Archive for the ‘徒然草’ Category

陸稲作の困難さ

日曜日, 8月 20th, 2017

稲が15センチばかり育ったあと、10日間、畑を放置し、草刈りを怠ったけっかは、9割が雑草に、1割が稲になり、辛うじて稲はいきのこっていた。

その稲を救出するためには、通常の草刈りはできない。大きく繁茂したざっそうのかげに、成長を阻害され、小さく、今にも消えゆく運命の稲は息絶え絶えにいるからである。

つまり、通常の草刈りをしたら、全く稲も一緒に刈り取ってしまい、もとの大地に戻すしかなくなり、今年は稲作をあきらめ、来年に再挑戦するしかない。

だが、ピンチはチャンスにもなるのが、自然と人類の間にある知恵と愛という奇跡の技である。

雑草と稲を根っ子ごと全部抜き取り、1割の稲を一本一本救出し、それを水に浸し、苗として、まっさらになった畑に、植え込もうとした。

8月中旬になってからの田植えならぬ畑植えである。

この作業、気が遠くなるはどの手間と時間がかかる。全部はとても無理だが、自分ができるまでの稲救出作業を楽しむしか道がないようだ。

来年は失敗の手間も考え、稲と麦は二毛作せず、しかも60坪ずつの一毛作の稲麦専用畑のして、他は野菜に切り替えよう。

陸稲は6年目の挑戦だが、実に難しい

水田ができる土地を持っていたら、それは実に幸運なことである。

雑草対策が陸稲よりもずっと楽だからである。

 

稲とヒエの見分け方と理想と現実

日曜日, 8月 13th, 2017

陸稲の芽が15センチ頃、10日間の旅で、雑草取りを放置したら、

なんと雑草が8割、稲2割になっていた。

雑草を根っ子ごと引き抜くのは、小型の鎌と一緒でないと難しい。

雑草は、稲よりも高く、広く繁茂して、小さな稲は消滅してしまっていた。

放置前の陸稲畑

 

10日放置後の陸稲畑

雑草と稲を分けるとき、一番難しいのは、

稲と稲もどき(ヒエ)の区分けである。

根元が赤くなり、茎が少々柔らかいのがヒエだと思っていたら、

なんと、根元が白く、茎が稲と同じくらい固く、平べったいのがでてきた。葉の色も葉脈も同じ色、穂が出てみないと分からないのでは、稲はヒエに殺されている。

左がヒエ 、右が稲

ヒエは、稲より成長が早いので、畑全体で、背丈が一番高く、しかも横に大きく広がって、稲を押しのけている。

だが、そんな勇猛なヒエが、ひょっとすると稲だったらという期待が抜き取るのを躊躇させる。

区分け方をネットの力で知るしかない。

葉耳と、葉舌があるのが稲で、無いのがヒエで区分けできる。

吾輩の迷いは

よく見ないと葉耳と葉舌が小さくて見えないというより、見たくないことだ。

こうした、真実を知るのを阻害するのが、

2割になった稲が、大きく強く成長してほしいという願いが目を曇らせる、ネットで、見分け方を探るのを止まらせる。

真実を知るのはけっこう勇気がいるものだ。

特に理想が強く、現実に打ちのめされている時がそうだ。

また、

陸稲畑にはえる雑草にはほうれん草のように食べられるものもあり、ヒエだって、今は鳥の餌になっているが、人にだって食べられていた。

ちなみに、

うちの陸稲畑の雑草をすべて、湯がいて、鰹節と醤油で食べて見た。

みな味は変わらないが、

柔らかい葉と茎は美味しく食べられ、硬い葉と茎は繊維がかみきれないので、喉でひっかかる。

葉と茎が柔らかく、食べられる種類はイヌビユとスベリヒユの2種類だけであった。

イヌビユ

スベリヒユ

 

うちの畑は朝顔がやたら繁茂する。写真の朝顔の下にある松葉ボタンのようなのがスベリヒユだ。

朝顔も茹でて食べたが、茹でた見かけは三ツ葉だが、茎は硬く噛みきれないので、観賞用、畑では、稲を覆う蔓で、日差しを遮る困った雑草である。

理想と現実

少々大きなヒエをその根っ子ごと引き抜くと

 

コロコロ草、ヒエ、そして稲の割合は

4 : 5 : 1 であり、それは10日間草刈りせずに放置した結果とリンクする。

稲は雑草に9割り占領され、わずか1割が、なんとか生き残ったが、

もし、このまま草刈りせず放置すれば全滅は数日で起こり得ることを予想できる。

理想と現実の差はかくも厳しい姿をさらしている。

 

ゴミロケットコンロ

木曜日, 7月 13th, 2017

しばらく、ゴミ薪コンロを使わなかったら、

家のゴミが3袋も溜まってしまった。

それをゴムコンロで、焼却し、薪が近所で取り尽くしてしまい、残った薪が希少価値になった。

そこで、ゴミ袋45リットルを3袋を焼却目的に、火を付けたが、どうも薪5センチ幅を3本入れないと、うまく火が持続しない。

だが、どうも煙が多く気になり、燃焼効率のいい、ロケットコンロにしてみた。

なんと、その火は、夜中まで、10時間は燃え続け、一斗缶くらいの鍋一杯の水を100度に保ったからびっくりした。

つまり、お風呂もゴミロケットコンロで、充分沸かせると思えた。

徳島大の話予定表ができた

水曜日, 6月 21st, 2017

水曜学舎 (徳島大)
 6月21日(水)16:20~17:50(90分)

1.自信を持って生きること。それがこの世を生き抜く最高の力になるということ。

(老いるものから若者への命のバトンである)・・・10分    16:30まで

2.笑点と折り紙風船作り・・・30分  17:00まで

3.問題解決学

A ダンゴ虫の弁証法  10分 17:10

B メダカの群れ社会学 10分  17:20

C 依存症からの脱却 10分 17:30
禁煙 禁パチ ダイエット

D 目的と手段 10分 17:40

E 健康と自然 10分 17:50

時間が余れば ゴミこん炉 (科学が社会に負けた一例)

 

ボランティア授業

6月22日(木)12:50~14:20 (徳島大) 90分

1.お金とは何か?

A お金はけして借り貸しができない!・・・結論 10分 13:00
お金にもバランスが必要で、現在の貸し借りできる金銭がアクセルとすれば、
貸し借りができない真貨幣がブレーキとして発行されれば、うまく経済生活を安全運転できる。

B ロビンクルーソ・漫画 10分 13:10

C プラスの金利とマイナス金利 10分 13:20

D 貸し借りできない新貨幣ドウカ 10分 13;30

H どうしてまたお金の貸し借りができると幻想してしまったか?  10分 13:40

 

2. 1 for all, all for 1

A ナンバーワンとオンリーワン 10分 13:50

B 張力統合体 を作る 20分 14:10

 

3.働くって何だ? 10分 14:20
お金のために働く時代は過ぎ去り、ボランティアのために働く時代へと世界は切り替わる

 

時間が余れば 瓦理論 公私 5:5 重なり瓦模型の提示

 

第三者機関とは中央銀行にあたる。ブロックチェーンではその中央銀行を必要としない

 

明日水曜学舎で、明後日はボランティア授業

火曜日, 6月 20th, 2017

徳島大学常三島キャンパスに

明日 水曜学舎 明後日 ボランティア授業に呼ばれた。

そこで、何を話して欲しいとか、どんな集まりなのか。どんな人が来るのか、どんな形式で行われるのか

まったく教えてもらえず、とうとう、前日になってしまった。

そもそも水曜学舎とは何を目指しているのか? ネットで調べてみた。

新しい学びのコミュニティ「水曜学舎」

~ ボランタリースクール ~ 平成22年度

1.はじめに
平成20年度文部科学省採択の徳島大学全学共通教育センターの取組「地域社会人を活用した教養教育」は、このような授業スタイルとは異なり、学生、地域社会人、教員が同じテーブルについて、意見交換をしながら自らの意見をまとめる過程において、他の学習者からお互いに学び合うというスタイルを基本としている。
社会人と学生が教員と共に一つのテーブルを囲みながら、議論を重ねながら、学生のコミュニケーション力の育
成を目指してきた。このように地域社会人が果たす役割がこの取組の中で大きな意味を持っているために、社会人同士でこの取組の意義を確認する場を設けることが極めて重要になってくる。
どのような場を設定することが、この問題解決のために有効であるかについて、幾つかの試みがなされてきた。 
2.地域社会人の自主学習会
授業に参加する地域社会人が、学生や教員と授業に先立って打ち合わせ会をもつことが出来れば、授業の展開がスムーズになることが期待される。しかしながら、学生の自主学習会への参加を求めることは困難な面がある。教員や地域社会人も授業とは別の時間帯に集まることも時間的に難しい。
そのために、次善の策としてより実現しやすい取組を進めることにした。
一つは、授業後に反省会を含めたコーヒータイムを、地域社会人と学生で持つことであった。授業の後で、場所を移動して受講生の学生と社会人が、一緒になって授業の振り返りと次週までの学習課題を話し合うことを目指した。
しかしながら、実際には社会人の側からこれまでの様々な社会生活の中での体験が語られる場面が多く、学生はひ
たすら社会人の話を聞く役目を担っていた。社会人にとって、次世代を担う学生に聞かせたい自身の体験談を数多く持ち合わせており、この時間は社会人にとっては貴重な時間になったと思われる。
学生の側も、地域社会人の人生を聞くことにより、見聞を広めるという意義があった。また、このような場を通じて地域社会人との連携が深まったことから、授業の場においても円滑な会話が進むという効果があった。
このように、この試みは当初の目的とは少し異なった方向に進んでいったが、学生と社会人が授業では話が出来ないような話題を共有する場として一定の機能を果たした。
また、この取組に参加している地域社会人の自宅を学生と訪問して体験型学習をする機会を設ける試みや、地域社会人との合宿を行いながら、体験学習をすることなどが試行された。
地域社会人との意思疎通を円滑にするという目的は、ある程度は達成された。このような試みは、一定の成果をあげたが、参加する地域社会人と学生が限定されるために、この取組全体に参加している社会人を対象としたものとは言い難いという面があった。
このような背景の元に、地域社会人が主体的に企画運営する水曜学舎という自主勉強会の構想が出来た。これに学生の参加を求めて、徳島大学ボランタリースクールとして、地域社会人と学生が授業時間外の自主勉強会が定期的に開かれることになった。
勉強会のテーマは、毎回発表者の興味のあるテーマを取り上げる方式と、時事的な国際問題と社会問題を取り上げる方式を行っている。
参加者は、地域社会人が7-10名程度、学生が数名である。
この学習会においては、地域社会人がリードする形で積極的な議論の輪が形成され、お互いの視点の違いが明確になることにより、学びを深めることに役立っている。
この学習会では、知識を借りてきて紹介するだけでなく、そのテーマの社会学的な背景や様々な方面の関連事項との関連など幅広い視点で議論が展開している。
この学習会は、単なる自主的な勉強会が開催されたという意義だけでなく、このような機会によりこの取組に参加
している地域社会人同士の大学教育の場での関わり方などに関する意思疎通が図られるという効果があり、正課の授業時間における社会人同士の関係の持ち方により良い効果が現れていると思われる。
3.今後の展望
社会人が参画する全学共通教育の共創型学習や教養科目の正課の授業における学生のアンケート調査でも、授業に参加する地域社会人が大きな貢献をしているという声が多く、このような地域社会人と学生の自主勉強会に参加する学生が、授業時間の議論においてその成果を生かして他の学生をリードするようになれば、授業の充実が図られ
ることが期待される。
また今後の発展としては、他地域の生涯学習者との交流から生涯学習者のネットワークを構築して、複数の地域で共通に抱える課題について議論をする場をつくり、その成果を正課の授業で活用することが考えられる。
このようにして今回の取組が、社会に開かれた大学教育を実現していくための教育改革に、繋がっていくことが期待される。

つまり、授業ではなく、社会人。教員、学生の自主学習会ということで、その学習のリード役がその日呼ばれた社会人、今回の私である。

となれば、私が好き勝手にリードして、議論を盛り立ててかまわないということだ。

となれば、やはり、笑点方式がおもろいし、学生だけでなく、社会人、教員にも応用ができ、その違いがでて面白くなるかもしれない

だが、なんせ、この情報は7年前で古すぎる。それを更新しないのが嫌に気になる。

 

ボランティアの授業

この意味がどうも解らない。ボランティアをするまた興味ある学生のためなのか、それを大橋教授に聞いてみたが、なんともはっきりしない。

何を話せばいいのか? なんでも! と、返事が返ってみたので、

「地域通貨については?」「学生には難しくて解らないと思いますよ!」

そこで、またネットで調べた。

まず、学生のボランティアの情報を見つけた。

徳島大学の学生ボランティア

まあ、清掃や学習や特に特に話題の東日本大震災と普通にあった。

創造力をカタチにする知的財産事業化演習はおもしろいが、なんせ、この情報も4年前なので古く、現在も続いているとはとても思えない。高度すぎるからだ。

どうやら、学生ボランティアの活動とは縁はなさそうである。

ボランティアというのは、社会人ボランティアのことで、無償で大学の授業をするということのようである。

地域社会人ボランティアを活用した教養教育~知の循環型社会の構築を目指して

–学生-社会人-教員 三者の学び合い 与え、与えられる人からの学び

 

図6 - コピー.png

で、今までどんなことをしたのかと調べてみると、

現在は、留学生との国際交流がメインという感じであるが、なんせ情報が7年前で古すぎ、更新されていないが。。

どうやら、他に、遊び、読書会、他大学を交えての障害学習、宇宙観測、グローバル社会の環境問題と異文化交流。スペシャリスト、環境問題からくる科学、地域ボランティア活動、ものづくり、埋もれた文化遺産

水曜学舎もこの一環の中に入るようである。

特に、気になったのは環境問題からくる科学である。

これは、ゴミこん炉を作って実験した内容を大橋教授に話したら、とても気に入ってもらえ、さらに、実践までしてくれたので、その話しをしてもらいたくて、私を呼んだのかもしれない。

プラゴミを燃やすことは法律で禁止されているので、それを推奨することは、大橋教授にはできないが、私なら、そんな教育者のしがらみがないから、話せることになり、問題がないだろう。

そこから、発展して、現在のボランティアの在り方がどう変わってくるかを話すことができる。

また、遊びのコーナーで、

私が用意した、張力統合体を作ることから、

人の健康、社会の絆、科学と社会(古代麦とゴミこん炉)へと、発展して、

ボランティアとお金にまで話せたら、あっという間に授業は終わってしまうだろう

 

半世紀ぶりに尺八を吹き出した

土曜日, 6月 10th, 2017

コンドルは飛んで行く

おいらも跳んでいく

♫♫♫ ♫♫ ♫♫

どうも、尺八だけの曲は暗く悲しいものが多い。

民謡・演歌でも、なぜか日本人は哀しい感じがぐっとくるようだ。

高校生のころ、近所に、琴古流尺八の大家、兼安洞童先生がおられたので、

一年習い、病気で数年あけ、また一年習ったが、

どうにも自分に音楽の才能がないという壁に突き当たり、

もちろん、子供の時から音痴であることは十分解ってはいたが、

あの尺八のワビサビのかすれた音が好きで、その門に飛び込んだが、

所詮、尺八は音楽そして芸術である。

悩みに悩んだすえ、

洞童先生に聞いた。

「先生、音楽は才能でしょうか?」

「そりやあ、そうだよ・・」

と何気なく答えてくれたが、私には愕然としてしまった。

どんなに努力しても、尺八は上手くならないし、納得いくような作曲もできないもの、

それは天性の才能であり、どんなに好きであっても、どうにもならないものだと。

 

当時、私はいろいろと物事を深く考えることが好きであり、それは尺八よりも好きだった。

そこで、自分の才能は「考える」ことであって、「音楽」ではないと、決断し、尺八をそれ以降やめてしまった。

当時8万円もした尺八は押し入れの隅っこに隠れて、ふと懐かしく手に取ってみたら、縦半分にぱっくり割れていた。そこで、ボンドをつけて、何本もの結束バンドでくっつけたが、音がどうにもならないので、また数十年間ほったらかしていた。

最近、深呼吸しならの瞑想をいろいろと試していたら、けっこう飽きるのだ。

どうせ、深呼吸するなら、尺八の音出しでもしてみようかと、あの割れて鳴らない尺八を吹いたら、

なんと、いくらか鳴ったのだ。

どうやら深呼吸で、腹式と胸式をゆっくり吐き出す訓練をしていたからかもしれない。

腹式だと低い音がでて、胸式だと高い音がでた。まるで、肺全体が尺八の胴みたいにみえた。

また、

好きな考え事も、一段落してきたので、昔の楽譜を引っ張り出して、好きな曲を吹き出した。

でも、やっぱり、暗い、今の時代感覚に合わない曲想だ。

一番心に響くのは宮城道夫の曲だが、それは琴曲で、尺八の音を活かした曲ではない。

尺八の音を活かす曲は虚無僧が吹くような古い本曲である。

だが、暗い、虚無を表すような曲ばかりなので、どうにも納得暗譜なんかできない。

 

そこで、現代尺八が合うような曲はないものかと探していたら、

アンデスのケーナが音も楽器も尺八に近い、ケーナはどうやら、日本雅楽の笙と合わして吹いている。

コンドルは飛んでいくという曲は実に優雅である。高山に住んで、その風にのって飛翔するコンドルの姿が目に浮かぶ。

その楽譜を見つけたが、なんせ五線譜のドレミである。私はそれが読めない。尺八の楽譜ロツレチリしか読めないので、いちいち、翻訳して、自分で尺八楽譜を描いていくしかない。

音楽の才能があれば、みな耳できいて、それをそのまま尺八でふけるだろうが、

才能のない私はいちいち理論と努力で、楽譜をかき、それをまた吹き込むまで、相当の手間と情熱がいる。

 

だが、

老年になって、明日の予定なんかなにもない暇だけが死ぬまでいくらでもあるので、暇つぶしには絶好かもしれない。要は自分が納得いくまで楽しめればいいだけなので、才能なんか必要もないし、そんなものどうでもいいものだ。

 

才能は人のためにあるもので、努力は自分のためにある。

 

そこで、あの博山さんの「汚な美」を思い出した。文字だって、下手な文字の方が味があるものである。

音痴な自分をそのまま楽しめれば、それが一番幸せなことである

 

それがまた

自信を持つということではないだろうか。

♫ ♫ ♫♫ ♫♫♫ ♫♫♫ ♫♫ ♫♫ ♫

コンドルは飛んでいき、

おいらも跳んでいく・・・

コンドルは優雅に、

おいらは自信をもって・・

コンドルはアンデスを

おいらは山梨を・・飛んでいく

♫ ♫ ♫♫ ♫♫♫ ♫♫♫ ♫♫ ♫♫ ♫

60歳からの手習いと言うではないか。

私は66才からの手習いである。

つまり、定年になって時間と金が自由に使えるようになったからできることである。

ついでに、時間と金の他に、自由に使えるのが自信である。

若いときは、その若さ故、自信が持てないが、

老いどきは、その老いさ故、自信が過剰なほどではないが持てる。

それは長い経験と、恥ずかしさが消え

ほとんどの他人が自分より年下になるからだろう。

 

そこで、66才からの尺八の手習いの流儀を打ち立てることにした。

その名も、

 

尺八音痴流

である。

才能はないばかりか、音痴である馬鹿まで付く。

だが、努力だけは惜しむこともなく、とにかく楽しく使える。

なんせ、音痴馬鹿に、つける薬の「時間と金」はいくらでもあるからだ。

 

病院が匙を投げたら自宅や田舎で自然療法しよう

木曜日, 6月 1st, 2017

入院ストレスは深刻な状況に

入院ストレスが深刻であり、

病気を治す病院が、さらに病気を悪化させているという事実が解ってきた。

西洋医学において、「原因不明」の病気というのは、ほぼ「ストレス」が原因であるともいえそうだ。

ストレスは個人的な心や生活スタイルから生まれるもので、

それは目に見える病気ではないから、西洋医学では病気でも、病気の原因とは言えない。

そのため、入院生活におけるストレスの増加には気に留めない。

これからの病院の経営方針も、患者の「ストレス」をいかに無くすかを最優先する必要になってくるだろう。

 

ストレス緩和する「病院と自宅」のネットと訪問治療システムへ

 

東洋医学では「病は気から」といって、多くの病気の原因が「ストレス」であるという。

参照:西洋治療と東洋治療の違い

直接原因を治療する西洋医学だけでなく病気になる前の患者の生活スタイルや心の在り方まで治療する東洋医学との併用をしないと、根本治療は難しい。

患者のライフスタイル改良や心のケアは自宅でやる法が効果的であろう。

それで、「病院と自宅治療」をセットして、

ネットと訪問介護治療を合わせたシステムを構築していくことが望ましい。

 

私の母は自宅治療で天国へ

 

私の母は、大腸がんになり、新宿の東京医科大学病院に入院して、手術し退院したが、

数か月で肝臓に転移してしまい、手術もできないので再入院できないと断れ、近くの初台にある

私立で、古ぼけた玉井病院に入院させらえたが、医師も看護師も不足して、ただ死を待つ病院であり、その看護と治療をみて、あまりに母が苦しむのを、また、家族が24時間そこで寝泊まりできないので、すぐに自体介護へと切り替えた。

ベットとトイレは渋谷区役所で、無料で提供され、また訪問医師は中野から来てもらい、看護師は近くの幡ヶ谷から来てもらった。

そこで、やっと、私と鎌倉の妹と交代で、24時間ケアできるようになった。

たった一か月の自宅看護ではあったが、亡くなったときはたぶん先に逝った父からの愛の告白に乙女のように赤らめ、幸せのような顔をして去っていったのを、記憶している。

癌の痛みはモルヒネをいくら注入しても、消えないが、

息子や娘が、痛い肝臓を手をさすってあげると、不思議と痛みは和らぎ、

母は「ありがとよ、良くなったよ」と繰り返し、幸せそうな顔をした。

 

自然治癒を中心にした自宅・田舎治療がいい

 

こうした家族による手当はどこの病院でも、いつでもできない。

それは20年も昔であるが、訪問医師と訪問看護士で、十分自宅治療ができた。

死を待つ家のような病院として、ホスピスがあるが、家族も一緒に暮らせることはできないだろう。

また、西洋医療がさじを投げた癌であったならば、

そこから、自宅治療や病院が近い田舎の空き家・借り家で、

東洋医療(自然療法など)を中心にした「自分の病気は自分で、家族で治す」という意気ごみで、

楽しく遊びながら、余生を満喫するのがいい。

ひょっとしたら、ストレスを無くした自然治癒で治る確率が30%はあるとも言われるので、完全治癒することだってあるかもしれない。

あきらめた時が最後で、あきらめなけらばまたの始めりである。

自殺ではなく、天(自然)のお迎えがあるまで、共に楽しく生き抜きたいものである。

 

パパラギとの出会い

月曜日, 5月 22nd, 2017

徳島大で話を6月に二度することになって、

いよいよ 若い世代(私の子供も含めて)へ「命のバトン」をする時期が来たと思った。

いわば就活である。

命のバトンには「生き抜く力の資産は子供たち」に、「生き抜く知恵は若い世代」へと繋げたい。

 

私は40才になった時、失恋ばかりする人生に「一生結婚しないでいこう」と決意し、

当時、ベストセラー化した「パパラギ」という本に感銘し、

西洋文化を批判したサモアという国はどういうところだろうか?

という疑問もあって、その西サモアにそれまでの失恋全部の傷心旅行にいった。

 

そして、結婚をあきらめた途端に、18才のサモア人と結婚し、二人の娘を得た。

その娘たち世代への「命のバトン」として、国際結婚という経験を整理していて、

改めて、娘たちを産むきっかけとなった「パパラギ」に出会った。

驚いたことに、それがなんと「著者ドイツ人のフィクション」であることが今解った。

 

私の人生は感銘した多くの本に騙され、失敗してきたが、「パパラギ」にまで騙されたとは唖然とした。

当時に、パパラギがフィクションであると解っていれば、サモアに傷心旅行には行かなかっただろう。

真実をいつ知るかで、大きく人生が変わることは確かだ

 

パパラギがフィクションであれ、その内容は西洋文化の批判としては今も通用する内容なので、まとめてみた、

 

パパラギ

1920年にドイツで画家で作家のエーリッヒ・ショイルマンによって出版された書籍である。ヨーロッパを訪問したサモアの酋長ツイアビが帰国後、島民たちに西洋文明について語って聞かせた演説をまとめたもの。

 

文化人類学者の間では、ツイアビの演説がサモアの話法とは異なっていることなどから、この本は実際にはツイアビの演説をまとめたものではなく、ショイルマンの創作だと考えられてきた。上記の天声人語での評も、ツイアビが実在の人物かどうかは不明というスタンスを取っている。近年の研究により、ツイアビは現地語で「酋長」を意味する言葉であり、本書でツイアビとされている人物はアガエセ(Agaese)という名のドイツ軍の軍属で、ヨーロッパを訪問したこともなかったことなどが分かっている。しかし、ドイツ及び日本での出版時にはフィクションとの断り書きがなかったので、真実だと取り違えている人も多い。

 

パパラギの本当の神はお金だ

おまえたち、明敏なわが兄弟よ、わたしたちはみな貧しい。太陽の下、私たちの国ほど貧しい国はない。

私たちのところには、箱いっぱいの丸い金属もなければ重たい紙もない。

パパラギ(白人)の考えからいえば、私たちはみじめな物乞いなのだ。

だがしかし!おまえたちの目を見、それを金持ちのアリイ(紳士・男)の目と比べるなら、彼らの目はかすみ、しぼみ、疲れているが、おまえたちの目は大いなる光りのように輝いている。

喜びに、力に、いのちに、そして健康にあふれ、輝いている。おまえたちの目は、パパラギの国では子どもだけしか持っていない。

言葉も話せない、それゆえお金のことは、まだ何も知らない子どもだけしか。・・

大いなる心は、私たちをアイツウ(悪魔)から守ることによって、私たちを愛してくださった。

お金がアイツウである。その仕業はすべて悪であり、悪を生む。お金にさわったものは、その魔力のとりことなり、それをほしがるものは、生きているかぎり、その力もすべての喜びもお金のために捧げねばならない。

もてなしをしたからといって何かを要求したり、何かをしてやったからといってアローファ(贈り物・交換品)をほしがるような人間を、私たちは軽蔑する。

という尊いならわしを、私たちは大切にしよう。ひとりの人間が、他の人たちよりずっとたくさんの物を持つとか、ひとりがうんとたくさん持っていて、他の人びとは無一物、というようなことを私たちは許さない。

そのならわしを大切にしよう。そうすれば私たちは、隣の兄弟が不幸を嘆いているのに、それでも幸せでほがらかにしていられるあのパパラギのような心にならずにすむ。・・
宣教師は私たちに嘘をつき、私たちをあざむいた。

パパラギが宣教師を買収し、大いなる心の言葉を借りて私たちをだましたのだ。

丸い金属と重たい紙、彼らが「お金」と呼んでいる、これが白人たちの本当の神さまだ。
(中略)
彼は患い、とり憑かれている。だから心は丸い金属と重たい紙に執着し、決して満足せず、できる限りたくさん強奪しようとして飽くことがない。

「私はこの世に来たときと同じように、不平も不正もなく、またこの世から出てゆきたい。大いなる心は私たちを、丸い金属、重たい紙なしに、またこの世に送ってくださったのだから」などとは、彼は考えることができない。

(中略)

そう、おまえは誕生のときにさえお金を払わねばならず、おまえが死ぬときも、ただ死んだというだけで、おまえのアイガ(家族)はお金を払わねばならぬ。

からだを大地に埋めるにも、思い出のためにおまえの墓の上にころがす大きな石にも、お金がかかる。

(中略)

何よりもまず、私たちはお金から身を守ろう。

パパラギは今や、ほしがらせようとして、私たちにあの丸い金属と重たい紙を差し出している。

それが私たちを豊かにし、幸せにすると言う。

すでに私たちの中で、目がくらんで、重たい病気になったものがたくさんいる。

けれども私はおまえたちに語ろう。お金で人は楽しくなったり、幸せになったりすることはない、それどころか、人の心を、人間のすべてを、悪しきいざこざの中へ引き込んでしまうということを。

そしてお金は、ひとりも本当に救うことはできない。ひとりも、楽しく、強く、幸せにすることはできないのだということを。
おまえたちが、おまえたちのつつましい兄弟の言葉を信じ、言うことをわかってくれるなら、おまえたちはあの丸い金属と重たい紙を、もっとも凶悪な敵として憎むことになるだろう。

「丸い金属と重たい紙について」

 

石の箱に住むパパラギ

パパラギは、巻貝のように堅い殻の中に住み、熔岩の割れ目に住むムカデのように、石と石のあいだで暮らしている。頭の上も、足の下も、からだの周りも、すべて石である。

パパラギの小屋は石でできていて、まっすぐな箱のような形をしている。たくさんの引き出しがつき、あちこち穴だらけの箱である。

(中略)

たくさんの人の住む石造りの箱、無数の河野用にあちこちに通じる高い石の割れ目、その中の人波、うるさい音と大騒ぎ、すべてのものに降り注ぐ黒い砂と煙、一本の気もなく、空の青もない、明るい風もなく、雲もないところ、これをパパラギ(白人)は「都市」と呼び、それを創ったことを誇りにする。

たとえそこには一本の木も、森も、広々とした青空を見たこともなく、まだ一度も大いなる心と対面したことのない人間ばかりが住んでいようとも。

(中略)

パパラギは、彼らが集めてきたこの石の山が自慢なのだろうか。私にはわからない。

パパラギは、何か特別な心を持った人間のようだ。意味も無いことをたくさんする。無意味どころか、そのために自分が病気になってしまう。にもかかわらずそれをほめ、自分で美しい歌にして歌う。

(中略)

だから不思議でならないのは、どうして人がこの箱の中で死んでしまわないか、どうして強いあこがれのあまり鳥になり、羽根が生え、舞い上がり、風と光を求めて飛び立ってしまわないか、ということである。

だがパパラギは、石の箱が気に入っており、その害についてはもはや気がつかなくなっている。

(中略)
ここは、まだいくらか美しく、豊かである。私たちの土地と同じように、木々や森や川があり、小さな本当の村もある。

(中略)
これらの村には、町の人間とは違った心の人びとが住んでいる。

この人たちは田舎者と呼ばれる。町の人間より食べ物もたくさん持っているはずなのに、ざらざらの手をし、汚れた腰布をつけている。

彼らの暮らしは、割れ目の人間よりもずっと健康で美しい。

ところが、彼らにはそのことが自分で信じられず、彼らがなまけ者と呼んでいる、大地に触れることもなく、果実を植えて収穫することもない町の人間たちのことをうらやましがっている。

(中略)
だが双方のこの争いは、戦争にまで広がるほどのものではない。

総じてパパラギは、割れ目に住んでいようと田舎で暮らそうと、あるがままに、すべてのことに満足なのである。

(中略)
だが私たち、日と日の光の自由な子である私たちは、大いなる心にいつまでも忠実に、石をもってその心を煩わすことはすまい。

もはや神の手を放してしまい、心迷える病気の人たちだけが、日もなく光もなく風もない石の割れ目で幸せになれるのだ。そんな不確かな幸せでも、パパラギが望むならくれてやろう。

だが、日当たりのいい私たちの海岸に石の箱を建て、石で、割れ目で、塵と埃で、うるさい音で、煙で、砂で、人間の喜びを滅ぼそうとするパパラギのあらゆる企ては打ち砕かねばならぬ。

「石の箱、石の割れ目、石の鳥、そしてその中に何があるかについて」

 

個人主義のパパラギ

パパラギは一種特別な、そして最高にこんがらがった考え方をする。

彼はいつでも、どうしたらあるものが自分の役に立つのか、そしてどうしたらそれが自分の権利になるのかと考える。それもたいてい、ただひとりだけのためであり、みんなのためではない。このひとりというのは、自分自身のことである。(p68)

神からたくさんの物をもらえば、兄弟にも分けてやらねばならない。そうでないと、物は手の中で腐ってしまう。

なぜなら神のたくさんの手は、すべての人間に向かって伸びており、だれかひとりが他のものとは不釣り合いにたくさんの物を持つのは、決して神の心ではない。

さらに、だれかひとりがこう言うのも神の心ではない。「おれは日なたにいる。おまえは日陰に行け」私たちみんなが、日なたに行くべきである。

神が正しいその手の中で、すべてのものを支えておられるかぎり、たたかいもなければ苦しみもない。狡猾なパパラギは、こう言って私たちまでだまそうとする。

「神様のものなんて何もない。おまえが手でつかんだものは、おまえのものだ」――そのような愚かな言葉に耳を貸すまい。正しい知恵に耳かたむけよう。すべては神のものだ。(p75)

パパラギは何でも、貪欲に取り込む。

たとえばどんなに悲しいことでも、健康な人間の理性ならすぐに忘れてしまいたいことでも。

そう、まさにそういうよくないこと、人を悲しませるようなことが、どんないいことよりもずっとくわしく伝えられる。そう、よいことを伝えるより、悪いことを伝えるほうがずっと大切で、うれしいことででもあるかのように、こと細かに。(p102)

パパラギの生き方は、サバイまで舟で行くのに、岸を離れるとすぐ、サバイへ着くのに時間はどのくらいかかるかと考える男に似ていると言えるだろう。彼は考える。

だが、舟旅のあいだじゅう、まわりに広がる美しい景色を見ようとはしない。

やがて左の岸に山の背が迫る。それをちらっと見ただけで、もう止まらない――あの山のうしろにはいったい何があるだろう。おそらく湾があるのだろう。

深いのかな?せまいのかな?こういう考えのためにもう、若者たちといっしょに歌っていた舟唄どころではなくなってしまう。若い娘たちの冗談も聞こえなくなってしまう。(p108)

考えることが重い病気であり、人の値打ちをますます低くしてしまうものであることを、パパラギは身をもって私たちに教えてくれた。(p115)

物がたくさんなければ暮らしていけないのは、貧しいからだ。

大いなる心によって造られたものが乏しいからだ。パパラギは貧しい。

だから物に憑かれている。物なしにはもう生きていけない。

(中略)
少ししか物を持たないパパラギは、自分のことを貧しいと言って悲しがる。

食事の鉢の他は何も持たなくても、私たちならだれでも、歌を歌って笑顔でいられるのに、パパラギの中にそんな人間はひとりもいない。

ヤシの木の方がパパラギよりずっと賢い

おお、兄弟たちよ、こんな人間をどう思うか。
サモアの一つの村なら村びと全部がはいれるほど大きな小屋を持ちながら、旅人にたった一夜の宿も貸さない人。
こんな人間をどう思うか。
手にバナナの房を持ちながら、すぐ目の前の飢えた男に乞われても、ただの一本も分けてやろうとしない人。
私にはおまえたち(白人を指す)の目に怒り、唇には軽蔑の色の浮かぶのが見える。

そうなのだ、これがいつでもパパラギのすることなのだ。
たとえ百枚のむしろを持っていても、持たないものに一枚もやろうとはしない。
それどころか、その人がむしろを持っていない、と言って非難したり、むしろがないのを、持たない人のせいにしたりする。
たとえ小屋のてんじょうのいちばん高いところまで、あふれるほどの食物があり、
彼とアイガ(家族)が一年食べても食べきれないほどでも、食べるに物なく飢えて青ざめた人を探しに行こうとはしない。
しかもたくさんのパパラギが飢えて青ざめて、そこにいるのに。

熟せばヤシは葉も実も落とす

葉も実も落とすから、根元の土はますます肥えまた新しく葉が茂り実が成る
人も年ごとに振り落としていくものがなければ心の土壌は肥沃にならない
でも、パパラギに生き方は未熟なヤシが葉も実もしっかりかけているようなもの

「それはおれのだ!持って行っちゃいけない。食べちゃいけない」

と 人はあんでも抱きかかえて離したがらない。
それじゃどうして新しい実がなる?

ヤシの木の方がパパラギよりもずっと賢い
ヤシは葉も実も落として根元の土を肥沃にし
パパラギはなにもかも抱きかかえて枯れ死していく
ヤシの木のほうがパパラギよりずっとかしこい。

 

おじさん、何のために生きているのかな?

日曜日, 5月 14th, 2017

男はつらいよ 39作目 寅次郎物語1987年

 

甥っ子の光男が寅さんに聞く
「おじさん、人間は何のために生きているのかなあ」

「うんなあ・・難しいこときくなあ。・・・うんなんというかなあ・・
ああ、生まれてきてよかったなあ というときが何べんもあるじゃない、ね、
そのために人間生きているじゃないか?
そのうちおまえにもそういう時がくるよ。まあ頑張れ」
と、光男の肩をたたく。

寅次郎サラダ記念日1988年

大学受験に悩む光男が荒川を二人でながめるおじさんに聞く

「大学にいくのはなんのためかなあ?」
「決まっているでしょう。これは勉強するためです」
「じゃあ、なんのために勉強するのかなあ?」
「人間長い間生きていりゃあ、いろんなことにぶつかるだろう、なあ。
そんな時俺みたいに勉強してないやつは、

このふったサイコロで、出た目で決めるとか、

その時の気分で決めるしかしょうがない。なあ
ところが、勉強したやつは、自分の頭できちんと筋道をたてて、

はて、こういう時はどうしたらいいかなと、考えることができるんだ。

 

悪法もまた法なり

日曜日, 5月 14th, 2017

ソクラテスが国家を乱す思想の罪として死刑されることを受け入れた時に発した

「悪法もまた法なり」

が、2000年後には、諺にもなった程、大きな思想の力になった。

キリストも当時ローマが信奉する神に対する不敬罪で、磔になることを受け入れた。

だが、キリストの思想も教義も、のち2000年以上も道徳指針になっている。

ソクラテスもキリストも、弟子の力で、逃げ出すこともできたし、裁判で、自分の思想とは真逆の嘘を言うこともできたであろう。

だが、逃げ出すことも、嘘を言うこともしなかったのは、当時二人とも著名でその思想は数千年も通用する程の力があり、その社会的運命的責任があったために、どこにも逃げ場がなかったし、嘘を言ったらそれまでも話してきた言葉は嘘となってしまうからであろう。それは当時の、国家反乱罪、神不敬罪で死刑されることで、ソクラテスキリストの思想は生き続けることになった。

それは数十年の肉体の命よりも数千年も生きる思想(魂)を優先したためであろう。

無名で社会的重責もない私だったら、さっさと逃げるか、嘘をいくらでもついて命乞いをするだろう。むしろ、そういう思想や信仰よりも、今の肉体の命を優先する方がこれからの時代を生き抜く適応力になるように思える。

 

大麻が麻薬と同じだと誤解されている法律と世間的道徳に対して、武田邦彦が呟いている。

どうやら、大麻取締法は「悪法もまた法なり」と言えそうである。

私は何かと依存荘になりやすい性格で、1日3箱のヘビースモーカーで、長年なかなか禁煙できずに苦しんだ経緯があるため、大麻を吸うことを禁じる法律は大歓迎であるし、ありがたいものである。でも、社会にとって、煙草も大麻も同じ草の扱いにしないと科学的につじつまが合わなくなるだろう。

通行人クレイマー突如出現

最近、フリマ笹塚の店に、警察と区役所の人を連れてきた3.40代の通行人が、シャッター代わりにしている格子戸を取り壊すよう指示してきた。1世紀もやっているが、こんな出来事は始めてだった。

毎年、道路にはみでる日除けテント使用料として、警察と区役所に5.6千円払っているが、その下にある看板や戸板、机などは許可使用料には入っていないということが今回判明した。

だが、1世紀もの日除けテント下に、いろいろ展示案内できており、それが暗黙の許可となっている。

この道路使用に関する法律は「悪法もまた法なり」とまでもいかないが、「タテマエ法」と言えるのではないだろうか。40キロ制限の道路交通法に、40キロで走り続けるパトカーがいた時は、その後はずっと渋滞が起きることは事実であり、パトカーが横に曲がると、その後続車は一斉に60キロで走りだし、渋滞は解除される。

この最高速度40キロ道路というにも、「タテマエ法」である。時たま、安全運転期間と称して、スピード違反をとりしまる際でも、40キロ制限のところで、30キロオーバーの70キロを出している車が見せしめのために、つかまり、罰金、免許停止される。つまり、「守らねばならない法」ではなく、「注意法」である。

警察も区役所も、道路にはみ出た格子戸を壊せというのは「タテマエ」であって、格子戸を赦すというのが「ホンネ」である。それをクレイジーな通行人に解るように、口で「壊せ」といい、クレイジー通行人には解らないように、目で「そのままでいい」というような目くばせをしてくれる。

みんな違ってみんな良い

これをどう生活で表現していくかが、意外とコツがいる。

その一つのコツが、

「悪法もまた法なり」という処世術をつかい、「タテマエ口」と「ホンネ行動」をうまくバランスをとっていく生活術である。

武田さんが、サンマさんに、「どうして批判されても平気なの?」と問われて、

「私の考え方が間違っているからでしょう」

と答えた。

これも、「タテマエ口」であり、彼は自分の考え方が正しいと思って行動する「ホンネ行動」である。

「みんな違ってみんな良い」は、「どんな思想もどんな法律もみんな良い」という受け入れであり、悪法も善法も同じく受け入れるということであり、両者は矛盾しているが、そうした矛盾も受け入れるという現実的な受け入れ方が「和をもって尊きとなし」に繋がってくる。

 

「彼方を立てれば此方が立たず」

「It is hard to please all parties.(全ての人を喜ばせるのは難しい)」

「智に働けば角が立つ。情に棹(さお)させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい 」

・・「草枕」夏目漱石著

 

「言行一致」は「悪道徳もまた道徳なり」と言えそうである

 

よく、「自分で言ったことはきちんとやりなさい」とか、「いま、わかったって言ったじゃないか、どうしてそういないのか」と怒り、縛り付けようとする。

考えることを言うのもままならぬ、まして、言うことを行うのもさらにままならぬ、そんな人の性(さが)、言行一致という道徳振りかざしても、やはりままならぬ世の中、

考えも、言葉も、行為も、それらの特性を生かして自由に羽をのばして生きようではないか、

ダンゴ虫のように、正反合すれば、

「智に働かざれば角が立たず。情に棹(さお)ささねば流されず。意地を通さねば自由だ。兎角に人の世は住みやすい 」・・ダンゴ虫より

かくて、みんな違ってみんな良いは、自然にまかり通っていく(^^♪