Archive for the ‘徒然草’ Category

自分しかできないことをやればいい・その4

火曜日, 4月 24th, 2018

蕎麦の芽が荒地、崖地、庭、麦間だろうと、どこからも力強くでてきた。ここ2週間で、1日しか雨が降らなかったのにだ。

牡丹の花、ツツジの花、百日草の花、蕎麦の芽、ジャガイモ、人参の芽も

手前の庭には

玉ねぎ、ニンニク、に蕎麦芽が出て来た

手前の葉は、イチジクだ、実がならないので短く切り倒したら、なんと、そこから、また頑張って、芽吹いてきた。

荒地その1

荒地2

荒地3

崖地1

崖地2

麦間にも

麦芽の10センチを食べてみた。

なんと、苦味がまったくない、

それに葉だけでなく、茎も柔らかい。

サラダにしても、

他のサラダ菜にもけして劣らず美味いのに

ビックリした。

蕎麦にも、

蕎麦しかできないことがあったとは

これまたビックリだ❣

 

自分しかできないことをやればいい・その2

月曜日, 4月 23rd, 2018

ペルーの民謡にポール・サイモンが歌詞をつけた

「El Cóndor Pasa コンドルは飛んでいく」

I’d rather be a sparrow than a snail.
Yes I would.
If I could,
I surely would.

I’d rather be a hammer than a nail.
Yes I would.
If I only could,
I surely would.

Away, I’d rather sail away
Like a swan that’s here and gone
A man gets tied to the ground,
he gives the earth
its saddest sound,
its saddest sound.

I’d rather be a forest than a street.
Yes I would.
If I only could,
I surely would.

I’d rather feel the earth beneath my feet,
Yes I would.
If I only could,
I surely would.

^-^-^-^-^-^-^-^

カタツムリよりスズメになりたい
そうスズメにね
なれるものならね
きっとなれるさ

クギよりもハンマーになりたい
そうハンマーにね
もしなれさえしたら
きっとなれるさ

遠く 飛び去ってしまいたい
ここにいた白鳥が行ってしまったように
大地に縛り付けられた人は
この世に
悲しみの声を響かせる
一番悲しい声を

町の通りになるのなら森になりたい
そう森にね
もしなれさえしたら
きっとなれるさ

この足で大地を感じていたい
そう感じていたい
もし感じることさえできたら

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欲望には二種ある

1、他との比較から生まれたもの

スズメ>かたつもり、ハンマー>くぎ、白鳥>虫、森>町、地球>足下の土

より大きく、より高く、より広く、より自由な・・・

2.自分の人生の意義(社会的役割)から生まれたもの

(他と比較できない)

スズメ>=<かたつもり、ハンマー>=<くぎ、白鳥>=<虫、森>町=<、地球>=<足下の土

それぞれ、そのまま、それらしく、自分らしく、ありのままに、自然に

>=<>=<>=<>=<

自分しかできないことをやればいい

 

これは健康と自然の会の活動でも、家族でも、グループでも、社会でも、国際交流社会でも・・

そのメンバー一人一人が「自分ができることをやる」というより、

「自分しかできないこと」を目標にやることが、そのグループ・社会にとって、

それぞれの個性を活かし、その個性が歯車となって、グループ(社会)を正常に動かし、保つことができる。

 

スズメも、かたつもりも、ハンマーも、くぎも、白鳥も、虫も、森も、町も・・・

それぞれが それぞれらしく働きさえすれば みなが調和をもって平和で楽しく暮らせる。

それぞれが自分しかできないことを目標にやれば

きっと そのグループ、その家族、その会社、その国、その国際社会 は

調和と平和がやってきて、苦しさも、楽しさも共有するだろう。

カタツムリもスズメも
それぞれ精一杯生きれば
幸せになれるさ
きっとなれるさ

クギもハンマーも
それぞれの役割をすれば
きっとうまくいくさ
何もかも

遠く 飛び去る必要はない
飛べる白鳥も、飛べない鶏も
大地とともに生き死に
この世の
喜び、悲しみも、みな響かせ
最高の歓喜の歌を

町も森も共に調和させれば
もっと自然に
もっと楽しく暮らせるように
きっとなれるさ

この足で大地を・地球を感じよう

自分しかできないことをやればいい
その人しかできないことをやらせればいい

そうすればきっと

自然に、自遊にみな自分らしく

生きてうまくいく

きっと きっと

 

自分しかできないことをやればいい・その1

土曜日, 4月 21st, 2018

命のバトンとして

自信をもって生きるということ

それを50年ぶりに尺八を再開した例をとり

才能より好きであることを優先することが自信を持つと説明した。

実際、尺八を散歩がてらやっていると

この自信をもって生きることが 具体性に一歩欠けることに気づいた。

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私は音痴であるが、尺八は好きである。

その練習は既成曲を何曲も吹けるようになることだったが、

その練習がつまらなくなってきた。

いくら何曲も尺八で吹けたからといって、

才能のある人間にはとうていかなうはずもないし、ただの真似事でしかない。

音痴は音痴なりに、できることがあるのではないか?

そこで 大きく方向転換した。

自分なりの尺八曲を作ること、一生に一曲でもいい、

自分が納得できる尺八曲を

自分しかできない尺八曲を作って演奏できることを目標にしよう。

自分しかできないことをやればいい

それが自信を持つことの基盤になる

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オンリーワンの生き方には

才能の競争がなく、自分は常にナンバーワンであり、ブービーワンでもある。

他と同じ生き方や練習。勉強したって、それは競争し、その差でストレスがたまるだけである。

 

自信をもって生きる

それは

自分しかできないことをやるということ

それは

オンリーワンの生き方

才能の競争なんかない

MY WAY & True to Oneself

常にナンバーワン

常にブービーワン

 

時空を超えて今僕はここに居る・その12

火曜日, 4月 17th, 2018

その思い込みが明日と今の自分を創る

大谷翔平が高校生の時、自分に言った言葉がある

「先入観が可能を不可能にする」

 

その先入観こそが 思い込み である。

思い込みは ほとんど親や教育と学習によって 植えこまれる。

その思い込みが真実か、真実でないかによって、

その後の人生が大きく変わっていく。

その思い込みが真実か?真実でないか?はまさにギャンブルのようなもので、

それが真実であれば、勝利の天才や奇跡を生み出すが、真実でない場合、敗者の逆の馬鹿げた奇行を生み出す、

 

すぐ人の言うことを信じる人は 思い込みやすい性格であり、物事をまず信じて行動する宗教家タイプである。

すぐ人の言うことを鵜呑みにせず、疑ってかかる人は 思い込みにくい性格であり、物事をまず疑ってかかる哲学者タイプである。

すぐ人の言うことを確かめる人は 思い込みが真実かどうか確かめるまで保留する性格であり、物事をまず判断せず保留して、ゆっくりと確かめる科学者タイプである。

 

私は1のすぐ信じ込みやすい性格であり、そのために、新興宗教的また思想的なものをすぐに信じ込んでしまい、何十年という歳月をそうした信仰生活に心身とも没入し、それが真実でないと確認できるまで、多くの喜怒哀楽とともに失敗しつづけた経緯がある。

信心は結婚離婚と同じで、信じるは易し、抜け出すは難し である。

最近医者や大学教授と知り合う機会が多くなり、

医学界や教育界もまた宗教界と同じような 「真実からはほど遠い思い込み」の世界であることが解ってきた。

政治界は昔から宗教界と同じ「真実からは程遠い思い込み」世界であることは今も変わっていない。

 

科学者の集まりである医学界もまた宗教集団のような思い込みの教団だというから、それには無経験な私にはびっくりさせれた想念であった。

だが、著名な科学者のデータねつ造がはびこる現代、また、科学的事実という確かめられたはずの知識がひっくり返ることが数年おきにやってくることからも、医学界もまた 科学的確かさよりも、現実的な損得で経営されているとした方がより真実に近い気もする。

 

宗教界は主に心の生き死にを扱うが、医学界は身体そのものの生き死にを扱うために、失敗や中途半端なことは許されず、患者の命を救う神様のように振る舞う医者教祖でなくてはならなくなる。それは患者に屁理屈をつけて洗脳せざるをえない立場は、宗教教祖よりも重い役目をになった洗脳者であるといえるだろう。

 

また、教育者である先生や教授は 知らないことも知っているかのように振る舞わなくては学生はついてこないため、それも、立場上 宗教の教祖的ななんでも知っているように見せかけざるをえない実情からくるのだろう。

 

こうした立場上真実の自分を隠さざるをえない人たちは その仕事に振り回され、ストレス、過労死、精神疾患、自殺に追い込まれやすくなる。

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思い込みによる弊害

 

その思い込みが真実や自然と合っていない場合、

自他に対して、「こうあらねばならない」「そうしなければだめだ」「あれはこうあるべきである」

と、強制的な言行に走るものである。

自分に対しては ストレスによる病気 精神疾患 過労死 自殺・・・

他人に対しては ストレス発散による パワーハラスメント セックスハラスメント 暴行犯罪 狂気的素行 殺人 無差別テロ・・・

自他の個人ばかりでなく、団体や国もまた おかしな法律(思い込み)などを作ったりして、そういう自滅また戦争などをおこしたりする。

こういう社会の思い込みの弊害は特に過労死やいじめや猟奇的犯罪や無差別テロに顕れやすい。

 

昭和29年度 過労死等防止対策白書

 

をみると、

「脳・心臓疾患」は自動車の運転手に多い

認定された人の職種は、「輸送・機械運転従事者」の「自動車運転従事者」が34.2%、「管理的職業従事者」の「法人・団体管理職員」が8.5%、「サービス職業従事者」の「飲食物調理従事者」が5.4%でした。

輸送事業に従事するトラックなどの運転手が、飛び抜けて多いことが分かります。

「精神障害」は医療/福祉従事者が多い

認定された人の職種は、「医療/福祉」の「社会保険・社会福祉・介護事業」が9.2%、「医療/福祉」の「医療業」が6.4%、「建設業」の「総合工事業」が5.4%でした。

1位と2位は、医療/福祉事業の従業員です。

■67業種中の過労死予備軍ワースト業種10

【67業種中(正規職員)の過労死予備軍ワースト業種10】
■宗教家 ……15.87%
■医師 ……14.47%
■法務従事者…… 9.00%
■飲食物調理従事者…… 5.48%
■漁業従事者 ……5.45%
■接客・給仕職業従事者…… 4.09%
■自動車運転従事者 ……3.77%
■著述家、記者、編集者…… 3.41%
■生活衛生サービス職業従事者 ……3.15%
■教員 ……3.11%

「思い込み」を仕事にせざるをえない

宗教家、医師が圧倒的に多く、

「・・・ねばならない」という正義心が強いものが 「思い込みの弊害」が起こりやすいことがわかる。

私の友人のお坊さんも数年前自殺した。

私がこうして67歳まで生きられているのは

こうした「思い込み」からの脱却を 禁煙するような苦労をしながら、何度も挑戦してやってきたからだ。

「こうあらねばならぬ」という先入観をまず捨ててかかること。

それが、思い込みや洗脳やいじめからの脱却につながり、自遊に生きられるようになってくる。

そこから、いろいろな奇跡的な可能性がどんどん広がっていく。

苦悩からの脱却とは 自分の思い込みからの脱却のことであり、

それが克己というものであり、自分自身に勝つということであろう。

 

 

時空を超えて今僕はここに居る・その11

日曜日, 4月 15th, 2018

古代麦・蕎麦。陸稲の雑草化作戦の準備が終わり

作物交代する6月まで 自分の仕事がなくなってしまった。

自分のことだけだと、時間とお金と情熱は余るものである。

自分で編み出した「5:5の瓦理論」だが、それは結構真実のようで、

自分のこと10だけだと、バランスがとれない。

他人のことを半分の5考えないと、どうにもバランスがとれない。

それは恋愛でもそうで、

「愛する」のを10にすると、それは「エゴ」になって バランスがとれない

「愛される」つまり「感謝」を半分の5にすると、それは「友愛」になって、バランスがとれる。

ちなみに、「愛される・感謝」を10にすると、それは「依存関係」になって、自立できないアンバランスになる。

自他の他の場合、他は一人でも、数人でも、しいては 世界人類の70億人でもいいわけで、

それら他の思案の為所が半分の5が丁度いいバランスである。

 

なぜモンゴルの旅が今までで一番楽しかったのか?

一人暮らしの場合、自分の問題だけで十分楽しいのだが、

海外の旅に数人で行ったり、相手の国と人との交流があった場合、

否が応でも他人の問題を解決せざるをえない状況になる。

他人が困ることを見て見ざるフリができなくなる。

そんな時、その問題が自分の経験と知識で解決できると判断した場合、ついお節介して解決させてしまう。

逆に、その問題が、自分の経験と知識と才能で、解決できないことを押し付けられた場合、私は傷つき、孤独になりたくなる。

そうした自分の苦境を他人に助けられることもあった。

 

この自他の助けあいで、苦悩と歓楽が相互にやってきて、

それが 自分の50年前のトラウマまで解消させてくれたことにつながったので、これまでの人生で一番楽しい旅だったと思えたようだ。

 

相反し、矛盾する自他があってこその自分と他人であるから、

他人あっての自分であり、

自分あっての他人でもある。

両者はどうあがいても5:5のバランスを保って思案したり、共存できるようにした方が自然。平和・極楽である。

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他人の問題で今一番大きな問題なのはシリア紛争であろう。

【シリア情勢】米英仏、シリアの化学兵器施設を空爆

 

 

この問題は自分の経験と知識に照らし合わせると、即解決できる問題である。

シリアのバッシャール・アル=アサド大統領が平和への意志持ち、そのために

1、一切の武力による解決を禁止

2.信教・思想の自由

3.国民の武器携帯の禁止

の三方針を法律制定してから実施すれば可能であろう。

これは日本の憲法を応用すればいいだけである。

だが、どうしてその日本の平和憲法を持つ現安倍首相が 米英仏の武力解決を容認する発言をするのだろうか?

私が首相だったら、

「日本憲法に倣いて、一切の武力による紛争解決の禁止、信教の自由、国民の武器所有の禁止をシリアのアサド大統領に進言したいと思います」

という、発言だけで十分である。

とんちんかんな発言をしてばかりいると・・・

他人に対しても思案5は

みな、大同小異あるが、みなリンクしている。

国内での犯罪も、 武力で解決しようとするから起きる。

日常生活においても、言動においても、武力的な解決法を取らないことが問題がこじれたり、大きくしたりしなくてすむ。それは多くの人々が経験することだろう。

そうした日常問題を 外国のシリア問題に リンクして応用すれば 即解決できるものである。

 

赤信号 みんなで渡れば 怖くない

こうした集団心理が負の連鎖、負のリンクを生み出す。

 

赤信号 一人でも安全確かめれば 怖くない

 

武力闘争 一人でも平和求めれば 怖くない

 

その一人はシリアのアサド大統領でもある。

 

時空を超えて今僕はここに居る・その7

木曜日, 4月 5th, 2018

自経理灯明 法目的灯明

 

ようやく いつもの自分一人の生活が始まった。

携帯電話も一日一本もないが それが今日3月26日の午後9時に起きた一時停止違反の件で

警察の担当者とは別の交通課から電話があった。

「どうしてサインしなかったのですか?」

「安全性を考えて、口頭による注意勧告が妥当であると判断し、サインして文書に残す必要がないと判断した」

「なるほど(納得したようす)」

そして、不思議な質問がきた。

「一時停止しましたか?」

「それが記憶にない。左右確認して車が来ないことを確認したことは確かだが・・

警察官が二人とも一時亭しなかったというので、たぶんそうなのだろうが・・

そんなこと、パトカーのビデオカメラの撮影チェックすればわかることじゃあないの?」

「はい、それは確認しました」

で、終わったのだが、何が確認できたのか? ひょっとして、自分が一時停止したかもしれない・・ビデオ判定ではかなり微妙な判断をせめられたのかもしれない。だから、それを確かめに私に聞いたのかも???

妙な疑問が残ったが、

「わかりました。(納得了解しました)」と電話は終わった。

「女性土俵下りて」不適切だった 突然で動揺

命優先せず、しきたりの「女人禁制」を優先した不祥事があったが、

この警察官も「道路交通法違反のしきたり」を「市民の交通安全」よりも優先したためにおきた不祥事でもある。

そのシキタリや法律や教義そして慣習道徳は

「なんのために成立したか?」

これは この世を 生き抜くためには どうしても その目的を考えて 今の状況を的確に判断する必要があるということである。

「そういう法律があるから」では問題解決にはならなく、より問題を複雑化させてしまう。

「その法律はなんのためにあるのか」から問題解決がケイスバイケイスで即断できるのである。

 

自灯明・法灯明 <涅槃経>

自らを灯とし 法を灯とせよ

釈迦が入滅する最後の教えであるが、ここでいう法灯明とは釈迦の説く法律・しきたり・教義である。

だが、こう訂正する方が安全に生きられる

「法の目的とするところを灯とせよ」

自らを灯というのも こう訂正する必要がある

「自らの経験と理性を灯とし」である。偉い人がああいったとか、いうのではなく、自分できちんと物事を考えて、判断していくことだ。

まとめると

 

「自らの経験と理性を灯とし、

法の目的とする灯と照らし合わせて

 判断し 安全に確かに生きよ」

 

 

時空を超えて今僕はここに居る・その6

日曜日, 4月 1st, 2018

April Fool

「春の馬鹿」

嘘のようなポカポカ陽気 バカ騒ぎもしたくなる

権威あるもの、権威を求めるもの 権威に屈するもの

そんな人物に多く出逢っていると 「知らないのに知っている」「何の確証もないのに信じ込んでいる」「その答えがないのに答えを断定せざるをえない」「まわりから信頼されているので大丈夫のふりをする」「回りからおだれられるのでそうだと信じ込んでしまう」「自信がないのに自信があるようにせざるをえない」

知識人 賢人 でないと 自分の立場が保てなくなる。

馬鹿になってはいけない バカであってはいけない としきりに そう自分に言い聞かせている。

だがなあ・・

そんなつまらぬ枷をはずして、エイプリールフールの 一年に一度でいいから 正直の自分の馬鹿さを解放しようではないか

自分が馬鹿であることはいわば

自分の丸裸の姿を世間に公表するようなものだ

そして、自分の正直な気持ちを 全部言い放すようなものだ。

それは とにかく恥ずかしい 醜い無様な姿だ

どんなに 偉かろう人物も ただの凡くらだ

過去のどんなイエス マホメット 釈迦 ソクラテス アインシュタインだろうと

ただの 我らと少しも変わらぬ バカ者だ

ただ 信じ込んだ賢さ 知識 悟り 真実 で、自分を覆い隠しているだけだ

この春のポカポカ陽気の温泉にはいった気分で、そんな知識の覆いを脱ぎ去ろうではないか!

みんな馬鹿なら、どこに劣等感や どこに驕りがあるというのか

そこに 共通の居所がある ともに生きている実感が沸き起こる

 

馬鹿とは もうどうでもいい知識や常識や見識や信条を 洗い落とすことであろう。

 

今日のエイプリールフールくらい みんなで馬鹿になりきろうではないか

そこから 明日の平和 健康 コミュニケーション 仕事 学問 生活 がリセットされ 新しく更新されて進みだす。

 

そう、馬鹿になりきることは 生活のリセットなのだ

 

時空を超えて今僕はここに居る・その5

土曜日, 3月 31st, 2018

二人のヤングフレンド

奇跡のヤングフレンド

初めて恋をしたときから

今の67歳になるまで ず~と解らなかったことがあった。

モンゴルの旅で奇跡的に出会った二人のヤングフレンドにそれを教えてもらった。

もちろん、

19歳のヤングフレンドたちは 自分たちが一体何を67歳の老人に教えたのか ?????であろう。

それは恋愛・結婚・子育ての長い経験がないと まったく????で、

たとえ、言葉による理解でも 一向に??????であろう。

また、死ぬほどの恋に苦しんだことがないと やはり?????であろう。

 

釈迦が断食と瞑想の長年の荒修行の末、息絶え絶えに山から下りてきて、

やせ細り、今にも死にそうな釈迦の姿をみて、若き娘子が

一杯のミルク粥を差し出し、それをいただき 忽然と悟るようなものである。

 

ヤングフレンドは ただ正直に本音で語り、答えてくれただけである。

だが、67年間の片思いの修行者に その本音が ミルク粥をなにげなく与えるように、

奇跡の悟りを忽然ともたらせてくれたのだ。

 

片思いは本質的にエゴである。

無償の愛は理論的には可能であるが、実際的には不可能であり、

どんなに努力修行しても、幾分有償の愛が混じってしまう。

100%の無償の愛は いわば 仏陀の悟りであるが・・

不悟の悟、不知の知 無知の知 を知って、

そうした絶対的境地や仏陀の悟りのようなものは単なる幻想や

終わりのない目標地点としてとらえた方がより自然的またより人間的な自遊な生き方ができる。

 

恋愛は感謝とのバランスで成り立つ。

そのバランスは五分五分で、

自分のことを考えるのを 5 対して 他人のことを考えるのを 5

この半々のバランスが一番人間関係でも、社会の健康度にも、恋愛と感謝でも 丁度いい。

 

相愛はたぶん、恋愛と感謝のバランスが うまくとれた時の状態であり、

そのバランスが欠けると 別れがやってくるが、バランスが満ちると また出逢いがやってくる。

それは 生と死が 波間のように 打ち寄せては、去っていくようなものであろう。

 

 

時空を超えて今僕はここに居る・その4

金曜日, 3月 30th, 2018

今僕は50年前の自分と50年後の自分とそして今の自分の三者が一同に会して話し合っている。

そんな不思議な世界にはまり込んだのは・・

今回のモンゴルの旅における出逢い、そして50年前のオランダにの国際ワーキンぐキャンプ、

今生で、最高の面白さがあり、友情も、恋愛も、理解も、 大きな喜怒哀楽を通じて、これほどの幸せを感じることがあるのか!

そして、50年後の再生しても、やはり同じ体験があるだろうことを十分信じられる出来事であった。

モンゴルの旅では、老若男女、国人種宗教を超えて 理解と友愛が実現できたことで、

天国のような空想と幻想のような世界より、はるかに この現実がキラキラの輝き、最高の幸せを感じられる世界をあることを 実際に嫌と思わせるくらいの充実感、幸福感、感動を与えてくれている。一か月半も続き、今もなお持続している。このまま50年間、そんな幸せ感が続くのではないかというぐらいの 桜咲く春のようなポカポカ気分なのである。

どうして、こんな奇跡的な出来事が次々連続して起こり、そして、幸せ感が持続できるのか、分析してみたくなった。

その原点は 約50年前の オランダの国際ワーキングキャンプの二週間にある。

みんなでヒッチハイクしてアムステルダムで合流した瞬間

国際ワーキング・キャンプは

CCIVS (Coordnating Committee for International Voluntary Service)

起源
国際ボランティアサービス(IVS)運動は1920年に生まれました。
最初のプロジェクトはフランスのヴェルダン近くで開催され、ヨーロッパのボランティアのグループが荒廃した村の再建を手伝っていました。

 

第二次世界大戦後、戦後復興とボランティア組織の増加に直面して、ボランティア活動の調整と奨励方法についてユネスコで議論が行われました。

1948年4月、国際ワークキャンプ組織会議が開催され、パリのユネスコ本部に設置され、国際キャンプのための調整委員会が設立されました。

1950年代から、ボランティア組織の数は、軍縮から健康と人権に至るまで、脱植民地主義から平和へと異なるテーマに触れ、世界中で増加しました。

1960年代初頭、CCIVSは当時の東欧の社会主義諸国の若者団体との接触を開始し、1970年代と1980年代には東西のボランティア青年交流を組織化する重要な中立基盤となった。1971年、CCIVSは国連ボランティアの創設にも関連していました。

1980年代、「鉄のカーテン」を横切る東西プロジェクトの数が増加した。

1987年、CCIVSはペレス・デ・クエラーの国連事務総長より「平和のメッセンジャー」という称号を授与されました。

1990年代初めには、南北関係とアジア・ヨーロッパ関係がますます重要になった。

それ以来、CCIVSは、国際的なボランタリーサービスの動きの発展に関する議論や交流のための品質基準の改善の場として知られていました。

CCIVSメンバーは、国際ボランタリー・サービスに関連するインパクト、認知、政策に関する動きを反映して、異文化間対話、持続可能な発展、世界遺産、健康と紛争の5つの主要トピックについて今日働いています。」

最近は

World Heritage Volunteers Initiative 世界遺産ボランティア活動に力を入れている。

日本のNGO団体のNICEが CCIVSと

NVDA(アジア・ボランティア発展ネットワーク)と

ALLIANCE(欧州ボランティア活動団体同盟)とも合わせて活動している。

私が24歳のとき、オランダの田舎の一軒家(知足庵のような)に 24人、13か国が集まり、日本人は私一人で、とくに、この時期、ベルリンの壁があったため、東欧に若者が半数近くいて、英語が話せない人も多く、まだドイツ人によるユダヤ人虐殺の痛手があった時代である。

そして、常時近くの茂みに隠れ、オランダ警察パトカーがきて、時々パスポートを東欧の者だけチェックしていた。

 

トレーラに全員のり、オランダのサイクリングロードを作っていく土方の仕事である。オランダでは車道自転車道歩道が緑でしっかりと分けられ、それを作ったのは 国際ボランティア集団も一躍担っているのである。

お世話役はオランダ人の若者がやり、食事を作るのは各国持ち回りである。

私はカレーライスを作ったが、英語がよくわからなかったため、ベジタリアンが3名いたので、えらく「岡部は友達じゃあない」とえらく恨まれた。肉をとっただけではだめなので、やむなくサラダだけ三人に与えた。

寝床は床に 男女の差をつけることなく、入り混じって寝ていた。大体男女隣りあわせになることが多い。

さりとて、なんの問題もおきなく、また、アムステルダムのゲストハウスも同じような感じで、いわば日本の山小屋風というようなものである。そのゲストハウスの寝床手続きは簡単で、腕にインクでスタンプをつけるだけだった。私は牛の焼き印を思い出し、逃げようとしたら、マリリーンが腹を抱えて笑ったのをよく覚えている。

ボランティアよりも、一緒に遊ぶことを重視していて、ボール遊び、離島の旅、ヒッチハイクの旅、ダンスなど、それぞれが今日は何をして遊ぶか アイデアをだし、翌日には実行される。

そして 別れがやってくると みな燃焼しつくして感動した。

 

 

 

 

 

私は最後に、パリで買った38cc原付自転車で 去った。

夢のような青春の思い出として その後50年たっても、彼らに会いたいと思うくらい燃え尽きた日々であった。

 

いかに、国際間の友愛が感動と幸せを与えるか、それを知った50年前である、

それがまたモンゴルの旅で、それは国際間だけの友愛だけでなく、老若男女を超えた友愛もまた大きな感動と幸せをうむかも味わわせていただいた。

遠く、離れて、理解が難しい同士が、互いに向き合い、そして、理解 友愛する それはどれほど、世界の理解と平和がこの世で なによりもの宝物であるかを教えてもらう。

戦争の悲惨さ、残酷さの 逆だと想像すれば、平和と理解がいかに大切なものであるか、この体験でしっかりと心身に刻むことができたと思える。

 

 

 

時空を超えて今僕はここに居る・その3

木曜日, 3月 29th, 2018

モンゴルの大学で、ズーム(スカイプのようなテレビ会議ソフト)による

日本とモンゴルを中継をするのに、私の友人である源吾郎さんを大橋教授に紹介した。

モンゴルに公演12階、ごみ拾い6回の大道芸人である。

30歳ころ、私と源吾郎さんとで、日本大道芸協会みたいのを作ろうと、原宿の歩行者天国で集まるギリヤーク尼崎さんを交えて、ワイワイ マルセ太郎の女弟子コンビ エンジェルも参加して やっていた。

私は芸人でなく、ただのゴリラメッセンジャーのプレゼント配達人であるためか、どうにもそこでやっていく自信がなく、また、便利屋やゴリラ便の方が忙しく、協会は彼一人で続ける格好になった。

テレビで活躍できる芸人はほんのわずかであって、万が一の割合で 出てこられるが、それも長く出られるのも万が一の割合であり、非常に笑いの世界は競争率が激しく、ほんの些細な才能と運の差で、天国と地獄の差が生まれる。それは有名無名だけでなく、経済的格差も万が一の差ができる。

モンゴルでは市会議員でかつ電子技術者のセンザイさんは67歳、クリ医師も67歳、源吾郎さんも私と同じ67歳である。

昨年2017年の2月の毎日新聞に

 紙芝居
デビュー45年・源吾朗さん、「和の心」込め 2度のがん乗り越え、台東であす公演 /東京

電話ではただ病気していて昨年はモンゴルに行けなかったといっていたが、今初めてネットで調べて解った。

ズームによるモンゴル公演が実現しなかったのは

源吾朗さんが、パソコン音痴で、すべて奥さんが手伝ってもらわないと難しく、パソコン類はスマホしかもっていない。また、モンゴルでは日本語で、日本語を学んでいる小中高生相手に自作の紙芝居 スーホーの白い馬を演じていた。

大学では英語もほとんど通じない、まして日本語も通じないので無理だろうと思えたのである。

また、大病を患っている、源吾朗さんはボランティアする余裕がなく、ギャラなしでは「飯も食わせず仕事させ」状態になるのは会話中にヒシヒシを感じられた。

それで、私は大橋教授に無理だと報告して、ブーム実験は中止になったのである。

源吾郎さんの活動を調べてみた

源吾郎ブログ(更新されていない)

東京演芸協会

体験ジャパン

 

35年前当時から、必死で大物大道芸人になろうという悲壮感が漂っていた。

その頑張りまた病気との闘いも合わせての笑いには余裕がなく、その内情を知っている私には涙さえ出てきてしまう。

 

そういう悲壮感ただよう笑いを続けるのは 何も源吾朗さんだけでない、この同じ67歳の私も また同じ67歳の友人の多くが、そんな頑張りと余裕のない悲壮感を漂わせながら なんとか笑い 生きているという現実と心通うところがある。

才能と運 その剃刀の刃ほどの差で、見かけ上は天と地の差があるが、

意外と、その実は 無名であることの自由さの 幸せを感じているのである。

ただ悲壮感は経済的や病気などがあった場合はつい表に出てしまうが、そうでないと、本当に天真爛漫な67歳なのである。

携帯電話で話しているとき、

どうもギャラガ出て、モンゴルに招待してくれると勘違いしているらしく、

「源吾朗さん、ボランティアですよ!」

「そうなの。。ちょっと期待しちゃってさあ・・・アハハハハ」

 

芸で売れない=劣等感に苛む=貧乏忍耐=笑って自分をごまかし

それは芸だけでなく、それぞれの専門の道でも、そうだろう。

ただ、売れる売れないはほんの些細な着眼点とタイミングのズレがあるだけの気がする。

恋で アバタもエクボ

人気や慣れで、下手な芸も上手い芸に見え