Archive for 9月, 2016

痛み13*うつ病もストレスから起きる

火曜日, 9月 13th, 2016

ストレス解消させるためには、運動の他に、

2つは、自分が何をするとストレスが解消させるか、100くらいリストをあげておき、ストレスを感じたときに、そのどれかを選んで行動する。

3つは、瞑想をする。

これが禅の呼吸法とは少し違って、もっと簡単な瞑想をここでは勧めている。

背筋を伸ばして座り、体全体の力を抜き、自分の呼吸の吸う息と吐く息の動きを意識するだけでいい。

そのとき、息を止めたり、その長さを変えたりしないで、そのまま観察するだけで十分という。

また、過去の想い出や未来の想像をしないで、今の自分の呼吸だけを意識すればいい。

今、生きていること それを呼吸で観ずればいい。

 

痛み12* ストレスが殺人細菌を作る

火曜日, 9月 13th, 2016

キラーストレス そのメカニズム

「病は気から」というのが昔の精神論だが最新科学では「病はストレスから」といえる。

ストレスが癌・脳梗塞・心筋梗塞・胃潰瘍・突然死など、現代病の原因になっている。

ストレスと免疫とはATF3遺伝子で繋がっている。

ストレスホルモンが出ると、ATF3遺伝子が働き、免疫細胞は癌細胞への攻撃をやめるが、ストレスホルモンがでないと、ATF3遺伝子が働かず、免疫細胞が癌細胞を攻撃する。ストレスは癌を増殖させるのだ。

娘の胃潰瘍も、ストレスによって、通常なんともないピロリ菌が増殖し、胃壁を破る殺人細菌へと変貌したといえるだろう。このNスペではなんともない細菌がストレスで増殖し、血管をぶち破る脳出血が紹介されている。

脳の神経細胞は脳を支える延髄を通って、体全体の自律神経につながっている。ストレスがかかると自律神経が血管や筋肉を締め付け、呼吸と心臓を速め、筋肉は硬直させる。そこから、いろいろな痛みのある病気が起こりやすくなる。

ストレスがかかると、延髄にある神経細胞が増え、自律神経がより血管や筋肉を締め付ける。

適度な運動をすると、脳と自律神経をつなぐ延髄にある神経細胞は減るので、ストレス耐性には効果的である。

「歩くこと」がストレスに打ち克ち、病気予防には欠かせないと言えそうだ。

 

老人の旅

月曜日, 9月 12th, 2016

若いころ、あんなに旅好きであった私が老人になったら、まったく旅に行く気が失せた。

もっぱら趣味のような畑仕事に情熱が湧いてくる。

だが、農閑期になると、暇をもてあますので、道楽のような出稼ぎをしたくなった。

それが老人の旅を企画するきっかけになった。

若人の旅を思い出し、ドイツのライン川沿いに パリで買ったソレックス(自転車に38ccのエンジンを付けたりはずしたりできる)で、オランダのワークキャンプに向かった。

泊まるところは、安いユースホステルが主で、特に印象深いのが、シェーンブルグ城のユースホステルである。

ライン川沿いの古城のユースホステル-シェーンブルグ城

ライン川沿いの古城のユースホステル-シェーンブルグ城

確か、42年前では 500円で泊まれた。そうしたユースホステルに若人だけでなく、リュックを背にかついだ老人もおり、そうした姿に当時あこがれた想い出がある。

このシェーンブルグ城を上からライン川を望む姿は今も焼き付いている。

まるで王様みたいな気分でシェーンブルグ城からライン川を観ることができる

まるで王様みたいな気分でシェーンブルグ城からライン川を観ることができる

来週、徳島で高校の親友が古民家を買い、そこで、健康のための講演会を毎月開くというので、そこへ 山梨から、車で 老人の旅をしたくなった。のんびり行きたいので、京都あたりのユースホステルにでも泊まろうかと思い調べたら、なんと茅葺屋根のユースホステルを見つけた。

美山ハイマートユースホステル-京都府南丹市美山町小渕中才57

美山ハイマートユースホステル-京都府南丹市美山町小渕中才57

ちょっと遠回りなので、そこは体力との思案のしどころだ。

友人が買った古民家は穴吹川沿いにある瓦屋根の家だ。

知足庵・・自然と健康を散策する・・徳島穴吹川沿い

知足庵・・自然と健康を散策する・・徳島穴吹川沿い

今、残りの人生をかけているのが、やはり

自然と健康の散策なので、まさに老人の旅の第一歩としてふさわしいものである。

 

 

痛み11* 記憶のメカニズム

日曜日, 9月 11th, 2016

新しい記憶は海馬で生まれ、それが大脳皮質に転送される。

この記憶のメカニズムによって、

PTSDやうつ病の治療ができる可能性が出てきた。

マウスの実験では光ファイバーで、二つの異質な記憶に光信号のオンオフをさせることで、可能になったが、それは人間ではできないが、磁気を利用して 光ファイバーでなく、ピンポイントで光を与えることで、可能になる。

依存症もまた同じで、

「アルコール=楽しくなる」という二つの異質な記憶信号を結び付けた「アルコール依存記憶」が引き起こすと考えられる。アルコールと楽しくなる異質細胞を引き離し、それぞれのオンオフをして、「アルコール依存記憶」を消せることができるようになるとも発展できる。

そうした記憶の引き離しは磁気治療でなくとも、アルコール依存症から脱した経験者がやった行為でも可能であるともいえる。

私の禁煙経験を振り返ってみれば、アルコールをニコチンに置き換えて、意識的に訓練した。

「ニコチンは楽しくなる」のではなく、「ニコチンは楽しくならないで、苦しくなる」という記憶に置き換えるような体験を何度も学習し、焼き尽くさせた。

その新しい記憶をしっかりとするために、ジョギング(お百度参りのような禁煙の祈りとともに)をしながら、吸いたくなる前にすぐ寝込んでしまうような工夫をしたことで、なんとか脱出できて、もう20年近くなる。

イスラム教の信仰告白

「アラーの他に神はなく、ムハンマドはアラーの使途である」は

いわば、社会からも自分からも洗脳された 盲信迷信スイッチ記憶であり、

「アラー=唯一神=ムハンマド」と三つの異質なものが同期結びついた依存症であるともいえる。

もし、アラー と 唯一神 と ムハンマド の記憶が切り離されたとき、イスラム教の妄想迷信から脱却できる自由な生活ができるようになるだろう。

マルセ太郎が「記憶は弱者にあり」とは

この弱者の記憶とは「痛み」である。子供たちでも、弱い者いじめがあり、自殺に追い込まれる事件はあとをたたない。その痛みは「痛めた強い者」には記憶されず、「痛められた弱い者」しか記憶されない。

痛みは神経の強い信号であり、なかなか消えない記憶でもあり、その痛みの信号がその人の生き方を決定もさせてくる。

強者や権力者は、動物や弱者を思い通りに動かしたりするためには、この痛みの記憶を利用する。これは通常悪であるが、使い方によっては、善になったりする。依存症を脱却させることだってでき、それは自分で自分を痛みを使って、健康な状態に動かすことは可能であることと言える。

 

 

痛み10* アルコール依存症から見えてくるもの

日曜日, 9月 11th, 2016

アルコール依存症ではないかと思える友人に二人いる。先日の仰天ニュースではそのメカニズムを再現ドラマ仕立てで解りやすく説明している。

飲んだアルコールは

肝臓で分解され、吐き気や頭痛など 不快な症状の原因 アセトアルデヒドが発生する。

それが肝臓内にある酵素で分解され 体に害のない物質になるが、酵素の活性が高い人程 酒の強い人になる。

 

酔いのメカニズム

 

1.ほろ酔い

 

2.酩酊初期(理性を司る前頭葉が麻痺し、 本能や感情むき出しに)

 

3.酩酊期 運動機能低下し、千鳥足になたり、何度も同じことを話す。吐き気 嘔吐。

 

4泥酔期 延髄以外ほとんど脳全体が麻痺し、まともに立てない。言葉がめちゃめちゃになり、記憶を司る海馬が麻痺 し、今起こっていることが記憶できなくなる(それは記憶がなくなるのではなく、記憶が作られなくなるという意味だ)

 

依存のメカニズム

 

酒を飲んで楽しくなるのは

快楽を生み出すドーパミンという物質が分泌されるからであり、飲み続けると 少しのアルコール量では分泌されず

徐々に量を必要とする。脳で、『アルコール=楽しくなる』と記憶され、それが依存へとなっていく。

 

1.酒を飲む機会がなくても  飲みたくなる 習慣飲酒

 

2.迎え酒 二日酔いが治ると言われるのは実は大きな間違いで、アルコールで感覚がマヒするだけ

覚えると 問題飲酒の始まり、二日酔いし、楽になろうとまた酒に頼る

 

3.都合のいい理由をつけて ついつい飲んでしまう。飲んでいけない場所でも我慢できなくなる

コントロール障害 時間や場所をわきまえず飲んでしまう

 

4.自己嫌悪 やめようと思うがやめられず罪悪感

 

5.淋しさやストレスで 再びアルコールに人生が壊れていく。アルコール度数が高くなるものへ変わる

 

6.飲むこと以外何もしたくなくなる。引きこもってしまう。気を失うまで飲み続け。ブラックアウト。

 

 

アルコール量による脳の変化

 

1.理性を司る前頭葉が麻痺し、大見得をきったり 感情表現が豊かになる

 

2.身体の動きを司る小脳が麻痺 うまく歩けなくなったり ろれつが回らなくなる

 

3.記憶を司る海馬が麻痺 記憶できなくなり 気を失う事も これがブラックアウト

 

4.呼吸中枢が麻痺 最悪の場合 死に至る事も

 

5.離脱症状 体に異変 目が覚めると手足が震えだし 大量の汗

離脱症状はアルコールでピタリと止まるので アルコールが切れることを恐れアルコールを持ち歩く

 

6.不眠 幻覚 幻聴 酒以外ほとんどとらなくなるので栄養障害に陥ることも

 

7.脳の前頭葉が萎縮 γ-GDP(幹細胞がアルコールで破壊されたときに発生する酵素)

正常値は30iu/L 以下(男性は80IU/L以下)

 

100iu/Lを超えると脂肪肝や肝炎の病気になる。

 

****************

この依存症のメカニズムは喫煙のニコチン、麻薬などにも適用できるのは、

依存症へと変るスイッチが『アルコール=楽しくなる』であったように、『ニコチン=快くなる』『麻薬=とても楽しくなる』という記憶が固められるといえる。

 

依存症は『それ』無しでは生きられないという妄想・迷信・盲信によって起こる

 

そのため、宗教や政治、軍隊やギャンブルなど、精神的なものにも起こり得るのである。

 

『依存する対象(それ)=楽しくなる・快い』という盲信スイッチによって依存症が起こり、また、権力によって、そのスイッチを催眠術や洗脳で作りだし、人心をロボットにように支配することもできてしまう。

 

それは筋肉を代表にして想定すれば、

 

苦楽とか、痛い快いというのは、脳の信号の強度とも言え、

強すぎると苦しいとか痛いとなり、適度だと楽しいとか快いとなる。

まったくない刺激だと無反応、無関心ともいえよう。

 

『適度な運動刺激=楽しくなる・快い』というスイッチは良い習慣を造り、健康を維持するが、

『過度の運動刺激=楽しくなる』また『無運動刺激=楽しくなる』という盲信スイッチは怪我や病気・依存症を引き起こすことになるともいえよう。

それはまた、

脳の『何に楽しくなる』かというスイッチを健全に調整することで、病気や依存症を健康へと導くことができるということでもある。

 

 

痛み9*と苦しみ どう違う

土曜日, 9月 10th, 2016

足腰の痛みがほとんどなくなってきたので

「痛み」について 考える気力が失せてきた。

喉元過ぎれば熱さを忘れる

痛み消えれば健康忘れる」とも変化できる

英語では

The danger past and God forgotten.(危険が過ぎると神は忘れ去られる)
Vows made in storms are forgotten in calms.(嵐の時になされた誓いは、平穏な日には忘れられる)

まさに、現在の政治みたいなものである

原発事故過ぎれば脱原発は忘れ去られる

終戦時の不戦の誓いは 平和な時には忘れられる

憲法9条の碑もスプレーでいたづらされ、不戦非戦の誓いは平和70年で忘れ去られようとしている

憲法9条の碑もスプレーでいたずらされ、不戦非戦の誓いは平和70年で忘れ去られようとしている

そこで、痛みの時で気付いた健康の大事さを忘れないように

時々『気合祭り』が必要になってくる

勇気一秒 後悔一生!

もっと前向きな表現に替えて

勇気一秒 幸せ一生!

で、この痛みの探求に気合(エイヤ!)を入れ直し、さらに深く散策することにした

痛みと苦しみ どう違うのか?

「心の痛み」という表現があるくらいだから 単純に

痛みとは体の健康の障壁 苦しみは心の幸せの障壁

であると言えそうだ。

体の不幸せは痛み 心の病気は苦しみ

前向きな表現にすると

体の幸せは健康 心の健康は幸せ

 

では、体と心は どう違うのか?

これも単純に

「体は一つ 心はたくさん」

という事実があるくらいだから・・

ちなみに

かっこいい名探偵コナンの名セリフを応用して

「真実はいつも一つ 幻はどこも沢山」

「いつでもどこでも 体は一つ 心はどっさり」

というかっこいい気合掛け合いができる

なぜ体は一つで、心はたくさん在るのだろうか?

心は常に自分以外の他による刺激から生まれるため、刺激を受ける他の数だけ生まれる

そのため、心はまわりの社会や世界を刺激的に映し出された幻・主観であるともいえる。

体の痛みの探求は 心の苦しみの散策でもあり、

前向きな表現で

健康の探求は幸せの散策でもある

 

痛みが無くなったとしても、それはより健康のため、より幸せのために さらに散策することが

もう二度とあのような痛みや苦しみに合わないようにすることだろう。

 

それはダイエットを成功させた人にも当てはまる。

あのライザップCMに出てきたたった二か月でダイエットを成功させた有名人の見事な姿

リバウンドせずにどのくらいもつか? それはその経験者であれば、きっと気付くであろう。

その二か月のダイエット努力を 毎日一生続けなければその見事な健康美は維持できない。

リバウンドさせない努力はダイエットと同じか、それ以上の努力なしにはなしえないことである。

半年で一度20キロ減量し、三年半たった今はリバウンドして15キロ減量状態に必死でキープしている自分の経験からもいえる。

 

さあ、気合入れて 健康散策を続けていこう(^^♪

 

痛み8* 気合いを入れる

木曜日, 9月 8th, 2016

激痛に苛む時

「痛え!」と大声で泣き叫ぶよりも効果的な気合のような叫びがある

「こん畜生!」「なにくそ!」

さらに、呪文のように自分に言い聞かせる

「この痛みは必ず消える時がくる」

「永遠に終わらない痛みなどない」と、

「朝が来ない夜はない。陽は必ずまた昇る」を痛みに置き換えたものである。

 

暑い夏に温泉に入るよりも、水風呂や水シャワーが気持ちよくなってきて、

涼しい秋がくると、水シャワーが浴びるのに気合が必要になってくる。

その時に、どんな気合言葉を発したら 勇気がふるい立つか? 散策した。

神田明神大黒祭 寒中禊 の エイサ!という気合と、

天津神♪国津神♪という歌、船を漕ぎ出すような踊りが実にはまっている。

唄は神様の名前を叫ぶようだが、何を言っているのかよく解らない。

それを現代風な元気が出る掛け声に置き換えた方がより元気が出そうである。

短くて元気が出る言葉といえば『相田みつを』であろう。

 

エイホ! エイホ!と船を漕ぎ

同じ言葉の繰り返しではなく、カルタのように上の句下の句のような掛け合いをする

「一生勉強」?・・「一生青春」!

エイサ! エイサ! と左右足かえて

「張り過ぎてもだめ」?・・「たるんでもだめ」!・・「丁度いいあんばいが」?・・「一番いい」!

エイヤ! エイヤ! エイヤ!

「やらなかった」?・・「やれなかった」?・・(一緒に)「どっちかな?」

少々 笑いを混ぜる

さらに 掛け合いは続く

「夢はでっかく?」・・「根は深く!」

あ~ ソレソレ

「勇気一秒?」・・「後悔一生!」

「一生燃焼!」・・「一生感動!」・・「一生不悟!」

ヨイショ? ヨイヤサ! ヨイショ?

「つまづいたって?」・・「いいじゃないか!」

「ころんだって?」・・「いいじゃないか!」

「人間だもの」・・「人間だもの」

「また起きればいいさ」・・「達磨さん だるまさん」・・「転んではまた起きる」

ワッショイ! ワッショイ!・・エイヤ!と

この気合法は実に日本伝統的だ。

 

ちなみに 海外だったら どんな気合や元気になる歌になるか 探してみた

ウガシャカ! ウガシャカ!

何だ坂! こんな坂! の導入で入る Blue Swedeの「Hooked On A Feeling」

それに シュシュ ポッポ を入れて、力を抜き、おどけたように踊るかもしれない

Mr.big-Zambia

これらの唄、ゴリラ便の「ウッホ!」「ウッホ!にも近い、

ゴリラのような私も自分の店で歌ったことがある。

元気が出るでしょう! 時にはゴリラになった気分で踊り歌うのもいいよ!

最後に

「臨・兵・闘・者・皆・陳・烈・在・前」を唱えながら、刀印(とういん)を結んで九字を切る

邪気・弱気~退散!

こんな気合祭りにしたら、このような名前になるかもしれない・

もっと元気出しな祭

 

 

痛み7* 健康には、良い人間関係が欠かせない

木曜日, 9月 8th, 2016

**良い人間関係が幸せにする**

私の経験上、痛みを軽減する力はモルヒネよりもハッピィホルモンを出す手を当てることがより効果がある。

健康には手当をしてもらえる人間関係が必要であり、その良い人間関係が幸せな人生を築くといえよう。

 

それは

幸せな人生には良い人間関係と健康が欠かせない

また

健康にはよい人間関係(幸せ感)が欠かせない

ということでもある。

 

娘が胃に1センチの穴があく胃潰瘍で一週間入院した。担当医は原因はピロリ菌であり、ストレスではないといったが、親友の内科の医者はそれを明確に否定した。

通常胃は強い胃酸から守るためにネバネバ粘液を出して守っている。しかし、強いストレスがかかるとその粘液が枯れて、直接強い胃酸が胃壁にかかり、すぐに穴があくが、ピロリ菌だけでは穴があくようなことはないと。

このストレスは新入社員で営業マンになった娘が同期の仲間が次々に成果が出すが、娘は一つも成果をだせず、上司にきつく成果を出すように言われて、強くなったものであろうし、それは会社の人間関係が原因で胃に穴が空いたともいえるのである。

 

ストレスを感じる人間関係は病気を引き起こし、

ストレスを感じない人間関係は健康をもたらす。

 

会社や住居の居心地はその周りの人間関係で決まってくる

それは私の長いサラリーマン生活や引っ越しした生活環境からも確実にいえる。

 

私は山の中で一人畑仕事をして楽しんでおり、ほとんど人間関係がない毎日である。

健康に良い人間関係が必要とは意外な発見であり、それがかなり欠けているので、

農閑期には、積極的に旅をして、そこで、良い人間関係が築けたら より健康になるのではないだろうか?

 

旅をするにあたり、

とりあえず、固定Wi-Fiをやめて、どこでもネットできるポケットWi-Fiに切り替えることにした。

若い時は旅が好きだったが、老齢になった今では「世界中どこいっても そう変わらない」というような気持が強く、旅をすることに、ほとんど意欲がわかない。毎日どこに泊まり、何を食べようかと探し回るのは結構疲れるものである。海外で一人当てもなく旅をしたときに、突然襲ったのがホームシックであった。

それは旅は孤独感を増すようなものは病的になり、良い人間関係が深まるようなものは健康的になるともいえる。

来週は徳島に、友人が古民家を買って、そこで初めて健康について講演するというので、行くことにしている。こういう切っ掛けがないと、とても旅する気持ちにはなれないものだ。

 

この切っ掛けは老人の旅をどういう形にすれば楽しめるかということを示している。

若いときは

「君のあの人は今はもういない だのになぜ 何を探して 君は行くのか あてもないのに」

と歌ったが・・

老いたときは こんな替え歌になってくるだろう!

「そこに誰かがそこで生きている どんな夢 希望をもって 生きているのか 知ってみたい」

痛み6*で生きる道が決まる

火曜日, 9月 6th, 2016

歯槽膿漏の薬を買いに行った時、オムロンの2パッド低周波治療器8424円を

まだ右腿外側に痛みが残るのでついでに買った。

前から欲しかったが、痛みがないので買う気になれなかったものだ。

 

痛みは神経からくる。神経とは神の経と書き、経とは「道・法・治」の意味で、神の道であり、

その神の道が滞った状態が痛みともいえる。

神とは自分の脳の中に居て、自分の肉体と心を統治している司令官であり、自分の命と人生を定める最高司令官であるので、真我ともいえる。(偽我は色々な欲望を持つ多我で軍隊長に当たる)

そのため、痛みとは自分の生き方の方向転換指令が本当の自分から出されたものである。

神から、「これからのお前の生き方を変えよ!」という「神様のお告げ」「真我指令」でもある。

しかし、神の指令に逆らい、各欲望の軍隊長が暴走した時、痛み(神指令)はまずまず強まることになる。

神の経は神が治めるの意味もあり、痛みは神の治めが滞った時であり、

「神様の言う通りに生きなさい」

「本当の自分らしく生きなさい」

これが、以前ブログで書いた 「Let it be」の生き方であり、

「ありのままに」「自分らしく」生きる生き方であり、

「be」とはbe動詞で「I am」「You are」「He is」「She is」と活用変化し、

「私は私成りに」「貴方は貴方成りに」「彼は彼成りに」「彼女は彼女成りに」生きようというものだ。

・・・・なりに を 「成りに」に書いたのは

「自分が自分にならないで だれが自分になる 相田みつを」の意を受けて

本当の成功とは「自分らしく生きられる」ことであり、「偽りの自分が本当の自分に成る」ことである。

 

ちなみに

自家製ヨーグルトをたくさん作ってみた。

味良くピロリ菌と戦うLG21を牛乳と豆乳計5Lを造り、冷凍マンゴやベリーにかけて毎日食べている

味良くピロリ菌と戦うLG21を牛乳と豆乳計5Lを造り、冷凍マンゴやベリーにかけて毎日食べている

ヨーグルト菌は数千種類もあるという、私に一番合うLG21菌112gを真我として

まず牛乳1Lに入れ、一晩発酵させ、紙パックを全開し、それぞれLG21菌100ccを牛豆乳4本に入れ、一朝昼発酵させて。合計5Lの自家製LG21ヨーグルト 全体我を造るともいえよう。

 

痛みが真我の司令塔として、身体と心全体を調整し、新たに自分自身を治め、新しい生き方をさせていく姿にも映ってくる。

 

 

 

 

 

健康には散策が一番大事

月曜日, 9月 5th, 2016
9月5日大豆と稲と麦が同時に実った我が家の庭

9月5日大豆と稲と麦が同時に実った我が家の庭

散策が一番大事

足腰を痛めて始めて 「歩くこと」が
仕事と生活する上で最も大事であることを知る。
健康の上で最も大事なのがダイエットである。
ダイエットの中でも、食べることよりも大事なことが運動である。
運動の中で最も大事なのが「歩くこと」であり、足腰を常に鍛えておくことである。
さらに
怪我や病気した時に、
どうして病気になったか? その原因を探り、
その病気を治すにはどうしたらいいのか? 考え、実験と検証して、研究することである。
「歩くこと」と「考えること」が、「健康であること」「健康になること」の基本であり、それを合わせて「散策」と言えよう。