Archive for 11月, 2009

壁脱却方

火曜日, 11月 24th, 2009

 昨年、ダイエットして、8キロやせたが、それ以上やせることができなくなり、いわば、停滞期に入ったのだ。半年が過ぎて、リバウンドした。1ヶ月ばかりで、2キロリバウンドすると、子どもから攻められた。

 そこで、当初のごはん半分にして、8キロやせた方法ではこの停滞期・リバウンドを脱却できないので、思いっきり、次の方針をもった。

 「食べないで、運動する」

 いわば、絶食して、運動ばかりすれば必ずやせることは確かである。理論上は正しいのだが、実際には無理である。でも、やれるだけのことはやるようにした。

 その結果、一日の摂取カロリーを運動カロリーを引いて、1200に押さえた、ダイエット料理になった。ごはんや麺類や甘い菓子類はカロリーが高いので、それらの摂取を少なくしていったら、1ヶ月で、3キロやせた。結局、停滞期を脱出して、さらに、1キロやせたことになった。

 この経験から、目の前の大きな壁があったとき、それをぶち壊すには、一点集中し、無理だと思えることにも挑戦してみることで、可能になることがわかった。

 ここ1年ばかりお金の研究をしているが、それも、ダイエット経済の方向で、自分のダイエット体験と合わせて、試行錯誤している。

 例えば、国の予算だ。収入財源の中でやりくりするのが、ダイエット経済になる。そのため、国債をする必要も、来年度の収入にあわせた、必要最小限の事業だけをすればいいのである。そのため、無駄な事業をどんどん廃止するのはあたりまえである。

 ダイエットには一日の最低必要カロリーだけを摂取するように方針をすることで、贅肉がなくなってくる。税金の無駄使いはこの贅肉と同じである。

 来年度の予想財源に合わせて、無駄な事業や無駄な軽費をどんどん落として、本当に必要最小限事業を必要最小限の経費で行うようにすれば、スリムで快適な行動力を発揮する政府になれるような気がする。

 そのためには、思い切ったダイエット政策を実行する。

1,一切国債は発行しない

2,一切増税しない

3,予想財源だけで必要最小限の事業だけをする

 こうすれば、無駄を省いて、必要な公共事業を必要最小限の経費で行う慣習ができてくる。

 大きな壁を打開するには、そこにすべての力を投入して、無理とわかっていても、できるだけのことをすることだろう。

 すると、その無理な方針が、道理にかなう方針に変わってくる。

ゼロ円札とJoker札

水曜日, 11月 18th, 2009

 地域通貨がはやりだしたとき、その説明が無料のボランティアで助け合いをすることよりも、擬似通貨で助け合いした方がもっと助け合いが確かになるということだった。

 それから数十年たったが、地域通貨はほとんど使われることはない。理由はいろいろあると思うのだが、私はその理由は2つあると思う。

1,全国誰でも使える法定通貨ではない

2,数字が書いてある

 ボランティアが地域通貨よりも一般的であるのは、それが無料だということだと思える。しかし、ボランティアしても、何も残らないのは何かとても寂しい気がするものである。

 そこで、私は国がボランティア運動をさらに進めるために、「ゼロ円札」を発行したらどうかと思う。

 ゼロ円というのは、「お金でははかれない」「心だよ」という意味なのである。

 「もったいない」という意味は「モノではない」という意味で、「物や金ではない・・・心」である」ということである。

 お金に愛や感謝の心を入れ込むと、「お金ではない心」になる。それをしっかりと忘れない・・記憶・・・記録が、ゼロ円札で表現することで、もっと人の交流が豊かになると思われる。

 そうした心のお金を国が発行するということで、愛と感謝の日本国であるというモットーにもなりえるものである。 

 歴史上、インドにおける「0(ゼロ)」の発見で、数学が飛躍的に発展したことは、この通貨にもいえるだろうと思える。0円や0ドルがあると、もっと通貨が心のこもった通貨になり、もっと豊かな経済生活が発展していくだろうと空想する。

 人の心とは単に「物ではないゼロ」という意味だけではない。そこに、相手の心に合わせて、共感する作用もある。これは、人を理解するときには、先入観をもたずに、相手の心をそのまんま受け入れることから始めるとうまくいく。

 それを心の通貨にも応用したら、きっと「joker札」になるだろう。そんなお金がないとき、足りないお金があったら、その数字と同じになれるトランプのJOKERだったら、どれほど、人は楽しく、また心がさらに豊かになることだろう。

 子供が親からお小遣いの100円をもらい、駄菓子屋さんで、欲しいものを見つけた。

「これください?」

「280円!」

「・・・・・

 100円しかないので、あとはjokerでいいですか?」

「いいよ」

というような感じでjoker札はどんなお金にも変身できるものとして通用したら、いいだろう。

 お金そのものが成立したのは、人が助け合うための補助手段である。人と人のつながりでもっとも価値があるのは心である。

その心を補助するのが貨幣である。

 だったら、

ゼロ円札とJOKER札の発行があってこそ、本来の心の通貨が発展するだろう。

所有権が悪さをする

月曜日, 11月 9th, 2009

 仏教を勉強すると、社会的問題の根本的原因が「我の執着」にあることを知らされる。そのため、すべての苦しみから解放されて、極楽に至るためには、「無我」を目標に修行する。

 でも、我をすべて取り去ることは死を意味するので、それは不可能だが、我の執着をどんどん削り取って、最小限の我を認め、それを悟りともいう。

 経済も同じく考えると、我とは所有権に当たる。

 戦争や飢餓の根本的原因はこの所有権にあることが解る。国の違いはその国の所有権であり、飢餓があるのは食べ物の所有権があるためである。宗教や科学の争いも知的所有権から起きる。

 経済の元になっているのは貨幣である。

 そのため、すべてのモノの所有権を主張させる原因は貨幣の所有権を認めるからである。

 仏教と同じく、経済における悟りにいたるためには、貨幣の最小限の所有権を認めることである。

 仏教における「無我」とは「真我」ともいわれ、それを「仏」ともいう

そのため、経済における最小限の所有権とは「仏心」や「仏性」に当たり、「一寸の虫にも五分の魂」とか、「一切衆生ことごとく仏性有り」というように、「命」のことを言う。

 貨幣における最小限の所有権とは「命を維持する権利」つまり「生存権」のことである。そのため、経済生活の極楽を実現させるためには、人類65億人の生存権を保証する貨幣システムが必要である。

 つまり、人類すべてのベーシック・インカムを実現するような貨幣システムが極楽経済にいたる道である。その具体的提案が前々回の基軸通貨の条件である。

 所有権とは何か?

 これを追求することが、戦争から平和への第一歩になる。

例えば、土地の所有権について考察すると。

 私の住む裏山の40000坪を4000万円で売っている。でも、売りに出てから40年間も売れていない。

 この土地の所有権とは何であろうか? 出入り禁止の立て看板があっても、登山者が勝手に何台も駐車している。この所有者は東京の不動産屋さんで、毎年固定資産税を国に支払っているが、土地は放置したままである。たぶん、投資のための値上がりを待っているだけであろう。

 この土地を本当も持っていれば、どうして国に固定資産税を払わされているのだろうか? この固定資産税とは国からその土地を借りている料金ということができる。そのため、土地の所有権などなく、貸借権があるだけということができる。

 減価する貨幣の考案者であるゲゼルは自由土地として、土地の所有権は国だけにして、国民はその貸借権だけを持てるようにする提案をしている。

 我々が思いこんでいる所有権とは貸借権や使用権のことだと悟ったら、経済システムは大きく変わることになる。

 先の40000坪の土地を投資して金儲けする手段としての所有権を許可しなくなり、その土地を有効に使う人が年に数万円で国に借りることができるようになるだろう。

 それに必要な資金に4000万円はいらない。数万円あればその40000坪を自然のキャンプ場にでも開発できることで、経済は活発になる。

 所有権から使用権にすることで投資ギャンブル経済から実の命の経済への移行が簡単になる。

 

 

 

東京は金と法律で不便

日曜日, 11月 8th, 2009

 昨日、早稲田大学の近くのオープンフォーラム早稲田で、千葉の有機農業をしている土屋芳久さんの講演を聴いた。

 山梨から車でそこに行ったのだが、近くの駐車場はみな一杯で、空き駐車場をうろうろと探していたら、パトカーに出会った。何をしているのだろう? と気になりながら、そのわきをゆっくり通り過ぎたら、通行人が、「ここは一方通行だから入れないよ。それにしても、よくパトカーがいて入れたな」と教えてくれて、そこで、ユーターンして、パトカーのところにもどろうとしたら、警官に呼び止められて、「違反したので、チケットをきる」という。

 私は空き駐車場とパトカーが気になっていて、すっかり、道の途中から一方通行になる標識を見失っていた。そういう標識もめずらしいが、そこにパトカーが、110番の通報があっての処置をしていたので、私の車を止めなかったというのも、何か妙な空間にはまった感じがした。

 違反点数はかなり残っているので問題はなので、「罰金はいくらですか?」「7000円!」「やはり金ですか?」「(警官の)私に金が入るわけではないよ」「払う方は同じでしょう」

 警官の「違反は違反だから」という言葉と金ですべてすませてしまうやり方に、猛然と腹がたった。それに山梨から3時間以上かけてやっと着いたと思ったら、1時間探しても有料駐車場は見つからなかったあげくのミスと罰金に対しての不幸にも納得がいかなかった。

 そこで、3人いた警官にかみついた。

「どうして、違反しようとする車を見て止めないで、違反に気づきもどってきた車を止めてチケットを切るのか?

 なんのための安全のための法律だ! おかしいではないか! 注意せずに、なんでも金で解決しようとするのは許せない!」

 警官はあまりに興奮した私に「大声をあげないで」と、近所に気をつかったので、私はさらに近所に聞こえるように大声をあげて、近所の力の賛意をえようとした。すったもんだの30分で、安全運転の誓約書にサインに、左の薬指の指紋を押すことで解決した。

 そこから、また、会場におられた古山明夫先生が受付をしておられたので、大きな駐車場を紹介してもらい、そこに行ったがやはり2件とも一杯だった。もう、講演は始まっていたので、かなりあせり、早稲田大学前の道路では9時から19時まで1時間だけ駐車できるラインがあったので、そこに止めた。
 しかし、その1時間だけの駐車場のお金をどこに支払うのか? どこでチケットを売っているのかがわからず、そこで駐車違反を覚悟して、講演会を聞くことにした。早稲田の文化祭があったせいか、道路駐車も混雑していたので、私と同じように車できた人はみな困っているだろうなあと思いつつ、駐車違反の罰金と講演会を天秤にかけて、講演会を選んだ。

 講演が終わってすぐに早稲田大学の校門近くに止めた自分の車にはしっかりと、「駐車違反」の紙がワイパーに挟まれていた。その手続きをしようとしたが、単に私の車のナンバーと違反時刻1時45分が記入されてあるだけで、連絡先の電話番号も、チケットを支払う地図も書いてなかったので、違反の紙を取り除いて、山梨の家路に向かった。たぶん、あとで、車のナンバーから請求書がまわってくるのだろうと思う。

 それにしても、東京は不便きわまりないところだ。「金と法律」で縛り上げた不便社会である。

 こんな体も気分もくたくたになって、土屋さんの講演を聞いてもあまり集中できなかったが、特に印象に残ったのが、経済を縮小させていくことが大事で、増税もやむをえないということだった。

 質問内容で、1人当たりの労働生産性が日本は極端に少ないことに意見が集中した。翌日、ふとみた放送大学で、環境の専門家が、図式で、

 労働生産性から資源生産性へ


 のチェンジの必要性をのべていた。これが答えになっているように思える。
 限られた資源の中でどれだけの生産をするかが大事であって、人1人1人の労働生産効率をあげることにこだわる必要がない。

 これはベーシック・インカムを進める力にもなる。

 「働かざる者は食うべからず」ではなくて、
 「限られた食べ物をいかに分かち合うか」である。

 「違反を金と法律で取り締まる」のではなく、
 「安全をいかに協力して生み出すか」である。

数字が欲望を制す

火曜日, 11月 3rd, 2009

 期限貨幣・・・というより、循環貨幣と言った方がいいかもしれない。

 この理論を実際に試したくなった。とはいえ、世界の基軸通貨を私が試すことはとてもできるものではないし、地域通貨で試すとしても、そんなパワーもない。

 そこで、この循環貨幣システムを自分の体でなら実験できると思える。その設定は

1.生産→食事

2,消費→運動・仕事

3.貨幣→カロリー

 に相当する。

 今までの中央銀行システムでは無制限に食事をし、運動カロリーとの余りのカロリーが脂肪となって、メタボになってしまう状態だと判断できる。(これは無制限に生産と消費をして、余分なお金が金持ちに貯蓄されて、ぶくぶくに太った経済社会が身動きができなくなったと対照できる)

 今のメタボな私みたいなものである。

 そこで、新しい循環システムを導入して、ダイエットに挑戦する。

 まず命をつなぐ最低のカロリーを計算する。

1,1日の必要カロリー数と体重 ・・私の場合 58キロ 1600キロカロリー 

2,食事のカロリーブックを参照して、1日の食事を1600キロカロリーにする。

3.健康な体を維持する運動量(時間)を計算する・・私の場合は24時間の10%減価 2.4時間

4,毎日の摂取カロリーと運動時間と体重と体の調子を記録し、毎月チェックする。

5.1年後、健康的生活(体重・カロリー・運動・食事・体調)を総チェックする。

 これは循環貨幣では、貨幣の発行額を必要な生産量に合わせて発行し、生産を無限に行わないで、地球環境に合わせた生産調整を行うことである。減価する貨幣とは、人類全体が必要な貨幣を常に全体に流れるようにして、一部の金持ちが大きく貯蓄できないようにすることである。

 減価する貨幣とは人が必要なカロリー数を一定にするための運動システムであり、運動するとカロリーが使われるので、その分を食事で追加するようなものである。減価する貨幣は運動で減るカロリーに相当する。

 減価し貨幣分を必要な生産のための貨幣を追加する。これが、運動した分のカロリーを食事で補うというものである。栄養バランスは社会が必要とする政策にあたるだろう。欠けた栄養を増やし、余った栄養を減らすような政策にあたる。

 我々の「食べたい」という欲望をコントロールするには、数字を使うことが最も効果的に思える。

 スポーツでは、まさに数字との戦いである。人との戦いにおいても、基本は自分が設定した数字との戦いである。それによって、自分の欲望を制することが可能になる。

 商売でも、その売り上げを数字を使ってあげていくように、数字で生産と消費をコントロールすることができる。

 今までの中央銀行システムでは無制限の貨幣の発行のため、その生産と消費をコントロールできない。まず、必要な量の生産と消費の数字をあげて、そこから、人の欲望(生産・ゲーム)をコントロールすることができると思える。