トキよ、再び佐渡に舞え 

 新潟県・佐渡島でトキのエサ場を作る活動をしている高野毅さん。荒れた棚田を小さな生き物たちが住める水辺に戻すというものです。高野さんは父親から米作りとともにトキへの強い愛情を受け継ぎました。

  昭和23年、高野さんの父親、高治さんは、乱獲のため数が激減していたトキのために一部の田んぼに苗を植えずに水だけを張り、エサとなるドジョウをまき始めました。18歳のときに見た、辺り一面ボタンの花が咲いたような美しさで舞う27羽のトキの姿が忘れられなかったからです。トキを守ってやりたいという一心で始めた素朴な保護活動でした。しかし、昭和30年代以降、田んぼでは農薬が広く使われるようになり、トキのエサとなる小さな生き物たちが減っていきました。さらに効率が悪いと手放された山あいの棚田は雑草や木立に覆われ、エサ場となる水辺も減り、トキの絶滅は目前でした。

 自然に増えることを願っていた国も5羽にまで減った昭和56年に佐渡の最後の野生のトキをすべて捕獲し、トキ保護センターでの人の手による繁殖へと方針を変えました。高治さんはセンターで21年、ヒナの誕生を祈りながら世話を続けました。高治さんがヒナを見ることはありませんでしたが高治さんが亡くなった平成9年から2年後の平成11年、中国から贈られたトキのペアにヒナが誕生しました。高野さんは父の遺志を引き継ぎ、できるだけ農薬と化学肥料を使わない米作りを心がけています。それは水に住む生き物のためだけではありません。トキに対しても、人に対しても心を配った米作りです。親子の思いがたくさん込められた山あいの棚田。この棚田に再びトキが舞い降りる日はきっと来るに違いありません。

(2004年6月12日NHK・地球大好き 放送)



  朱鷺(トキ)


「おとう、どうしてトキをそんなにしてまで、守ろうとするの」

「わしはなあ、どうしても、もう一度あのトキたちが大空にボタンの花を咲かせる姿を見たいんじゃ」

「それだけのために生きるのってバカバカしくない。だって、僕たちは人間なんだから、そんな鳥よりも人間の方が大切ではないの」

「トキはなあ、この日本で、二度と見られることはなくなる。この地球上でも、もう絶滅寸前なんだよ」

「でもさあ、絶滅する種類の生き物はいつでもあったじゃあないか。大昔のマンモスや恐竜なんか絶滅したじゃあないか。そんな絶滅する種類の生き物の運命じゃあないの、それを守ることなんかできないよ。そんな絶滅する生き物を守るより、人間の方が大切じゃあないの」

「息子よ、わしはなあ、人間がこの地球上から絶滅しないようにするために、このトキを守っているんだよ」

「え?」

「トキの絶滅を防ぐことは、人間の絶滅を防ぐことなんだ」

 そして、おとうは、荘子の寓話の話をした。

 薪の火を燃やすことを想像してごらん。一本一本の薪は燃えて、灰になってしまうけれど、火は他の薪に燃え移っていくだろう。その火はけして消えることはない。

 これは、形ある命はいつかみな死んでいくけれど、その精神や心は他の形ある命に伝えられていって、けして、滅びて死ぬことはないってことだ。

 トキの命は一本の薪だ。この人間の私の命も一本に薪だ。そして、心の火で燃え移ったのだよ。いつの日か、人類も滅びる日がくるだろう。でも、人類の心の火は次の生物に引き継がれていくだろう。

 父はそう言い残して亡くなった。息子は父の意志を引き継ぎトキを大空に羽ばたく夢を持ち、その夢をまた孫に伝えた。

 その心は佐渡を超え、世界へと伝えられていっている。

 地球は故郷なのだから。



   2004.6.12  

 
    のらり くらり   
ホーム