長崎に原爆が落ち、終戦を迎えた。この直立不動の少年に出会ったのは、アメリカ人写真家ジョー・オダネルである。
 少年は歯を食いしばり、すでに亡くなった弟を背負い、両手をしっかりと大地に向け、空中の一点を見つめ、裸足で、ずーと、待っていた。弟を焼いてもらうために。



  待つ

 突然のことだった。目を焼き尽くすような閃光とともに、キノコ雲が舞い上がった。すべてが静寂へと帰っていった。すべての価値観がそこからすっ飛んでしまった。

 少年はたまたま押し入れで寝ていたのだ。何かが起こったと思い、引き戸を開けると、そこに弟がいた。まだ生きている。そして、外に出てみた、ほとんどの人が焼き焦げて死んでいた。畑にいる両親を捜しに足を速める。だが、そこで目にしたのは、どろどろに溶けた鍬と、真っ黒になった父の母であった。

 泣く暇もなかった。たった一人の弟のところに、駆け戻った。そして、揺すってみた。でも、声をあげることはなかった。眠っている様子だった。どこにも傷もやけどもない。ただ息をしているだけであった。
 そして、翌日には、その息も止まってしまった。少年は本当に一人になってしまった。

 何かを探すかのように、少年は家を出た。どこもかしこも、死体があった。中にはうごめいているかのような人もいたが、彼には為すすべもなかった。水という声がしても、その人に持っていく水もなかった。

「ぼうや、一人になっちゃったのかい」

 今にも、命がとぎれそうなお婆さんが声をかけた。

「・・・はい」

 少年は、お婆さんの声を聞くなり、せきを切ったかのような激流が涙となっていくかのように、どこまでも泣き続けた。

「こっちこ」

 お婆さんは少年を抱きしめた。

「坊や、生きるんやで、どこまでも生きるんやで、たとえ、一人になってもな」

「あ、僕には弟がいます。でも、息はしてません」

「そうかい、それじゃあ、焼いて、天と地に返してあげんしゃい、お兄ちゃんとして立派にやるんだぞ、わかったかい」

「はい」

「それからな、もうすぐこの婆(ばば)はな、おまんのおとうとおかあのところに行くからな、おまえのこと伝言しちゃる。しっかりと生きておるから心配するなってな。それに、おまんを三人であの世から守ってやっからな」

「ありがとう、おばあちゃん」

「ほんに、おまえはいい子やなあ。おまんなら、これからの日本を平和の世界にできるぞ、大丈夫や、おまんならできる、できる。

 ・・・・・ほんまに戦争は嫌やなあ・・・・」

 そして、お婆さんは息をひきとった。

 真っ赤な夕陽がこの世のすべてを赤く染めていった。


   2004.6.6  

 
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