今日一日生きて・・

 

昨日を悔み、明日を憂えて

何の得があろうか?

今日一日精一杯

生きて

楽しもうではないか?!

 

明日のことは誰も解らぬ

  • 明日がどうなるかなんて誰も解らない
    昨日がどうで
    あっても、そんな昨日はすべて消えてしまう。
    大事なのは今日一日何をするか
    ?である。
    それこそが、新しい自分を発見し、一日一生の実践である。
    特に、
    老境になって
    今日一日が新しい自分の一生涯だと
    思える
    そして、
    今日一日
    生きられた!
    朝新しく生まれ、夜死んで
    明日
    がまた来て、また生き、
    生まれ変わった
    自分がここにいる。
    そして、
    精一杯今日一日を生きて
    充実した一日を過ごせたら、感謝
    の叫びがあがる。

    早朝は虫も鳥も、生まれたとき
    の喜びを!
    が暮れ、今日楽しい一日を過ごせたと
    虫や動物たちは感謝を歌う

    それは植物だって同じなのだ、

    今日一日を生きて
    それ
    をよしとするのは、どんな生き物も同じであり、人もまた同様である

 

生を制すれば死も制す

  • 老境に入り、仕事を「健康であること」とした
    ところが、この健康であることが、実に無限に深い世界

    まるで宇宙空間のような、命そのものの本質であることに驚かされる。
    やっと
    一つの道筋が見えたのは、
    自分
    の体の健康は食べ物から作られる。
    食べ物は、
    畑に
    おける作物の生産
    収穫
    した作物の料理
    自分の体調に合わせた飲食内容と方法
    さらに、
    消化排泄
    また
    、その流れ全体からでる生ごみを肥料にして、命を再生産させる
    細胞新陳代謝のように、自分の生死新しき命へと生まれ変わりである
    これらすべてが密接につながっており
    自分自身が、悟心体(頭と心と体)の三体がみなリンクされ
    生をコントロールすれば死もコントロールできることを実感する

    実に見事に命と地球と宇宙が似た者同士のように
    繋がり支え合っている。

今を生きるということ

世界の戦争などの諸問題をみると
その原因が過去への執着と未来への不安からなり、今現在の状況を基本にしていないことがわかる
複雑にからみあった内容をシンプルに解きほぐすには
現状をしっかりと認識し、それを最優先して問題解決することである。
(その際、過去への出来事にこだわったり、未来を占なったりをしない)
そして、
国を今の自分の姿とすることである。

 

自分の過去がどうあったか、
自分の未来がどうなるか
それらは自他の解釈でいろいろな姿になってしまうため、詮索しないことである。
今日一日の自分をどう充実させるか?
今日起きている問題を一つ一つ解決へと、進めていくだけで十分である
国の政策だってそうだ。
今起きている問題を今どう解決するか精一杯悩み決断することだ。

今日一日生きることは
今月一月を政治することでもある

必要を目標にする

  • 理想は欲望の究極的目標ある
    そのため現実と理想は食い違ってしまう
    必要以上のことを望み行うと
    事故・病気・戦争などの多くの問題が生じる
    必要以下で
    あれば、当然のこととして深刻な問題が生じる。
    足るを知るということは必要を目標にして、必要以上も必要以下も、
    望まず、行わないことである。
  • 笹子トンネルの天井落下事故で、9名の死者がでた。
    その後、笹子トンネルだけでなく、他のトンネルの天井はほとんど撤去された。
    トンネル設計の時から、天井は外観を美しくするためだけの、多くの金と労力と時間がかけられたが、
    美的感覚を天井なしの美しさに設定
    すれば
    安全で最小の金と労力で造られたであろう。
    必要以上の美の欲望を求め建設されたため

    不幸な出来事だった。
    同じように
    、食べ過ぎれば、肥満で病気に、食べなさすぎは餓えて ともに死にいたる。
    持ちすぎる富裕、無さすぎる貧乏は、内乱や戦争を引き起こし、土地と資源を奪い合い、共に死にいたる社会的犯罪に陥ってしまう。
    人々
    が自国の必要以上を求めず、土地や資源を分かちあうのであれば、平和で安全に暮らせる。
    今日一日に生きるということは
    明日を心配して
    、空しい物事を行わず、
    過去の思い込みを
    引きずって悩まず、
    今日一日に必要なことだけを目標にして

    生活を充実させることである

 

公業私のコミュニケーションに原因がある

 

  • は一人では生きていけない。男女の二人がいなければ子孫はなく、絶滅してしまう
    それ
    は人との関係とつながりで人類という命をつないでいるということだ。
    生命そのものは、人類だけでなく、他の動植物
    細菌にいたるまで
    食べていく、生きていくということに繋がっている

    人も生物も自他の繋がりによって命を永続できるように
    食べ
    生死の網模様を紡いでいく。
    この
    連関する命を育くむという事実は
    一人の人間であれ、一種のウイルスであれ
    、それらが病気や戦争の根本原因だとはいえないことを指し示す。
    世の中に完全なモノは何一つ
    ないということは、
    完全な神も、悪魔も、人も、生物
    も、在り得ないといえる

    それからも一個人・一国・一組織が原因で世界が破滅するということはありえないともいえる

    物事の原因
    を抽象的また包括的・総合的にまとめ上げることも物事の根本原因であるとはいえない。
    そうした
    精神論・理想論は心理学におけるレッテル化であり、妄想から妄想、そして狂想に発展して収集がつかなくなってしまう。

    問題は一つ一つ自分ができる具体的な解決をしていくことで、それがいつの日か
    自然な解決へと広がっていく。

    世界・国・団体・業者・家庭・個人はみな連関し、因果関係をもたらし、負のスパイラルにも、正の奇跡にもつながってくる。

    それは一個人の過去は現在の自分に、現在の自分は未来の自分へ
    と、
    因果応報とつながっていく事実からもいえよう、

    だからこそ、
    自分で今日一日できることを一生懸命やることで、自他とも、自分の過去未来ともつながって
    、命の生死の網模様を紡いでいくのである

    それが生きがいであり、生きていく楽しさでもある。

 

物事は因果の連鎖でつながっている 

  • 原因と結果は具体的な一つ一つの出来事であり、
    全体的な根本原因も究極結果も、不明である。
    それは
    時間の始まりも終わりもないように、
    ただ続いているといえるからである。

    始まりと終わりは数字の基点・終点をどうするか決めて創造される

    宇宙に始まりも終わりもなく
    時間空間も
    個々人が決めて存在できるともいえる。

    因果応報は具体的な一つ一つの区切りをつけ
    理解していくことで、
    その因果関係を一つ一つ広げ、より視野を広くした因果関係を理解していく。

    それは一個人の生死を一つの命の波としてとらえ、その生活の因果の波打つ姿が人類だといえよう。

 

今日一日だけ頑張り楽しもう

 

昨日は今日になる
今日が明日になる
今日一日だけ
辛抱と努力で
頑張り楽しもう