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もめ事は大抵どうでもいいことだ

金曜日, 8月 26th, 2011

 コンテナ倉庫の上に家を建てることで、それを支える基礎を鉄骨にこだわっていたが、設計を進める上で、その重量が問題になり、結局、全体の重量を考えたら、木材でも充分だと思えてきた。鉄より木の方が加工しやすく、金額的にも安くできる。その材料も豊富にホームセンターで手に入る。

 ここ1ヶ月あまり、鉄材でなくてはだめだという思いこみで、その材料と加工でどんどん設計がかわっていった。私は全体をみていなかったために、細かい問題に頭を悩まされていた。やっと全体の設計がみえてきたときに、「なあんだ、だったら最初から柱も木材でいいではないか」と、まあ振り出しにもどった感がある。

 どうでもいいことはいつでも悩まされる。

 相田みつをの言葉に「どうでもいいものはどうでもいいんだよ。いちばん大事なことは一番大事ないのちをかけてゆくことだ」というのがあるが、それは枝葉末節なもめ事はどうでもいいのであって、それを支える命を忘れるなという意味だ。

 およそ、世界中で起きている色々な問題の核心は「エゴ」である。それは我欲だけでなく国のエゴも入るのだ。そうしたエゴをとって世界全体を大事にすれば問題は解決する。

 原発問題でもそれを止める止めないというのは電気事情からくる枝葉末節なことだ。原発全体を見ると、今何をすべきかがはっきりする。最終放射性廃棄物処分場を造って、今ある使用済み燃料を全部埋めて安全にすることだ。それ以外の議論はどうでもいいことだ。

 国際問題だって、国際司法裁判が国際問題を解決させる能力があるかどうかである。単に2国や6カ国のもめ事はどうでもいいことなのである。

 国の財源の問題だって、国債、税金、為替などの問題はみな枝葉末節なことでどうでもいいことだ。 お金の発行から流通全体を見ることが大事だ。そうすれば、お金そのものが一体誰のものであり、誰のために発行流通させるかはっきりする。お金の貸し借りや税金や金儲けなど本当にどうでもいいことなのである。

 どんな問題解決でも大事なのは、より大きくより深く全体を観て判断することである。

 そこで、こんなモットーを持てばいいかもしれない。

「もめ事は大抵どうでもいいことだ。解決はより全体を観ればいい」