パパラギとの出会い

5月 22nd, 2017

徳島大で話を6月に二度することになって、

いよいよ 若い世代(私の子供も含めて)へ「命のバトン」をする時期が来たと思った。

いわば就活である。

命のバトンには「生き抜く力の資産は子供たち」に、「生き抜く知恵は若い世代」へと繋げたい。

 

私は40才になった時、失恋ばかりする人生に「一生結婚しないでいこう」と決意し、

当時、ベストセラー化した「パパラギ」という本に感銘し、

西洋文化を批判したサモアという国はどういうところだろうか?

という疑問もあって、その西サモアにそれまでの失恋全部の傷心旅行にいった。

 

そして、結婚をあきらめた途端に、18才のサモア人と結婚し、二人の娘を得た。

その娘たち世代への「命のバトン」として、国際結婚という経験を整理していて、

改めて、娘たちを産むきっかけとなった「パパラギ」に出会った。

驚いたことに、それがなんと「著者ドイツ人のフィクション」であることが今解った。

 

私の人生は感銘した多くの本に騙され、失敗してきたが、「パパラギ」にまで騙されたとは唖然とした。

当時に、パパラギがフィクションであると解っていれば、サモアに傷心旅行には行かなかっただろう。

真実をいつ知るかで、大きく人生が変わることは確かだ

 

パパラギがフィクションであれ、その内容は西洋文化の批判としては今も通用する内容なので、まとめてみた、

 

パパラギ

1920年にドイツで画家で作家のエーリッヒ・ショイルマンによって出版された書籍である。ヨーロッパを訪問したサモアの酋長ツイアビが帰国後、島民たちに西洋文明について語って聞かせた演説をまとめたもの。

 

文化人類学者の間では、ツイアビの演説がサモアの話法とは異なっていることなどから、この本は実際にはツイアビの演説をまとめたものではなく、ショイルマンの創作だと考えられてきた。上記の天声人語での評も、ツイアビが実在の人物かどうかは不明というスタンスを取っている。近年の研究により、ツイアビは現地語で「酋長」を意味する言葉であり、本書でツイアビとされている人物はアガエセ(Agaese)という名のドイツ軍の軍属で、ヨーロッパを訪問したこともなかったことなどが分かっている。しかし、ドイツ及び日本での出版時にはフィクションとの断り書きがなかったので、真実だと取り違えている人も多い。

 

パパラギの本当の神はお金だ

おまえたち、明敏なわが兄弟よ、わたしたちはみな貧しい。太陽の下、私たちの国ほど貧しい国はない。

私たちのところには、箱いっぱいの丸い金属もなければ重たい紙もない。

パパラギ(白人)の考えからいえば、私たちはみじめな物乞いなのだ。

だがしかし!おまえたちの目を見、それを金持ちのアリイ(紳士・男)の目と比べるなら、彼らの目はかすみ、しぼみ、疲れているが、おまえたちの目は大いなる光りのように輝いている。

喜びに、力に、いのちに、そして健康にあふれ、輝いている。おまえたちの目は、パパラギの国では子どもだけしか持っていない。

言葉も話せない、それゆえお金のことは、まだ何も知らない子どもだけしか。・・

大いなる心は、私たちをアイツウ(悪魔)から守ることによって、私たちを愛してくださった。

お金がアイツウである。その仕業はすべて悪であり、悪を生む。お金にさわったものは、その魔力のとりことなり、それをほしがるものは、生きているかぎり、その力もすべての喜びもお金のために捧げねばならない。

もてなしをしたからといって何かを要求したり、何かをしてやったからといってアローファ(贈り物・交換品)をほしがるような人間を、私たちは軽蔑する。

という尊いならわしを、私たちは大切にしよう。ひとりの人間が、他の人たちよりずっとたくさんの物を持つとか、ひとりがうんとたくさん持っていて、他の人びとは無一物、というようなことを私たちは許さない。

そのならわしを大切にしよう。そうすれば私たちは、隣の兄弟が不幸を嘆いているのに、それでも幸せでほがらかにしていられるあのパパラギのような心にならずにすむ。・・
宣教師は私たちに嘘をつき、私たちをあざむいた。

パパラギが宣教師を買収し、大いなる心の言葉を借りて私たちをだましたのだ。

丸い金属と重たい紙、彼らが「お金」と呼んでいる、これが白人たちの本当の神さまだ。
(中略)
彼は患い、とり憑かれている。だから心は丸い金属と重たい紙に執着し、決して満足せず、できる限りたくさん強奪しようとして飽くことがない。

「私はこの世に来たときと同じように、不平も不正もなく、またこの世から出てゆきたい。大いなる心は私たちを、丸い金属、重たい紙なしに、またこの世に送ってくださったのだから」などとは、彼は考えることができない。

(中略)

そう、おまえは誕生のときにさえお金を払わねばならず、おまえが死ぬときも、ただ死んだというだけで、おまえのアイガ(家族)はお金を払わねばならぬ。

からだを大地に埋めるにも、思い出のためにおまえの墓の上にころがす大きな石にも、お金がかかる。

(中略)

何よりもまず、私たちはお金から身を守ろう。

パパラギは今や、ほしがらせようとして、私たちにあの丸い金属と重たい紙を差し出している。

それが私たちを豊かにし、幸せにすると言う。

すでに私たちの中で、目がくらんで、重たい病気になったものがたくさんいる。

けれども私はおまえたちに語ろう。お金で人は楽しくなったり、幸せになったりすることはない、それどころか、人の心を、人間のすべてを、悪しきいざこざの中へ引き込んでしまうということを。

そしてお金は、ひとりも本当に救うことはできない。ひとりも、楽しく、強く、幸せにすることはできないのだということを。
おまえたちが、おまえたちのつつましい兄弟の言葉を信じ、言うことをわかってくれるなら、おまえたちはあの丸い金属と重たい紙を、もっとも凶悪な敵として憎むことになるだろう。

「丸い金属と重たい紙について」

 

石の箱に住むパパラギ

パパラギは、巻貝のように堅い殻の中に住み、熔岩の割れ目に住むムカデのように、石と石のあいだで暮らしている。頭の上も、足の下も、からだの周りも、すべて石である。

パパラギの小屋は石でできていて、まっすぐな箱のような形をしている。たくさんの引き出しがつき、あちこち穴だらけの箱である。

(中略)

たくさんの人の住む石造りの箱、無数の河野用にあちこちに通じる高い石の割れ目、その中の人波、うるさい音と大騒ぎ、すべてのものに降り注ぐ黒い砂と煙、一本の気もなく、空の青もない、明るい風もなく、雲もないところ、これをパパラギ(白人)は「都市」と呼び、それを創ったことを誇りにする。

たとえそこには一本の木も、森も、広々とした青空を見たこともなく、まだ一度も大いなる心と対面したことのない人間ばかりが住んでいようとも。

(中略)

パパラギは、彼らが集めてきたこの石の山が自慢なのだろうか。私にはわからない。

パパラギは、何か特別な心を持った人間のようだ。意味も無いことをたくさんする。無意味どころか、そのために自分が病気になってしまう。にもかかわらずそれをほめ、自分で美しい歌にして歌う。

(中略)

だから不思議でならないのは、どうして人がこの箱の中で死んでしまわないか、どうして強いあこがれのあまり鳥になり、羽根が生え、舞い上がり、風と光を求めて飛び立ってしまわないか、ということである。

だがパパラギは、石の箱が気に入っており、その害についてはもはや気がつかなくなっている。

(中略)
ここは、まだいくらか美しく、豊かである。私たちの土地と同じように、木々や森や川があり、小さな本当の村もある。

(中略)
これらの村には、町の人間とは違った心の人びとが住んでいる。

この人たちは田舎者と呼ばれる。町の人間より食べ物もたくさん持っているはずなのに、ざらざらの手をし、汚れた腰布をつけている。

彼らの暮らしは、割れ目の人間よりもずっと健康で美しい。

ところが、彼らにはそのことが自分で信じられず、彼らがなまけ者と呼んでいる、大地に触れることもなく、果実を植えて収穫することもない町の人間たちのことをうらやましがっている。

(中略)
だが双方のこの争いは、戦争にまで広がるほどのものではない。

総じてパパラギは、割れ目に住んでいようと田舎で暮らそうと、あるがままに、すべてのことに満足なのである。

(中略)
だが私たち、日と日の光の自由な子である私たちは、大いなる心にいつまでも忠実に、石をもってその心を煩わすことはすまい。

もはや神の手を放してしまい、心迷える病気の人たちだけが、日もなく光もなく風もない石の割れ目で幸せになれるのだ。そんな不確かな幸せでも、パパラギが望むならくれてやろう。

だが、日当たりのいい私たちの海岸に石の箱を建て、石で、割れ目で、塵と埃で、うるさい音で、煙で、砂で、人間の喜びを滅ぼそうとするパパラギのあらゆる企ては打ち砕かねばならぬ。

「石の箱、石の割れ目、石の鳥、そしてその中に何があるかについて」

 

個人主義のパパラギ

パパラギは一種特別な、そして最高にこんがらがった考え方をする。

彼はいつでも、どうしたらあるものが自分の役に立つのか、そしてどうしたらそれが自分の権利になるのかと考える。それもたいてい、ただひとりだけのためであり、みんなのためではない。このひとりというのは、自分自身のことである。(p68)

神からたくさんの物をもらえば、兄弟にも分けてやらねばならない。そうでないと、物は手の中で腐ってしまう。

なぜなら神のたくさんの手は、すべての人間に向かって伸びており、だれかひとりが他のものとは不釣り合いにたくさんの物を持つのは、決して神の心ではない。

さらに、だれかひとりがこう言うのも神の心ではない。「おれは日なたにいる。おまえは日陰に行け」私たちみんなが、日なたに行くべきである。

神が正しいその手の中で、すべてのものを支えておられるかぎり、たたかいもなければ苦しみもない。狡猾なパパラギは、こう言って私たちまでだまそうとする。

「神様のものなんて何もない。おまえが手でつかんだものは、おまえのものだ」――そのような愚かな言葉に耳を貸すまい。正しい知恵に耳かたむけよう。すべては神のものだ。(p75)

パパラギは何でも、貪欲に取り込む。

たとえばどんなに悲しいことでも、健康な人間の理性ならすぐに忘れてしまいたいことでも。

そう、まさにそういうよくないこと、人を悲しませるようなことが、どんないいことよりもずっとくわしく伝えられる。そう、よいことを伝えるより、悪いことを伝えるほうがずっと大切で、うれしいことででもあるかのように、こと細かに。(p102)

パパラギの生き方は、サバイまで舟で行くのに、岸を離れるとすぐ、サバイへ着くのに時間はどのくらいかかるかと考える男に似ていると言えるだろう。彼は考える。

だが、舟旅のあいだじゅう、まわりに広がる美しい景色を見ようとはしない。

やがて左の岸に山の背が迫る。それをちらっと見ただけで、もう止まらない――あの山のうしろにはいったい何があるだろう。おそらく湾があるのだろう。

深いのかな?せまいのかな?こういう考えのためにもう、若者たちといっしょに歌っていた舟唄どころではなくなってしまう。若い娘たちの冗談も聞こえなくなってしまう。(p108)

考えることが重い病気であり、人の値打ちをますます低くしてしまうものであることを、パパラギは身をもって私たちに教えてくれた。(p115)

物がたくさんなければ暮らしていけないのは、貧しいからだ。

大いなる心によって造られたものが乏しいからだ。パパラギは貧しい。

だから物に憑かれている。物なしにはもう生きていけない。

(中略)
少ししか物を持たないパパラギは、自分のことを貧しいと言って悲しがる。

食事の鉢の他は何も持たなくても、私たちならだれでも、歌を歌って笑顔でいられるのに、パパラギの中にそんな人間はひとりもいない。

ヤシの木の方がパパラギよりずっと賢い

おお、兄弟たちよ、こんな人間をどう思うか。
サモアの一つの村なら村びと全部がはいれるほど大きな小屋を持ちながら、旅人にたった一夜の宿も貸さない人。
こんな人間をどう思うか。
手にバナナの房を持ちながら、すぐ目の前の飢えた男に乞われても、ただの一本も分けてやろうとしない人。
私にはおまえたち(白人を指す)の目に怒り、唇には軽蔑の色の浮かぶのが見える。

そうなのだ、これがいつでもパパラギのすることなのだ。
たとえ百枚のむしろを持っていても、持たないものに一枚もやろうとはしない。
それどころか、その人がむしろを持っていない、と言って非難したり、むしろがないのを、持たない人のせいにしたりする。
たとえ小屋のてんじょうのいちばん高いところまで、あふれるほどの食物があり、
彼とアイガ(家族)が一年食べても食べきれないほどでも、食べるに物なく飢えて青ざめた人を探しに行こうとはしない。
しかもたくさんのパパラギが飢えて青ざめて、そこにいるのに。

熟せばヤシは葉も実も落とす

葉も実も落とすから、根元の土はますます肥えまた新しく葉が茂り実が成る
人も年ごとに振り落としていくものがなければ心の土壌は肥沃にならない
でも、パパラギに生き方は未熟なヤシが葉も実もしっかりかけているようなもの

「それはおれのだ!持って行っちゃいけない。食べちゃいけない」

と 人はあんでも抱きかかえて離したがらない。
それじゃどうして新しい実がなる?

ヤシの木の方がパパラギよりもずっと賢い
ヤシは葉も実も落として根元の土を肥沃にし
パパラギはなにもかも抱きかかえて枯れ死していく
ヤシの木のほうがパパラギよりずっとかしこい。

 

やっかいな迷いから抜け出るにはもっと自由に遊べ

5月 19th, 2017

ダンゴ虫の弁証法的習性

ダンゴ虫の障害があった時に左右交互に動く弁証法的習性で、難なく迷路から抜け出ることができた。

だが、その迷路が複雑であった場合は、ダンゴ虫はその弁証法的習性だけでは障害は克服できず、パニックに陥ったり、うつ病のように閉じこもったりする。

ちなみに、

弁証法の正反合の合とは何か?

というと、それは矛盾の解決法であり、その矛とその盾を戦わせ、勝利した方を選ぶということで、正反合の合は「戦い」「確認」「挑戦」「実験」という意味が強い。

 

しかい、正反の内容が事実ではなく、感情・意見・知識・信念・伝統といった場合は、正反の意見が違ったままで和合するというような、「みんな違ってみんな良い」という「結論先送り」「保留」「かっこにくくる」「平和」「和を以て貴しとなす」という意味あいである。

ダンゴ虫はいかに複雑な迷路から抜け出たか?

左右に動く習性では迷いから抜け出られないと知ると、パニックになったり、ふさぎ込んだりする。

だが、気を取り直して、左右に動く習性にこだわらず、左左と続けて動いたり、時には上に這い出すような挑戦をしていく。

つまり、弁証法的習性にこだわらず、自由に、動き回ることで、いつの間にか、迷路から全員抜け出ることができる。

このダンゴ虫が生き残るための弁証法的習性は、時には知恵であったり、時には障害的な思い込みであったりする。「いつもこうだ」「こうなっている」「こうすべきだ」というような、「常識」「習慣」「道徳」「知識」は簡単な迷いからの脱出はできるが、複雑な迷いからの脱出には不向きであり、むしろ、そういう固定観念をはずして「自由」に「挑戦」を「し続ける」ことが生き残れることが解る。

メダカの迷路の脱出法

メダカが生き残る習性は群れである。

だが、この群れるという習性は、迷路からの脱出には邪魔になっていることがわかる。

あるメダカが群れから飛び出て、新しい道を進むが、独りでは不安になり、元の群れの方にすぐもどってしまう。だが、あるメダカは自由に遊びながら、群れから何度も大きく飛び出していく。それを観ていたメダカも同じように遊びだす。そのうち、大きく遊びだしたメダカから迷路から抜け出すことがわかる。

生き残るためには、群れという習性が時にはよいが、時にそれは邪魔になることがある。群れるという習性にこだわらずに、もっと自由に遊ぶことで、自分も、またその群れ全体を救うことができるともいえる。

群れという生き残る習性は、人間ならば、多数決で物事を決めるということである。だが、その多数決されたものが、逆に群れ社会全体を戦争状態のようなパニックを起したという歴史はいくらでもある。

だが、多数決に限らず、独り自由に遊ぶかのように行動することで、自分も社会も救う道が出てくるということもある。

もし、群れ社会が混乱していた時は、その社会の常識にこだわらず、メダカのように、独り自由に遊んでみることが、自分も群れ社会も救える道だともいえよう。

 

おじさん、何のために生きているのかな?

5月 14th, 2017

男はつらいよ 39作目 寅次郎物語1987年

 

甥っ子の光男が寅さんに聞く
「おじさん、人間は何のために生きているのかなあ」

「うんなあ・・難しいこときくなあ。・・・うんなんというかなあ・・
ああ、生まれてきてよかったなあ というときが何べんもあるじゃない、ね、
そのために人間生きているじゃないか?
そのうちおまえにもそういう時がくるよ。まあ頑張れ」
と、光男の肩をたたく。

寅次郎サラダ記念日1988年

大学受験に悩む光男が荒川を二人でながめるおじさんに聞く

「大学にいくのはなんのためかなあ?」
「決まっているでしょう。これは勉強するためです」
「じゃあ、なんのために勉強するのかなあ?」
「人間長い間生きていりゃあ、いろんなことにぶつかるだろう、なあ。
そんな時俺みたいに勉強してないやつは、

このふったサイコロで、出た目で決めるとか、

その時の気分で決めるしかしょうがない。なあ
ところが、勉強したやつは、自分の頭できちんと筋道をたてて、

はて、こういう時はどうしたらいいかなと、考えることができるんだ。

 

悪法もまた法なり

5月 14th, 2017

ソクラテスが国家を乱す思想の罪として死刑されることを受け入れた時に発した

「悪法もまた法なり」

が、2000年後には、諺にもなった程、大きな思想の力になった。

キリストも当時ローマが信奉する神に対する不敬罪で、磔になることを受け入れた。

だが、キリストの思想も教義も、のち2000年以上も道徳指針になっている。

ソクラテスもキリストも、弟子の力で、逃げ出すこともできたし、裁判で、自分の思想とは真逆の嘘を言うこともできたであろう。

だが、逃げ出すことも、嘘を言うこともしなかったのは、当時二人とも著名でその思想は数千年も通用する程の力があり、その社会的運命的責任があったために、どこにも逃げ場がなかったし、嘘を言ったらそれまでも話してきた言葉は嘘となってしまうからであろう。それは当時の、国家反乱罪、神不敬罪で死刑されることで、ソクラテスキリストの思想は生き続けることになった。

それは数十年の肉体の命よりも数千年も生きる思想(魂)を優先したためであろう。

無名で社会的重責もない私だったら、さっさと逃げるか、嘘をいくらでもついて命乞いをするだろう。むしろ、そういう思想や信仰よりも、今の肉体の命を優先する方がこれからの時代を生き抜く適応力になるように思える。

 

大麻が麻薬と同じだと誤解されている法律と世間的道徳に対して、武田邦彦が呟いている。

どうやら、大麻取締法は「悪法もまた法なり」と言えそうである。

私は何かと依存荘になりやすい性格で、1日3箱のヘビースモーカーで、長年なかなか禁煙できずに苦しんだ経緯があるため、大麻を吸うことを禁じる法律は大歓迎であるし、ありがたいものである。でも、社会にとって、煙草も大麻も同じ草の扱いにしないと科学的につじつまが合わなくなるだろう。

通行人クレイマー突如出現

最近、フリマ笹塚の店に、警察と区役所の人を連れてきた3.40代の通行人が、シャッター代わりにしている格子戸を取り壊すよう指示してきた。1世紀もやっているが、こんな出来事は始めてだった。

毎年、道路にはみでる日除けテント使用料として、警察と区役所に5.6千円払っているが、その下にある看板や戸板、机などは許可使用料には入っていないということが今回判明した。

だが、1世紀もの日除けテント下に、いろいろ展示案内できており、それが暗黙の許可となっている。

この道路使用に関する法律は「悪法もまた法なり」とまでもいかないが、「タテマエ法」と言えるのではないだろうか。40キロ制限の道路交通法に、40キロで走り続けるパトカーがいた時は、その後はずっと渋滞が起きることは事実であり、パトカーが横に曲がると、その後続車は一斉に60キロで走りだし、渋滞は解除される。

この最高速度40キロ道路というにも、「タテマエ法」である。時たま、安全運転期間と称して、スピード違反をとりしまる際でも、40キロ制限のところで、30キロオーバーの70キロを出している車が見せしめのために、つかまり、罰金、免許停止される。つまり、「守らねばならない法」ではなく、「注意法」である。

警察も区役所も、道路にはみ出た格子戸を壊せというのは「タテマエ」であって、格子戸を赦すというのが「ホンネ」である。それをクレイジーな通行人に解るように、口で「壊せ」といい、クレイジー通行人には解らないように、目で「そのままでいい」というような目くばせをしてくれる。

みんな違ってみんな良い

これをどう生活で表現していくかが、意外とコツがいる。

その一つのコツが、

「悪法もまた法なり」という処世術をつかい、「タテマエ口」と「ホンネ行動」をうまくバランスをとっていく生活術である。

武田さんが、サンマさんに、「どうして批判されても平気なの?」と問われて、

「私の考え方が間違っているからでしょう」

と答えた。

これも、「タテマエ口」であり、彼は自分の考え方が正しいと思って行動する「ホンネ行動」である。

「みんな違ってみんな良い」は、「どんな思想もどんな法律もみんな良い」という受け入れであり、悪法も善法も同じく受け入れるということであり、両者は矛盾しているが、そうした矛盾も受け入れるという現実的な受け入れ方が「和をもって尊きとなし」に繋がってくる。

 

「彼方を立てれば此方が立たず」

「It is hard to please all parties.(全ての人を喜ばせるのは難しい)」

「智に働けば角が立つ。情に棹(さお)させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい 」

・・「草枕」夏目漱石著

 

「言行一致」は「悪道徳もまた道徳なり」と言えそうである

 

よく、「自分で言ったことはきちんとやりなさい」とか、「いま、わかったって言ったじゃないか、どうしてそういないのか」と怒り、縛り付けようとする。

考えることを言うのもままならぬ、まして、言うことを行うのもさらにままならぬ、そんな人の性(さが)、言行一致という道徳振りかざしても、やはりままならぬ世の中、

考えも、言葉も、行為も、それらの特性を生かして自由に羽をのばして生きようではないか、

ダンゴ虫のように、正反合すれば、

「智に働かざれば角が立たず。情に棹(さお)ささねば流されず。意地を通さねば自由だ。兎角に人の世は住みやすい 」・・ダンゴ虫より

かくて、みんな違ってみんな良いは、自然にまかり通っていく(^^♪

 

 

学びコミュニティへの参加に向けて

5月 10th, 2017

どうやら二回体験談を話すことになった。

6月21日(水)水曜学舎 16:20~17:50

6月22日(木)ボランティアの授業 12:50~14:20

6月23日(金)自然と健康の会 10:00~18:00

それに

柳生心眼流の伝承者 島津先生の送迎ともども、一泊二日かけて行う。

8月1日(火)午前9時町田宅へ 途中、温泉があるところで一泊

8月2日(水)温泉と夕食後 知足庵到着

8月3日(木)ボランティアの授業(島津先生)

8月4日(金)キャンプファイヤー

8月5日(土)健康講座(島津先生)

午後、淡路島 砲術研究の旅 後東京へ 途中一泊

8月6日(日)東京町田宅 着

社会人講義先輩のドクターKから、一切何も準備しない方がいいと怒られるように言われたが、その時何を話すかは決めるとして、一応、どんな場所でどんな授業なのかを知っておかないと、落ち着かない。

大橋教授が目指しているのは何か? 教えてもらえなかったので、独自に調べることにした。

徳島大学 学びラウンジ を主催していて、国際交流を、双方の留学生同志が日本で、海外で ともに体験し語り合い、生活するという方法で、実践している

水曜学舎・・学生と社会人が共同して学びあう会を立ち上げました!その名も『水曜学舎』。毎回テーマを設定して、参加者全員で議論をしています。時に真剣に、時に笑顔ありの中身の濃い会となっています。豊かな人生を目指して、みんなで知恵を出し合いませんか?

総合科学特別講義

総合科学=諸科学を総合して地域課題の解明を目指す地域科学の意義や方法について考察します.授業の後半は、地域社会人との議論が中心になります。また、英語で授業を行う事があり、この授業では英語での意見表明が必要になります。英会話を用いる課外活動への自主的な参加を含めて、外国語の基本的運用能力を身につけながら国際感覚の醸成をはかります.また、体験・参加型学習の形式で課題についての探究と問題解決のための方策を思考できる能力の育成を目指します.

  1. 持続可能な社会を考える
  2. 自然環境保全(石田・大橋・佐藤)
  3. 地域活性化(石田・大橋・佐藤)
  4. 地域文化(石田・大橋・佐藤)
  5. 世代間格差(団塊の世代)(石田・大橋・佐藤)
  6. グローバル化とは(石田・大橋・佐藤)
  7. 歴史を学ぶことの意義(大橋・佐藤)
  8. 大学教育と生涯学習(大橋・佐藤)
  9. 原発問題をどう考える(大橋・佐藤)
  10. 国際交流と国際協力(大橋・佐藤)
  11. 幸福な国を築くには・・(大橋・佐藤)
  12. 哲学をもつことの意義(大橋・佐藤)
  13. 大学教育の課題(大橋・佐藤)
  14. 教養を学ぶ意義(大橋・佐藤)
  15. 総括 総合科学の必要性(大橋・佐藤)

それで私がなぜ呼ばれたかはどうやら社会人ボランティアとしてのようだ。

徳島大学は,「人間性に富む人格の形成を促す教育を行い,優れた専門能力と自立した未来社会の諸問題に立ち向かう,進取の気風を身につけた人材の育成に努める」ことを教育理念

この取り組みにおいては、地域社会の様々な分野で活躍し,大学教育・教養教育に造詣の深い地域社会人をボランティアとして広く迎え入れ,学生・社会人・教員の三者で互いに学び合う場としての「学びのコミュニティー」を授業内あるいは授業外で構成します。

知の循環型社会を構築するための一環のようだ。

どうやら、ドクターKが 主体は学生であって、テーマも、流れも、彼らに任すというもので、社会人ボランティアは提出された内容に対しての経験談を話して、議論を活発化させる役目、まさに、ソクラテスの産婆さんの役割だというのが解る。

そこで話すことは前もって決めないで、学生の質問から、始めるというのが、最も相応しい産婆術であろう。

ともあれ、そうした場合の質問予想に対しては自分なりに整理しておきたいし、質問がなくても、自分自身を整理するにも、よい学びの機会になるだろう。

私が大学生だった時に、こんな授業があったら、どんなことを聞きたいか?

また、現代の大学生が一番問題視しているのは何か? ということを調べてみることも必要だろう。

 

ユーザー車検メモ

5月 9th, 2017

何度かユーザー車検をやっているが、つい忘れてしまうのでメモしておく。

1.まず車検を予約する・・軽自動車検査予約システム(普通車は自動車検査予約システム)予約番号をメモ

2.二年と1か月間、メールアドレスとパスワードが保存されているので それでログイン

3.軽自動車税納税証明書・・毎年市役所から6月13日に送付される。(軽自動車税納税通知書は5月2日の送付されるが使えない)

4.ユーザー車検の方法・やり方を参考にする

5.定期点検整備記録簿(その一枚を切って、それにチェック記入する)

6.特に電気系統 ランプの切れがないかチェックする

7.自動車の下回りをホースで汚れをとる(車検者が見やすいように)

8.車検場ではタイヤのホールカバーははずしておく(ネジの締め付けをチェックしやすくするため)

9.もし、車検に落ちたら、近くにテスター屋さんがあるので、そこで、ライトの上下などを調整してくれるし、ランプの替えもできる。また、自分でランプを交換する場合は、プラスのドライバーが必要なので用意しておくとよい。

山梨事務所

山梨事務所 〒406-0034 山梨県笛吹市石和町唐柏792番地1 050-3816-3121

日御子(卑弥呼)を追いかけて

5月 4th, 2017

混一疆理歴代国都之図(こんいつきょうりれきだいこくとのず)は1402年に李氏朝鮮で作られた地図で、その時の日本は室町幕府の時代であり、その首都は京都であった。その地図から見ると奈良にも京都にも見える。そのため邪馬台国が奈良にあったとするのは間違いだった。

九州説の動画が最も分かりやすく、それを元に追いかけてみた。

実際に朝倉市の平塚川添い遺跡公園に行ってみたが、その弥生式集落の規模が少なく、もっと大きい吉野ケ里遺跡でも、小さく、それ以上にもっと大きな連合村落であったように思えた。

 

魏志倭人伝の世界というwebでは

卑弥呼が天照大御神であったとすると、神話や伝説がスッキリとまとまってくる。

卑弥呼の遺骨はたぶん八女市の古墳に納められたのだろう

その後継者が阿蘇山の南の高千穂の天岩戸に卑弥呼を天照大御神として神化し、その岩に魂が宿るかのように、神話化し、そこに神社を建造して、祀り、そこに遷都して、天孫降臨の伝説が作られたと思われる。

弥生時代の埋葬は甕棺(かめかん)であり、その甕棺を自然の岩として埋葬したとしてもおかしくない。

高千穂の前の都はたぶん山の要塞があるような太宰府天満宮であり、高千穂に遷都したのは南を征服するためと、自然の要塞として山に都を作ったのであろう。

八女市を邪馬台国があったとすると、そこは高千穂から新宮から東征へと神武天皇のルートに重なる。

天皇は死後神として古墳に祀られてきた。弥生の甕棺から古墳になったのは朝鮮の古墳を取り入れたものであろう。百済の王が日本に亡命して亡くなった時にはやはり神として古墳が作られ、神門神社も作られた。

邪馬台国がどこにあったかは重要ではなく、その時の最高の権力者が神として祀られてきたということが重要である。日本全体を治めた卑弥呼や天皇はその遺骨は古墳に、その霊魂は神社や神宮に、庶民の神棚に祀られ、日本人の心を一つに治め、平和な国として安定させようとしたと思われる。

日本を治めるためには、最初は武力であったが、その武力をさらに治めるのは心である。武力を心で治めるためには、洗脳が必要であり、その一役をになったのが神格化であり、それは武士道にも発展している。勝負事のスポーツが平和の祭典ともいわれるのは「平和の心」を最高の神のような精神にしたためであろう。

二つ目に重要だったことは、日本全体を治めるためには、男王ではなく、女王でなくてはならなかったことである。日本の神を奉る最高神が女の天照大御神であったことは、弥生以前は縄文時代が15000年も続いたことに関係がある。

弥生、古墳、現代歴史を合わせても2000年であり、その弥生文化はみな中国朝鮮から伝わり、現代文化はインドヨーロッパから伝わり、発展したものである。

15000年も続いた縄文文明は日本独自のもので、そこに日本全体を統一しようとする武力闘争もなかったし、最も強い権力者を神とする精神もなかった。

縄文の日本人が最も大切にした精神は縄文土器や土偶にみられ、その中心は妊婦姿である。南アルプスのふるさと伝承館には妊婦の土偶が中心におかれ、その妊婦は鈴のように一部穴が開けられ、鳴るようにできている。

その館長さんに話を聞いたら、縄文のキーワードは「再生」であると言う。「再生」は「出産」であり、破壊や闘争ではなく、「平和」と「創造」でもある。

それが女性であり、しかも妊婦であり、新たに生まれる赤子の鳴き声(鈴)である。

そうした15000年も続いた女性と妊婦を最も大事にした、日本独自の縄文文明があったからこそ、日本の武力闘争を治めたのは女王の卑弥呼=日御子であったし、男王ではできなかったといえるだろう。

今世界は3000年くらい戦争の歴史を繰り返している。神様同志が戦争するようになってしまった感がある。そうした武力闘争を治めて平和な世界を築くのは縄文の妊婦を最も崇める心をもって、平和な世界を再生する心は日本独自の縄文の心にあるように思える。

 

「みんな違ってみんな良い」をどう実現するか

4月 17th, 2017

私も含めて、友人たちの家族の多くはバラバラになっていて、老人の孤独死が自然のような家族環境になってきている。

邪馬台国をなぜか求めてきて、そこがどこにあったかはどうでもいいことだが、なぜ、その歴史ロマンに引き込まれるか? 不思議であった。

吉野ケ里遺跡に二日間車中泊して、どうやら、「日本人の心のルーツが大和国という家にあり、そこに八百万の神々が集まり、和して団らんしている」そうした中心に天照大御神=日御子があり、現天皇に象徴的に一つにまとまっていて、安定している。

「みんな違ってみんな良い」を初めて日御子が大和国として、統一実現させた。それは武力ではなく、国民みんなを神々として尊重・尊敬する敬愛の心で統一実現したのだろう。

すぐ武力で制圧しようとする男の特質は破壊に通じ、命を生み出す女の特質は平和に通じるので、敬愛を持つ女王日御子が勇猛をほこる男どもから担がれたのだろう。

世界は今、東洋と西洋の中間にあるシリアにおいて、武力による殺戮と破壊がとどまることなく進んでいる。それを平和にする術がなく、困り果てている。こうした状況は弥生時代の後期に似ている。イスラム国のように首狩りが当たり前の状況であったことも、その甕(カメ)カンに埋葬された遺骨からも解る。

もし、日御子のような敬愛を持つようなリーダー(もしくな法や精神)が世界で選出されたならば、どんな宗教も、どんな人種も、72億の神々として敬愛し、平和に統一されていくだろう。

日本は日御子の時代から二千年にわたって、引き継がれた敬愛の心をもっているのだから、そうしたリーダー役にはもってこいであろう。それはなんの因果か解らないが、唯一の被爆国であり、非戦国としての平和憲法を持っている国として、それを果たすべき日が来たように思える。

 

身長は150センチ、獰猛な戦士をなだめ、敬愛をもって、大和国を平和に治めた

前に、真実は一つだが、真理は一つではない。

としたが、通常、コナンでもそうだが、人の心情や意志を真実の中に入れてしまうので、誤解されやすい。

それで、

事実は一つ、真理は人間の数だけある。

と言い換えることにした。

それは、「みんな違ってみんな良い」を実現するのは敬愛と思えたが、そうした心情は一つになりにくいので、「事実は一つ」を応用して、「事実を共に共有すれば和する」と言えるだろうし、正反合の弁証法の合も、事実の共有で、合するとも言えるだろう。

シリアの問題も、

「共に生きるか?共に死ぬか? どっちが事実であり、どちらの事実を受け入れれば和する?」

という事実の共有で和解できるだろう。

 

真実は一つだが真理は一つではない

4月 13th, 2017

真実はいつも一つ!

「真理はただひとつと考えるのか複数あると考えるのか?」ダライ・ラマ十四世法王

ダライラマは「真理は複数であり、また一つでもある」という自己矛盾に陥っている。

真理は一つであって、第二のものは存在しない。その真理を知った人は、争うことがない」『スッタニパータ』『ブッダのことば』(岩波文庫)194頁

ブッダは「真理が一つであれば、他はみんな真理ではなくなるので、どれが真理か争うしか道がなくなる」ので、その悟りは空論にすぎない。

こうした矛盾や空論は言葉の定義を明確にすると理解しやすい。

上記で語られる5つの言葉が

真実=真理=神=仏=宗教 だとして、

それぞれの言葉の定義がされず、みな同じだとして説明するので自己矛盾と空論に陥ってしまうのである。

これを山登りに譬えてみると

真実は山登りする人々の全体を示すが、真実以外の真理・宗教・神・仏・生き方などは、それぞれの山頂(目的)を目指して上る山道であり、その山道は尾根ルート、沢ルートなどたくさんある。独りで山登りするだけなら問題は起きないが、二人以上で同じ山道を登ろうとするとイザコザが起きる。

どの山道を選ぶかだけでなく、どの山を登るかで、問題が起きるのである。また、登るスピードや、登り方でももめることになる。

今回の旅のテーマは

「みんな違って みんな良い」

という楽しみをどう実現していくか? そのバトル実験を試みている。

この山登りをみて、

それが個々人がみなバラバラに自由に自分の山道を選び、マイペースで登っていけば問題がまったく起こらないが、もし、二人で同じ山や山道を選択しようとしたり、同じペースで登ろうとしたら、問題が起きてしまうことが解る。

そうした場合の解決策は

地球上の72億人の一人一人の自由なな生き方を認めるように、72億人の真理と神と仏があることを認めることである。真理はけして一つではなく、また宗教も神も仏もけして一つではない、それは独り一人の生き方であって、それを誰しも強制することも、強制されることもない。

それを認め合うことで、時に、同じ山道であり、時に同じ山であり、そうした一人一人の生き方の違いを、自分にはできない生き方を知ることで、大いに楽しむことで、調和していくのであろう。

 

ダンゴ虫は弁証法で困難を脱出する

4月 8th, 2017

次の6月に徳島大の大橋教授の学びやに呼ばれている。

何を話していいのか? どんな人が集まるのか? 全く解らないのでネットで調べてみた。

どうやら「学びや」はソクラテスの問答法(元祖弁証法)から生まれた産婆術のようだ。

「教師が生徒に対して詰め込み教育的に教えるのではなく、 教師の手伝いにより生徒が自分で「発見」することを目的とする」

これは医師が手術や薬ではなく、患者自身で病気を治そうとする自己治癒を助けることでもある。

つまり、私はそこに集まった学生の知恵を引き出す産爺(さんじい)として呼ばれたようだ。

ダンゴ虫は弁証法で困難を脱出する

ダンゴムシは、前に障害物があると、右、左、右、左・・・と交互に曲がる習性があり、敵から早く逃げるためらしい。

この「右、左、右、左・・・と交互に曲がる習性」は「正、反、(合)、正、反、(合)、・・・」とヘーゲルが歴史は正反合という弁証法で展開しているという姿と似ている。

現代の裁判が、検事と弁護人による正反を意見を戦わせ、そこで裁判官が両者の合として判決する手法でもある。

矛盾の由来も、「この矛はどんなかたい盾をも突き通すことができると豪語する強者と、この盾はどんな矛でも突き通すことができないとやはり豪語する強者がいた」そこに通りがかった賢者が「その矛で、その盾を突けば、どちらが正しいかハッキリするじゃろう」と、その矛盾解消法が正反合の弁証法でもある。

こうした正反合による弁証法は目の前にある大きな問題に直面した際に、使われる手法であるが、それはダンゴ虫が迷路に入り込んで目の前の障害物にどう立ち向かい、そこから脱出して生き抜く習性ともリンクする

ダンゴムシの習性で遊んでみた

10匹全員のダンゴ虫が弁証法(右左右左・・正反正反・・)で、無事迷路を脱出した。

中には、途中何度も諦めて、動かなくなったダンゴ虫もいたが、また動き出し、ゆっくりと時間をかけて、全員生き延びたのは、人間そのもののような姿をしている。

例えば、

癌になり、医者からあと一か月の命と宣告されたとしよう。

医者の言う通りにすれば死ぬならば、その反対のことをすれば生きられるという選択をする。

反対のことをしてもちっともよく治らなかったら、その反対のことをする。その反対のことをしてもダメだったら、その反対のことをする。

すると、生き残った元癌患者も世界中でたくさん出ている

柔道もまた、

「押してダメなら引いてみな、引いてダメなら押してみな」

「押しても、引いてもダメなら、回してみな」

これが三船十段が編み出した空気投げという弁証法である。

こうしたダンゴ虫の弁証法習性は、人類にも無意識にその遺伝子情報に組み込まれており、その時の常識でダメだったら、その反対を言い、行ったことで、真実がみえ、世界が大きく変遷してきたことはいろいろな史実からも知ることができる。