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ゼロ円札とJoker札

水曜日, 11月 18th, 2009

 地域通貨がはやりだしたとき、その説明が無料のボランティアで助け合いをすることよりも、擬似通貨で助け合いした方がもっと助け合いが確かになるということだった。

 それから数十年たったが、地域通貨はほとんど使われることはない。理由はいろいろあると思うのだが、私はその理由は2つあると思う。

1,全国誰でも使える法定通貨ではない

2,数字が書いてある

 ボランティアが地域通貨よりも一般的であるのは、それが無料だということだと思える。しかし、ボランティアしても、何も残らないのは何かとても寂しい気がするものである。

 そこで、私は国がボランティア運動をさらに進めるために、「ゼロ円札」を発行したらどうかと思う。

 ゼロ円というのは、「お金でははかれない」「心だよ」という意味なのである。

 「もったいない」という意味は「モノではない」という意味で、「物や金ではない・・・心」である」ということである。

 お金に愛や感謝の心を入れ込むと、「お金ではない心」になる。それをしっかりと忘れない・・記憶・・・記録が、ゼロ円札で表現することで、もっと人の交流が豊かになると思われる。

 そうした心のお金を国が発行するということで、愛と感謝の日本国であるというモットーにもなりえるものである。 

 歴史上、インドにおける「0(ゼロ)」の発見で、数学が飛躍的に発展したことは、この通貨にもいえるだろうと思える。0円や0ドルがあると、もっと通貨が心のこもった通貨になり、もっと豊かな経済生活が発展していくだろうと空想する。

 人の心とは単に「物ではないゼロ」という意味だけではない。そこに、相手の心に合わせて、共感する作用もある。これは、人を理解するときには、先入観をもたずに、相手の心をそのまんま受け入れることから始めるとうまくいく。

 それを心の通貨にも応用したら、きっと「joker札」になるだろう。そんなお金がないとき、足りないお金があったら、その数字と同じになれるトランプのJOKERだったら、どれほど、人は楽しく、また心がさらに豊かになることだろう。

 子供が親からお小遣いの100円をもらい、駄菓子屋さんで、欲しいものを見つけた。

「これください?」

「280円!」

「・・・・・

 100円しかないので、あとはjokerでいいですか?」

「いいよ」

というような感じでjoker札はどんなお金にも変身できるものとして通用したら、いいだろう。

 お金そのものが成立したのは、人が助け合うための補助手段である。人と人のつながりでもっとも価値があるのは心である。

その心を補助するのが貨幣である。

 だったら、

ゼロ円札とJOKER札の発行があってこそ、本来の心の通貨が発展するだろう。