シリビオ・ゲゼルのロビンソンクルーソ

の漫画を変えてみた

今のお金は中央銀行が発行して、それが市中銀行へ 貸し出され、
それから
国へ、企業へ、個人へと
次々に貸し出されていきます。

でも

小麦を貸し出すことはできるでしょうか?
小麦は食べれば無くなります。
小麦を種として播けば
うまくいけば同じ小麦がたくさんできますが
常に成功するとは限りません。

そのため、企業債券が株券に変化して売買流通しましたが、
この夢券は貸し借りできない証明書として変化したため
株券のように売買も、現通貨のように貸し借りはできません。

この夢券の1%とはいわば取引保障する国税であり
国民一人一人に平等に分配される収穫された夢であり、

いわばベイシックインカムとして負の税金として
この二人の取引者にも、もどってくるものです。

小麦をくれたロビンに、夢券の1%という約束をすれば
メンサナは収穫の98%を労働の成果として手にすることができ、
余ったら、ロビンのように、他の誰かへ 
小麦をあげて 夢券をいただけば、

夢はより大きく拡がっていくでしょう。

この貸し借りも売買もできない、
取引国税付き、夢券こそ、
新しい貨幣として 流通することができるものです。


第二部 新貨幣談義

「一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる」 ヨハネ伝12章24節
貨幣は元来物々交換から発展したものですが、
このロビン島ではロビンがモノを持ち、メンサナが何も持たない。
二人の間では物々交換はありません。

モノを持つロビンが、モノを持たないメンサナに麦を与えるという平和的方法しかありません。

もし、ロビンがそれを拒否した場合、メンサナは生き抜くために戦争してまでも、麦を奪い取ろうとするでしょう。

動物でも、人類の歴史でも、生き残るためには、食べ物を持つ人を殺してまでも、自分が生き抜こうとする、弱肉強食の姿があります。

生まれた子には何もありません。親が子にミルクや食べ物を与えなければ死んでしまいます。親子関係は、豊かな者と貧しき者の間でも通用するものでしょう。

物々交換はお互いが平等である場合は通用しますが、現実は生まれながらにして、みな不平等であることは間違いないでしょう。

その不平等から、平和的に両者が共に生きていける仕組みをつくる必要があるのです。

貨幣が金本位制の時

 金1g=1ドル=1円

というようにスタートしましたが あっという間に、金1g≠1ドル≠1円 ではなくなりました
それはなぜでしょうか?

モノの価値は需要と供給の寄合で決まり、この世に絶対的なモノは存在せず、みな相対的なモノであるからです。

モノと交換するお金もまた、需要と供給の関係で、その価値が決まります。

そのため、絶対的な基準という価値基準はなく、それは常に相対的な基準で決められることになります。

もし、ロビンが畑を耕す鍬をもっていたらどうでしょう?

麦は与えるか与えられるしかない

自己破壊率100%
鍬は与え与えられも
また、貸し借りもできるが
壊れて使えなくなることもある。

自己破壊率50%

もし、お金を導入したらどうでしょうか?
お金は与え与えらえることも
貸し借りすることも
けして壊れることもありません

自己破壊率0%

この三者は自己率(own rate)、自己破壊率と自己腐敗率で表すことができる
この自己破壊率はいわば耐用年数また通用期間ということもできます。

それは

金1g≠1ドル≠1円 





常に等価交換にはならないのです。