麦は雑草と同じだった

散歩途中、桃やブドウの果樹園を通る時、

それらの果樹を雑草から守るために、いろいろな草が植えられている。

その中で、どうみても 小麦ではないかと思うのがあった。

小麦を刈る前4月30日

4月30日撮影

耕うんして、小麦の種を線撒きして植えている。

この小麦の穂は小さく、食べるものではなく、単なる雑草対策であろう。

そして、

二日後に刈込

穂が付き始めた時に、刈り取ってしまった。

種を収穫するのでもなく、麦種が零れ落ちさえるのでもなく、単に根だけ残している。

私が7年間通る散歩道なので、麦がまた生えるとまた穂が出る前に刈り込むというのを繰り返している。

耕うんして、また小麦の種を撒くなんかしない。

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ネットで、果樹園の下草で調べてみると

果樹の下草としての雑草対策と緑肥を合わせた「キングライ麦」のようだ。

こうした緑肥は一度種をまくと、根が残っている限り、何度も生えてくる。

種を収穫して また撒く必要がない。根だけのこして、刈り取った草は緑肥として使える。

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このキングライ麦のように、小麦を栽培すれば、毎年 耕うんして、種をまき、収穫する必要がなくなると思える。

つまり、

根っこだけ残し、刈り取り、種をとったら、残った麦わらも、脱穀精麦した殻もフスマも、畑に戻せばよい。

また、耕うんして、種をまき、肥料を与えなくても育つのでないか?

また、同じ種類の稲でもそうではないだろうか?

もし、稲作で、水稲・陸稲の両方とも同じであったら、

それは新しい稲作 小麦作 になるのではないだろうか?

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今年7月に 小麦と陸稲とそばの 耕うんしないで、根を残す実験をする。

この三者に根が残っていたら、種をまかずに、本当にまた生えてくるか観察してみよう。

もし、生えてこなかったら、種を撒けばいいだけなのだから。

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どんな雑草でも、人間が作物のように、耕うんし、種をまき、他の草刈りをしなければ育たないなんてことはない。

人類は自然とはかけはなれた徒労の無駄働きをしていないか?

どんな作物も、雑草と同じように扱えば、それこそ、それが自然農法というものではないか?

また、それが持続する農業ではないだろうか?

 

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