500 miles

2月 20th, 2020

 

If you miss the train I’m on, you will know that I am gone
You can hear the whistle blow a hundred miles
A hundred miles, a hundred miles
A hundred miles, a hundred miles
You can hear the whistle blow a hundred miles

Lord, I’m one, Lord, I’m two, Lord, I’m three, Lord, I’m four
Lord, I’m five hundred miles from my home
Five hundred miles, five hundred miles
Five hundred miles, five hundred miles
Lord, I’m five hundred miles from my home

Not a shirt on my back, not a penny to my name
Lord, I can’t go a-home this a-way
This a-away, this a-way, this a-way, this a-way
Lord, I can’t go a-home this a-way

If you miss the train I’m on, you will know that I am gone
You can hear the whistle blow a hundred miles

 

If You の初めの音は レソ

One handred は ミソソ

が古典のメロディ

忌野清志郎の訳詞

少し変更して

次の汽車が駅に着いたら
この街を離れ遠く
500miles 見知らぬ街へ
僕は出ていく 500miles

ひとつふたつみっつよっつ
想い出数えて500miles
優しい人よ 愛しい人よ
懐かしい家よ さようなら

汽車の窓に映った夢よ
帰りたい心静めて
静めて静めて静めて静めて
泣きたくなるのを 静めて

次の汽車が駅に着いたら
この街を離れて 500miles

自由とエゴ、愛と感謝、自分と社会

2月 9th, 2020

自由とエゴ

何が違うのか 自由エゴ
自由は善くて エゴ悪く
何だろう その違い

自由とエゴを 取り違え
歓び怒り 悲しむ
ハッキリさせよ その違い

自由は自分の役割を
越えず生きる 精一杯

エゴは自分の役割を
越えて押し除ける 他人を

愛と感謝

愛することは美しい

感謝することはすばらしい

でもエゴに 気を付けよ

愛は相手をしばりつけ

感謝は自分をしばりつける

互いの自由を 大切に

愛するは 美しい

相手を自由にしてこそ

ありがとうは すばらしい

自分を自由にしてこそ

自分と社会

自分と社会 その狭間で

矛盾にいつも 悩まされる

どう解決したらいいの

自分はより自由を求め

社会は自由を押し潰す

どう決着つければいいの

社会はその流れのまま

自分は自分の役割を

社会は社会に任せて

自分は自分の仕事を

のんびり素早く

1月 31st, 2020

のんびり素早く 若者よ
焦らず怠けず 丁寧に
夢叶えるまで あきらめず
楽しくマイウエイ 進もうよ

健康自然に 年寄りよ
競わず平和を 噛みしめて
生きても死んでも また生きて
楽しくマイウエイ 歩こうよ

ララララらーん ラララららーん ラララララららー
ララララらーん ラララららーん ラララララららーん
ランランランラらーーーん ランランランラーーん
ランランランラらーーん ランランランラーー

 

 

一日一生を創る

10月 25th, 2019

毎朝、公園でこの遠砧を尺八で練習していると・・

作曲者の宮城道雄が今も生きているかのように、

その魂が伝わってくる。

もし、この作品がなかったら宮城道雄も存在したかどうかも解らず消えていく。

その心も伝わらない。

文化というものは過去生きていた人の魂の証であり、伝承されるかぎり永遠に生き続ける。

では私自身の魂はどうなんだ?

宮城道雄のような作品を残しただろうか?

そんな文化的才能があるわけでもないので、何も残していない。

この遠砧は月夜に衣を木槌で打って柔らかくしている日常の風景と音である。

それを宮城道雄の感性でリズムとメロディを琴も尺八で表現したものにすぎない。その感性は誰にでも解るもので、共感できるから その心が伝わる。

つまり、

日常の生きているという喜びを表現するだけで、その魂は伝わり、永遠の命を得ることになる。

後世に残るような文化遺産のような才能はないが

今生きている歓びを表現することは誰にでもできる。子供が遊んでキャーキャー叫ぶことができるのと同じである。

私は一日一生を 健康・平和・自然を目的にした生活リズムとメロディを表現してみたくなった。

言葉の理屈ではなく、生きている歓びを表現するだけでいい。それが世界中の人に伝わる行為である。今は今自分が何をしているかどうかを誰でも世界中に発信できる時代である。もちろん大小があっても、たとえ、自分だけ独りでもいい。今生きていることの喜びを自分流に表現するだけで、そこに目的も、理屈も、いらない。共感できる心 それが魂であり、永遠の生命の源のように思える。

 

苦の原因

10月 22nd, 2019

仏陀が苦の原因を追い求め、その苦を消滅することで

心の平和を得る悟りに到達した。

2500年前の仏陀と同じように苦の原因を追い求めてみよう。

世界全体の苦しみの原因は殺し合う戦争である。

平和な日本においては死因トップである、癌と自殺である。

戦争・癌・自殺の具体的共通原因を探せば、日常生活がかなり楽になる。

それらの苦の共通原因は何か?

今の私(自分)に焦点を当てた時、永遠の命を悟ることができる。

この視点(哲理)を応用してみると、

戦争・癌・自殺のどれも今の私をそのまま未来に延長して描いた思い込み(妄想)した明日(未来)の私を想像して苦しむことが解る。

今の私(自分)とは何か?

時間はけして止まらない。今の瞬間は静止した状態ではない。

それはつまり

一歩先の私に焦点を当てた動的私が今の私である。

今の私はすでに過去になり、消え去る運命であるが

次の一歩先の今の私は未知の私であり、そこに過去の囚われも、未来の思い込みのない空と無の今の私が在る。

戦争は未来の私が殺されるという想像から先に相手を殺そうとする行為である。

癌は未来の私が死ぬと想像して、死なないように治療をしようとする行為である。

自殺は未来の私が今以上に不幸になると想像して、そんな姿にならないように死する行為である。

共通した苦しみの原因は

静止して動かない今の私を延長し描き想像した未来の私にある。

ならば

この苦しみの原因をとりさるにはどうしたらいいのか?

動かない今の私から描いた未来の不幸な私の想像ではなく、

動く今の私から描いた未来の幸福な私の想像し、

次の一歩の未知の私に生き出す

本当の私に全身全霊をかけて挑ねばいい。

 

幸せな

私描いて

一歩生きる

苦の原因

消えて楽なり