Archive for 7月, 2010

もし生活通貨が世界に流通したら

土曜日, 7月 31st, 2010

 貸し借りができる中央銀行券のクレジットカードと、貸し借りができない生活券の寄付保証カードの2枚をほとんどの人が持っている。
 中央銀行カードは世界のどこでも使えるが、生活カードはその国でしか使えない。

Aさんは、生活カードでスーパーストアで買い物をした。レジで

店員:「残金が足りません。クレジットカードでお支払いしてください」

A:「もう、残金がなくなりましたか、明日の月初めには送金されるのにな」

 他の買い物をしたくなったAさんは銀行のATMに行った。

ATM:「日銀円を生活円にいくら両替しますか? また、生活円は日銀円には両替できませんのでご注意ください。日銀カードと生活カードの両方を入れていれてください」

A:「10万円を両替するか」
ATM:「寄付は何%いたしますか?」
A:「10%の10000円」
ATM:「日銀円の10万円を生活円の9万円と1万円の寄付に両替しました。ありがとうございました」

A:「これで買い物が安くできるな」

Aさんはアフリカのルアンダに行った。
VISAのクレジットカードは使えたが、ルアンダの生活カードは使えない。
商品には二重の料金が書かれている。

A:「この高い方の値段は外国人用の値段で、安い方はルアンダ人用の値段ですか?」

店員:「いいえ、高い方が銀行券で、安い方が生活券です」

A:「それにしても、3倍の差があるのはどうしてですか?」

店員:「外国資本がたくさん入って、銀行券が高騰したんです。生活券は身内料金みたいなものですから、ほとんど変化がありません」

A:「毎月、ルアンダではどのくらいの生活券がもらえますか?」

店員:「先月銀行券が高騰したので、生活券への両替と寄付が増えたので、1.5倍の7500Bになりました」

Aさんは友人が日本企業の社長に会った。

社長:「先月から銀行券が高騰したので、法人生活カードの寄付を倍の80%にしたよ」

A:「その法人カードはルアンダ以外の国でも使えるのですか?」

社長:「いやいや、これはルアンダ内だけだ。それは日本でも同じでしょう」

A:「ええ、その法人生活カードとクレジットカードとの使用金額の差はどのくらいありますか」

社長:「そりやあ、日本企業だから、クレジットカードの方が多く10倍の差があるな」

A「ここの生活カードが欲しいのですが、なんとかなりませんか?」

社長「私個人でも持てないから無理だよ。もし現地の人の生活カードを借りたりしたら、犯罪になるのですぐに捕まってしまうよ」

A:「どうしてそれが犯罪なんですか?」

社長:「そりゃあ、生活カードは国民の寄付で成り立っており、その寄付が平等に分配されて、毎月支給されるからだ。もし、他人のカードを使ったら、その人の生存権を奪うようなものだからさ」

中央券と生活券の違い・・・

銀行券は貸借、生活券は分配

世界がアダムとイブの二人きりだったら、どう共存していくかの違いである。

アダムはリンゴを栽培し、イブはレモンを栽培している。
お互いに同じように実が実れば交換できるが、アダムのリンゴができなくて、イブのレモンができた場合の二人の約束の内容によって、銀行券と生活券の違いができる。

 
       
  銀行券制度   生活券制度
       
  銀行券の約束   生活券の約束
   「アダムはイブにレモンを半分くれれば、来年リンゴが収穫できたら、半分以上あげる」という約束をする」   「アダムとイブは今年からリンゴとレモンを共有し、果樹ができてもできなくても、収穫を半分ずつにすると約束する
       
  未来のリンゴの返済は不確定である。もし、返済ができない場合は、さらに借りるか、相手に従属しなければならなくなる。   未来の収穫がどんなでも、二人の収穫は確実に半分ずつにできる
       
  約束の実現性が低い   約束の実現性が高い
       
  税金による政治
  寄付による政治
  返済を強制するような
税制
  未来を共有するような
任意の寄付制
       
  銀行券の使用範囲   生活券の使用範囲
       
  どんなもの、どんなサービスでも、
世界中で、
いつでも、どこでも使える
  生活必需品とサービスのみで、
国内だけに使用でき、
それは使用限定期間もありえる
  銀行券の発行   生活券の発行
  国や企業や国民が返済可能の金額だけ発行する   国民や企業が自主的に寄付した金額だけ発行する
  銀行券の分配   生活券の分配
  強制的な税収と資本家からの借金の合計額を社会事業と国家事業にする。   任意的な寄付を国民と企業から集めたその合計額を国民すべてに等しく分配する、ベーシックインカム制である
       
  銀行券の特性   生活券の特性
  不確実な未来を想像するので、未来へのギャンブル性が高い。   寄付とその分配券の特性で、貸し借りはできないため、未来を共有する意識が強い
  主に、株や為替や債券に依存した社会になる   主に、生活必需品とサービスしか交換できないため、基礎生活の衣食住中心経済の充実じた社会になる
  銀行券は生活券に両替できる。
不確定なものを確実にはできるが・・
  生活券は銀行券に両替できない・
確定的なものを不確定にはできない
     
   理論的詳細については下記で  
   http://sekaibank.net/keizai/seikatu01.htm  
   

金で食べるな体で食べろ

月曜日, 7月 26th, 2010

昨夜、甘いシュークリームを食べ過ぎた。夜中の3時に胃液が出てきて目を覚ました。太田胃散を飲んでまた寝た。

その夢の中で考えた。

「ダイエットが自然なのか! メタボが人間的なのか!」

最近、雑草が伸び放題の畑をどうするか、考えてばかりおり、動かないで体重ものび放題だ。体が重くてならない。

お金のシステムで健康な社会を模索していたが・・・??

「お金でなんでも解決しようとしてないか? ベーシックインカムだって、、ひょっとしたら、、そうかもしれないぞ!?」

頭で食べているのは間違いかもしれない、体で食べるのが自然だろう!

私もほとんどの人が金で食べている! これが自然の本道からはずれている原因かもしれない。

体で食べるのがあたりまえだろう。

どんな金持ちも、どんな貧乏人も、最終的に体で食べる方向に向かっている感じだ。

欲望をとことん追い求めるのが人間的に思われているが、ひょっとしたら、それは人類エゴかもしれない。

「知りたい」というのも「知欲」だ。「もっと金持ちに」というにも「所有欲」だ。すべてを知りたい、すべてを得たいというのは欲望の究極の目的だ。しかし、欲望を充足するとさらに欲望が生まれるから、「切りがない!」、つまり、「欲望の最終目的は達成不可能」である。

すべての生物は自己があり、自己はすべて「生欲」があり、最終目標「すべてを得る」ことに向かうが、それは不可能である。

自己と自己が「自他の間」でも、「生物の間」でもぶつかりあっている。そのぶつかりあう境界線が自然の姿ということになる。

自分らしさとは「自他のぶつかりあいが五分五分」であり、人間らしさとは「人類と他の生物のぶつかりあいが五分五分」であるということではないのか!?

孔子の言葉に

「われ十有五にして学に志し、三十にして立ち、四十にして惑わず、五十にして天命を知り、六十にして耳順(みみしたが)い、七十にして心欲するところに従いて、矩(のり)を超えず

心欲するところとは「欲望」であり、矩(のりは「曲尺・矩尺(かねじゃく)で、大工さんが使う鋼の直角定規であり、その意味は規矩(きく)・模範となるもの・のり(法・則・典・範・程・度)である。それを現代訳にするなら「心欲するところに従って、人の道を超えず」ということだろう。

昨夜の私のシュークリームの食べ過ぎは「食欲に負けて、健康を外してしまった!」ということだろう。

これは、金欲にもいえるかもしれない。

「金欲に従いて、身体に従わず」になってしまい、働き過ぎ、怠けすぎになり、人間らしさを失ってしまう。

物事の解決も金で頼ってしまい、労働を忘れてしまう!

 これを防止するために、

金で食べるな! 体で食べろ!

 と自戒することにした。

税金の使い道は国民が決められる

木曜日, 7月 22nd, 2010

 ニュー・ベーシックインカム3として、このタイトルにした。

 パート2では税金を社会事業費に回すアイデアとして、ベーシックインカム貨幣を福祉券として発行するアイデアであった、

パート3では税金を国家事業費に回すアイデアである。これもベーシックインカム貨幣を国家事業券として発行するアイデアである。

 国家事業はいわば日本株式会社が事業することである。その資金は会社と同じで、株券を発行して前もって資金を調達する必要がある。日銀券ではそれが国債になるのだが、ベーシックインカム貨幣では「前払いの税金」になる。しかも、その「前払いの税金」の使い道が特定されるのである。

 大がかりの国家事業には国民の反対も多く、また無駄遣いも多くなる。例えば、八ッ場ダムの建設を続行するか中止するかで国民の意見が割れる。この是非を決めるのは議員である。政府の無駄な国家事業をなくすために、事業仕分けをするのも議員である。

 しかし、これが国民が直接その是非を問うことが可能ならば、大いなる無駄は省けるし、多額の国債に依存しなくてもよくなる。

例えば、 

 八ッ場ダムのような国家事業をするとき、財務省は必要な金額分のその八ッ場ダム事業券を発行する。

1,ダム事業券を役所やネットで、一口1万円で販売する。

2,Aさんはそのダム建設に賛成のため、10口のダム券を10万円で購入する。

3,Aさんにかかるどんな税金にも、そのダム券で支払うことができる。

4,国民から徴収された税金のダム券で、政府は建築会社に前金で支払うことができる。

5,建築会社はそのダム券で、必要な資材などをすべて買うことができる。

6.例えばその10万円のダム券は20%の法人税がかかって、8万円の日銀券に交換できる。

 こうすることで、国民はそのダム事業に賛否ができ、税金の使い道も限定でき、それにかかる諸費用も捻出できる。

先日のパート2の福祉券では国民がわざわざ20%の消費税を払ってまで買いにくいならば、それは同額にして、福祉関連事業の法人税として、福祉券を日銀券にする交換する比率を80%から60%にするなどして、国民の税金に対する意識の変化に合わせて調整すればいいと思える。

ニュー・ベーシックインカム2

水曜日, 7月 21st, 2010

 先日のニュー・ベーシックインカムでは、基礎経済とギャンブル経済を分けて、今までの国公債をゼロにする発想だった。次は国公債がゼロになったら、ベーシックインカム通貨を、税制と合わせて人間の血液のように循環させるかである。

 昔、福祉税という発想があった。それは廃案になったのだが、それはいわば消費税増税のための言い訳にすぎなかった。今回の参議院選挙で、消費税増税してそれを社会事業費に回そうとしたが、「それをする前にやることがあるだろう!」ということでやはり廃案になった。

 これは、税金の使い道に無駄があって、消費税がそのまま社会事業費に回るとは誰も考えられないからだ。

 また、子供手当の現金13000円で、給食費未払いの分に回してもらおうと役所員が必死でお願いする姿が放映されたが、実にあわれであった。子供手当が本当に子供のための教育などに使われるかは実に難しく、それは将来の生活の安定のためにほとんど貯金に回ってしまうように思われる。

 現金とはなんにでも交換できるのが特徴で、それを何に使うかは自由なのがこの原則になっている。

  我々が、お金を教育のために使えるようにする方法でよく使う手は図書券を現金のかわりにあげることである。何かプレゼントする上で現金をあげるのは失礼に価するが、図書券ならばそこにやさしい心を感じることができる。

  つまり、現金を特定の商品券にすればその使い道を制限できることになる。このニュー・ベーシックインカム通貨の提案はいわば、投資などのギャンブルができない、基本の生活必需品だけに通用する商品券に相当する。

  では、税金を確実に福祉に使えるようにするにはどうしたらいいだろうか?

 税金の使い道は政府が決めるのではなく、国民が議員を選ぶように、1人1人決めることができるようにすればいいのである。

 そのためには、友人に現金ではなく図書券をプレゼントするように、税金を現金で払うのではなく、特定の商品券で払えばいいのである。

 ここで、ベーシックインカム通貨=生活必需商品券 が必要になる。

 例えば、政府が消費税を福祉にしか使えなくする方法は、ベーシックインカム通貨としての福祉券を財務省が発行するのである。

 あなたが風邪をひき、風邪薬が必要になった。その場合、現金で風邪薬を買わないで福祉券を役所から買ってから、薬屋さんでその福祉券で買うのである。

1,1000円の福祉券を役所で買う。

2.1000円の福祉券で風邪薬を買う。

3,薬屋さんは1000円の福祉券を役所で1000円の現金に交換してもらう。

 1の福祉券を困窮者に政府が与えればそのまま社会事業に使われる。

 次は税金の使い道を国民が選ぶ場合である。

1,1000円の福祉券を1200円の現金で国民が買う。

  ・・・200円分の消費税が政府に入る。

2,1000円の福祉券で1000円の風邪薬を買う。

 ・・・現金は確実に福祉に使われる

3.薬屋さんは売り上げの1000円の福祉券を800円の現金と交換してもらう。

 ・・・200円の所得税が政府に入る。

 200円の消費税+200円の所得税=400円の税収である。これで政府の経費と事業費が出てくることになる。

 この福祉券による税金には自己申告や面倒な計算も必要しない。単に福祉券の売買で税金が払えることになる。

ニュー・ベーシックインカム通貨は、この福祉券のような新しい税制との両立で、それを循環することができるのである。

 

 

 

 

 

キッチン農場に芽が出た

日曜日, 7月 18th, 2010

生ゴミを堆肥にするだけでなく、命の循環システムを作るために、生ゴミの種や一片から、再び命が生まれるような繰り返しができないか、それを工夫していた。

今朝、トレイの下から、カボチャの種から10センチも芽が出ていてびっくりした。

小さい芽はパブリカの種だ。土からだと芽がなかなか出ないので、水でひたしたスポンジに種を蒔いたら、芽が出た。

それを土に植え替えると安定した。

ニンジンはかわいい芽を出している。

問題はたまねぎである。芽は出ないが・・

根が出ている。ひょっとしたら、根付くかもしれない。

コップに入れているのはアボガドだが、水がくさりかけていたので取り替えたが、はたして芽が出るだろうか?

こんなことをしていると、

「命に終わりはない。あるのは自己だけだ!」

って感じになる。

我々がもっとも大事にしなくてはならないのは、自分ではなく、自他のバトンだ。

我々の最後は死だが、それは違うって気になる。

我々の最後があるとしたら、再生である。死ではなく再生だ。死んでいく自分にあまりこだわらずに、次に生まれてくる他人に焦点を向けたらいいだろう。

明日生まれるかもしれない子供たちのために生きるのが、もっとも強い生き甲斐になるのが命の原理なのかもしれない。

アダムとイブの経済

土曜日, 7月 17th, 2010
 世界は男と女の二種からなり、人と人の繋がりも1体1の関係の二人からなる。
 そこで、
 世界がまだアダムとイブの二人だけだったとしたら、どんな経済が生まれるだろうか?
アダムはリンゴの木を育てた イブはレモンの木を育てた
アダムのリンゴ イブのレモン
物々交換

 アダムとイブはお互いにできた食べ物リンゴとレモンを1:1で交換して楽しんだ。


物々交換 
収穫の異変

 アダムのリンゴの実はまったく実らなかったが、イブのレモンの実は例年以上実った。

アダム イブ
 そこで、アダムはイブにレモンをもらう代わりに来年リンゴができたらレモン分のリンゴを与えると約束した
お金の登場
 翌年も同じくアダムのリンゴは収穫がなく、イブのレモンは倍の収穫があった。
 アダムは昨年と同じ約束をしたが、イブはその約束に疑問をもったため、文書にした。
 この文書はリンゴ1個とレモン1個を同価値とし、その価値を1円とする。
 
     
 アダムはレモン200個200円分を来年リンゴ200個200円分を返却することを約束する。
▼ 約束の破綻
 
 翌年も同じで、アダムのリンゴは実らず、イブのレモンは倍実った。
 しかし、昨年の約束は守れず、さらにレモンとお金を融通してもらった。
アダム イブ
ギャンブルの登場

 アダムは来年のリンゴの収穫の期待は金100円しかならず、300円の借金は返済できそうにない。
そのため、
 アダムはイブに、新たな契約を提案した。 「一つこの石コインで賭けをしましょう。表が出ればイブの勝ち、裏が出ればアダムの勝ちです。
 もし、私アダムが勝てば借金の300円は帳消しにしてください。
 もし、あなたイブが勝てば貸金の300円はさらに300円増えて600円になります。 でも、私が負けて600円の借金はとても払えませんので、一生涯あなたの奴隷として働かせてください。逆に私が勝って300円の借金が帳消しになったら、私はこれから自由になります。 いわば、コインの裏表で300円の描けをするギャンブルの提案である。

その後のアダムとイブ

 アダムは負け、イブは勝って、イブは主人になり、アダムは従者になった。 しかし、6年後、アダムはイブに再提案した。 「旦那様、あれから6年の月日がたちました。もし、私がリンゴの木をうまく収穫できたら600円の収入があったところです。以前の借金の600円は返済できたでしょう。 そこで、もう一度石コインの表裏で、私と賭けをしてください。
 私が勝てば自由、私が負ければさらにもっと収穫があがる奴隷になって働きます。 そして、やっとアダムは勝ち、自由を勝ち得た。

 その後、アダムとイブはそのギャンブルのおもしろさに夢中になり、お金はその掛け金になってしまい、りんごとレモンの交換する証書である本来の役目を失ってしまった。

 お金は掛け金のために大量に生産され、それで、リンゴとレモンを買うとしたら、将来数百年分の収穫が必要になった。

雑草ではなかった

金曜日, 7月 16th, 2010

 畑が雑草に生い茂ってしまい、いよいよ本格的に草刈りをしようとした。

 以前、ハート形の雑草を調べて、どうやらドクダミかと思ったのが、これだ。

ネットで「雑草・ハート形の葉」で調べてやっと見つけたのが、これだ!

 成長するにつれて、ツル科の植物でつたかもしれないと疑念をもっていた。トイレの窓格子にもそのツルがのびてきたからだ。

今朝、その花を発見してびっくりした。

花を見る限り、どうみても「朝顔」であるが、その葉がみなれた朝顔の葉ではない。さらに、調べてみると、

丸顔朝顔 だった。

こうなると、雑草ではなく朝顔となれば、刈ることもなくなる。

また、

裏の空き地に生ゴミを捨てて堆肥になるようにしていたが、そこから、どうも「カボチャ」のような草が出ている。どうしてカボチャと判別できたかというと、以前、友人が花の植木鉢を送ってくれてその花が咲いたとき、その写真を送ったら、カボチャだとわかったからだ。友人もやはり生ゴミを堆肥にして、花壇をつくっていたからだ。

それに、道のど真ん中に、雑草とともに「ひまわり」が咲いた。どうにも刈るにはほしい。

 雑草か、花か、野菜か・・・区別がつかないのだ。それにしても、以前の人が植えたブロッコリーはこんな姿になっている。

これはビニールハウスで育てたものである。病虫害にみなすっかりやられてしまった。

ある種の雑草もそうなるが、とても弱い野菜なのか、運が悪かったのか・・わからない。

 昨日、草刈りをするいろいろな道具を買ってきたが、どう刈り取っていいのか困ってしまった。

 雑草か、花か、野菜か・・そんなこと人間の勝手にすぎない。みんな個々で必死に生きようとしている。

 花が美しいだろうが、葉が食べられるか、食べられないか、そんなこと関係ないって感じだ。

 でも、人間と共存していった方が、「お互い様」になるだろう。

 なんか、人間社会の縮図をみている感じがする。畑の姿そのものが、人間の自然状態で、それを百姓が政治家として、畑に生きる植物を国民の1人1人として、国政を司るようにすれば、よい国家、よい畑ができるのではないだろうか?

命とは自己が現れ消えることだ

火曜日, 7月 13th, 2010

 ゲゼルの自然経済学の基本になったのが、

「あらゆる物が腐るのにお金は腐らないのはおかしいではないか!」

 という疑問からスタートして、「減価する貨幣」こそが、自然にあった経済学であるという結論に達した。

しかし、あらゆる物がすべて一律同じように腐るという前提からお金を一律数%減価させて構築した。これだと、自然にあった経済学にはならない。自然界は命のあるものとないものが混在する。腐るのは命あるものだけであり、しかも、動植物の寿命の年数はみな違い、かつ、同種であっても、その命がある年数は様々であって一定ではない。

 もし、「自然のお金」にするには、「命のお金」にする必要がある

 では一体、「命とは何ぞや?!」である。

 我々が生まれた時に、親はその子に「名前を付ける」。そして、役所にいって、「国社会の一員」としての戸籍登録をする。

そうして始めてその子の命は家族や社会から守られることになる。

 つまり、命の本体は自己である。他と区別でき、他とは違う存在であるのが命である。

 では、命がつきる場合はどういう状態であろうか?

 人は死ぬと死亡届を役所に提出し、戸籍に斜線が引かれて、この世に存在しないことになり、その命は守られることはなくなる。そして、どんな自己主張もできなくなる。

 つまり、名前は家族に記憶されても、その自己は消えるのである。

 しかし、人間以外にとって、その人の生死の存在も、自己もどうでもいい問題である。その人の命の存在が確認されるのはその人が所属する社会と人類の中だけである。

 そのため、人の命である自己の存在とはその人が所属する社会と人類の一員であるかないかである

 つまり、

 生きるということは公の中の自己が在ることであり、

 死ぬということは自己が無くなり公になることである。

公とはその自己が所属する家族・地域・社会・国や人類のことをいう。

 お金を自然に合わせたものにするには、命に合わせたものにすることである。

 お金を命に合わせたものにするには、自己の存在に合わせたものにすることである。

 そのため、命のお金とは、自己の所有の有無である。

 お金の生死とはお金が自己所有された時がその生であり、お金が公のお金になったときがその死である。

 そのため、お金を自然に合わせたものにするには、「命あるお金」にすることであり、それは「公私の循環」の姿になって、「命のバトン」がされる繰り返しになることである。

 この命のお金のバトンは自己所有のお金を徴収する税金と、その税金で集めた公金を国民の1人1人の自己を守る社会事業の繰り返しのバトンで行われる。

 つまり、自然環境に合わせたお金とは税金と社会事業の循環がスムーズにいくことである。

 ところが、今のお金は貸借による循環であり、貸す人は豊かになり、借りる人は貧しくなるという貧富拡大であって、金持ちに操られる社会実現のための道具にすぎない。それは金持ちだけが贅沢に生きられ、貧乏人は苦しんで死んでいく社会を実現する道具のアメとムチである

 そのため、お金を自然の命あるものにするためには、貸借による循環をやめ、公私の循環にすることである

 お金を自然に合わせる改革とはつまり税制改革のことである。政府から税をとればつぶれる。政府がつぶれれば国民もつぶれる。そのため、政府でもっとも大きな仕事は税と社会事業である。そして、お金はそれを手助けする道具になることである

ニュー・ベーシック・インカムの提案

日曜日, 7月 11th, 2010

 
 ▼消費税増税論議から

 景気を上げながら、健全経済に移行する政策をするためには、すべての商品を購入する際に一律消費税をかけることは、後でその税金を社会事業費に回す必要がかかる。しかし、その税金が借金返済に回ってしまう現実性の方がはるかに大きいからである。

 そのため、消費税を最初から社会事業費に振り分けて増税した方がより安全な政策である。

 これは他国の消費税の個別消費税を学ぶことで解消される。とくに、税率が日本に近いオーストラリアの個別消費税の政策を学ぶことができる。

 食料関係の必需品は無税だが、嗜好品などの贅沢品は10%以上の課税される。そのため、消費税増税というよりは、消費税の個別消費税化になる。食料品は税率が安くなり、それ以外は税率が高くなる。

 
 ▼ 新しいベーシック・インカムを考える

 ベーシック・インカムとは国民の生存権を保証するすべての国民に等しく基礎生活費を渡す政策である。大人は毎月8万円、子どもは毎月4万円という具合に保証する。

 しかし、この実現にはその財源確保が難しいことが一番の問題である。

 そこで、このベーシック・インカムという基本生存権を貨幣改革で実現できると思える。

 これは先の個別消費税の導入と同じ概念による貨幣改革である。

 食料品には無税、それ以外は増税というような、お金の使い道による貨幣の分離をするのである。

 お金を政府が最もお金を使うところである社会事業費とそれ以外に分けるのである。

 人間らしく生きるためには、「健康で文化的な生活」が欠かせない。それが人間らしく生きられる最低限医療・教育・衣食住費である。

 この最低限の医療・教育・生活を支えるお金をベーシック通貨を発行し、現在のお金と分離するのである。ベーシック通貨は現在のお金の日銀が発行するのに対して、政策に合わせて財務省が発行すればいいだろう。

 現在世界は金融危機に陥っているが、その原因はあまりに金儲けに走る経済が優先したため、お金が実質経済が1に対してギャンブル経済9の割合になってしまったためである。それはオイルに対する投資の状況でオイルの値段が上がり下がりするため、生活が困窮してしまう状況である。

 つまり、現在の世界の家計は、生活費を奥さんがしきっていたが、旦那さんがギャンブルに狂って、その金をみな使ってしまっているという状況である。

 そこでもしお金を生活費とギャンブル費に分け、それが交換できなければ家庭の生活費を旦那さんがギャンブルに使うことはできなくなる。

 この発想が地域通貨の発展につながってくる。しかし、地域通貨がほとんど発展しないのはこの生活費とギャンブル費をはっきりと分離することは難しいからである。

 そこで、今日の天気予報は雨か晴れかという白か黒かの分離ではなく、降水確率何パーセントというような表示をすればいいことになる。

 これは生活通貨とギャンブル通貨の交換比率をつけることで分離がより可能になる。この交換比率を0%にしたら交換できないということもできるわけだ。

 物価が需要と供給で決まるように、国民の需要と政府の供給との政策で、生活通貨であるベーシック通貨とギャンブル通貨である現通貨の交換比率を決めることができる。

 日銀が公定歩合によって金融界を調整するように、財務省が生活通貨の交換比率を調整することで国民生活を安定化させることができる。

 ▼例えば

  財務省が発行するベーシック通貨と日銀券の交換比率を2011年度を次ぎのように定めるとする。

  ・ 日銀券をベーシック通貨に交換する比率を50%にした場合

  日銀券 2円  → ベーシック通貨 1ベーシック円

 ・ ベーシック通貨を日銀券に交換する比率を25%にした場合

  ベーシック通貨 4ベーシック円 → 日銀券 1円

 になる。
  ベーシック通貨で買える商品の代表はお米である。

 米10キロ 4000円 の場合、ベーシック通貨だと2000ベーシック円で買える。

 ギャンブル通貨が使える代表はパチンコである。

 2000ベーシック通貨を日銀券に交換して500円でパチンコができる。

 つまり、

 個別消費税でいえば、米は1%に対して、パチンコの遊行費は4%かかるようなものである。
 
 ▼ベーシック通貨で使えるもの


 人間らしく生きられる教育・医療・衣食住費である。これは個別消費税を決めるときのように、細かく分類すればよいだろう。

 例えば、専門校を入れた大学までの授業料・入院医療看護費・一般のよく売れるスーパーやコンビニで売られる食料・雑貨・衣料・日用品、アパートの家賃などである。

 もちろん、これらは現通貨でも支払うこtができるが高価になり、ベーシック通貨だと安くなる。これは、政府が高額所得者から税金をとって、その税金を社会事業費に回すことと同じである。違うとすれば、いちいち政府が消費税を増税したり、事業仕分けをして節税したり、法案を作る手間が省けることになる。
 
 ▼新通貨発行によるインフレはあるか

 政府紙幣を大量に印刷した場合はハイパーインフレになる危険性がある。しかし、このベーシック通貨は現通貨の日銀券との交換することで、その危険性はなくなる。

 例えば、

 現在日銀券が1000兆円あって、さらに1000兆円印刷して、銀行に配布したらそれは物価が倍のインフレになるだろう。

 しかし、商品券やクーポン券のように、現金でベーシック通貨を買うことができるならば、その心配はなくなる。

 それには、政府が教育・医療・年金などの社会事業費にかかるお金をすべてベーシック通貨に両替して支払うようにすればいい。そうすれば、通貨流通量は変わらないので、インフレにはならない。

 しかも、税金の使い道を社会事業にする効果ば倍以上になるだろう。子供手当を日銀券で1人1万3千円を出す代わりにベーシック通貨6500ベーシック円を支払えば、もらった人はそのお金を貯金したり、遊行費に使わず、確実に授業費に使うので効果は倍以上になるだろう。

   年金などの社会事業費を全部ベーシック通貨に両替した場合、結果的にベーシック通貨を発行し、現通貨を捨て去ることになる。例えば、歳出の27兆円の社会事業費をベーシック通貨13.5兆ベーシック円に両替して支払った場合、日銀券の27兆円は捨て去ることになるのですが、それを、歳出の国公債の27兆円の支払にまわすとすると、将来予測される財政破綻はなくなる。

 しかし、現通貨を捨てずに借金返済に回すとインフレになる懸念が出てくるが、それは投資や貯蓄に回され、ベーシック経済には回らないため、基本物価に反映せずに、単に債券のような金融商品の価格が上がるだけになるだろう。

 投資を基礎経済にするにはベーシック通貨への投資が必要になりますが、先の例にすると、これは両替して半額、それを還元して25%になってしまうので明らかに損失をするので、けして投資対象にはならないから、基礎物価はインフレにはならない。

 つまり、ギャンブルで生じた損得は人の遊びだから、すべてチャラにして、実質経済を守っていくアイデアがベーシック通貨の発行になる。

 

 

 

お金と自然

土曜日, 7月 10th, 2010

 明日の参議院選では「消費税増税論議」がポイントになっている。各党共通しているのはいつかは増税せざるをえないことだ。事業仕分けで捻出したり、無駄を省いても、借金は返済できそうにないからだ。

G20サミットの声明では、先進国について2013年までに財政赤字を半減するとの目標が盛り込まれたが、日本については「G20として、日本の状況を認識し、日本政府の財政健全化計画を歓迎」との一文が盛り込まれ、事実上の例外扱いとなった▲

 これは、日本の借金とギリシャの借金の国民1人当たりの比較をすると、日本はギリシャの倍以上の約693万円ある。

5月10日、財務省は「国の借金」残高が10年3月末時点で過去最大の883兆円に達したと発表した。国民1人当たり約693万円(7万5000ドル)の借金を抱えていることになる。ギリシャは半分以下の3万2500ドルだ(ただし1人当たりGDPは日本の7割しかない)▲

借金と収入の比率は公的債務高と国内総生産GDPの比率をみれば、

▼日本の公的債務残高は対GDP(国内総生産)比で約200%。ギリシャは115%▲

さらに、

▼09年度は日本の国家予算の約4分の1が既存の債務返済と利払いに充てられた。10年度予算では、新たな借金となる国債発行額が戦後初めて税収を上回った▲

平成22年度一般会計予算の概要

 で、これは大変というわけで、消費税5%(約10兆円)を10%(約20兆円) で10兆円増税して、さらに、事業仕分けと無駄を1兆円経費削減しても、とても借金返済には追いつけない。

 でも、日本の財政は世界からみれば安定しており、円高になるくらいである。G20でも、日本は例外扱いである。

これは、次の理由によると考えられる。借金する日本政府を旦那さんとすると、その貸金する日本国民はその奥さんであるからだ

1.ギリシャ政府の負債の債権者は七割以上が外国人、日本はわずか6%
2.ギリシャ国債の金利は7%、日本は1%台で世界最低
3.ギリシャ政府の支払う金利は、七割以上が外国人に支払われるが、日本は94%が国内の金融機関(及び家計)
4.共通通貨ユーロの性質上、ギリシャ政府が償還や利払いの負担から逃れる術はデフォルト以外にないが、日本は日銀に買い取ってもらえば償還や利払いが不要になる
5.日本円は日本政府に 『通貨発行権』 があるが、共通通貨ユーロはそれがない。
(EUは、経済財政と政治制度は各国個別にできるにもかかわらず、通貨を統一しているために、自分の国だけのを考えての金融政策が出来ない)
6.ギリシャは延々と経常収支赤字を続け、国民一人当たりの経常収支がアメリカの3倍にも達しているが、日本は延々と経常収支黒字で、世界最大の純資産国(要は金持ち国家)

 ちょうど、元首相である鳩山さんが、母親から年間数億もの借金いや贈与を受けて政治家を続けることができているようなものである。旦那さんが借金を返済できずチャラにしても奥さんは笑ってそれを受け入れることができる。それがダメなら、日銀がすべて債券を買い取ってもらうことも可能だからだ。

 でも、これは日本人特有の甘え構造だろう。

消費税を上げる論議にしても、解せないのはその前提が一律だからだ。他国の消費税を比較するなら、個別消費税として食料品とその他を分けなければ、景気回復と健全財政は両立できない。

▼世界の国々の消費税率比較表
国名 消費税率(%)と 食料品の消費税率(%)
イギリス 17.5と0
フランス 19.6 と5.5 
イタリア 20 と10
ドイツ 17 と6
オランダ 19 と6
アイルランド 21と 0
ポルトガル 19 と5 
スペイン 16 と7 
スイス 7.6 と2.4
ノルウェー 24 と12
スウェーデン 25 と12
デンマーク 25 と25
オーストラリア 10 と0
メキシコ 15 と0
アメリカ ※ ※
日本 5→15? と5→15?

 お金とは水のようなものである。そして、税とはその水の性質で常に水平に保とうとする働きである。

たくさんのお金があるところから、ほとんどお金のないところにお金を流し、国民すべてを経済的に公平にする働きが税金である。

そうしないと、国全体が栄えないで枯れてしまう。

 所得税や資産税のように、資産の多い人から税金をとって、資産の少ない人に税金を与える方向にするのは消費税とも同じであろう。資産の少ない人がその資産のほとんどが食料品にまわっていることからすれば、必要食料品を無税にして、嗜好品や贅沢品を増税することは基本的なことではないだろうか。

 お金を命の水のような血液として考えれば、国民1人1人は各細胞である。その細胞すべてに血液が順調に行き届かなければ、金持ちも貧乏人もみな死んでしまうことになる。

 今のお金のシステムにしても、食料のような実質経済が1割で、債券を主体としたギャンブル経済が9割になっている。その流れを健全な実質経済として、せめて5割にもどそうとするならば、衣食住貨幣とギャンブル貨幣をパチンコの現金とパチンコ玉のように交換率を調整できるように分離した二重貨幣制度が必要になるだろう。