Archive for the ‘お金って何だ’ Category

虚構に苦しみはあるが真実にはない

月曜日, 1月 14th, 2019

サピエンス全史とホモデウスの著者イスラエル人歴史家のユバル・ノア・ハラリの考え方は今の世界の潮流のリーダー役になっている。

その基本的な視点は


また、

TEDでは彼を新しい形で、紹介しだした。

さらに、

TEDは最後に質問をして、その思想を理解しようとしている。

自殺者の方が戦死者より多い

ユバルの思想で一番面白い視点は

世界的に、自殺者が戦死者や犯罪被害死よりも多いという事実である。

これは、戦争や人的災害よりも怖いのは、自分自身だということである。

死の恐怖から抜け出るような幸福が、自分自身の中にあるということをも示している。

虚構に苦しみがあるが真実に苦しみはない

釈迦が、「苦しみの原因」は何か?

ということから、悟りの道が生まれた。

ユバルは釈迦よりももっと簡単な苦から抜け出る方法を教える。

真実と虚構の区別は何か?

もし苦しみを感じるならばそれは虚構の世界である。

他の生物の同じく真実の世界であれば苦しみは感じない。

つまり、

苦しみを感じるのが虚構であり、

苦しみを感じないのが真実である。

ソニーのブラビアのデジタル受信部品はリコールすべき

木曜日, 11月 8th, 2018

ケーブルテレビが光ケーブルに替えた時

急にテレビのデジタル放送が見られなくなった。

二度ほど、ケーブルテレビの担当者に来てもらった、

光ケーブルへの交換期に偶然テレビのデジタルアンテナ受信部が故障したという結論に達した。

ソニー ブラビア 受信部

ソニー ブラビア 2009年製

ケーブルテレビの入力信号はテレビのデジタル受信部までは正常に来ているが、

ソニー ブラビアのデジタル アンテナ受信部品が不良品(欠陥品)であるため、受信できなくなっている。。

また

BSアンテナ受信部と、ブルーレイのデジタル受信部はADSL配線で接続が正常であるため、受信できる。

ネットの動画でも、

ヤフー知恵袋でも

テレビが映らなくなって

こうした、突然テレビが受信できなくなる故障は

ネットでは ソニーの ブラビア 製品に多くみられる。

修理はソニーでできるが・・

基盤ごと替えるので、出張料と合わせて、ネットで見積らせたら、

55000円+税=59400円であり、

新しくテレビ買った方が安上りである。

車では、命の安全があるために、欠陥品として無料のリコールがされるが、

テレビのようなものは直接命にはかかわらないので、無料のリコールで欠陥品を交換しない。

しかも、受信部の欠陥品だけを自分で交換できれば、数百円で、修理可能である。

こうした、

家庭の電化製品には、ちょっとした、部品交換さえできれば、買い替えなくても、十分長く使えるものが多い。

ー^-^-^-^-

一体便利で、快適な社会って このソニーの ブラビア デジタル受信部品の欠陥品で、テレビを最新式に買い替えるような、生産と消費のお金だけが大きく動く社会ではないだろうか?

医療もまた

ちょっとした病気も、癌のような手術や抗がん剤、放射線治療などをして、おおげさに、命そのものの交換がされてしまうような社会に見えてくる。

知恵ではなく、お金で物事が判断されてしまう、そんな社会は迷信時代となんら変わりがない時代にみえてくる。

GDP脱し
金より命
幸来たり

Fortunately
Life than money
Off GDP

 

Sell the jungle than to sell oil palms

木曜日, 8月 16th, 2018

1.アブラヤシを売るよりジャングルを売れ

You’re worth more than gold.

貴方は金よりも価値がある。

Sell someone with a heart than a thing without a heart.

心がないモノより心があるヒトを売れ。

2.A poor village sold leaves and became rich.

貧しい村は葉っぱを売って豊かになった。

 

This leaf business is also introduced in movies.

この葉っぱビジネスは映画でも紹介されている。

The environment is more valuable than the economy.

環境は経済よりも価値がある。

3.It has turned into a journey to experience life more than sightseeing trips

観光旅行よりも人生体験する旅に変わった。

 

It has become a journey to enjoy conversation with local people and exchange of lives rather than beautiful scenery and souvenirs.

美しい風景やお土産ではなく、地元の人々との交流や生活の交換を楽しむ旅になった。

4.Sustainable agriculture is to protect the forest and the ocean, protect the human nature, and communicate with living beings.

持続可能な農業は、森林と海洋を保護し、人間の本質を守り、生き物とコミュニケーションすることです。

uLet’s become a wildlife and feel that heart.

uWith the indigenous people of the jungle,Play, work, talk, understand, live together

uThen surely ,the way tomorrow will come.

野生動物になってその心を感じよう。
ジャングルの先住民と一緒に、遊び、仕事、話、理解、一緒に住んでみる。

そこから、明日への道が確かに来るだろう。

5.Sustainable agriculture

持続可能な農業

How to approach nature?
How do you live healthily?
Its sustainability can be learned naturally from biodiversity

いかに自然に近づくか?
どのように健康に暮らすか?
持続可能性は生物多様性の自然から学ぶことができる。

6.Why biodiversity is important?

なぜ生物多様性が重要なのか?

Sustainability?
-stable/successful/healthy
Relationship?
– more biodiversity, more sustainability
– less biodiversity, less sustainability

持続可能性?
安定/成功/健康
関係?
– より生物多様性、より持続可能性
– 生物多様性が少ない、持続可能性が低い

7.What is freedom? Is not it to recognize diversity?

自由とは何か? それは多様性を認めることではないか?

 

People recognize each personality, not a way of life aiming at number one, but may feel freedom in the way of Only One.

Then you can enjoy sports and money games without sticking to winning or losing.

If you do, you will try to dominate or not obey a person, and will try to live your way of life.

 

人々は一人ひとりの個性を認識し、そのナンバーワンを目指す生き方ではなく、オンリーワンを目指す生き方に自由を感じるかもしれない。

そうすれば勝ち負けにこだわることなくスポーツやマネーゲームを楽しむことができる。

もしあなたがそうしたら、あなたは他人を支配したり、他人に従おうとはしない、あなたらしい生き方をしようとする。

8.What’s the money? Is the earth round?

お金とは何か? 地球は円いか?

The central banking system is
about to turn into a virtual currency system.

中央銀行システムは
仮想通貨システムに変わろうとしている。

Life is more important than money.
Heaven does not create a man on a person, does not create a person under a person
Money is power. That system is not a pyramid type but a global type, it is a society full of humanity

人生はお金よりも重要である。
天は人の上に人を創らず、人の下に人を創らず。
お金は力。 そのシステムはピラミッド型ではなく、地球型であり、人類の豊かな社会である。

9.Human diversity and Biodiversity

人間の多様性と生物多様性

 

Tropical rainforest, the core of human diversity and biodiversity, now・・
Since the 20th century, the tropical rainforest has declined from 14% of the earth’s surface to 6%

人間の多様性と生物多様性の核である熱帯雨林は今や・・
20世紀以来、熱帯雨林は地球表面の14%から6%に減少している。

For humanity to eat,
it is agriculture · economics · environment · society · business
that protect tropical rainforests.

人類が食べていくためには、
農業・経済・環境・社会・ビジネスが熱帯雨林を保全することだ。

10.Tropical rainforests are the last fortress to survive humanity

熱帯雨林は人類が生き残る最後の要塞である

11.How about biodiversity like water circulation ?

水循環のような生物多様性はどうか?

 

Basically, mountain and coast are biodiversity protected areas,
We set up between them in the human living area.

基本的に、山と海岸は生物多様性保護地域にし、
私たちはその多様性保全地域の間で暮らすようにしたらどうだろう。

12, Farmland to forest within 10 years of protection

保全したら農地は10年以内に森林に戻る

MLC forest was once destroyed to make way for farmland,

now 87% of biodiversity has returned.

・・MLC is the Amazon Experimental Site in Peru

MLCの森は農地のために一度破壊され、

今や生物多様性の87%が戻ってきた。

・・MLCはペルーのアマゾン実験地

13.To live as a human being

人間として生きるためには

Balance between self power and other power

自力と他力のバランス

・Independence is necessary to live freely.
・independence can be supported with others.
・The balance between yourself and others is exactly half.

自由に生きるためには独立が必要
独立は他とともに生きることで保証される
自他のバランスは半々が丁度いい

14,What is most necessary for living is food

生きるために最も必要なのは食べ物

 

Food self-sufficiency rate and other salary rate are exactly 50% each.

It is dangerous to live only with money exporting oil palms.

It is better to plant plants of various kinds of foods in human living areas.

食糧自給率と他給率は実際的に50%ずつが丁度いい。

油ヤシを輸出するお金だけでしか生きられないのは危険だ。

人間の生活地域には、さまざまな種類の食べ物の植物を植える方がよい。

15.Let’s cultivate my field in the summer like a tropical rain forest

熱帯雨林のように、夏の私の畑を栽培してみよう

My field in the summer grows with biodiversity competition like tropical rainforest.

I decided to cultivate not only one type of rice, but also many cereals and vegetables.

夏の私の畑は、熱帯雨林のような生物多様性の競争をさせて栽培する。

私は1種類の米だけでなく、多くの穀物や野菜を栽培することにした。

 

人が考えられることはあり得るが・・

金曜日, 8月 3rd, 2018

4月初めに麦間に陸稲の蕎麦の種を播き、

7月に麦を収穫せずに、

陸稲と蕎麦が芽を出し、

雑草のように自然交代することを理想として試みた。

だが、麦間には雑草だけが生えたので、それを一度は抜き、

陸稲と蕎麦の芽が出ることを期待したが・・

3週間後は麦間の雑草は1mにもなっていた。

その雑草を抜き立った後に、200坪の麦畑に播いた20キロの陸稲のうち3粒の種が芽を出していた。

2018.8.3

2018.8.3

100万分の1の確率で理想論が実現していたことになる。

だが、その奇跡的な理想論も、1mの雑草を抜き取り、水揚げし、また生える雑草を抜きとらない限り、消えゆく運命である。

50坪の畑に4月初めに蕎麦と陸稲の種を播いたものは、

6月には陸稲は光が入る部分には10センチほど伸びたが、8月初めにはその陸稲の芽は蕎麦が実りきらずに、ほとんど消え去っていった。わずか一万分の1の確率で、陸稲の芽が生きているのを発見した。

蕎麦の下に残る陸稲の芽

万が一の確率で陸稲の芽が残るが生き残れるか??

その蕎麦下の陸稲の芽も消え去る日は近いだろう。

もし、生き残らせるには周りの蕎麦と雑草を刈り、毎日水やりをすればなんとか生き残れるだろうが・・それだけの手間と犠牲をするだけの価値がそこにあるだろうか?

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多くの理想論がそうだが・・・

あのマルクスの資本主義を修正しようとした共産思想にもいえるだろうが・・・

およそ人が論理的に考えられることはあり得るが、それが実現できる確率は奇跡的な一兆分の1にすぎないことが多いのではないだろうか。

その奇跡的な確率で、突然変異した理想論の稲をなんとか実現させようと必死になっているのが、品種改良であり、遺伝子組み換えであり、ゲノム編集であろう。

共産主義から生まれた国も資本主義の容認する品種改良しながら共産党理想を残しているのもそうだろう。

また、

そうした理想論を必死で追いかけることは

生まれる前にダウン症などの病気が解った時点で流産させるという行為にもつながってくる。

それは二年前に起きた障碍者殺傷事件は意志の疎通ができない障碍者は殺した方が良いという考え方にもつながってくる理想論である。

こうした理想論の根拠になっているのは

その人類の、その人間の、その社会の、その個人の・・エゴからくるものではないかを

問い直してみる必要がある。

その理想を実現するために、

理想的な稲の芽を伸ばすために、多くの蕎麦と雑草の命を、人の労力と金と情熱を犠牲にしていいのか?

また、多くの今の障害者の命を犠牲にしてまで、障害者のいない社会を築こうとしていいのか?

共産主義革命で、どれだけの多くの人が犠牲になったか? そんな犠牲にしてまで共産革命に意味があるのか?

あのオーム真理教もそうだが、理想の国家を築こうと、誰構わず大量に殺していいのか?

歴史的にみても

理想論は人類の、国も、社会の、個人のエゴから実現させようとしていることが多い、

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理想とか夢とか追い求める前に

その欲望らが、

生物多様性の自然において・・自然の倫理に合っているか?

 

 

自然と欲望を照らし合わせて・・

その理想という欲望をよくよく吟味して

それがエゴなら「諦めが肝心」であり、

けして、「ネバーギブアップ」するなである。

だが、その理想・欲望・夢が自然に合致するなら、

「Never give up」であろうし、「夢は必ず叶う」し、

それに対して努力しても、しなくても、

自然が味方するのだから、その理想は実現するといえるだろう。

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いろいろな考え方がある

それらは考えられる限りあり得るだろう。

「火がないところには煙が立たぬ」

という一面だってあることだから。

しかし、

我々の思考は宇宙の果てでも、何億年前でも後でも飛ばすことができるように

それが実現するということは一瞬で一部ありえるだろうか・・そう永く実現できるものでもない。

縄文時代のように、

その生活がより自然にあっていれば一万年も持続可能であろうし、

その生活が不自然であれば、現代生活は数百年で終わりを告げるだろうと思える。

 

余談・・

 

 

二日後

蕎麦を押しのけるように生えた引っ付き虫(コモセンダン草)が繁茂していたのを根っ子ごと引き抜いたら、そこに線播きした陸稲が7センチほど芽を出していた。

この場所は雑草地で、石ころだらけで、耕耘していない荒地である。

だが、畑よりはるかに雑草地の方が稲が芽を出したとはびっくりした。

しかも、蕎麦下よりも、引っ付き虫の下の方がよく芽を伸ばしていたのである。

それから推測すると

日当たりがよい場所なので、稲は水分よりも太陽の光を必要とする。

また、蕎麦よりも、引っ付き虫の種類の方が稲との相性がいいのだろう。

もちろん、

引っ付き虫を抜き取らねば、稲は消え去る運命ではあるが・・・

 

多数決という集団暴力

木曜日, 8月 2nd, 2018

多数決で決められないことがある。

それは命に関することである。

人の命を人が決めることはできない。

その人が自己であれ、他人であれ、

人が創った国であれ、国連であれ、

法であれ、神であれ、人の命を決められない。

命の問題を唯一決められるのは

自然だけである。

 

自然は神ではない。

人間の求める宗教の神や悟りではない。

人間の命は自然に創られた存在であるからだ。

創られた命が同じ創られた命を決定し、

その人の生死の判断を決定していいのだろうか?

それができるのは人の命が創りまた壊すことができる自然だけであろう。

それを創られた者同士がその命を創り壊そうとすることは

単なるエゴのオゴリによる妄想であり、不自然なことをしようとするから迷う

迷って、止む無く多数決で決めようとする。

それは単なる多数の暴力でしかない。

 

民主主義は国民が主人であるのに、国という多数決集団が主人である国民を支配し、その命を決定しようとするのは似非民主主義であろう。

一個の国民も、一個の国も同じ命の重さをもった存在であるというのが民主主義である。

それを多数の国民が、少数の国民の命を支配し、その生死を決定していいのだろうか?

それは集団暴力となんら変わりがない。

 

そうした自然から作られた人の命として判断すると

戦争による殺人、死刑も 人間のオゴリであり、

それは殺人、自殺、自爆テロと変わりない行為であろう。

自分が創造主のような神や悟った仏になったような教祖や信徒や政治家が

その人を救うという名目で、殺しを正当化する事件は後を絶たない。

 

もし、創られた人が多数決でも人の命を決定してはならないという自然法が

世界で承認され、一人1人の意識に働きかけたなら、世界はもっと平和になり、

自然にあった生活ができるように思える。

 

この地球自然を人類だけが支配し、他の生物の命を決定することさえも、

人類のオゴリであり、不自然である。

人類の命も生物の多様性の一歯車にすぎないことを自然は証明している。

 

弱肉強食という一様にみるのではなく生物共存と多様にみるのが自然