Archive for the ‘お金って何だ’ Category

徳島大学生へのゲストレポート

水曜日, 6月 28th, 2017

今日は雨で古代小麦刈りができず、時間が余った。

学生の質問に答える時間と用意がなかったことが心残りだったので、

それを報告することにした。


徳島大 ボランティアの授業の学生の質問へのゲストレポート

2017.6.26 ありがたや 権兵衛


1.複利の落語(曽呂利新左エ門へのご褒美)

豊臣秀吉が曽呂利新左衛門の功績に報いるため、何でも欲しいものをあげようと言った時、新左衛門は「1日目は米1粒、2日目は2粒、3日目は4粒、次の日は8粒・・と前の日の2倍の米粒を次の日にというようにして51日間だけください」
と言った。秀吉はせいぜい米俵一俵か二俵くらいだと思い、にこにこしながら「欲がないやつだ」と承知した。

ところがあとで勘定方の家来に計算させたところ、

1週目は64粒 2週目は4096粒、3週目は524288粒、4週目67108864粒.,
5週目には8589934592t粒、51日目にはなんと

1,125兆8999億0684万2620粒になり、
重さ(10キロ5万粒)にして、1兆1258億9990万6842トンなることがわかりました。

これは、これまで人間が作った米全てを集めてもまだ足りないくらいの量です。
(平成22年度の日本の米の総生産量は、8,483,000トン)

秀吉は青くなり、新左衛門に謝ってほうびを別のものに替えてもらったそうです

→参考URL


2.現金と借金の違い

4人で麻雀するときに、最初に均等に15000点ずつ配り、ゲーム終了後にその全点棒60000点を回収する
それが日銀が発行する現金である。ゲームは半荘(一回転)ごとの回数を繰り返し続け、その日の勝敗表のプラスマイナスの表を作る。
この勝敗の点数表が借金・債券に当たる。

 

 


3.日銀キッズ

日銀で、中央銀行とお金って何?を解りやすく説明してある


4.マイナス金利

この動画が一番解りやすい
なお、
計算式は

 

である、
曽呂利新左エ門の米粒でいけば1日目以降0粒であり、
マイナス金利という意味は消え、御米をあげるという授受の関係になる。

 

燃え尽きた徳島大授業二日間と学生レポート

火曜日, 6月 27th, 2017

水曜学舎 (徳島大)
 6月21日(水)16:20~17:50(90分)

内容:

1.自信を持って生きること。それがこの世を生き抜く最高の力になるということ。
(老いるものから若者への命のバトンである)・・・10分    16:30まで
2.笑点と折り紙風船作り・・・30分  17:00まで
3.問題解決学
A ダンゴ虫の弁証法  10分 17:10
B メダカの群れ社会学 10分  17:20
C 依存症からの脱却 10分 17:30
禁煙 禁パチ ダイエット
D 目的と手段 10分 17:40
E 健康と自然 10分 17:50
時間が余れば ゴミこん炉 (科学が社会に負けた一例)

学生レポート:

水曜学舎 学生の授業レポート


ボランティア授業から学ぶグルーバル社会と地域社会

6月22日(木)12:50~14:20 (徳島大) 90分

内容:

1.お金とは何か?
A お金はけして借り貸しができない!・・・結論 10分 13:00
お金にもバランスが必要で、現在の貸し借りできる金銭がアクセルとすれば、
貸し借りができない真貨幣がブレーキとして発行されれば、うまく経済生活を安全運転できる。
B ロビンクルーソ・漫画 10分 13:10
C プラスの金利とマイナス金利 10分 13:20
D 貸し借りできない新貨幣ドウカ 10分 13;30
H どうしてまたお金の貸し借りができると幻想してしまったか?  10分 13:40
2. 1 for all, all for 1
A ナンバーワンとオンリーワン 10分 13:50
B 張力統合体 を作る 20分 14:10
3.働くって何だ? 10分 14:20
お金のために働く時代は過ぎ去り、ボランティアのために働く時代へと世界は切り替わる
時間が余れば 瓦理論 公私 5:5 重なり瓦模型の提示

学生レポート:

ボランティア活動から学ぶグローバル社会と地域社会 学生授業レポート


ゲスト レポートをしたいが

なんせ、今一年で一番忙しい梅雨時の麦刈りと脱穀と、稲の種巻きと雑草除け天然マルチと雨水だけ栽培の実験が待ち構えている。稲種が生きるか死ぬかの梅雨時の雨水しだいなのである。

だが、なんせうれしい学生レポートなので、

ただ、水曜学舎とボランティア授業の学生が同じでなかったことはまったく想定していなくて、

私は内容を二日に分けて話したので、反応がまるで反対になったが、それもまた、相手が誰であるか、また相手が何を望んでいるかで、まったく反応が違うことも実感できたが、それもまた私には大きな収穫であり、逆に学ばさせていただいた。

私の「年寄りの 命のバトン 若者へ」はしっかりとその炎は伝わったと確信した。

畑仕事実験がすんだら、ゲストの私からのレポートも提出できたらと思う。

私にとって、

徳島の健康と自然の会は、毎回、その予習と復習が一か月間以上かかってするのが、一番幸福な日々である。

私にとって唯一の社会との交流であるからだ。

画像に含まれている可能性があるもの:植物、木、草、屋外、自然

徳島大の話予定表ができた

水曜日, 6月 21st, 2017

水曜学舎 (徳島大)
 6月21日(水)16:20~17:50(90分)

1.自信を持って生きること。それがこの世を生き抜く最高の力になるということ。

(老いるものから若者への命のバトンである)・・・10分    16:30まで

2.笑点と折り紙風船作り・・・30分  17:00まで

3.問題解決学

A ダンゴ虫の弁証法  10分 17:10

B メダカの群れ社会学 10分  17:20

C 依存症からの脱却 10分 17:30
禁煙 禁パチ ダイエット

D 目的と手段 10分 17:40

E 健康と自然 10分 17:50

時間が余れば ゴミこん炉 (科学が社会に負けた一例)

 

ボランティア授業

6月22日(木)12:50~14:20 (徳島大) 90分

1.お金とは何か?

A お金はけして借り貸しができない!・・・結論 10分 13:00
お金にもバランスが必要で、現在の貸し借りできる金銭がアクセルとすれば、
貸し借りができない真貨幣がブレーキとして発行されれば、うまく経済生活を安全運転できる。

B ロビンクルーソ・漫画 10分 13:10

C プラスの金利とマイナス金利 10分 13:20

D 貸し借りできない新貨幣ドウカ 10分 13;30

H どうしてまたお金の貸し借りができると幻想してしまったか?  10分 13:40

 

2. 1 for all, all for 1

A ナンバーワンとオンリーワン 10分 13:50

B 張力統合体 を作る 20分 14:10

 

3.働くって何だ? 10分 14:20
お金のために働く時代は過ぎ去り、ボランティアのために働く時代へと世界は切り替わる

 

時間が余れば 瓦理論 公私 5:5 重なり瓦模型の提示

 

第三者機関とは中央銀行にあたる。ブロックチェーンではその中央銀行を必要としない

 

明日水曜学舎で、明後日はボランティア授業

火曜日, 6月 20th, 2017

徳島大学常三島キャンパスに

明日 水曜学舎 明後日 ボランティア授業に呼ばれた。

そこで、何を話して欲しいとか、どんな集まりなのか。どんな人が来るのか、どんな形式で行われるのか

まったく教えてもらえず、とうとう、前日になってしまった。

そもそも水曜学舎とは何を目指しているのか? ネットで調べてみた。

新しい学びのコミュニティ「水曜学舎」

~ ボランタリースクール ~ 平成22年度

1.はじめに
平成20年度文部科学省採択の徳島大学全学共通教育センターの取組「地域社会人を活用した教養教育」は、このような授業スタイルとは異なり、学生、地域社会人、教員が同じテーブルについて、意見交換をしながら自らの意見をまとめる過程において、他の学習者からお互いに学び合うというスタイルを基本としている。
社会人と学生が教員と共に一つのテーブルを囲みながら、議論を重ねながら、学生のコミュニケーション力の育
成を目指してきた。このように地域社会人が果たす役割がこの取組の中で大きな意味を持っているために、社会人同士でこの取組の意義を確認する場を設けることが極めて重要になってくる。
どのような場を設定することが、この問題解決のために有効であるかについて、幾つかの試みがなされてきた。 
2.地域社会人の自主学習会
授業に参加する地域社会人が、学生や教員と授業に先立って打ち合わせ会をもつことが出来れば、授業の展開がスムーズになることが期待される。しかしながら、学生の自主学習会への参加を求めることは困難な面がある。教員や地域社会人も授業とは別の時間帯に集まることも時間的に難しい。
そのために、次善の策としてより実現しやすい取組を進めることにした。
一つは、授業後に反省会を含めたコーヒータイムを、地域社会人と学生で持つことであった。授業の後で、場所を移動して受講生の学生と社会人が、一緒になって授業の振り返りと次週までの学習課題を話し合うことを目指した。
しかしながら、実際には社会人の側からこれまでの様々な社会生活の中での体験が語られる場面が多く、学生はひ
たすら社会人の話を聞く役目を担っていた。社会人にとって、次世代を担う学生に聞かせたい自身の体験談を数多く持ち合わせており、この時間は社会人にとっては貴重な時間になったと思われる。
学生の側も、地域社会人の人生を聞くことにより、見聞を広めるという意義があった。また、このような場を通じて地域社会人との連携が深まったことから、授業の場においても円滑な会話が進むという効果があった。
このように、この試みは当初の目的とは少し異なった方向に進んでいったが、学生と社会人が授業では話が出来ないような話題を共有する場として一定の機能を果たした。
また、この取組に参加している地域社会人の自宅を学生と訪問して体験型学習をする機会を設ける試みや、地域社会人との合宿を行いながら、体験学習をすることなどが試行された。
地域社会人との意思疎通を円滑にするという目的は、ある程度は達成された。このような試みは、一定の成果をあげたが、参加する地域社会人と学生が限定されるために、この取組全体に参加している社会人を対象としたものとは言い難いという面があった。
このような背景の元に、地域社会人が主体的に企画運営する水曜学舎という自主勉強会の構想が出来た。これに学生の参加を求めて、徳島大学ボランタリースクールとして、地域社会人と学生が授業時間外の自主勉強会が定期的に開かれることになった。
勉強会のテーマは、毎回発表者の興味のあるテーマを取り上げる方式と、時事的な国際問題と社会問題を取り上げる方式を行っている。
参加者は、地域社会人が7-10名程度、学生が数名である。
この学習会においては、地域社会人がリードする形で積極的な議論の輪が形成され、お互いの視点の違いが明確になることにより、学びを深めることに役立っている。
この学習会では、知識を借りてきて紹介するだけでなく、そのテーマの社会学的な背景や様々な方面の関連事項との関連など幅広い視点で議論が展開している。
この学習会は、単なる自主的な勉強会が開催されたという意義だけでなく、このような機会によりこの取組に参加
している地域社会人同士の大学教育の場での関わり方などに関する意思疎通が図られるという効果があり、正課の授業時間における社会人同士の関係の持ち方により良い効果が現れていると思われる。
3.今後の展望
社会人が参画する全学共通教育の共創型学習や教養科目の正課の授業における学生のアンケート調査でも、授業に参加する地域社会人が大きな貢献をしているという声が多く、このような地域社会人と学生の自主勉強会に参加する学生が、授業時間の議論においてその成果を生かして他の学生をリードするようになれば、授業の充実が図られ
ることが期待される。
また今後の発展としては、他地域の生涯学習者との交流から生涯学習者のネットワークを構築して、複数の地域で共通に抱える課題について議論をする場をつくり、その成果を正課の授業で活用することが考えられる。
このようにして今回の取組が、社会に開かれた大学教育を実現していくための教育改革に、繋がっていくことが期待される。

つまり、授業ではなく、社会人。教員、学生の自主学習会ということで、その学習のリード役がその日呼ばれた社会人、今回の私である。

となれば、私が好き勝手にリードして、議論を盛り立ててかまわないということだ。

となれば、やはり、笑点方式がおもろいし、学生だけでなく、社会人、教員にも応用ができ、その違いがでて面白くなるかもしれない

だが、なんせ、この情報は7年前で古すぎる。それを更新しないのが嫌に気になる。

 

ボランティアの授業

この意味がどうも解らない。ボランティアをするまた興味ある学生のためなのか、それを大橋教授に聞いてみたが、なんともはっきりしない。

何を話せばいいのか? なんでも! と、返事が返ってみたので、

「地域通貨については?」「学生には難しくて解らないと思いますよ!」

そこで、またネットで調べた。

まず、学生のボランティアの情報を見つけた。

徳島大学の学生ボランティア

まあ、清掃や学習や特に特に話題の東日本大震災と普通にあった。

創造力をカタチにする知的財産事業化演習はおもしろいが、なんせ、この情報も4年前なので古く、現在も続いているとはとても思えない。高度すぎるからだ。

どうやら、学生ボランティアの活動とは縁はなさそうである。

ボランティアというのは、社会人ボランティアのことで、無償で大学の授業をするということのようである。

地域社会人ボランティアを活用した教養教育~知の循環型社会の構築を目指して

–学生-社会人-教員 三者の学び合い 与え、与えられる人からの学び

 

図6 - コピー.png

で、今までどんなことをしたのかと調べてみると、

現在は、留学生との国際交流がメインという感じであるが、なんせ情報が7年前で古すぎ、更新されていないが。。

どうやら、他に、遊び、読書会、他大学を交えての障害学習、宇宙観測、グローバル社会の環境問題と異文化交流。スペシャリスト、環境問題からくる科学、地域ボランティア活動、ものづくり、埋もれた文化遺産

水曜学舎もこの一環の中に入るようである。

特に、気になったのは環境問題からくる科学である。

これは、ゴミこん炉を作って実験した内容を大橋教授に話したら、とても気に入ってもらえ、さらに、実践までしてくれたので、その話しをしてもらいたくて、私を呼んだのかもしれない。

プラゴミを燃やすことは法律で禁止されているので、それを推奨することは、大橋教授にはできないが、私なら、そんな教育者のしがらみがないから、話せることになり、問題がないだろう。

そこから、発展して、現在のボランティアの在り方がどう変わってくるかを話すことができる。

また、遊びのコーナーで、

私が用意した、張力統合体を作ることから、

人の健康、社会の絆、科学と社会(古代麦とゴミこん炉)へと、発展して、

ボランティアとお金にまで話せたら、あっという間に授業は終わってしまうだろう

 

プラゴミこん炉で調理

火曜日, 4月 4th, 2017

薪コンロで毎朝調理していたら、ふと、半年分の分別した紙類、プラスチックごみ、汚れた燃えるコミ、燃えないゴミ、布類、ペットボトルなどはみな薪に入れたら、よく燃えるのではないか実験した。

すると、鉄やアルミ類やガラス陶器類は燃え残り、それはセメントで固めて、レンガにして利用できることを発見。唯一、電池などの危険そうな物質だけは粗大ごみで出すことにした。

生ごみは十数年前から電気生ごみ処理機で、いい香りのする肥料ができ、畑に播いているので、今回はほぼ99.9%は家庭でゴミ処理と湯を沸かしたり、料理したりするゴミこん炉として、一石三鳥の使い方ができた感じがする。

ただ、数十年目にできたダイオキシン(生理的には環境ホルモン)は突如毒があるとして法的禁止された。それまでは、どこの家庭でも、燃やしていたが、黒い煙がでて、匂いがするので、たぶん危険だろうと納得したのだろう。

今回、この黒い煙もほとんどでないし、匂いもほとんどしない燃やす方法を発見した。薪でも、不完全燃焼すると、白い煙がでるが、完全燃焼をすると、ほとんど煙がでない。

プラゴミでも、燃焼温度が高いので、こん炉はブロック6個半で組んで作った方が長持ちする。そして、プラゴミも完全燃焼させれば、黒い煙も、変な匂いもしなくなる。大きく硬いプラゴミはまず溶けるので、その下に薪を置くことで、溶けたプラを薪に絡みつかせ、燃やしやすくする。また、紙類はいちばん着火がよいので、そこに火をつけるとすぐつき、その上に柔らかいブラゴミを置くと、それはすぐ溶けて燃えて、高温になるので、紙だけよりも、プラゴミを混ぜた方がよく燃えるのである。

さらに、その上に、細かい薪、その上に太い薪をのせれば、ほぼ完全燃焼する。

これらすべて燃えた灰は白くなるが、途中水をかけるなどをして、プラゴミなどが不完全燃焼したものは黒い灰になり、匂いが残る。そのため、火は自然に消えるまで燃やし尽くすか、水をかけて消化した場合は、その灰や燃えカスは次回に完全燃焼させると、白い灰と匂いのしない灰になり、それで、焼き芋も作ったが、匂いもつかず美味しかった。

ちなみに、焼き芋は濡らした新聞紙にアルミホイルで包んで焼くと、新聞紙のインクが蒸発するので、匂いも味も悪く毒性になるのでやめて、アルミホイルも新聞紙など、なにもしないで、そのまま焼くと、皮もそのまま食べられて美味しい。

プラゴミは高温になるのでブロック6個半で組むのがいい

さらに、燃焼効率をよくするなら、二重コンロ、ロケットこん炉で高くすればよい

プラゴミが法的規制されたことは、

「科学が社会的デマに負けた」結果ともいえるだろう。きちんとして科学的データと、分別したリサイクル類が本当に再利用されているか、隠密裏に業者に委託されて燃やされているか、公に明示することが、大事であろう。そうすれば、科学がデマに負けて、無意味なまた悪循環するゴミシステムになることはなかろう。

参考に、9年前に、著名人が書いた本のダイオキシンと環境ホルモンの毒性の嘘が、その数十年前の農薬の残留物にあったとする記述を紹介する。

こうしたデータと、科学的検証と、分別ゴミの正確な行き先と、その量を明示されるよう、1日でも早く行われるよう切に祈りたい。

プラスチックゴミとダイオキシン
ほんとうの環境問題 池田清彦・養老猛司著 2008年発行より
p63-65
ゴミがないと困るハイテクのゴミ焼却炉

ゴミの処理をどうするかということで言えば、ゴミの焼却(とくに塩化ビニールのようなプラスチックゴミの焼却)による燃焼工程でダイオキシンが発生するということが問題になり、ダイオキシン類対策特別措置法(いわゆるダイオキシン法)が1999年に成立、2000年から発効となった。
2002年12月から本格的な適応が始まったそのダイオキシン法によって、家庭用焼却炉や学校の焼却炉では、紙ゴミや庭のゴミでさえも燃やすことができなくなった。
そのため、家庭用の焼却炉を製造販売していた会社は潰れてしまった。
代わりに、ゴミの焼却処分のために、住宅街から遠く離れた山の中などに、高熱でゴミを燃やせるようなハイテクの高級焼却炉が巨額を投じて建設された。
家庭用焼却炉ではなく、ハイテクの高級焼却炉をつくるメーカーはそれで相当儲かったわけだけれども、その高級焼却炉のある場所へゴミを車で運ぶためにだって相当のエネルギーがいるわけだから、そんなことをするくらいなら自分の家で燃やしたほうが本来は良いはずである。
そもそも、ダイオキシンの「環境ホルモン」作用で動物がメス化するだとか、家庭ゴミ焼却炉から出るダイオキシンで赤ん坊が死んでいる、などということが一時期よく騒がれていたけれども、それらはみんなウソであり、実はゴミを燃やして出るダイオキシンの量はそれ程多くはないことがわかっている。
ダイオキシンの量が増えた原因の大半は農薬であって(1960代後半から、1970年代末までに使われた水田の除草剤のペンタクロロフェノールやクロルニトロフェン中のダイオキシンが、分解速度が遅いためにその後も残存し続けているのである)、重大な健康被害を引き起こすような量のダイオキシンはゴミの焼却によっては生じないのである。
ハイテクの高級焼却炉というのはある意味で原子力発電所に 似ているようなところがある。
いったん稼動を止めてしまうと、再度、炉を高熱にするのにエネルギーがかかる。それでは効率が落ちてしまうから、そうならないためにずっと炉を稼動させてゴミを燃やし続ける必要があるのだ。
これは妙な話で、ゴミ処理を効率良くするために常にゴミがないと困ってしまうことになる。
ゴミを減らす 目的で作ったものなのにゴミがないとシステム上の効率が悪いからと、なんとしてもあちこちからゴミをかき集めてこなければならない、という変なことになってしまっているのである。
そんなにずっとエネルギーを大量に使って高熱を維持しているならば、場合によっては、その熱を別の 目的 に使うこともあっていいだろう。

ゴミ焼却炉と連動した温水プールがある例もあるようだけれども、私は、ハイテクの高級焼却炉でなら火力発電だってできるのではないかと思っている。
発電については後述するけれども、たとえばバイオ燃料 に比べても、ゴミからの発電の方が効率がいいはずである。なぜなら、それはただゴミを燃やすだけなのだから、生ゴミとペットボトルを混ぜて燃やせば充分発電ができると思う。
ハイテクの炉を稼動させるのにかなりのエネルギーと金がかかっているのなら、それを使って発電するぐらいのことは真面目に考えたほうが良い。

 

人間は・張力統合体tensegrity・だもの

土曜日, 2月 25th, 2017

こころの時代~宗教・人生~「心はいかにして生まれるのか―脳科学と仏教の共鳴」

この43分にお坊さんが海外で買ってきたテンセグリティのおもちゃを使って

人の筋肉が張力統合体として全体がつながっており、もし、一部が固まってしまうと全体が動かなくなってしまう原理を説いた

病気の結果をみて、原因を見なければ病気は治せない

固まった一部が原因(根)であり、それ以外はみな結果(幹枝葉)であり、固まった結果ばかりをみていると、本当に固まった原因が解らないと説明する。

慢性痛は体のあちらこちらが痛くなるが、その本当の原因は腰の筋肉が固くなっており、それを緩めてあげると治るとするのが緩消法である。

 

宇宙また生命の姿もまた

銀河系もまた張力統合体

生命体を形作るDNAも張力統合体

張力統合体(tensegrity)の構造をしている。

すべての望みを叶えてくれる神様は

いわば、この宇宙と生命の源であるともいえるので、やはり、張力統合体(tensegrity)の姿をしているといえるだろう。

一休と魔神の姿は・・

人間=一休 であり、神様=魔神 であり、

欲望の原因=人間 であり、 すべての欲望の結果=神様 である

欲望の渦全体が神様であり、その欲望の原因が人間である

その人が何を望むか(原因)で神様の姿(結果)が変わってくる。

神様の姿(結果)ばかりみても、人間の姿(原因)をみなければ、真実は見えない。

神様にお願いしても、自分の本当の欲望を見なければ叶うことはない

 

私は長く宗教にかかわってきたが、私もそうだったように、その多くの信徒が神様依存症にかかっていることを見てきている。神様の御心のままにと、 一時の休息もなしに神様ばかり祈念している 神様なしには生きられないと思い込んでしまう。

依存症はみな「目的と手段」を取り違えしてしまう心の病気である

依存症は麻薬・煙草・酒・ギャンブルが主であり、

例えば、「酒を飲まず、酒に飲まれる」といった状況だ。人間(自分)が主人で、麻薬・煙草・酒・ギャンブルはみな嗜好品・遊び(道具)である。

ちなみに、神様を信じている人に

神様と人間 どちらが目的で、どちらがその手段ですか? 」と、

聞いてみたら、きっと

「神様を目的、人間(自分)を手段」と答えるだろう。

「神になる」「仏になる(悟りを得る)」はみな目的が神や仏であり、

そうなるために人(手段)は修行(洗脳=依存)せねばならないと説くだろう。

だが、本当は・・・

人間(自分)が目的で、神様は手段である。人間が主人で、神様は下僕である。

「神が何をしたいか?」ではなく、「自分は何をしたいか?」 これが大事な欲望である。

目的と手段を多くの国が勘違いしてしまうのが・・

「平和のための戦争」と民衆を鼓舞することがそうだ。

「平和」が目的で、「戦争」が手段とは論理的になりえない。

「平和=ともに生きる」、「戦争=ともに死ぬ」と言い換えれることができるので、

「共に生きるために共に死ぬ」ことは無理であり、「共に死んでしまったら共に生きることはできない」

故に、戦争は平和の手段にはなりえない。この勘違いは殺し合いの戦争をスポーツやゲームの遊びと同じように錯覚してしまうところからくる。

平和目的ならば、その手段が平和的手段でなければけして実現しない

また、

今多くの人々が金銭依存症にかかっている

それが「金銭なしには生きられない」という状況までもたらせてしまった。

モノ・サービス(目的)と交換する道具が金銭である

殆どの会社が金儲けを目的とし、モノ・サービス(事業)を手段としている。

殆どの国が経済的豊かさ(金銭)を目的にし、国民の生活環境(モノ・サービス)を手段としている。

経済優先か環境優先か? カネか命か?

と、今の現状をみたら、まさに、目的と手段を勘違いしている金銭依存症になっている。

環境が目的で、経済は手段! 命が目的でカネは手段!

特に、政治家は何度もこう唱えて、金銭依存症から脱出しないと健全にはならないだろう。

 

さて、ここからが私の問題である。

どうにもダイエット4年目で リバウンドが止まらないのだ。

如何に意識と無意識をストレスなしに健康的なダイエット生活にするか?

「わかちゃいるけど止められない」スースースーダラ・・・節を歌ってしまう我が現状!

自慢じゃないけど・・私の依存症は宗教(ヨガ・サイババ・ありがとうおじさん)だけじゃなく、

煙草3箱・パチンコ月20万・・・・揉まれに揉まれて、

半世紀以上かけて、それらから 命からがら脱出してきた。

だが、どうにも脱出できないで、あえいでいるのが「肥満症」だ!

肥満症は人間ドックにいっても、いろいろな病気予備軍になっており、それが内脂肪のように数値に出てきている。

そんな自分の弱さをうまく言い訳できるのが・・

人間だものと諦めるのか?

いやいや・・この言葉を抜粋しただけでは意味は逆になり、

この本当に意味はその前の言葉に続き、諦めの言い訳ではなく、諦めずに再挑戦することだ

転んでも諦めずに七転び八起きして立ち上がるのが本当の人間だものの意味だ

 

昨夜寝る前に「肥満依存症から脱却するにはどうしたらいいか?」という問いを頭に入れてねた。

起きたら「チン!」と頭から答えが出てきた。

医食同源!

食べ物飲み物は薬で、食べ過ぎ飲みすぎは毒となる。

少しの薬・飲食が一番効果が高し。

運動は筋肉!

運動しすぎは筋肉疲労

運動しなければ筋肉硬化となり、

ともに痛くなる。

適度に運動すれば体内脂肪も減り、生活も軽快になる。

つまり

命か? カネか? 

健康か? 飲食か?

依存症から抜け寝るには

目的と手段、原因と結果、どちらが優先か?

はっきりと自分の意識と無意識に確めさせることであろう。

 

美味しさは結果であって、健康が原因である。

美味しさは手段であって、健康が目的である。

美味しさばかり追い求めると、美味しさが目的になり、本当の目的である健康を忘れる。

健康あっての美味しさで、同じものも病気であったら美味しくはならないではないか。

 

一休と魔神2(Needマネー)

金曜日, 2月 24th, 2017

前回の要点は2つ

1.すべてのマイナス税(社会保障・インフラ・公共事業)は1つのベイシック・インカムだけで十分

2.ベイシック・インカムはNeedマネーで実現できる

 

生きていける最低限の金銭だけで十分です

All欲望は1生存欲より産まれる

 

魔神はすべての欲望をかなえてくれる神様また象徴である。

一休はすべての欲望の起因であり、核となる「生きたいという欲求」だけ叶えてくれるだけで充分だと答える。

なぜなら、「生きたいという欲望」を失ったら、他のどんな欲望も空しく消え去ってしまうからである。

この「生きたいという欲望」を支えるのが、「最低限の生活ができるモノとサービス」または「それらと交換できる金銭」である。

それをNeedマネーと呼ぶことにする。

酸素血液がNeedマネーは二酸化炭素血液円マネーに交換し、循環する

 

社会の金銭の流れは人体の血液の循環に相当する。

人間の心臓は個人と会社の銀行預金であり、

肺臓は国のプラス税(徴集)をマイナス税(社会保障)に変換させる機能に相当する。

社会保障番号のマイナンバーと確認された銀行預金口座に

毎月末に 選挙権のある18歳以上の大人の最低生活保障 16万Needマネー、18歳未満の子供の最低生活保障8万Needマネーが補充される。

使った分だけ補充され、また余分に貯蓄できないで、一定額になるような設定にする。

それはいわば人体の一定の体温36度を保つようなもので、血流が低くなる冷えるように、金銭の流れが悪くなると景気は冷え込み、流れがよくなると、血液も金銭も景気も温かくなる。冷えすぎても、熱すぎても病気になるのを防止するように、最低生活保障金銭 大人16万ND 子供8万NDに国が調整する。

 

Needマネーと円マネーの銀行預金通帳

毎月末に最低生活保証額補充されるNeedマネー

 

 

一休とマイナス税魔神

金曜日, 2月 24th, 2017

どの家族・どの会社・どんな国でも、その家計の収入と支出のバランスよく保たれてこそ健全である。

国の収支はプラス税の収入(徴収)とマイナス税の支出(社会保障)のバランスもそうである。

徴集する税が労苦する人的申告から労苦の要らない機械的自動徴集になって安定すれば

社会保障も人的申告も要らないで、自動振り込みにすればやはり安定する。

月末補充性のNeedマネーで生活保障するだけで面倒な申告も配分も差別も必要なくなる

全国民を生活保障するとしたら幾らかかるか?

 

日本の総人口 1億2700万人

18歳以上 1億1075万人 0~17歳まで 1270万人

国民一人の生活保護に総合して、現在最低必要な月額は大人16万子供8万とすれば・・

大人18歳以上 月17兆7200億円 子供 月1兆160億円 合計月18兆7360億円 年224兆8320億円

日本の国民総生産GDP 504兆円

国民全員の生活保障224兆8320億円÷国民総生産504兆円=0.446≒45%

総生産額の45%を全国民の生活保障に回す必要が出てくる。

生産・流通・販売・消費・その他の5バトンの売買取引税の自動徴収だと9%必要になる。

これは国民均等に毎月16万円を100%払い続けた場合であるが、

先日の

Need Money 制にして、月末の生活保障額の16万円を追加補充するだけでいいので、

その平均使用額を55%と見積ることもできるので、売買取引税5%にするだけで

税徴収と生活保障が回転することができる。

当初は低い金額の生活保障から実験して、その税額とまた生活保障費を算出すればいいだけである。

 

Need マネー

新貨幣にしなくても、現貨幣に銀行の電子マネーの数字の右側にNDと(例えば160,000 ND )

記載しておけば、月末のNDマネーの残高に追加送金して、自動的に16万NDにすれば足りることになる。

そして、その生活NDマネーの補充追加分と、売買取引徴収税総額を一致させるようにすればいい。

そうすると

今までの生活保障費(生活保護・年金などは)必要なくなる。また、インフラや社会保障全体に必要な金額を売買取引税一つで徴収も可能であり、それだと生産流通消費を5バトンとして総額50%必要であれば、一度の売買取引税10%自動徴収すれば足りるだろうと思われる。

例えば

Aさんが、

アパートの家賃6万円NDを銀行預金を

家主のBさんに

家主の銀行預金へ6万円送金したとしたら

 

Aさんの銀行預金 -6万円ND

Bさんの銀行預金 +5万4000円

国の銀行預金  +6000円ND(売買取引税10%) 市中銀行から国に自動送金される

NDマネーは国民の最低生活保障額として国から送金された場合のみ円の右にNDと表示され

それが一度でも使われて、他の口座に入金されると、売買取引税が10%引かれて NDマネーは通常の円マネーとして表示される

つまり、NDマネーは毎月末の生活保障額大人16万円子供8万円がその預金額に一定に補充保つためのものである。

そのため、ND円交換は常に1ND=1円であり、NDマネーが譬え貸し借りされた場合でも一度しか使えないので、NDマネーの貸し借りができたとしても、利息を払うことも、16万ND以上の貯蓄はできないし、返済もできない。貸し借りする場合は円マネーに両替しなくてはならなくなる。

 

一休と税魔神

木曜日, 2月 23rd, 2017

今年からの確定申告にはマイナンバーが必要になった

 

マイナンバーはアメリカの社会保障番号が由来だが、

日本ではマイナス税としての社会保障番号が最初ではなく、

プラス税としての税申告番号が今年最初に実施された。

これは明らかに、脱税犯罪者探しのために脱税防止マイナンバー制度である。

昨年から、収入先の会社から「マイナンバー記入のお願い」がされているのが確定申告より先に行われたからである。

しかも、今年になっても、国民年金事務所からのマイナンバー記載のお願いさえもこない。それは最初からマイナス税である社会保障番号としてのマイナンバーは無視されているということである。国民年金で投資して大損だしたり、年金がどこかに消えたりして、いかに社会保障にいいかげんで政府の遊び金にしているかという証拠でもある。

プラス税の税徴収には必死だが、マイナス税の社会保障にはいい加減不真面目である。マイナンバーは明らかに脱税犯人捜しのコンピュータ合理化である

 

マイナンバーがこのように悪用されずに、善用されるためには・・

 

どんなプラス税、どんなマイナス税でも、申告制ではなく、公共料金のように、

銀行の預金で、自動支払い、自動振り込み制度にすればいいだけである。

これは一休と魔神の会話を、一休と税魔神の会話に転用すればOKである。

プラス税は1つの売買税1%だけで十分余る

 

モノの売買やサービスの取引には現在消費税8%がかかるが、その消費税はそれを徴収した会社が自分が仕入れなどの消費税を払った分だけ差し引いて、つまり、純利益の中の8%分国に申告払い、輸出会社の場合は外国からの消費税は受け取れないので、支払った仕入れの消費税分は申告によって、逆に国から還元される。

こうした消費税の申告はプロでも計算も難しく、記入ミスも多くなっており、いい加減にやって節税脱税したくなるのも当然になってくる。税申告にかかる費用と心身の労苦は計り知れなく大きい。一年に一番面倒な計算と作業である。

 

「申告に 徴収に 税使い あな空回り 馬鹿らしかあ」

 

もし100人働いたら、1人くらい働かなくてもその1人を支えることができるだろう。

それは労働量100に対して、休み量1とっても、なんの苦労も問題もなく、むしろそれが快適であり、健康にはよく、もっと休みをとった方がもっといいかもしれない。

 

金銭とはモノ・サービスと交換する道具(引換券)である。

故に、金銭が動くときはモノ・サービスが動き、そのモノの生産とサービスの供給は人間だけでなく、機械であっても、それらは労働であると言える。

また、金銭は債券などの金融商品にも転じることができるため、金銭自体もモノ・サービスのように需要と供給によって、その価値が上がり下がりし、それも金銭が動くと同じになり、労働としてとらえることができる。

そして、

金銭でどんなモノ・サービスでも得られるので、いわば モノ・サービスに限っての望みだったらすべて叶えられる魔神=金銭であるともいえる。

沢山の税金を徴収・申告するための人手の労苦量を100としたら、それは機械労働1・人手0に置き換えることができる。

 

税魔神

「どんな売買や取引もすべて申告して税金を治めなさい」

一休

「今は電子マネーの時代ですので、どんな売買や取引の金銭に1%の銀行による自動徴収でお願います」

・・・・

「海外の通貨の交換、送金、支払、受け取りはどうするのじゃあ?」

「どんな通貨であれ、それが日本円に交換された時は必ず金銭は労働しますので、その1%は自動徴収し、外国通貨においては発行も徴集が不可能ですので、その外国任せになります!」

 

一休がアラジンのランプを手にしたら・・

木曜日, 2月 23rd, 2017

アラジンのランプをこすると魔神が現れ

「(人生において一度だけ)どんな願いも3つだけ叶えよう」と言われた場合・・

 

貴方はどんな願いを3つするだろうか?

欲望はその時その場でも違ってくるし、その一つを叶えられてもまた次の欲望が湧いてくる。

飽くなき欲望とか、欲望の泥沼とか、終わることのない欲望とか言われ、それは無限に増幅していく性質がある。

それを3つに限定することは難しいが、その時その場においての自分の状態で、叶えたい夢の優先順位を決めれば、上位3位まで上げればいいだけである。

 

だが、一休さんだったら、きっとこう答えるに違いない

どんな願いも叶えられる力を1つだけお与えください

「3つも要りません。1つだけで十分でございます」

「なんとまあ、欲のない者だな。解った。一体それは何じゃ?」

「どんな望みでもですね?本当に約束してくださいますか?」

「くどい! どんな望みでも叶えてあげよう。約束する!」

「そうですか、ありがとうございます!

どんな望みでも叶えられる力を私にお与えください!

 

さて、その後、魔神と一休はどうなっただろうか?

 

魔神は一言も発せず、魔神もアラジンのランプも、

その場から一切消えてしまい、

魔神は一休の心の中に、アラジンのランプは一休の体の中に

溶けるように入り込んでいった。

 

かくて、

一休の心は魔神に

一休の体は魔法のランプに

なったとさ! 

END

これは

チームの力を最大限に発揮するコツである

1人はみんなのために、 みんなは1人のために

1 for All. All for 1.

の精神と同じで、すべての願いは一つの願いに、 一つの願いはすべての願いに成る

という、絶対1と相対Allの総合力が最も自然かつ奇跡的な力を生み出す原理からの譬え話にしてみた。