Archive for 8月, 2011

もめ事は大抵どうでもいいことだ

金曜日, 8月 26th, 2011

 コンテナ倉庫の上に家を建てることで、それを支える基礎を鉄骨にこだわっていたが、設計を進める上で、その重量が問題になり、結局、全体の重量を考えたら、木材でも充分だと思えてきた。鉄より木の方が加工しやすく、金額的にも安くできる。その材料も豊富にホームセンターで手に入る。

 ここ1ヶ月あまり、鉄材でなくてはだめだという思いこみで、その材料と加工でどんどん設計がかわっていった。私は全体をみていなかったために、細かい問題に頭を悩まされていた。やっと全体の設計がみえてきたときに、「なあんだ、だったら最初から柱も木材でいいではないか」と、まあ振り出しにもどった感がある。

 どうでもいいことはいつでも悩まされる。

 相田みつをの言葉に「どうでもいいものはどうでもいいんだよ。いちばん大事なことは一番大事ないのちをかけてゆくことだ」というのがあるが、それは枝葉末節なもめ事はどうでもいいのであって、それを支える命を忘れるなという意味だ。

 およそ、世界中で起きている色々な問題の核心は「エゴ」である。それは我欲だけでなく国のエゴも入るのだ。そうしたエゴをとって世界全体を大事にすれば問題は解決する。

 原発問題でもそれを止める止めないというのは電気事情からくる枝葉末節なことだ。原発全体を見ると、今何をすべきかがはっきりする。最終放射性廃棄物処分場を造って、今ある使用済み燃料を全部埋めて安全にすることだ。それ以外の議論はどうでもいいことだ。

 国際問題だって、国際司法裁判が国際問題を解決させる能力があるかどうかである。単に2国や6カ国のもめ事はどうでもいいことなのである。

 国の財源の問題だって、国債、税金、為替などの問題はみな枝葉末節なことでどうでもいいことだ。 お金の発行から流通全体を見ることが大事だ。そうすれば、お金そのものが一体誰のものであり、誰のために発行流通させるかはっきりする。お金の貸し借りや税金や金儲けなど本当にどうでもいいことなのである。

 どんな問題解決でも大事なのは、より大きくより深く全体を観て判断することである。

 そこで、こんなモットーを持てばいいかもしれない。

「もめ事は大抵どうでもいいことだ。解決はより全体を観ればいい」

自分の死も他人の一歩

火曜日, 8月 23rd, 2011

千里の道も一歩から

 という諺の意味を大きく広げることが可能だ。

 最近ずっと、コンテナの上に家を建てる鉄骨基礎をどう造るかを模索していた。あちらこちらのホームセンターやネットで、その材料やそれを接続する部品や加工する工具をみていた。

 もし、まっさらな駐車場だったら、H鋼を鉄工所に依頼して加工してもらい、それをクレーンで組み立てればいい。鉄骨でなくても鉄筋コンクリでも同じことだ。

 でも、私がこだわっているのは、自分で家を造ることだ。しかも、失敗しても、その家の部品を他に持っていって自分で組み立てられるようにすることだ。コンテナ付きの駐車場を造った時点では、将来、コンテナ改造して家を造り、それを倉庫コンテナの上に載せればいいと思っていた。

 しかし、前の道路がせまいことと、電線がかなりあるので、それが難しいことが解ってきた。そこで、プレハブをコンテナの上に組み立てる方針に変えた。そのプレハブを乗せる基礎を鉄骨で造る必要があり、しかも、下の重いコンテナをほとんど動かさずに造る方法を模索していた。

 それを可能にするにはどうしても自分で鉄骨を加工し、その鉄骨を接続する部品も、また、それを取り付ける工具まで手作りする必要がでてきた。プロだったら、きちんと設計して、そうした加工を鉄工所に依頼すればいいのだが、素人の自分には設計すら自信がない、もし設計ミスしたら、大量の鉄のゴミがでてしまう。第一、プロだったら、コンテナを移動させずに基礎を造るのは無理だとして当初から相手にしてくれないだろう。

 でも、もし鉄骨や部品や工具まで自分で造れれば可能になる。それに、下のコンテナと合体させた基礎にすればかなりの強度な基礎ができる。それで、まず溶接技術を習得することから始めればいいだけだと気が付いた。

 千里の鉄骨基礎も、溶接技術の一歩から

 というわけだ。

 話は変わるが、時々同じ夢をみる。それは新聞配達をしている自分が、ある家に配達し、裏にある次の家の配達をするとき、人の敷地を通ればすぐにでもいけそうなので行くが、どうにも垣根や塀があって、途中不審者に間違われて立ち往生している自分の姿である。

 この夢は入り口と出口が違っていたことと、近道をしようとして迷ったことだ。急がば回れとは実にうまい諺である。ほとんとの家は玄関があり、そこが出入り口である。入り口と出口は同じ場所なのだ。

 人生だって、家と同じで生死の出入り口は同じであろう。この世への入り口も出口も同じなのだ。もし、新聞配達する自分が裏口を通って近道をしようとせず、入った玄関から出て、同じ道を引き返し、回り道をして次の家に新聞配達をすれば、迷うことも立ち往生することもなかった。

 これは、「初心忘れるべからず」という諺に生きている。ある大きな目的を達成しようとしたら、初心に何度でも帰ることが重要になる。

 社会における一歩とは自己のこの世の誕生である。社会は個人の集合でしかないのだから。救世主であるキリストの誕生がその後の人類の目的の一歩になったように、どんな人であれ、この世に生まれた人はこの世界を築く第一歩である。

 そして、社会は自他の絆で成り立っている。それは自他の命のバトンタッチで社会は発展していくという意味でもある。

 自分の死は終わりを意味するが、その死をきっかけにして次の生にバトンタッチされるのは他人である。つまり、

 自分の死も他人の一歩

 であるのが、社会における絆であり、その生死の基本になっている。これは別角度からみると

 他人の死も自分の一歩

 といえるものだ。

「千里の道も一歩から」と「他人の死も自分の一歩から」は同じ人生の教訓になりえるものだ。

孤独に悩む人がいるが、どんな命も1人で形成されていない。人は食べなくては生きられないように、食べ物の命をいただいて生かされている。その事実からすれば、どんな命もみな一つにつながっており、それが絆になっている。いわば、

 命は一つ

 であり、その絆を壊すことはできないのが自然の掟である。孤独というのは土台ありえないことであり、それは「自分1人で生きているというオゴリ」である。エゴというオゴリと卑屈という厭世観は同じ出入り口にある。

 孤独という鬱は病気である。しかも自分は1人であるという単なる思いこみから生まれたものである。どんな死も他人にとって無駄なものはないように、どんな人生であっても、無駄な人生などありえないものである。自分の死は常に他人の一歩なのだから。

 それに、震災で亡くなった人の死は残された人の次の一歩になっているではないか。これが真実であり、孤独は真実ではなく、単なる思いこみにすぎないのだ。

 

スピリチュアルというのは社会を造ることなのか

木曜日, 8月 18th, 2011

 人生が生への山登りから、リターンして、死への山下りの年齢になった。個人の生死は一回限りだ。でも、卵からにわとりが生まれ、にわとりが卵を産むように、個人は社会を築き、社会は個人を守る。

 個人の生死はこの世の肉体の世界ではあるが、あの世はスピリチュアルな世界のことであるという発見をした。つまり、この世の個人の肉体の死は社会における生き続ける魂になるということだ。

 このあの世であるスピリチュアルな世界というのは何か?というと、それは社会を築くことなんだと思えた。

 山梨の祭りで花火をしたが、今年は外部の露天の夜店がでなかった。そのため、まことに寂しい祭りになった。市の主催者にすれば、花火という地元のためのイベントを他の業者の金儲けに利用されたくなかったのだろう。

 催事屋とか祭り屋というのが全国を回っている。いわば、寅さんの仕事だ。祭りに寅さんがいないと寂しいのと同じで、外部からの夜店が出てこないのは寂しくなる。それは祭りだけでなく、大手のコンビニやスーパーが地元に進出しないと、寂しい町になるようなものである。

 地元の花火のイベントなんだから、夜店も地元でたくさん出店すれば理想的である。地元の業者が花火大会にあわせたお店を開けば、寂しいどころか、待ち望んだ楽しい祭りになる。小さい村だとそうしているはずだ。

 地元にイベントを盛り上げるには、地元の業者だけでなく、住民もお店をどんどん出せるようにすると、盛り上がる。とくに、私の店のようなフリーマーケットはどんな人のでき、夜店だって、自分たちの演出できるものだ。バーベキューをして楽しむように、夜店を出しながら花火を楽しむのもいいではないか。

 最近、気になるのが、孤独老人問題である。身近で、老老介護をしていた友人が、介護する92歳の母親が亡くなってしまった。兄弟も亡くなっていたので、孤独になってしまい、生きる目的を失ってしまったのだ。

 以前、スピリチュアル的には孤独になるということは死を意味するのだが、それが本当の死ではなく、「自分が1人であるという思いこみ(病)」である。スピリチュアルの世界では公私一体の感覚が基本であるから、個人の孤独というのはありえない設定なのである。

 スピリチュアルというのは社会と翻訳してもいいもので、その社会が独裁政権のように固定化したら、最悪な社会であり、個人は窒息してしまう。社会は個人の集合であるように、実際には固定的には存在しない。個人の集まりの状況によって、その社会の大きさや性質はどんどん新陳代謝しているのが健全な社会である。新しい個人が次々生まれ、古い個人は新しい個人をサポートしていく、いわば親子兄弟の家族のような社会が理想的である。

 固定化した社会ではなく、常に新しい社会を築き上げていくような流動した社会を築く力がスピリチュアルな力だといえるだろう。

 孤独老人はスピリチュアルに生きようとすると、孤独という病を吹き飛ばすことができる。スピリチュアルに生きるというのは、新しい社会を築こうとすることである。社会とは大きな家族のようなもので、たとえ、自分に子供や兄弟がいなくても、他人であればたくさんの子供達が身近にいるはずだ。例えば、老人経営における保育園や老人ホームを造れば新しい社会への貢献ができることになる。

 孤独老人が集まって、新しい老人ホームを造ったら、それはまことに新しい社会を築くスピリチュアルな生き方になるだろう。それは地元で花火大会をするようなものである。同じ気持ちの人同士が集まって、一緒に食べ、一緒に遊び、一緒に築いていくのがスピリチュアル世界なのだろう。

捨てなければ造れない

水曜日, 8月 17th, 2011

 東京の家を造る準備にとりかかった。まず山梨の自宅で、鉄骨などの加工などをして、試作してから、東京に持っていこうと思った。

 そのためには、ビニールハウスを作業場にしなくてはならない。そのためには、物置を整理しなくてはなrない。そのためには、大量のいらないものを捨てなくてはならない。

 今日、物置を整理していて、いらないブラウン管のテレビや大量のビデオ・テープ・CDなどがでてきた。また、数年も使われていないものがたくさんあった。引越のときに、相当捨てたが、「まだ使える」「これはどうにも捨てられない思い出品」などが残っていた。

 東京から丹波山村に引越して、捨てた量は3トントラック4台分くらいあった。家を壊して捨てた量は計算していない。丹波山から山梨市に引越するときには、3トントラック2台分あった。

 親子三代分の思い出と、過去の事業の残骸がほとんどである。今回のゴミはその経過から抽出され、生き残ったものと、改装や新事業をした残骸である。

 友人が3DKから1Kに引っ越すことになって、親子2代分を相当整理しなくてならないが、思い出が強すぎて、整理するのが難しくなっている。

 親の思い出を最小限にしようとしたら、何を残すだろうか? 私は写真だと思っている。写真といってもアルバムにしたらダンボール一箱にもなる。それでは大きすぎるのだ。私は親の写真・資料はすべてハードディスクに保存して、最終的に信号だけにしたいと思っている。そうすれば一㎝四方のSDカードにしまうことが可能であるからだ。

 でも、一㎝四方のデータに変換できたとしても、現物はなかなか捨てきれないものである。位牌をデータにしても、位牌そのものを捨てるのはなかなかできるものではない。さらに遺骨ならなおさらである。

 とはいえ、データはいくらでも小さくして保存可能だが、現物はどんどん捨てなければ新しいものを造ることはできない。永遠な物は存在しない。どんな物も破壊と創造が信号のマイナスプラスの繰り返しによって常に変遷している。物は諸行無常なのである。

 原子炉の即停止か、ゆっくりと40年間かけて停止かという議論があるが、そもそも、原子炉で生産された放射性廃棄物は捨てる場所がどこにもないのだ。もし、人類を末代まで死においやる放射性廃棄物をこのままどんどん作り続けたら、原発事故にあった福島のように地球全体がなることは明らかである。

 だから、原子炉はもともと造ってはならなかったのだ。即停止は当然であり、保管場所ではなく、即最終廃棄処分場を造ることが先決なのである。

 放射性廃棄物を捨てることができなければ原子炉を造ってはならないのである。ゴミも思い出品も捨てなければ新しい品も造れないし、新しい思い出も築くことはできないのである。

 いわば、捨てることは造ることなのである。逆も真なりで、造ることは捨てることなのである。

 但し、捨てることと、造ることの順番が必要である。捨てることを目標にしてはならない。造ることを目標にしなくてはならない。

 新しく家の設計が完成してから、古い家を壊すことが大事で、古い家を壊してから新しい家を設計してはならない。もし新しい設計で、古い家の何を残すかもそこで決まるからである。

 思い出も同じで、過去の思い出を消そうとするのが先ではない。未来の生活が計画できてから、過去の何を残し、何を捨てるかが決めることができるからだ。

 原子力から再生可能なエネルギーへ徐々に転換として、再生可能なエネルギーを確保してから危険な原子炉を廃止するというのは、この「捨てなければ造れない」という理論の心理的すれかえである。それは単に電気供給力の保存だけの理論であって、人の命の安全の理論ではない。

 原子炉は最終廃棄場と運転が、人の命の理論であるが、原子力エネルギーと再生可能エネルギの転換は電気の確保だけの理論であって別なのである。

 禅の修行で、自分の心を空にするのがあるが、これはなかなかできない。心とは欲望や思い出がつまった執着のようなものである。その思い出や欲望を捨てることが空になることだからだ。

 空を体験する難しさは「空」を目的にするからだ。心をまったく空にすることは生きている限り無理である。生きる欲求そのものが心の核心であるからだ。心を空にするのが大事なのではなく、新しい欲求が大事なのだ。新しい欲求を心に入れれば、古い欲求は自然に消えていくので、その過程において、古い欲求は空となり、新しい欲求が実になるということなんだ。いわば、古いものと新しいものが交代する新陳代謝みたいなものが「空の体験」であり、それは無意識で誰でも行われている。

 失恋を癒すのは、新しい恋なんだ。

 

 

 

 

自然農法ってこういうことだな

火曜日, 8月 16th, 2011

 昨年の秋に、福岡著「わら一本の革命」の本の通りに、米麦クローバーによる自然農法を試したが、奇跡的確率で稲が育つということ、つまり99.9%稲は育たないという結果をみた。

 そうした失敗から、一つの自然農法とは何か?というような事実をつかんだ。

 自然農法というと、不耕紀、無肥料、無農薬で栽培するというものだが、実際にそれを実践するのは難しい。最初に土地を耕さないと、野菜も穀物も育ちにくいし、福岡式でも鶏糞という肥料を使わないと米麦は大きく生長しない。なんとか、自分で食べる分だと無農薬でもできるか、それが野菜を売って生計を立てる場合は無農薬は難しい。

 そんな感想を持ちながら、穀物を育てていた。麦刈り後の稲の栽培に失敗したため、急遽、納豆小粒という大豆を稲の代わりに植えた。そこで大きな問題になるのが、ハトである。ハトはまいた大豆をすぐに食べ尽くしてしまう。せっかく芽が出ても、その芽はもやしみたくおいしいので、食べられてしまう。

 今年の夏は猛暑で、土がすぐに乾燥、そして熱くなるので、常に水をあげていないと大豆は生長しない。その水やりが、かなり広いため、けっこう大変で、水道代もかさむ。

 ハトと猛暑の被害を防ぐため、不織布で覆うことで、ハトの被害もなく、またまったく水をあげなくても大豆を育てることができた。

 畑のまわり・・つまり耕していない場所では雑草が大きく生長し、畑の中の穀物も飲み込む勢いであった。

 自然の草花を観察していると、四季で雑草は交代している。冬は枯れ、春の雑草がはえ、夏に枯れ、夏草が生えるという交代をする。

 この草花の交代を人的にするのが農法なのだが、雑草の交代は人が何もしないでも毎年勝手に行っている。人は耕し、肥料を与え、殺菌殺虫をして穀物を育てる。その手間もお金も大変なものである。

 農業というのは、基本的に「食べられない雑草を食べられる雑草に交代させる」ことだという感覚を自然観察からもった。

 そのため、雑草交代のように、雑草を大豆に交代させることを思いついた。

手順はこうだ。

1,雑草を刈る前に大豆の種をばらまく

2,雑草を根っ子ごとひっこぬく(堅い場合は、一度草を刈って、根っ子を残して上を削る)

3.刈り取った雑草をもとの場所にもどす

 これだけで、大豆がはえてくる。つまり、種まき=雑草刈り=耕紀=肥料を与える=水をあげる=ハトの害を防ぐ などを同時に行うことになる。

実際やってみた結果はこうだ。

まいてから10日くらいでこうなった。かなりいいかげんに雑草を刈ったので、場所によって、かなりのばらつきができたが、きちんと雑草を刈り、大豆の温度殺菌をしたら、不織布農法に負けない自然農法になることができると思える。

 刈り取られた雑草は肥料にも、不織布にも、また根っ子を抜いたり、枯らしたりすると、耕紀にもなるので、一石三鳥にもなるのが自然農法だと思えるのである。

 もし、大豆→麦→稲の三毛作をするとしたら、同じ方法で、可能になるように思えるのである。ただ、麦から稲の場合、麦の刈り取りと稲種蒔きの時期がかなり違ってくるので、麦穂がまだ青い時期に刈り取り、稲種を蒔くと可能になるように思えるのだが、来年試してみたいと思う。

 野菜の方はまだ研究不足だが、やはり、雑草交代という自然農法を基本にしたもので挑戦したいものである。

冒険しなければ楽なんだけどなあ

月曜日, 8月 15th, 2011

 最近、屋根から落ちて、かなり弱気になったのかもしれない。どんどん前に進むのが私の性分だったのだが、ふと、残された自分の命を計算すると、あまり冒険しないで、今の研究課題だけに絞って、それ以上のことはしたくなくなる。

 しかし、昔からの課題だった、「自分で家を造りたい」というきっかけが突然やってきた。きっかけとはタイミングでもある。

 これまでの人生を振り返ってみると、「きっかけ」というものが、いわば一期一会のような「出会い」みたいなもので、その機会=タイミングを逃すと、その実現はずっと後になり、下手すると実現しないで一生終わってしまう。それで、人生を後悔するはめになることだってある。

 きっかけとはタイミングだけでなく、パワーにもなりえるものだ。もし、家造りが自分だけの趣味だったら、そんなにパワーもやる気もでない。それが人のためになるものだったら、よけいにやる気がでるものだ。

  そのきっかけというのが、「もし私が家を造ったら、そこに住みたいという友人が現れたことだ。しかも、その友人が家造りを手伝ってくれるので、まさに絶好の機会到来である。友人は母が亡くなり、独りになったため、3dkの月16万円のマンションから1dkの月5~6万円の安アパートに引越しせざるをえなくなったからだ。どうせ引越するなら、同じ家賃を私に払った方がいいというわけである。

 もう一つは娘が来年東京の大学を希望しているので東京に住まいがあった方が楽になるからだ。

 きっかけができたので、いざ、自分で造れるように設計する上で、もっとも困った問題がまったくの建築の素人であり、知識も技術も経験もないことだ。もっぱら、ネットと近くのホームセンターをながめることだけである。

 便利屋時代、ログハウスを造ることを夢見て、ログハウス募金箱を設置しただけで終わった。今思えば、それは土地とログハウスキットを購入すればできたように思うが、そんな金も知識もなかったので夢倒れだった。それから30年の月日がたって、ログハウスだけでなく、仮設住宅もできるという確信をもった。

 それをコンテナ倉庫の上に載せてしまおうというアイデアが、今回のきっかけで生まれた。そのためには、鉄骨をうまく組み立てる必要があり、そして、東北関東地震の規模でもつぶれない強度のものでなくてはならない。

 実はプロにそれに近いものを依頼したことが数年前にあるが、それはみな現在のコンテナ倉庫を撤去する前提で設計されたので、そく没にした。プロは自分の得意の分野でしか設計建築できない、お客の意向をほとんど無視して提案して終わってしまう。プロは金がすべてなのである。

 もし、私の建築の目的が金であったら、プロにまかせただろうが、素人の私はあくまで自分のハンドメイクが目的である。

 いわば、小さな冒険が素人建築家には苦労は多いが、そこに楽しみも多く見いだすものである。巨大な機械や、大人数で建築するのではなく、二人の手作業と簡単な道具だけで建築するのが楽しみである。

 そういう方針で設計考案していくと、「もし失敗したら、大量のゴミの山になってしまう」とびびってしまった。そこで、「もし失敗してそれがゴミになっても、再利用できる設計」にすることで、造る自信を回復させていった。

 鉄骨でも二人で持てない材料はけして使わない。組み立てに失敗しても、ボルト止めにして、分解再組み立てが可能にする。補強は後でいくらでもできるようにする。

 そんなモットーを持つことで、弱気になった自分のけつを押している。冒険しなければ、確かに楽だ。ただ、すぐに老けてしまうだろう。「若いときの苦労は買ってでもした方がいい」というが、これは何も若いときだけではなく、いくら歳をとってもそう思えるのである。

いつでも苦労は買ってでもした方がいい、苦労の裏には歓喜の笑いが隠されているのだから。

死ぬということは独りになるということ

日曜日, 8月 7th, 2011

 事故はいつも仕事が終わってホッとしたときに起きるもんだと、長い経験で知っていた。それは気を抜いた時に、「うっかりミス」をしやすくなるからだ。

 仕事が終わって、100円ショップの前のガードレールの空いたところに駐車して、買い物をすませて、車を発進させたら、死角となる目の前のガードレールにぶつかった。一瞬、なんでぶつかるの?」というような「まさか」があるもんだ。

 こうした仕事が終わったうっかりミスは重大な事故につながるので、「最後の最後まで気を抜くな」というのが、私の人生観だった。

 だが、昨日も、このうっかりミスをしてしまった。

 屋根といを修理するために、崖の上から屋根に折り曲げられるハシゴをのばして、両サイドのフックをはめて、工具とともによじのぼった。ここ数日、屋根の塗装で何十回もそうして安全だった。

 修理というのは、屋根トイのカバーがめくれあがってしまったのをなおすことだった。、雨がふると、屋根に降り注いだ雨は、いったんトイのカバーにぶつかって、トイに流れ落ちる構造だが、雨がカバーからトイに集まらずに、そのまま落下するので、大雨の時にはバタバタとすごい音がしてしまう。

 トイカバーはトタンでできており、六角レンチを使うボタンキャップというネジで止められている。そのネジをはずそうとしたが、六角レンチが空回りして、どのネジもはずせなかった。さび付いていたからだ。そのため、無理やりカバーをめくりあげ、たまったゴミを火ばさみで取り出し、さらに、カバーをとめる骨材と骨材にボルトで穴をあげ、それをネジかハリガネで固定する。その際、屋根の上から、下をのぞきのむような体制でやるので、ハシゴに足をかけないと、それができない。しかも、ハシゴを屋根の上から、ハシゴを回転させて移動しながらしないとできない。

 ここで、すっかり、修理に夢中になっていたので、折れるハシゴをのばして、その上下を忘れてしまっていたのだ。なんとか修理がうまくできて、ホッとして、工具を抱えながら、そのハシゴを伝わって屋根から崖に降りようとした。

 そして、「まさか!」が起きたのだ。

ハシゴが折れて、ハシゴごと、私は崖の下に落下してしまった。その瞬間に思ったのが、

「なんでハシゴが折れるんだ?」

「まさか、ハシゴが折れるなんてあるのか?」

 病院から帰ってきて、事故の原因を探してわかったのが、ハシゴが裏返しになっており、片側のフックが大きくのびあがってとれていた。もう片方のフックははずれていた。もし、フックが両方きいていたら、かなり防げたかもしれない。片側しかつけなかったのか?

 そこで、使っていたもう一つのハシゴをみたら、片側しかフックをかけていないので、これも安全ミスがあったと予想した。

 ハシゴは折れ曲がる部分が大きくへこんでおり、近くにあったコンクリートブロックがまっぷたつになっていたので、それにぶつかった可能性が高い。

 医者も言っていたが、運良く骨が折れていなかった。それは覚悟していたが、両足と片腕の打撲裂傷だけですんだようだ。救急車を呼ぶこと考えたが、汗と泥でよごれた服のまま病院にいくのが嫌だったので、娘にズボンとくつしたを脱がさせ、シャワーを浴びた。傷口を念入りに水洗いし、マキロンで消毒した。医者がいうのは、傷跡を水で洗ったのは正解だったようだ。

 この事故で、自分は死んでもおかしくない状況だった。打ち所が頭などだったら、死は覚悟しなくてはならない。当初ヘルメットと安全ロープを付けて屋根塗装をしていたが、二日目以降はすべてはずしていたのも、安全ミスがあったといわざるをえない。

 死はいつきてもおかしくないのだ。そして、夜がきて、自分の死について夢想していた。そして、朝が来ると、一つの答えが出てきた。

「死ぬということは独りになるということなんだ!」

 実は以前から自然ということは何かを考えていた。そして、死とは再生のことだということを自然循環の姿から観察していた。

 しかし、この事故で、死とは何かをもう一歩つっこんだ結論を導き出した。

speedのbody & soul という歌があるが、体と心の意味でもあるが、英語でいうと、肉体と魂というような人の二面性を表すタイトルである。

 人の肉体が消えても、その魂は残ると言われているが、その魂というのは実際存在するのかどうかは疑わしいのだ。それは哲学上でも、唯物論と唯心論で争われるように、神の存在を証明するごとく難しいものである。

 肉体と魂とそのどちらを優先するかが、古今東西人類にとって、永遠の課題にさえなっている。それは戦国社会おいて、「戦わずして生きるよりも、戦って死ね!」というような教訓にも顕れている。

 昨日の白虎隊のドラマも「自己の尊厳か、自己の命か、どちらが大切か?」の選択で、「武士として自決するか? 武士を捨てて百姓として生きるか?」になってくる。

 ハシゴから落下したときには、回りには誰もいなかった。たった独りでうんうんうなっていたのだ。そのとき、

「死ぬというのはいつでも独りなんだなあ!」と実感していた。たとえ、同じ事故でたくさんの人がいたとしても、死ぬ時期も違い、死なない人もいるので、そこで明らかなのは、死ぬときは常に独りであるということだ。

 逆にいうと、

「生きているときは常に誰かといるときである」

 つまり、生きているのは誰かとの絆があるときで、その絆が切れたときが、死んだということなんだ・そう気づいた。

 人の言葉の意味するところが逆になることが、諺などでもけっこうある。「諦めが肝心」というのと、「諦めたときが終わりだ」で使われる諦めの意味が良い悪いで使われるのである。

 戦争で敵味方という場合、双方で敵味方は逆になるのもそうである。

 古代からの日本人の思想で、「この世とあの世」と、現世の生きた世界と、死後の世界とを分けて表現している。人はこの世で死ぬとあの世で生まれ、あの世で死ぬとこの世で生まれる。つまり、人の生死はこの世とあの世では逆の使い方をしていることになる。

 body & soul もそれがいえて、body肉体の世界はこの世であり、soul(心・魂・精神)の世界はあの世である。

 つまり、body肉体の世界とsoul精神の世界では言葉は逆に使われると考えれば、その意味が何をさすか明瞭になる。生死も逆になると、戦争の敵味方のように、善と悪もほとんど逆になるといえる。 この世で人を殺せば悪だが、それはあの世に生き返させるので善になるともいえる。心の癒しは精神の言葉使いでされることがある。罪人を赦す愛や慈悲の言葉はこうした作られるのだろう。

 body肉体の世界で死ぬということはsoulの世界で生きるということである。自分の肉体は世界中で一つしかなく、一度の人生限りのものである。それは他の肉体と違っているということ、つまり、個の尊厳が最も価値があるということだ。しかし、soul魂・精神の世界では自他共存、社会生活が最も価値があり、国や世界や地球が先で、個人のことは後にすることが尊いことになる。

 soul精神の世界では人との絆つまり愛がもっとも価値が高くなり、逆に、利己主義はもっとも価値が低くなる。しかし、body肉体の世界では逆の価値になる。

 私も還暦を迎え、肉体が生きるよりも、死ぬ方に方向転換しているので、soul精神世界を中心にしたとらえ方をしていく必要がでてきた。そうしないと、現実がやたらと矛盾することが多くなるからだ。

 この事故をきっかけに大きくsoul魂の世界を軸に表現していこうと思った。魂の世界では死ぬという言葉は生きるという言葉になる。そして、body肉体の世界で独りになることは、soul魂の世界ではみんなと一緒になるということ、自他一体になるということだ。

 つまり、soul魂の世界で死ぬということは孤独になるということなのである。魂の世界では肉体の死のような事実はなく、永遠に生き続ける神様や仏様ばかりが生きているというのが真実の姿になっている。

 今後、自分で使う言葉が自己矛盾で混乱を受けないように、また、他人が理解不能になることをさけるために、言葉を使う際、最初に、あの世soulの世界から記述する時は「S」の文字をつけ、語る際は、「見方を変えれば・・・」とし、この世body肉体の世界で記述するときは最初にBの文字をつけ、語るときは「現実には・・・」というようにしたらいいかもしれない。もっとも何もつけない場合は現実を中心に話していることにしよう。