Archive for 5月, 2014

賃借個人店の生き残る道

土曜日, 5月 31st, 2014

まもりん坊ハウスのある上板橋南口商店街は

駅と川越街道を結ぶ商店街である。

各種の店が乱立して まったく統一性がないので 商店街としてはマイナス効果に見えるのは

フリマ笹塚店のある笹塚十号通り商店街でも同じだ。

大型店舗にまけない

商店街にある個人店舗が生き残る道を観た!

 

ぶらり途中下車の旅 2002年11月東部東上線で 紹介された6件のうちの一件が上板橋南口商店街にある

ひと本 石田屋 である。

開店9時前1時間前の7時50分だというのに行列ができている

行列ができる石田屋栗どら焼き 一個170円

手間がかかり一日300個しか作れない 一人10個までなので30人しか買えない

栗饅頭 防腐剤を使っていないので 宅配ができない

ホームページもなく ネット販売もしていない

 

商店街の中心にある石田屋は創業昭和26年 うちのフリマ笹塚も同じころ創業しているが

石田屋さんは どうみても地主件店持ち主で その坪数も15坪くらいあるだろう。

うちのような賃借店舗3.5坪とは比べ者にならないがら 生き残れるというわけではない。

老舗のこうした店でも 生き残っていくことは難しいのが商店街なのである。

同じ商店街の中心で石田屋さんのそばに

東商ストアと書かれた店は なんと駐輪場になっていた

東商スト駐輪場

物品販売が主流であり、しかも商店街の真ん中の

たぶんスーパーだったのだろう そこが駐輪場なんて! 地主で自店でなければできない芸当だ

もし笹塚十号通り商店街に こんな駐輪場店ができたら まずシャッター通り商店街の第一歩になるだろう。

 

商店街の中の賃借個人商店であっても 生き残るためには

開店前から行列ができる栗どら焼きのような商品を開発販売することである。

もちろん店坪3.5坪しかないので そこで製造はできない

賃料の安い工場で製造して持ってきて、販売一本に絞ればやっていけるだろう。

 

今日も出店しているフリマ笹塚のお得意様

関和屋さんの団子販売も同じである。

 

もし上板橋の石田屋さんが 店員に 栗どらやきと栗饅頭を

フリマ笹塚で売らせたら 行列のできる店になるだろう。

つまり

売れる商品を独自に開発し 販売する店にすることが

商店街で生き残る唯一の道であると思える。

 

高松の丸亀商店街のような奇跡は笹塚十号通り商店街には起きないだろうから

商店街や地主に期待せずに

独自で開発販売する賃借店にすることが生き残る道だと確信できるようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まもりん坊ハウス

金曜日, 5月 30th, 2014

上板南口銀座商店街新興組合の まもりん坊ハウスに散歩中出会った。

まもりん坊ハウス

まるでうちの将来のフリマ笹塚のようなハウスだった。

今年2014年4月の消費税8%による店大家における便乗値上げで

60年来続いた店の閉店を決めたが 大家に5%から8%増税なら 3%値上げに変更してもらい

なんとか老齢スタッフの生活を支えようと 交渉中である。

 

閉店を考えるにあたって、今までなんとかやってきた努力を無にしたくなかったため、

店の経営を二件隣り商店街副理事のカメラ屋さんか

できたら 笹塚十号通り商店街に引き継いでもらいたかった。

カメラやさんには断られたので、商店街とは思ったが すぐには決定できるはずはない。

そしてリフォームしている上板橋のアパートで

今日散歩中

まもりん坊ハウスに出会った。

そこで店を開けている 山形米沢農家の人に話をした。

毎週木金土 夫婦で山形から来て ホテルか親戚に泊まって

夫婦二件の日貸し店舗で 野菜と漬物を売っている。

 

駅南口駅前数十メートルの立地で 二間間口で 二階が商店街事務所になっている。

日 7,000円の賃料で、うちも間口二間で9800円 人通りは笹塚の方が数倍も多い。

いつも

賃料7000円が出るか ヒヤヒヤしている。3年続けたら 固定客がついてやっとという。

 

ここのまもりん坊ハウスのホームページにも

七夕祭りや上板朝市などの商店街イベント参加者が、普段の商店街利用客に繋がらない」

とあるように 笹塚十号通り商店街でもちびっこ祭りなどのイベントをいくつかしてもそれが普段にはつながらないし、

この上板橋の北口に大手の セブンアイが経営するイトーヨーカドーがあり、

そうした大手スーパーや店舗に顧客は奪われてしまっている。笹塚ではサミットやライフなどである。

 

笹塚商店街に毎月5000円となにやらのイベントで平均月2000円で合計7000円 ささはたどっとこむに月3000円

そうした毎月10,000円の経費支払も厳しく、今年から ささはたドットコムの有料会員をやめた。

 

商店街の成功事例で参考になるのは なんといっても

高松の丸亀商店街であろう。

 

これを成功に導いたのは地主であり、商店主であり、理事長であった人物である。

私のような借り商店経営者では まず無理である。

商店街活性化は個々の店の生き残りには欠かせないが、そのためには最低限

地主と商店主と商店街の三者ががっちり組むことが必要である。

大手スーパーや大型店舗は商店の種類のよって 街を分割でき、顧客を呼ぶ店舗を招致できることである。

共同仕入れで安く また種類豊富に取りそろえることができ 顧客に合わせた街づくりが可能であり、

駐車場やトイレや遊戯や休憩場やイベント会場をそろえられることである。

そうした大型店舗に負けないためには それ以上のサービスができるような商店街にしなくては無理である。

それをふまえて

将来の笹塚十号通り商店街の中の一借店の行く末を案じた結果

頑張れるだけ 頑張るには このまもりん坊ハウスのような 商店街が経営するフリマ笹塚になるだろうと思ったのである。

セルフ レンタル ショップ へ

月曜日, 5月 26th, 2014

2014年4月から 消費税8% 2015年10月から消費税10% 安倍政権で

店の大家が 賃借料金を便乗値上げして、フリマ笹塚の店の経営は困難になった。

昨年 当方の日貸し店舗料金を大幅に4割引にして 顧客集客の改革をしたばかり

当店で 消費税分を値上げすることも まして消費税など取ることもできない。

それほど 笹塚10号通り商店街で

地主や店のオーナーでなく

私のような賃借店ではそこで 生き抜くことは難しい!

店は親の代から 60年間続けているが

経営者の私の給与は今だかって 一銭も出たことはないばかりか

毎月5万円の赤字を 倉庫付き駐車場の売り上げから埋めているだけでなく

その店舗内装 設備 賃借料値上げと更新料 また 新事業への転換などを入れると

この店に投資した金額は数千万円にも及ぶが

今もって その元金さえ回収できたことはない。

とうとう60年の歴史を閉じる時が来たと思い 関係者子供たちと相談した結果 閉店を決意した。

だが前のリサイクルショップしたTさんが心配したのは スタッフの生活収入だ

うちの老スタッフは店の給与10万円だけで生活している。

今年国民年金が6万円入るというが それではすぐ生活困難で 生活保護申請して生きるしかできなくなる

老人には生き甲斐と誇りが必要だ

そこで 老スタッフに仕事量と消費税値上げ分の給与を下げてもらうことで 継続することにした

アベノミクスは生活弱者の給与を下げ、生活強者の給与を上げる 弱者いじめ政策である!

そして とことん経費削減に挑むことにした結果!

フリマ笹塚の店を セルフ レンタル ショップ に変貌させることにした

セルフ ガソリンスタンドのように

自分の店を開きたい方は 当方に電話やメールで予約入金して 自分でカギを開け 自分で閉めるというスタイルだ

今まで 新しいお客さんには 現場のスタッフが 店の開け方閉め方を説明してきたが それも必要がないようにした。

ホームページやささはたドットこむの「今日のお店は何?」の毎日更新はなしにして

今日の催し物をクリックしてもらうことにした。

店の電話もネットも廃止し、直接スタッフの携帯電話を受付として

ちょうどダイエットのように 経営をスリム化した。

セルフ レンタル ショップ という名前は私の造語である。

これで 賃借個人商店の生き残りに賭けてみたい!

 

 

山で閉店について再考した

木曜日, 5月 22nd, 2014

昨日 フリマ笹塚を閉店を決心したが

兜山の登山をしながら 考えた

まだやれるかも

できるかぎり 頑張れる限り やってみよう

いつ閉店してもいいように

また 出来る限り節約をして 最低限の経費をおさえるように

大家さんには 納得できないところは妥協しないようにしよう

閉店するときは 笹塚10号通り商店街に引き継ぎできればベストだと思える

個々の店の生き残りは 商店街と地主の連携にかかっている。

そして、お客が求める商店街の姿を実現できるかどうかが 生き残る鍵であろう。

また、お客を呼べる店舗誘致を地主と商店街ができるくらいに積極的な活動がほしいものだ。

 

 

今年2014年12月末でフリマ笹塚を閉店

水曜日, 5月 21st, 2014

昨日から 店の賃料値上げに関して 関係者子供たちみんなと相談した結果

赤字続きのフリマ笹塚を 賃料値上げを機に 今年末で閉店することに決めた。

親の代から50数年にも及ぶ 元なんでもや 雑貨 生地 便利屋 リサイクル 現在のレンタルショップと変わってきたが

やはり 個人商店で しかも店を借りて 経営するには 無理があった。

その笹塚10号通り商店街にしても 日本中がかかえる商店街の問題をかかえており、そこで生き抜くことは至難の技であった。

スタッフが今年秋に年金が入る状態になるので 時期的にも丁度いいようだ。

30数年続けてきた 便利屋 株式会社 ゴリラ便 を解散する決断にも勇気がいり、かなり無念の涙があったが

今度のフリマ笹塚の店の閉店に関しては 50数年店賃を払うために 必至で頑張りぬいたという感慨がある。

よくここまでやったと自分をほめてあげたい気分であり、意外と気分爽快な気持ちになった。

やっと 自由に生きられる感慨にふける。

 

笹塚には黒字の倉庫付駐車場があり、そこをフリマ笹塚の店に代わるメインになれるようなことを考えていきたい。