ぬまでに、息子と笑い会える日はくるのだろうか?

 そんなことをとっちゃんは、一本松に寄りかかりながら、考えていた。

 そこに、三歳くらいの子とともに、やってきた親子連れがやってきた。

「ああ、きれい、何てきれいなんだ」

そのお父さんは三歳の息子に声をかけた」

「ほら、腕を拡げて、こうして大きな息を吸ってごらん、そうそう」

「どうだい、おいしかったかい」

「うん、おいしかったよ」

 それを見たとっちゃんも、つい、つられて、同じように深呼吸した。

 お互いにみな目をあわせてしまい、大笑いしてしまった。

「ああ、ほんとにおいしいなあ、ぼうや」

「うん、うん」

 一本松に笑い声がこだましていった。





   2004.6.10  

 
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