Archive for the ‘お金って何だ’ Category

自分しかできないことをやればいい・その5

水曜日, 4月 25th, 2018

ようやく畑に雨が降り、作物たちが歓喜の歌声で合唱しているようです。

「自分しかできないことをやればいい」

では

誰でもできることは???

物事は弁証法の相反合で考えていくと団子虫のように迷路から抜け出られます。

「誰でもできることはやらなきゃいい!」

「それは自然にまかせて放っておけばいい」

キリスト教の呪縛からの解放を歌うルネサンスに咲いた

科学技術の力はどこからくるのでしょうか?

科学技術の力は自然の力であり、人類はその自然の力を応用したにすぎません。

人類は地球上で人類しかできないことをやっているにすぎません。

蒸気機関車が動くのは、水を熱して蒸気を作り、密封したエンジンを回すからです。

人類はただその蒸気機関車という構造を作っただけです。

その蒸気機関車を動かすのは地球の資源である石炭、火力、水、鉄の自然の力です。

人力車であったならば、それは人間の力で、自然の力ではありません。

科学技術の力というのは自然力であり、

それは

「誰がなにもやらなくてもそうなっていく」

「何もしない方がうまくいく」

「誰もできることは誰がやらなくてもできてしまう」

機械力=自然力というのは

「誰でもできることを誰もやらなくても、自然の力でそうなってしまう」

というものです。

機械が故障して、それを修理したり、新たに機械を作ることは

人間でしかできません。それが人間がやることであり、人類の個性というものです。

ただ、今人類は

「それができてもやってはいけない」誘惑にとりつかれています。

原爆原発、遺伝子組み換え、細菌兵器など

人間には自殺願望もあるのです。それは聖戦として自爆テロのような願望です。

地球生物には絶滅種というものがたくさんあります。

その絶滅種の原因は人類の傲慢な殺傷願望にあります。人類だけが地球を謳歌し、他の生物がその犠牲になったら、それは地球の砂漠化を生み出し、人類も絶滅させた種と同じような絶滅種になるというのも、自然力です。

なぜ

「原爆原発、遺伝子組み換え、細菌兵器などはできてもやってはいけない」のでしょうか?

それは人類が絶滅種となるような自殺願望だからです。

一個の人間が自殺しても、他の70億の人間が生きていますが、

「原爆原発、遺伝子組み換え、細菌兵器などは、人類70億人全体の自殺行為につながる」からです。

人類もまた諸行無常であり、永遠に生き続けられる存在ではありません。

一歩間違えれば、人類滅亡になる誘惑は現代たくさんあります。

今の北朝鮮の核戦争の挑発はまさにその兆候です。

自然にとって、人類が滅亡しても、なんら困ることはありません。人類に代わって他の生物が地球を謳歌させるでしょう。それは過去恐竜の時代が繁栄し、絶滅したように、繰り返されるだけです。

 

自分しかできないことをやってはいけないことは

ただ一つ

自分を殺してはいけないこと

だけ、それだけ

それ以外は大いに

自分だけしかできないことをやりましょう

誰でもできることは自然にまかせて

大いにやりましょう

 

 

自分しかできないことをやればいい・その3

火曜日, 4月 24th, 2018

 

 

板橋のアパートを3年がかりでリフォームしてから、2年経った。

一階と二階を同じ仲介者アパマンで、同じ条件で賃貸した。
敷金、礼金、更新料なしで、但し、保証協会に入り、毎月の家賃は自動引き落としの私の口座にするというものだった。

二階はなんの問題もなく、借主の名前で毎月きちんと振り込まれている。

二年の更新料は要らないといったのに、二年たったら、アパマンが契約では1か月5万円の更新料になっているというので、そんな契約はした覚えはないので、家主の私は更新料を要らないとしたら、半分の更新手数料25000円を仲介者のアパマンに払い、その更新契約書が送られてきた。

問題が起こったのは一階である。

アパマンから、一階の借主が更新料の25000円振り込まないし、書類も送られてこないというので、三度ばかり、当方に電話してきた。

「こちらは自動更新と思っていますし、更新料は要らないのでなんの問題もありません」

と答えたが、何か変なので、二階と一階の契約書類を今見直してみた。

そして、びっくりしたのは、同じ条件で同じ仲介者のアパマンなのに、その担当者が違うと、別な契約に借主がさせられていた。

昨年に、当方と契約していたアパマンの上板橋支店は閉店し、赤羽南口店に合同移転した。

条件通りの二階の仲介者の上板橋支店の担当者は問題がまったくなかった。

だが、

条件通りの一階の仲介者であった十条店の担当者に契約の問題点があった。

勝手に、家主の条件をアパマンの担当者の都合のいいように変えて契約していた。

二年前、当方は同じ上板橋の店だとばかり思い、契約もまったく同じだと思いこんでいたので、契約書を確認しなかったのだ。

契約する文面はまったく同じだが、

契約内容が2つ違っていた。

1、契約時の一か月分(アパマン手数料)は家主が負担する

2、連帯保証人が保証協会ではなく、無名だった

二年前、アパマンから

借主が、賃料の5万円を保証会社と家主に両方に送金したので、返金してほしいといった。

そこで、借主に5万円返送金した。

次回からは、当方に家主からでなく、保証会社からの名前で送金してきた。また、毎月、送金した内容がアパマンから送られてきたが、二階とは違うので、変だなと思っていた。それに毎月送られてくる書類も無駄な作業だと思えたので、必要ないと連絡しようと思っていたが・・そのままになっていた。

そして、更新料不払いで書類が滞るという問題が起きたのだ。

一階の更新料不払いで、三度電話してきたアパマンはどうやら仲介者は十条店で、問題のない二階の仲介者は上板橋の移転先赤羽南口店であると、契約書を見直してはじめてわかった。

そして、

どうして一階の借主が更新契約をしぶった理由がはっきり解った。

契約書にははっきりと、振込先を家主の銀行口座にしてあるのに、その契約書と違って、保証会社に振り込むようにしていたのだろう。

それは、保証協会がなかった、昔の不動産屋が賃料の一割をとって、きっと55000円振り込ませたのだろう。

5000円の二年間で、12万円であるから、通常の保証会社に比べてかなり割高である。

問題のなかった二階の保証会社の条件をみると、

初回保証委託料 50% 25000円

保証委託料(1年毎)10000円

ーーーーーーーーーーーー

2年間の合計の保証料は 35000円で、一階の12万円との差は85000円

家主の当初負担金 50000円(仲介手数料)を差し引くと、

一階は35000円に年間で損をしている。

こうした問題は

仲介者であるアパマン(株式会社アップル)が大手であり、それぞれの支店の連絡に不備があり、家主の意向がまったく違ってとらえられえて契約されていたことが。

契約者が、担当者違いというより、支店違いによる問題が生じたものである。

また、一階の借主の意向も、二階と同じであったのに、支店の担当者の思惑で、貸主、借主双方に迷惑がかかったことになる。

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電話かかってきたアパマンの着信履歴を調べてみると、

やはり二階と違う㈱アップル十条店であった。

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翌日、すぐに調査連絡してみたら・・

なんと、私の勘違いが原因だった!

 

1.まず、再三借主の携帯に電話またメールをしたが、返信は一度もなし。

その勤務先に電話したが、二年前に退社。

 

2.保証会社に電話して、借主の契約内容をきくと、

初年度登録料25000円と更新の年10000円は同じ。

違うのは、毎月の家賃代行料としての送金料324円があるだけ。

直接、家主に送金すると、家賃を保証できなくなってしまうということ、

また、連帯保証人に名前を書かないのは、保証会社とのスタンスが違い、通常の連帯保証人とは違う家賃保証だけということだったところが、他の保証会社と違うところ。

 

3.次にアパマンの不動産やさんと連絡。

二階は敷金として1か月分とっていて、それが不動産やの手数料になったが、

一階は敷金をとらなかったので、不動産やの手数料として一か月分家主から引かれたということのようだ。

本人の携帯に一度だけ連絡がとれたが、その時は支払うと約束したが、それ以降、一度も連絡がとれないでいる。

勤め先にも電話したが、退社したと同じ答え。

一度、家にお伺いしようかと考えたところだという。

そこで、

家主としては、自動更新ということで、新しい更新契約書はいらない。

また、火災保険は家主が入っているが、本人の家財保証は本人の負担なので、払わなかったら、それは本人の責任であると、意見した。

家賃の更新は、銀行の自動引き落としなので、更新料も、そうなので、なんの問題もなく、家主も困ることはない。

結局、

新しい二年ごとの更新の書類はなくても、当初の契約内容と同じならば、自動更新されるし、家賃もきちんと振り込まれていれば問題がないので、

アパマンの不動産やさんも、無理して、更新の書類を作成することはしないでいいといったら、「そうですか、と安心していた」

なお、

一階も二階も、契約書をよくみたら、

更新料は1か月と明記されていた。それは私の確認ミスであった。

ただ単に、問題が発生したのは、単に更新料の不動産への手数料25000円を振り込まれないので、書類作成ができなかったというだけである。

つまり、

借主の更新料の遅れだけが問題だっただけである。

ついでに

私の勘違いもまた問題を大きくしてしまったが、すぐに調査して、その勘違いを訂正したので、問題はなくなった。

無事平穏な日常にもどった。

 

 

自分しかできないことをやる

 

同じ条件との契約を同じ仲介会社に頼んでも、その担当者また支店また保証会社で、まったく違う内容になってしまう。

キリスト教とイスラム教は同じ一つの神なのに、まったく違う宗教になり、

同じ宗教なのに、解釈が違うことで、まったく違う多様な派教になってしまう。

それは同じ1つの神が人類70億通りの解釈がされて、ちがったとられ方になるということ。

 

前回のコメントでも話したように、

「・・作曲は難しいが、作詞の替え歌なら・・宮沢賢治みたいに得意みたいだ。

それが自分しかできないことをやるってことだと思う。

同じ曲でも、詩のメッセージが違うと、蛍の光のように 日本では悲しく、西洋では明るく楽しく感じられる。

葬式でも、その考え方が違うと それは生まれた日、結婚した日、第三の生まれ代わりの日のお祝い事になる。

女性の能面だってそうだ。笑っているのか? 泣いているのか? それは観る人の心境による。

つまり、ものは考えよう、気持ちの持ちようで、どうにでもなる。

その事件をよくとらえるか、悪くとらえるか、それを受け取る人自身が決める。。

金正恩が本当に平和を望んでいるか? 言行の本音をとらえれば、次の対策もとれるということにも応用できる。

これからは本音で何事も勝負したいものだ・・」

 

こうした一人の家主の一つの意向が、借主・仲介者の受け取り用で変わってくるのが問題なので、それを納めるのは家主一人であるということでもある。

借主と仲介者に電話して、二階と同じ契約にするよう指示すれば双方ともに問題がなくなる。

それは家主の自分しかできないことである。

北朝鮮問題だって、

たった一人の将軍とされる金正恩自身だけが、関係諸国また世界問題を解決することができる。

そこに的をしぼれば、

金正恩しかできないことをやらせる

そのことが平和への最善策なのである。

0-^0-^0-^0-^0-^0-^

それにしても、

大事な借主のためと思い、

余計なお節介をしてしまったようだ。

私はけっこう相手によかれと思い、

余計なお節介をすることがけっこうある。

それが、今回もそうなったのだが・・・

その結果が自分の勘違いが原因だと解った途端、

今までの自分のよかれと思ったお節介を反省してみた。

すると、

お節介した良きものが悪者で、悪者と勘違いしたものが善者だったことが多い。

これは今後こう注意すべきだろう。

 

良かれと思いお節介したくなる時は注意すべし。

関係者を善悪で判断しないように

勝手な想像で、善悪を決めつけないように

そして、

単に、不明な点の事実関係を調査することに専念するように

 

特に噂やゴシップには注意し、

それを想像で善悪を判断せず、

善悪なしにそれらの事実関係を明らかにすることが先決である。

 

自分しかできないことの中で、

最初に必要なことは、その事実関係を詳細に調べることである。

 

時空を超えて今僕はここに居る・その10

土曜日, 4月 14th, 2018

終活も雑草化作戦に

穀物・・・古代小麦&蕎麦&陸稲・・・の三者の雑草化作戦は

11月に古代小麦の芽が伸び、4月に蕎麦の芽が伸び、6月の梅雨時に陸稲の芽が伸びる

この三世代が交代で、毎年 自然に、人が何も手を加えずに、花を咲かせ、実がなるように計画した。

まず第一の畑に

 

第二の畑に

第三の畑に

第4の畑に

その他 通路に

昨年の11月、古代小麦の種を撒くときに、

その麦わらが大量に余っていたので、畑の畝の凹みに敷き詰めた。

それを三角鍬で、掘り起こし、蕎麦種をばらまき、陸稲の種を線撒きした。

そして、足で麦わらを元にもどし、まずは5月に蕎麦の芽が、6月に陸稲の芽がでることを期待して、

古代小麦が実り、枯れていくと同時に、蕎麦が伸び、7月には蕎麦より高く陸稲が伸びるような図を描いた。

そうなれば、理想的であるが、現実はいろいろと予想外のことが起きるので、

失敗したときのために、

蕎麦と陸稲の種を古代麦が枯れ始めたときに、撒けるように残しておいた。

今までは7月に古代麦の収穫と陸稲の種まきを集中してやっていたが、

今年からは、古代麦の収穫も、耕うんして、陸稲の種まきもしないで、そのまま自然状態に放置して観察することにした。

毎年雑草は二交代、三交代して、同じ草が繁茂する。

その雑草の周期に合わせて、古代麦と蕎麦と陸稲を雑草化させる作戦を実行した。

自分がその日に食べる分は、穂の種だけ手積みして、料理 食べるように計画した。

ー^-^-^-^-^-

しきりに こんな言葉が頭に浮かぶ

 

求めよ さらば 与えられん

 

求めよとは欲望を持てということだ。

その欲望は自分から湧き出たものであろうか?

いや、それは欲望の本質からいって、違う。

まず欲望の対象がなくては、どんな欲望も起きない。

つまり、

欲望の対象が 自分の欲望を引き起こす。

夢が叶うのではなく、夢そのもの(対象)が、欲望を引き起こし、叶えさせるのである。

登山家

「なぜ山に登るのか?」

「そこに山が在るから!」

求めよ さらば 与えられん

ではなく、

それは与えられるから求める

のである。

与えられん 故に 求めよ

なのである。

 

穀物雑草化作戦といっても、

すでに どんな雑草も、毎年 三交代二交代して、育っている、

穀物だってもともと雑草である。

そういう事実対象があるから、穀物だって同じに育つだろうという欲望が起きたのであろう。

 

人は何か 自分から苦労を背負って生きたがっている感じがする。

本来の目的とは別に お金という魔物にとりつかれてしまい、そのお金が目的になってしまうために、

それなしでは生きらえないような お金依存症にかかっている。

農業経営とか、持続する農業とか、農業機械化とか、農薬とか・・

それらはみな農業が目的ではなく、お金経済が目的になってしまうための徒労なことで、

本来の穀物も野菜も、雑草も、同じように彼らが自然に 人間とともに 生きられるようになっている。

その本来の生物共存を目的にすれば、それがもともと自然の姿なので、実現可能であるし、人が何もしないでも、そうなっていく。

そう考え、実行した方が 楽な生き方だろう。

ー^-^-^-^--^

雑草も穀物も一年が命だろう。

人の命も 平均j寿命80年 として、80年毎に生まれ変わると いうのも、納得がいく自然な出来事である。

どんな雑草も、毎年似たり寄ったりの顔をして生まれ変わるように、人間の顔を80年毎に似たり寄ったりとして生まれ変わると想定しても 自然であろう。

私の残りの13年の就活は

13年後に生まれ変わる準備をするようなものである。

次の若者は老人の魂の親となっていく。親子交代もまた その主従も、生まれ変わりも、命のバトンとして、生命の波のように繰り返され、時に大きく、時に小さく 時に変革的に 打ち寄せては 去っていく。

 

時空を超えて今僕はここに居る・その9

木曜日, 4月 12th, 2018

金か命か?

24歳の末娘が100円ショップのトイレで、カバンを盗まれた。

その中には、財布(クレジットカード キャッシュカード 免許証 ナンバーカード 保険証 現金など)

携帯は個人用と会社用、営業用のタブレット 書類 印鑑(実印・銀行印)

と、生きていくために必要な貴重品と、仕事用のすべてが一瞬で失ってしまった。

こういう時、警察は実に頼りになるものである。

移動に必要なお金は警察の電話で会社の近くにいる同僚を呼び出して、貸してもらい。

また、クレジットカード キャッシュカード など 暗証番号や印鑑もすべて再発行するようにした。

会社にもどって、新しい携帯を貸してもらい、それで親の私にも連絡がきた。

その時には、泣けるだけ泣いて、12時間も経っていた。

会社で怒られるかと思ったら、みな優しい対応をしてくれたというので、ホットしたそうだ。

私も怒るとかあきれるとかいうよりも、とにかく 命が無事であったことの方がはるかにうれしかった。

親の私も、子の災難で、気が付かされたことがある。

命以外のあらゆる貴重品というものはみな再発行できるということだ。

お金だって、再発行のためのお金が少々失うが、貯金がすべて失われることはない。

考えてみれば、世界中のお金もみな 無から発行されたものだから、再発行できるし、発行されたお金はただ持ち主が変わるだけである。

命以外の今貴重とされているものはみな再発行できるもので、それを失おうと、盗まれようと、そう大した問題ではない。

娘が、まず必要だったのはすべてを再発行するには身分証明書が必要だったことだ。

そのため、身分証明のための免許証を再発行するには時間がかかる。

そこで、はたと気が付いたのはナンバーカードの発行なら、区役所にいけば暗証番号を覚えているのでそれが可能だ。

キャッシュカードの再発行には身分証明と通帳と新しい印鑑が必要で、娘の通帳は私が持っているので、速達書留で送ることにした。

また、娘と話して気づいたのが、身分証明ならパスポートがあるので、それで十分だということになった。

 

あなたは本当の自分ですか?

 

再発行できない命の次に再発行できるもので一番大事なものは何か?

それは身分証明するものだ。

 

「あなたは本当のあなたですか? それを証明できますか?」

 

自分には偽りの自分と本当の自分がいる。

他人にも、自分になりすまし、偽りの自分で、人を騙し犯罪を犯す。

自分の中の偽りの自分が、本当の自分を騙して、しいては自殺までおいこむ犯罪さえ犯す。

 

再発行できる命の次に必要なのは本当の自分である。

本当の自分とは自分の魂である。本当の自分の魂さえあれば、自分は再発行できる。

自分の魂とは、自分の経験・知識・才能・性格を総合していて、例えば、ゴーストライターだってことは実際に作品や作曲を次々にすれば解り、新しい自分を再発行できる。

 

また

本当の自分、自分の魂は、命のバトンとして、新しい他の命にも引き継がれるので、それは再発行というより魂のバトンであろう。

会社の創業者の精神(魂)も引き継がれるし、いろいろな宗教や思想や知識も引きつかれることができる。

 

命は再発行できないが、魂は再発行のような命のバトンができる。

ちなみに、

ナンバーカードよりも、本当の肉体の自分を証明するのは、DNA登録の方がはるかに証明率が高い。

指紋認証よりもはるかにすぐれているだろう。

今後、DNAカードというのが一番の身分証明書になってくるかもしれない。

 

娘の災難で、改めて気が付かされたのは

 

一番大事なのが再発行できない「命」で、

次に大事なのが再発行できる「本当の自分(魂)」だ!

 

ってことだ。

 

 

時空を超えて今僕はここに居る・その8

金曜日, 4月 6th, 2018

自然との対話が始まった

田舎の一人暮らしの老人の楽しみは唯一畑と対話することだ。

自然や畑は人と違って言葉を持たない。命を持っているだけである。

命と命の交流みたいなことを自然(畑)との対話と表現している。

古代麦(緑)野沢菜(黄)桃(ピンク)山桜(白)右の斜面と対話する

右の駱駝の背のようなのが棚山、左がフランス人といった兜山。

大橋教授がうちの畑をみて、開口一番に言ったのが、

「小松菜をよくもまあ自然栽培しましたね。雑草は抜いたのですか?」

「あれはホームセンターで一袋の野沢菜の種を8年間かかって雑草化したものです」

小松菜は背が高くなっているので、気が付かないが、雑草は背が低く生えているので、いわば共存状態である。

「最初は苗からそれを移植、そして、花が咲き、種ができたら、それを荒地(畑でない、石がごろごろ、雑草が生い茂るところに 撒く。それを8年間もつづけたら、こうなった」

小松菜は食べる分、漬物にする分だけ、葉だけとり、けして根っこはとらないことが肝心。

もちろん、無肥料、不耕起だ。ただ、小松菜を覆う雑草だけは根ごとひっこぬくのを繰り返す。

また、長ネギは雑草や小松菜とも共存するので、そのまま株分けして 荒地で、増やし、葉だけ食べ、根っこはけして取らない。

小松菜と長ネギは荒地で、雑草と共存している。

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大橋教授の開口一番で、はたと気が付いた。

なんで、僕は荒地・雑草地で、野菜の雑草化に成功しているのに、90%の畑(耕作地)で、少しも成功していないのか?

今後、自然農法の方針を大きく変更することにした。

荒地による野菜の雑草化と同じことを、畑でやればいいではないか!

まずは、荒地でももっとひどい崖地での野菜穀物雑草化をし、さらに、畑全体をそのまま雑草化してみることにした。

これは通常の自然農法とは区別して、

野菜・穀物雑草化作戦と名付けよう

この手順、科学者の論文を書くように、データ記載は面倒なので、写真で、実験と結果を写真で、記録していく方法で まあ、小松菜と同じ8年間もやれば、一目瞭然で、その報告書が8年後できるということになる。

雑草を根ごと刈り、土にそばをばらまき、陸稲を線撒きする

同じように他の荒地も

 

他の荒地も

一番やっかいな崖地も

野菜や穀物のような植物も

魚や動物と同じで、金儲けなどの終わることのない欲望列車で、乱獲していけば、その魚も、動物も、絶滅し、まったく獲れなくなる。

アイヌ民族の伝統猟法ように、生きるために必要な食べ物の分だけ獲っておけば、明日の食べ物は保証される。

それは野菜・穀物だってそうだ。

モンゴルの遊牧生活もまた、葉だけ馬羊牛などに食べさせ、根っこは残し、そして、移動して、翌年にまた牧草がはえるようにするのも同じである。

それはボルネオやアマゾンのジャングルでも同じで、

毎年、自然と前の年と同じ状態に植物動物が生きられるようにしておく配慮が

この地球の王として君臨する人類の持続する農業・社会の築き方であろう。

 

 

Маргааш明日のモンゴル

木曜日, 3月 15th, 2018

Би бол монгол хүн

私はモンゴル人

argal un utag−a borgiluGsan malcin u ger tU tUregsen bi atar keger−e nutug ban Ulgeyi ben gejU bodudaG・・・・

unaGsan ene notug ban Ober yin beyen sig qayirladaG uqiyaGsan tunggalaG mUren iyen eke yin sU sig sanadaG.

対訳:

アルガルの煙が立ち上る
牧家の天幕に生まれた私
広大な故郷の草原が 私の揺りかごだと思う...
生まれ育ったこの故郷を わが身のように
愛しく 産湯をつかった清らかな川は
母の乳のように懐かしく思う。

 

 

 

Нүүдлийн соёл иргэншил

Хүн бүр өөр байдаг Бүгд сайн

Жишээлбэл,

Бүү дургүйцлээ бүү бууж өг

Энэ нь сүнсээр дүүрэн байдаг.

Энэ нь өнгөрсөн үеийн өшөө хорсолыг мартаж, одоо амьдарч байна гэсэн үг юм

Бусад хүмүүс болон бусад орныг хүндэтгэх, хүндэтгэх, өөрийн зарчмыг зөрчих, хөндлөнгөөс оролцохгүй байх

Энэ нь ирээдүйн ертөнцөд чухал байх болно.

遊牧文明は

みんな違ってみんな善い

として、

恨まない お節介しない

という精神に満ち溢れている。

それは 過去の恨みを忘れて今に生きること

他人や他国に対して、尊敬し、自国の主義を押し付け 干渉しないこと

それが これからの 世界にとって重要になる。

 

Одоо Монгол улс нийслэл Улаанбаатар хотод төвлөрч, төвд амьдарч байгаа хүмүүс баялаг,

Ядуучууд нийслэл хотын эргэн тойронд уулархаг газар амьдардаг.

Энэ бол мөнгөний зорилготой капиталист нийгэмд бий болсон үзэгдэл юм.

Капиталист ялгаатай байдлаас үүдэлтэй сул тал нь дэлхийд тархдаг.

今、モンゴルは首都のウランバートルに集中し、中心部は富める者が住み、

首都周辺の山には貧しき者が住む。

これはお金目的の資本主義社会が生み出す現象である。

その資本主義による格差による弊害は世界に蔓延する。

 

Энэ сөрөг спираль гарахын тулд,

Нүүдлийн соёл иргэншлийн монгол хүн байх,

Тойрог дахь төвлөрсөн бус хот бол нүүдэлчин соёл иргэншлийг дэлхийд хүргэдэг аялал жуулчлалын хотхон байгуулах явдал юм.

Улаанбаатарын усан хангамж нь бохир, согтуу байж чадахгүй. Хэрэв та уувал өвдөх болно.

Гэсэн хэдий ч хөдөөгийн газрын доорх усны цэвэршилт, амт нь дэлхийн хамгийн шилдэг нь байх болно.

その負のスパイラルから抜け出すには、

遊牧文明のモンゴル人であることに自信をとりもどし、

地方に分散型都市として、主に、遊牧文明を世界に発信する観光都市を築きあげることである。

ウランバートルの水道は汚れて飲めない。飲めば病気になる。

だが、地方の地下水の綺麗さとおいしさは世界一だと思える。

Нүүдлийн амьдрал бол аялал жуулчлалын нөөц,

Гадаадын хүмүүстэй ердийн амьдралдаа амьдрах нь хангалттай.

Гель амьдрал, үхэр адууны хонийг хамгаалах,

Бидэнд байгаагүй эрдэнэстэй улс оронд буцаж ирнэ.

Тухайлбал, Монголын эмэгтэйчүүд үзэсгэлэнтэй. Энэ ээжийн зүрх сэтгэл бол дэлхийн ивээл юм.

遊牧生活そのものが観光資源であるから、

外国人と一緒にいつもの生活をするだけで十分である。

外国人はゲル生活、牛馬羊の世話をするだけで、十分満足し、

自分たちにはなかった大切な宝をもって国に帰るだろう。

 

特に、モンゴルの女性は美しい。その母の心は大地の恵みそのものである。

モンゴルは泣いている??Монгол уйлж байна уу?

火曜日, 3月 13th, 2018

Takaoka Ryosuke (одоо 1943 оюутан · 74 настай)

Монголд 18 жил болж байгаа дэлхийн ядуурлын асуудлын талаар үргэлжлүүлэн ярилцах уу? Амьд

Бид Япон дахь 10 фермерч, Монгол улсад асран хүмүүжүүлэх эцэг эхчүүдэд дэмжлэг үзүүлдэг.

“Би бол үл таних” блог дээр гарч ирнэ үү

高岡良助(1943生・現在74歳)

世界の貧困問題に取り組み続け、今モンゴルのウランバートルに18年?住んで

日本の里親とモンゴル母子家庭を10数人援助活動している。

“I am a stranger” というブログで発信報告している。

 

Takaoka блог “Монгол уйлж байна”

2009 оны 1-р сард Монгол улсын гамшгийн нөхцөл байдлыг тайлагнасан.

高岡ブログの「モンゴルは泣いている」には

モンゴルの悲惨な状況を2009年1月に報告している。

 

このブログで印象深い言葉を列記する。

  • モンゴルでは、「金を貸してくれ=くれ」です。返却はゼロです。
  • モンゴルでは、「食うために生きる」人が多い。義理人情とは無縁です。
  • モンゴルでは、男が女に子どもを産ませると、「はい、さようなら」が多いのです。
    19歳くらいの、「無責任出産」が多いのです。
    モンゴルには、慰謝料の考えはないのです。
    第一に、男には金がないのだ。
    男は「種付け後」さようならだ。
  • 欧米や日本は、家庭の子育ても、学校教育の目的は、
    「自立できる人間=自己責任」だが、
    モンゴル語には「自立」の言葉が無いようです。
    常に、「あなたが悪い」です。
  • 役所からの福祉は、子ども一人18歳までに支給される、月、
    一人わずか、200円.だけだ。
    この補助金だけが収入のすべての母子家庭が多いのだよ。
  • 首都では、とにかく、泥棒が多いのです。
    地方から首都のUBに出てきても、仕事がないので、「すぐできる職業」
    の泥棒が非常に多いです。
    モンゴルでは「泥棒は職業のひとつ」なのです。
  • 都会に出てきても仕事がないので、男は泥棒、女は売春が
    「すぐできる仕事」に染まってしまう。
    発展途上国の共通の社会問題です
  • 外国人、特に日本人は狙われるのです。
    大使館から「街中では日本語を話さない」よう、注意が出ています。
    モンゴルでは、街中とバスの中では、かばんは胸に抱えることです。
    大人が盗むので、子どもがまねをする。
  • 私も、2年間で、5人に、会の金を使い込まれたり、物を盗まれたり、
    ひどい目にあいました。
    モンゴルでは、信頼できる人に出会うのが、非常に難しいのです。
    携帯電話でも、すぐ、盗まれるのだ。
    ゲル図書館、事務所にやってくる女性、作業に来てくれる男。
    ちょっと油断すると、何かを盗むのだ。
    モンゴルでは、他人の物を盗むことが当たり前なのだ。
  • 企業には、農耕文化(和の精神)の東南アジアがベターだ。
    農業の村落では、共同作業で、水路や道などの共同作業をする。
    皆で協力しないと、祭りや運動会も出来ない。
    そのための「話し合い」が行われる。
    隣と仲良くすることが生活の基本でもある。
    放牧文化は、「隣と仲良くする」は必要ない。
    「先進工業化」は、苦労する。
    進出企業は、事前の調査と、リスクのCase studyが必要だ。
  • モンゴル人は、物事の順序がわからないのだ。
    議論も、企画も、報告も、5W1Hは無理だよ。
    外国からの援助は、モンゴル人に引き継いだら、1-2年で廃墟だ。
  • 大人がそうだから、子どもでも、交通規則も守らない。
    しかも、近くの大きな交差点では、歩行者用の信号が壊れたままなのだ。
    日本では、えらいことになるが、モンゴルでは、もともと、人々は信号
    を守らないので、こわれても大きな影響がない。
  • モンゴルは毎日が日曜日なのだ。
    人々はすることがない。
    役所でも、銀行で、時間はたっぷりかける。
    別に急ぐ必要がないのだ。
  • 男は朝から粗悪のアルヒ(ウオッカ)を飲んで立小便だ。
    バス停留所の近くは、特にひどい。
    「どこでも便所」は、男には、便利といえば、便利だが。
  • 後から、地方から首都に出てきたら、山の上しか住む場所がない。水運びなど、
    特に、冬は大変だ。ほとんどが子どもの仕事なのだ。電気がない家庭はろうそくだ。
  • 画像
  • モンゴルでは大学を卒業していても、さぱっぱりだめなのです。
    日本の中学2-3年程度の学力なのです。
  • 新聞やTV,雑誌、広告、郵便などに触れるのは「社会教育」だ。
    モンゴルではこれらがほぼ、ないに等しい。
    郵便&新聞の宅配がないのだ。
    郵便は、「情報も運ぶ」のだよ。役所が、入学や予防接種の
    通知が出来ない。人々は、「口&耳」だけ。
    人々は「井の中の蛙」だ。
    自分の周りの世界で、今、何がおきているかを、さっぱり、知らないのだ。
  • モンゴルでは小学校から大学まで、「課外活動が少ない。」
    日本の「クラブ活動」や「研究室」、大学の「サークル活動」がほぼ皆無。
    モンゴルは「読む、書く」が中心だ。
    教材は、貧弱な教科書だけだよ。
  • 第一、モンゴルでは体育館が少ない、運動場も整備されていない。
    校舎は小学校、中学校、高校と、同じだから、午前中と午後に
    分けて使っている。
    高校生の授業は、夜8時間での場合がある。
  • この国は、病院も、道路も、空港も、「外国からの援助」が多いのだ。
    政府も、個人も、自立はとても無理なのだ。
    モンゴルでは、「私を助けないあなたが悪い」のだ。
    先進国では、冗談だがねえ・・・
  • 首都の中心のアパートに住む日本人はゲルでの寝起きの体験が無い。
    夜間の恐怖を知らないのだ。日本の「モンゴル通、評論家」は、ゲル地区での長期の生活体験
    がない人が多い。 説得力??

    彼女&彼らは、もっともな事を述べるが、「表面だけ」の知ったかぶりだよ。
    日本人のモンゴル通の人々にも、ゲル地区の糞尿や、犬の死体の臭いが
    する通りで、その臭いを衣服に染み込ませるんだよ。

    夜は、首都のウランバートルのホテルや、暖房、水、湯に心配のない
    ところにいて、
    昼間だけ、現地の付き添いを連れて、
    ゲル地区の調査では、住民の苦しみが身体で理解できない。
    あくまでも、「他人事」なのだ。
    まして、一人で、夜、ゲル地区を歩いたことがない。
    JICA関係者など、日本人は、日没までに、「ゲル地区から
    退去すべし」となっている。

    モンゴル人との交流や、単なる物資の支援の外国人、NGOの人々
    には、ゲル地区に住んで「悩みを共有する」ことをしない人には、
    本当のモンゴル人の苦しみはわからない。

    水運びは子どもの仕事。
    冬はきついよ。
    零下40度C, 庭の片隅の板2枚渡しただけの、
    風がそのまま入る、トイレは厳しい。
    お尻の素肌は、2分間が限度だ。
    「溜めて、ぱっと出す」だ。
    私も、十分に体験した。

    住居地は2Mの高い塀で囲まれ、隣との、挨拶の機会がない。
    地域社会が育たないのだ。
    塀に囲まれ、昼間でも死角ができるので、女性の一人歩きは危険。
    夜は恐ろしい。男でも夜は危険だ。

  • 画像
  • 自宅以外、地域社会で勉強の機会が全くないのだ。
  • 特に、小学生のときからこれらの「読み書き」以外に読書に親しむことが、
    大人になっての「想像力」が豊かになる条件だ。 モンゴル人には、これらが
    絶望的に不足している。これでは、大人になっても「動物の世界」だよ。
    想像力が生まれない。

    NGOが提供する、自立プログラムも、立ち往生だよ。

    だから、ほとんどの外国のNGOは現場で悲鳴を上げている。
    いくら、なんど、繰り返して教えても、「理解して実行できない」のだから。

  • モンゴル人には、発足時の状態の継続の運営は、不可能なのだ。
    外国からの援助は、「私利私欲で終わり。親族で山分け」が多い。人々は、ただ、ひたすら、「食って、寝て、子どもを生んで」の繰り返しになっている。
    とても、日本人が想定する「文化的な生活」とは、縁がない。
  • 人々は、何を楽しみに生きているのか?私は、1990年代後半、北朝鮮の飢餓児童救援に現場で活動したが、
    当時「自分たちは、ただ、生きているだけ」と人々が言っていた。
    このモンゴルも、そのような人が、圧倒的に多いのだ。
  • 母親の結核が多い。
    栄養が足りなく、十分に食べられないのだ。
    ほとんどは「実の無い、栄養不足の、一日2食」なのだ。だから、
    女の生理は日本の半分以下の1-3日だ。
  • ここでは、役所はまったく役に立たないのだ。転勤の無いモンゴルは「腐れ縁」で、
    役所はワイロの巣窟でもある。
    就職も、何もかも、ワイロが潤滑油だ。
    病院の医師の給料も月に3万円くらいだが、日本製の4WDで通勤している。
    ワイロを使わないと、入院や手術も出来ないのだ。学校も、幼稚園も、何事も、ワイロだよ。

    なんとか、ならないかなあ?

  • 「モンゴルでは、明日に希望のある生活」は無理。
    友人のKさん(67歳、日本人、女性)は大学で7年間、日本語を
    教えているが、教え子600人の卒業生で、卒業直後に、就職できたものはゼロだそうだ。モンゴルの大学の、高校の先生は、学生の卒業後の運命には責任が
    ないのだ。
    第一、日本のように、常設の「就職相談室」が無いのだ。
    モンゴルでは、学校も、政府も、卒業後につぃて、「関係ない」のだ。
    日本の大学3年生後期で、「就職内定する」は、モンゴルでは夢物語だ。
  • モンゴルで日本語を勉強している若者の理由は、大部分「日本で働きたい」だ。
    短期ビザで日本に行き、あわよくば、ドロンだ。
    オーバーステイして、移民官や、警察官に捕まるまで働けば、モンゴルの
    収入では想像できない金が稼げるのだ。
  • 日本など、先進国、豊かな国は、これら、貧困にあえぐ国から、
    鉱物資源など輸入して、豊かな社会を作っている。
    原料の産地の若者は「絶望」だ。これで良いのかなあ?
    あなたは、何が原因だと思いますか?????
  • モンゴルの放牧文化には「個人と地域社会がない。
    あるのは一族の文化」だ。草原でのゲル生活では、プライバシー(個)がない。 また、広い
    草原では、一族だけで テント(ゲル)生活が成り立っている。

    私が、「それで、よくこどもができるだなあ」と、モンゴル人に聞いたら、
    「モンゴルは広 いから、子作りは草原だよ。」

    なるほどなあ。
    モンゴル人は、「自然とともに生きる」民だ。

    モンゴルには、
    日本や他の国のように、「農耕文化で、和の精神が第一」のような
    意識がはないのだ。

    草原では、隣と仲良くする必要がない。
    いやなら、水のあるところに、家畜を連れて移動すればよい。

    モンゴルでは、一族が最小の生活単位なのだ。

    家畜の放牧文化は、どちらかといえば、アフリカやアマゾンの、
    採集と狩猟文化 と似ている。
    たえず、移動するから、「定住から高度な文化が生まれる」には、
    距離がある。

    これらの文化は、自給自足の生活で、家長父制度だ。

  • 都会に来ても、お互いに親族を頼って生きるので、支援をしている
    家庭のゲルを 訪問しても、常に共同生活者のメンバーが入れ
    替わっているのだ。自立しなくとも、一族が何とかしてくれるのだ。
    必死に生きなくとも良いのだ。
    シングル・マザーでも良いのだ。

    なお、モンゴル人と結婚したら、「一族を抱え込む」ことになります。
    一族とは
    20-30人です。
    他の発展途上国も同じです。

  • モンゴルの市内に住む富裕層、多分、全人口の10%前後(?)の人たちは、
    首都の郊外に広がる、ゲル地区の、また、地方の貧困層には、なかなか、
    同情して、「同じモンゴル人だ。
    何とかしたい」と、生活向上などの支援活動には参加しないのだ。ほとんどの場合、外国のNGO,政府の支援で、「何とかしたい」を援助している。
    第一、同じモンゴル人は、UBに住んでいても、ゲル地区には「用事がないので行かない」の返事です。
  • 非効率な政府機関。政府が、非効率だから、先の見得ない状態、「発展途上」が
    永久に続くのか????

    ま、役人たち、政府高官たちは、庶民とは縁がないのです。私は昔、社会主義国
    のほとんどを訪問しました。
    現在のモンゴルは、いたるところ、レーニン像が健在です。

    昔も今も、一般の人々と、統治する側の人々との差が大きすぎるのです。
    役人の高官が月給料3-5万円で、数百万円の日本製の4DWに
    乗って通勤です。

    えらくなると、一回の賄賂で、アパートや車が取得できるのです。
    日本のODAがフリッピンのマルコス大統領の奥方の、イメルダ婦人の、
    「靴3,500足に化けた」は、今のモンゴルでもありうることです。

    この前は、ベトナムで「巨額汚職」がありましたが、そんなの、
    氷山の一角です。

    日本のODAの大部分は、欧米のように、NGO経由にすべきです。

  • 俺が感心するのは、地方の完全なリサイクルだよ。牛馬の糞は乾燥ささせて燃料だ。
    乾燥しているので汚くない。
    本当によく燃える。
    番犬のえさは人間の糞だ。

    究極のリサイクルだ。
    日本より進んでいる。
    世界の金融危機にも影響されないのだ。

  • 韓国には、35,000人のモンゴル人が出稼ぎ中で、その半分以上が、
    「観光ビザで入国後仕事をしている」(最近の韓国のニュース)らいしい。
    日本にも同じ人々がいて、私の知り合いは「オーバーステイ労働で
    帰国後、アパートを買った、建てた」の例が多い。仙台には約7,000人のモンゴル人がいて、その半分は違法滞在者らしい。
    もぐりで働いているのだ。

    モンゴル人は順法精神が希薄だ。
    人は、2人以上集まると、集団だ。

    人間社会の集団には、守るべき規律や倫理があるのだ。
    日本の幼稚園では、「手洗い、うがい、あいさつ、列に
    並ぶ」を、習得するが、モンゴルでは、大人になってもできない。
    モンゴルには、その、法律や規律を守る人が少ない。

    美辞麗句より、「金だ、満腹だ」よ。本当に。
    理想論だけでは、モンゴルでは、生きてゆけないのだ。

    立派な言葉より、「背に腹は代えられぬ」だよ。

  • 俺もずいぶん、「日本に行きたいので保証人になってくれ」と要求された。
    全部、断ったよ。帰国後は、「車とアパート」の夢だ。
    いきなりあった女性に「結婚してくれ」にも出会った。日本に行きたいモンゴル人の大半は「働きたい」だ。
    観光・短期ビザで来日して、行方不明になってどっかで、働くのだ。
  • モンゴルは、日本の4,2倍の面積に、人口は約300万人。豊かになれる環境
    だが、人々は貧困のスパイラルに飲み込まれ、苦しみ、泣いているのだ。国として、何もできないよ。
    役人の給料払いもままならない。
    昨年の8月は、先生の給料はなかった。

    (ペット・ボトルを集めている親子。仕事がないのだ。家族全員で集めても、
    一日200円くらいにしか
    ならない。とても、満足に食べれないから、栄誉不足になる。モンゴル
    の現実は厳しいのだ。)

  • 画像
  • それでも、子どもだけは、どんどん、生まれるのだ。
    半分はシングル・マザーだがねえ。。
    その子どもたちが、外国で働いて、自宅に送金が「近代化の早道だよ」に、
  • 先進国で研修、留学などした発展途上国の医師の実に70%は給料の
    安い自国に帰らない
    そうだ(国連の統計)。日本政府招待の学生、研修生は、帰国したら元の「モンゴル人」だよ。
    自分の利益だけにまい進する。
    在モンゴルの日本大使館の某氏も、同じことを言ってた。
    先進国の人々の税金が、有効に使われていない。
  • 約140年の昔、江戸時代から明治にかけて、日本に来た欧米人はびっくりした。
    「日本人はとても貧しいのに、礼儀正しく規律を守る人々だ」と。それに比べ、モンゴル人は、日本や韓国で、もぐり(オーバーステイなど)
    で金を得て、帰国後アパートを買うことが夢である。

    夢や、希望が小さいよ。 自分個人の私利私欲のためだ。
    情けない。
    「祖国のモンゴルを、何とかしたい人」が少ない。

    情けないことです。

  • ウランバートルでは、水道の水も、そのままでは、飲めないのだ。
    生水は、モンゴル人でも飲めないのだ。日本だと、水道の水を飲んで腹痛を起こすことはない。
    モンゴルでは、「清潔な水の供給」が、緊急の課題である。
    病気の予防にも、きれいな水の条件が重要なのだ。
  • モンゴルでは、
    この厳寒の季節、裏通りには、立小便と、うんこが凍結、野垂れ死の
    犬がごろごろだ。
    暖かい春先には、解凍して、とても不潔になる。ごみの山がいたるところにできている。
    腐敗した犬の死骸は、そのまま。
    行政の仕事ではないそうだ。
    不衛生が極限だよ。
    疾病が多いのは、当たり前だ。
    暖かいシャワーは無いのだ。

    日没後のゲル地区、闇のゲル地区は、男でも一人歩きは危険だ。
    犯罪の巣窟になる。
    日本人で、一人で、闇のゲル地区を歩いた経験の人いますか??
    私は、主要道路から離れたところを、闇夜に、一人で歩いたときは、背筋が寒く
    なったのだ。

    批評と、現実は違うのだよ。

    さながら、私には、このゲル地区は、「目的と行き場のない、人間の集団」
    のように思えるのです。

  • まわし一本で、資本は裸、日本で、相撲で大成功したら、祖国で事業をして、
    大金持ちになれる、それが、モンゴルの男児の夢だ。
    「個人技」には、相撲や柔道、マラソンなどが最適だ。
    組織=団体(チームワーク)の競技は、特に、学校の教育では、
    卒業後に、社会生活で日々必要になる。
  • モンゴルで、最近の高岡は、時々、真剣に、思うのです。
    この、貧困のスパイラルは、誰かが言った「火星に人を住ませるより難しい」が、
    本当のような気がします。私もモンゴルにかかわって8年目。「知ってしまった。見てしまった」なので、
    前にも進めず、
    尻をまくって日本にも帰れず、まさに、この老兵の高岡は、泥んこになって、

    「底なし沼」に入り込んで、どうにも、足を抜け出せないのです。

    この、老兵の高岡も、「自然は美しいが、モンゴル人の困難」に同情して、泣いています。

  • 観光旅行や、エコツアーで、10日前後の発展途上国訪問と違い、住み込んで、
    結果に責任を持つとなると、「悩みが桁違い」なのだ。B君が来たので、これから63名の里子に支援金(奨学金)を支払いに
    事務所をでます。

    このプログラムは、
    多い時、毎月、一人、1,800円です。135人を援助出来ました。
    日本の里親の皆様に感謝します。

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Муу эргүүлэг бол гайхалтай илэрхийлэл юм.

Гэхдээ энэ бол Улаанбаатар орчмын гел уулсын орчим юм.

Бүс нутгийн хуучны гель шилжих хөдөлгөөн Бэлчээрийн мал аж ахуйг дахин боловсруулж,

Бодит баян чинээлэг,

Маргааш ирээдүйд том инээдтэй мэт санагддаг.

貧困スパイラルとは見事な表現だ。

でも、それは ウランバートル周辺のゲル山地域のことだ。

地方の昔ながらのゲル移動牧畜生活の完璧なリサイクルに、

本当の富のスパイラルがあり、

そこには 大きな高笑いのような 明日の未来があるように思える。

モンゴルのスケート場 新事業提案 Монголын шинэ уран гулгалтын трубинг

火曜日, 3月 13th, 2018

Манай гэр бүл Тамба уулын тосгонд 8 жил амьдарсан.

Өвөл байх үед бид хаврын усны цоргоны усыг хоолойгоор сул орон зай руу цацна.

Өдөр бүр, бидний шахаж байсан ус хөлдүү байсан бөгөөд том модны хусуураар хавтгайрсан байв

Долоо хоногийн дараа та гайхалтай тэшүүр гулгах боломжтой.

私たち家族は丹波山村で8年間暮らしていました。

冬になると、湧き水の水道水をホースで空き地に撒きます。

毎日、撒いた水は凍り、それを大きな木のへらで、平らにして

一週間もすると 見事なスケート場ができます。

 

「丹波山村 スケート」の画像検索結果

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Бага сургуулийн сурагчид өөрсдийн уран гулгалтын гутал,

Насанд хүрэгчид гутал дээр слайд,

Сандал дарах үед ахлагч слайд.

小学生はみな自分のスケート靴をもっており、

大人は長靴で滑り、

年寄は椅子を押しながら滑ります。

Бүртгэлийн хураамж өдөрт нэг хүн (нэг цаг биш)

Бага дунд сургуулийн сурагч 100 иен Насанд хүрэгчдийн 200 иен

Би наран мандахаас нар жаргах хүртэл гулсдаг.

入場料は 一人 一日(1時間ではありません)

小中高生 100円 大人 200円

日の出から日の入りまで滑れます。

Улаанбаатар хотын төвд нарийн гулгуурын уралдааны зам

Олон хүмүүс байнга очдог.

Та бага зардлаар хэдэн арван удаа хялбархан хийж чадна.

Түүнээс гадна,

Бүр тэшүүргүй ч бид аюулгүй, аз жаргалтайгаар залуу, хөгшчүүлээрэй.

Цас ихтэй талбайд машин жолоодож чадах хөлдөөсөн гол биш үү?

Үүнийг хийхэд хялбар, ажиллахад хялбар, хүн бүрт таалагдах болно.

モンゴルのウランバートルのショッピングセンターの狭いスケートリンクは

いつもたくさんの人が訪れます。

その何十倍もの広さを簡単に ほとんど経費なしで作れます。

しかも、

スケート靴がなくても、老若男女一緒に 安全に楽しく滑れます。

広大な雪原も、自動車が走れる凍った川もあるではありませんか?

簡単に作れて、簡単に事業し、みなさんに喜ばれることまちがいないでしょう。

 

 

やっと我に帰った気分

金曜日, 3月 9th, 2018

知足庵の「自然と健康の会」は発足してから1年半にたち、

それがモンゴルのスタディーツアーにまでなった。

それを引っ張ったのは大橋教授であるのは間違いがないだろう。

画像に含まれている可能性があるもの:5人、立ってる(複数の人)

このメンバーの4人が今回のモンゴルスタディーツアーに行った。


知足庵のメンバーに腱引きの方も参加した。

知足庵メンバーのうちの三人は腱引き関係であり、

腱引き関係以外の社会人は私だけである。

このモンゴルスタディーツアーに集まる人数の比率をみれば、大橋教授が 知足庵、徳島大学 交換留学の三者で何を意図しているか理解できる。

徳島大学学生 3人

腱引き関係者 3人

モンゴルベテラン社会人1人(ネット技術者)

趣味百姓 1人(私)

モンゴルの日本留学経験者 10数人

特に、知足庵に必ず集まる自然農法の人たちは一人も参加していない。

大橋教授を入れて9人のメンバーになった。毎年のメンバーはその半分の学生と教授だけのようだ。

そして、みな別々の目的をもち、大橋教授と同じ目的をもって参加した人は一人もいない。

私はこのモンゴルスタディーツアーに参加する前に、執拗に、大橋教授にその目的は何か?

そう問いかけていた。その応えを得られずに、自分なりに、

「自然と健康」のテーマに、「平和」を入れれば、参加することができ、また参加したいと思うようになった。

 

つい1年半前は一人暮らしの田舎の老人の余生で、畑仕事を唯一楽しみに生きていた。

 

1.半世紀ぶりに高校の親友に出会い、彼が徳島に古民家を買い「自然と健康の会」をたちあげ、そこに参加した

 

2.徳島大の授業を4つ頼まれ、実施した

 

3.モンゴル大学で、英語によるプレゼンテーション(10分)二つ行った。

 

私の余生は大きく広がっていったのである。

今まで小さな世界で、恍惚の老人になりかけていたのが、

まるで、20歳の青年にもどったかのような経験を再び いやいや

新しい経験をさせてもらえたのである。

 

そして、

4、何よりもの宝は、あの世に行く前に、19歳の女学生に恋をしたことだ。

 

もちろん、青年のときの通常の恋ではない、その恋を 私はシニアフレンドの友愛として、とらえている。

 

この友愛を実に見事にキャッチ理解できた女性に出会えたことは

まさに大きな広がりを持たせてくれた。

 

命のバトン先をえた、来世はどこに生まれるかというようなものまで、想像できるほど 時間空間を超えた命の伝達が感じられてきたのである。

 

19歳の女学生がもちろん そんなことは理解できるはずもなく、

まして、シニアフレンドの友愛が 無償の愛、片思い、の親子の愛に似たもので、映画の寅さんのような恋だから、頭で理解できても、人生経験が長くないと体験できないものである。

だが、彼女は直感的に一瞬で理解できる能力があり、今まで出会った多くの女性にはなかった天性であり、まるで私のために生まれてきてくれたような人なのである。

 

神や仏を信じなくなって久しいが、

彼女に出会えたことは 神の悪戯・祝福のような 奇跡の出会いさえ 感じられる。

もちろん、それは片思いする人だけが感じられる 幸福感なのである。

当の相手に、それが伝わることは まずもってないものと 長い経験で知り尽くしている。

こういう奇跡を現実にみると、再び神仏を信じたくなるが、その副作用が怖いので やめとく。

 

私の余生のテーマは

自然と健康 そして 平和 さらに、それらのコミュニケーション技術に広がっている。

老若男女・国 民族 宗教を超えたコミュニケーションには次の3つが必須条件である

 

1.同じ目線で接すること(平等の立ち位置)

2.互いの自由と尊厳を認めること(自由と尊厳)

3.互いに無償の友愛でつながること(無償の愛、片思い)

 

とくに、恋愛問題でややこしく問題がこじれるのは それはお金のやりとりや、プレゼント交換。国際交流などで、フィフティー・フィフティーでつながること、お金の貸し借りのような 恩を受けたら返すというような礼儀作法は 平等どいうモラルを勘違いした お互いを縛り付けるもので、正義や忠節 礼節というやっかいな慣習からくる戦争を引き起こす常識である。

 

愛が憎しみに変貌するのは こうした与えられたら、返すというのがまるで正義かモラルのように強要するところから生まれる。

お金でも貧富の差が大きく生まれるのは 貸し借りに利息が付くからであり、

 

お金が健康的に正常に働くためには、100%与えるか、100%頂くかで、あり、それは授受の関係である。

それは平和な親子や夫婦の間で日常に行われる金銭的なものであり、かつ恋愛でもある。

 

こうした無償の愛や片思いの醍醐味を知る者は、

孤独老人とか孤独死からくる寂しさとは無縁なものである。

それは畑仕事をしているときの喜びに通じる 自然と一体になった幸福感であり、

人それぞれがみんな違ってみんな善いと感じる感動と充実感でもある。

 

The front and back of the coin

月曜日, 2月 5th, 2018

Here is a key fighting successfully through market competition.

Let’s wish for Economy without wish for Moneymaking
on the Happy Road,

Don’t win,Don’t lose,Do win oneself !