Archive for the ‘社会問題’ Category

ボランティアで学ぶ現代社会/プレゼン

土曜日, 6月 16th, 2018

この68年間の生涯はまさにボランティアから学び、生き抜いてきた現代社会だった。

中学3年の国語の教科書に、ロマンローランのベートーベンのような長編小説「ジャンクリストフ」の一小節に、叔父とゴッドフリートと幼き歌作りを目指すジャンクリストフとのライン川の河原での会話に、私の一生が決まった。

「なんのために勉強するのか?」

「なんのために生きるのか?」

その疑問を老年になった今も問い続けている。

小学1年生の時から、三歳上の兄の暴力と暴言のイジメに苦しめられ、高校2年生までの10年間の家族(社会の最小単位)との葛藤、そこから抜け出す道を柔道の

「柔よく剛を制す」

という精神で、極真空手の兄と柔道の私の喧嘩は高二になったとき、兄の空手をかわし、投げて、抑え込んだ時、家族のボスは弟の私になった。

現代社会、家族の問題解決をするには、自然をよく観察することで、その糸口を見出すことができる。

庭先のいるダンゴ虫は目の前に障害物があったときに、左と右 交互に回りこんで 乗り越える。

どんな迷路であっても、左と右と 回り込んで、それがうまくいかなくなったとき、ダンゴ虫は悩み、自閉症やパニック障害に陥るが、それでも、けしてその迷路から抜け出る挑戦をあきらめないでいると、どんなダンゴ虫でも、いつかはその迷路から抜け出ることができる。

人間でいえば、正 反 合 を繰り返しながら問答していく弁証法のような知恵力である。

 

弱肉強食というが、それが本当なら、この自然界には強い生物だけが生き残っていることになるが、この地球の歴史を見る限り、地球の強くて大きい恐竜は絶滅しているので、それは違う一面だけのことだといえる。

むしろ、自然は強いものと弱いもののバランスで共存しあっているといえるだろう。

柔よく剛を制すことも、剛よく柔を制すことも、どちらもあり、常にどちらが勝つということはなく、バランスよく、剛柔をくりかえしながら、平和共存しているのだろう。

中三の時の疑問、「何のために勉強するのか?」「何のために生きるのか?」は、私の高校生活を否定し、その答えを追及した結果、その答えを「神仏になるために」という宗教的なものと信じ込んでしまったため、私は精神病院生活を高二高三と送ることになった。

精神病は妄想・幻聴・幻覚の三つが伴い、さらに、その薬の副作用の眠気としびれに苦しまられ、それらの原因である「なんのために生きるのか?」という疑問、また、「神仏を求めること」また、精神病の薬を封印し、逆に普通の社会生活ができる考え方とアルバイトをすることで、病気を克服しようとした。

その闘いは、放浪生活(旅とアルバイト)として、最後に万博で働くことで一区切りを持った。

家出して放浪してアルバイトしていた万博に、両親が心配して会いにきたこともあり、帰宅した。

その後すぐに免許とるため、近くの自動車教習所に整備工として勤めたが、何気なく大学受験してみたら、受かってしまい、「今しかできないこと」で判断し、仕事をやめ大学に入った。

大学はちょうど学園闘争の時代であったが、私は西洋哲学の勉強をしようとした。

だが、一年は基礎勉強で高校の延長、二年は哲学を学ぶための語学が中心の授業にあきあきした。

ちょうど3年になって、授業料が二年分延滞したこともあり、支払った分だけの一年中退にした。

しかし、

私は大学の卒論として、「労働と職業論」の完成と、海外の旅の資金38万円を国会図書館で、アルバイトすることで得た。

封印した「何のために生きるのか?」という疑問は、「働くって何だ?」となり、WHY から WHAT またより具体的な問いかけになっていった。

中退せずに大学卒業にあわせた二年後、ロンドンに旅立った。そして、パリで 映画でみたソレックスという38ccのエンジンがついた自転車を8万円で購入し、そして、ドイツのライン川を下りながら、オランダのワークキャンプに着いた。

14か国、26人の男女が集まり、仕事はオランダのサイクリングロード工事で、20代前後の若者がともに働き、ともに遊び、ともに食べ、ともに住み、ともに生活した。日本人は私一人であったが、英語もできない東欧の人も一緒だったが、その二週間は老年のなるまでで一番楽しかったのである。

それはきっと文化も言葉もちがう人たちが理解しあうことのすばらしさだったのではないだろうかと思う。

そして、ソレックスで、フランスの中央のリンゴ園で2週間のアルバイトをした。

そこも、各国からあつまる青年たちだったが、目的がお金目的であるため、美味しいフランス昼食も労働者談義で、中止になるなど、楽しい気分も、また友達もできなかった。

ボランティアとお金目的で集まるその違いに、「楽しみ」と「つまらなさ」を実感した。

帰国後、「労働と職業論」を実践すべく、自分の好きなジャーナリストになりたくて、10人規模の科学新聞社に就社した。希望の記者の仕事をさせてもらったが、その記者のつまらなさを感じ、むしろ、雑務を改革する与えられた総務の仕事の方が魅力を感じた。

好きな道が自分に適しているとは限らない

やってみて、初めて、その職業が自分に合っているかわかり、また、好きになれるかがわかる

それを体験した。

会社改革に限界を感じ、退社して、両親の店を継ごうとしたが、そこに将来性も生活費もでないことを知り、自分で事業を起こすことにした。

「俺たちの旅」というテレビドラマがああり、学生たちが、「なんでもやります」と自転車にのぼりの旗をあげて、近所を回るという発想をそのまま実行した。

当時便利屋という職業はなく、手探りで、「なんでもや」として、一年ほど活動していたが、ほとんど仕事がこなく、テレビばかりみていた時に、「アメリカの珍商売・・ゴリラメッセンジャー」というのが出てきた。それはおもしろいとして、それを東京新聞の三行広告(3000円)に出したら、仕事はこないで、アサヒグラフという雑誌の記者が取材にやってきた。

一面に大きく記事がのったが、仕事はこないが、他のマスコミが次々取材にきた。

そういうこともあり、便利屋とゴリラメッセンジャーの仕事は入りだし、またアルバイトする学生も集まってきた。

私が働く目的は 一緒に働く人たちが自由に楽しく生きることだった。

便利屋はお客から時給3000円とり、そのアルバイトに時給2000円出すという方式である。

ゴリラの恰好をして結婚式や誕生会にプレゼントとメッセージカードを届ける仕事は8000円をお客からもらい、4000円アルバイトに渡すというシステムにした。

だから、アルバイト料が払えなくて困ることはなく、自宅を事務所にしていたせいか、経費もわずかなので、お金に困ることはなかった。事務所は若者の大学の部室みたいで、そこに寝泊まりや、宴会や議論のたまりばだったのである。

仕事はみな一回性であり、やる人もみな違うという、そういうおもしろさもあった。

私はみなが自由に働く環境を作るために、「フリー社長制度」を作った。その中で、唯一学生時代にアルバイトにきて、卒業後もゴリラ便で働いてくれたOさんがほとんど社長をやってくれ、私は自由に別なことができるようになった。

仕事は自由になったが、恋愛は下手で、つねに片思いで終わってしまい、どうせ「結婚できない」人生ならば、「一生涯結婚はしない」と決心した人生のがいいと思い、40歳で「結婚できない感傷旅行」として、西サモアを旅した。

バスがなくなり泊めてもらった家の18歳の娘さんを冗談で母親に「嫁に欲しい」といったら、「いいよ」とあっさりOkになり、それが現実になった。サモアでは親が娘の結婚を決めることを知らなかったせいである。

日本に連れてきて、二人の現在27歳と25歳の娘も得ることができたが、6年後、国際結婚のその文化と経済環境で、離婚することになり、私一人で育てた。

高校卒業時に封印していた「神仏とは何か?」という疑問を、うちの働き手が持っていた「理性のゆらぎ」という本をつい読んでしまい、22年後にその封印を解いてしまった。

その本はインドの聖人サイババのことが書いてあり、そのサイババの言葉の

「神より家族を大事にしなさい!」

ということで、これは本物に違いないとして、再び「神仏とは何か?」を探求し、すぐにインドのサイババのところにとんだ。

10年も、サイババにすっかり信奉していて、それをメインに活動していたが、「裸のサイババ」という暴露本が出版され、サイババの児童の性的虐待とトリックの神技を知って、調査実験して、それが真実であるとして、サイババの「宗教は一つ、それは愛の宗教」という考え方さえも否定した。

そして、日本の滋賀県に「ありがとうおじさん」が「ありがとうございます」という感謝の心が神だという宗教に鞍替えした。しかし、その教祖ありがとうおじさんもまた、数年後スキャンダル(信徒と性的交わりと、ボランティア信徒が指を怪我したとき、赤チンをつけて「ありがとうございます」を唱えていれば治るというのを実践したが、化膿し、指を落とさざるをえなかった事件があり、彼の「感謝の神」を捨てた。

そして、神仏そのものを捨て去り、自然に生きる道を新たに歩みだした。

長年の宗教生活においてはみなボランティアであり、そこからの収益はないが、生活費は親の遺産相続が、4人兄弟で、次男の私だけにすべて与えられたため、その遺産のアパート収入で、子育てしながら生活できた。

便利屋ゴリラ便からの収益は一度も入ったことはなかったからである。

ひとり親の子育てと私の田舎暮らし希望で、山梨の丹波山村に山村留学をした。

東京の家は壊し、そこを倉庫付き駐車場にし、アパートは自分でリホームして、つくりかえ、モダンなアパートにして、収益をあげた。

「お金はお金で生み出す」

「労働ではお金を生み出すことは難しい」

それが私の一番自然な人間的行為になっていった。

両親が一生涯営んでいた生地屋も、また商店街がシャッター通りになる時代である。

その収益は家賃の10万円を出すだけのための、生活費はまったくでない店になっていた。

ゴリラ便の若手のスタッフに、その店をリサイクルショップとして経営させても、やはり、自分の生活費がでず、ただ店の借り料を払うためのボランティア以下の道楽として自分の貯金をくずして生活せざるをえないので、閉店させた。

そこで、

ネットで経営すること、また、店でモノを売らずに、そこの売り場を貸し出す「フリーマーケット」の店にすることにした。月で借りて、日で貸すという日貸し店舗にした「フリマ笹塚」という店にし、元ゴリラ便スタッフをその店のスタッフにして、しかも、売り上げに準じて、払うゴリラ便方式に切り替えた。一日1万円の貸し料が入れば、3000円の管理料を払う方式である。

もちろん、社長の私はまったく店からの収益はなく、ボランティアとして経営している。

山梨に300坪で900万円の畑付き家を買い、そこで、古代小麦と陸稲と蕎麦と野沢菜を中心に自然農法を研究する道楽を楽しみ、生活費はアパートと倉庫付き駐車場と、国民年金とその基金で、ひとりぐらしには十分な生活をしている。

多くの迷いは、自分とその周りの社会の間で、自由に生きるにはどうしたらいいかという挑戦から生まれる。

こうした迷路のような社会に対して、自由に働き、楽しみ、生きていくには、自然をよく観察することである。

このメダカの迷路もまた、個人(自分)と社会(家族・学校・会社・団体・国・国際・地球)とかかわりあいの中から、自由な世界へと飛び出すにはどうしたいいかを教えてくれる。

集団の中で、勇気を出して、その集団から飛び出る。飛び出ても、「一人じゃいきられない」と不安になるかもしれない、だが、どんな社会も完璧な社会なんかではなく、常に新しい改革が要求されている。そうした中で、集団の中で一人また一人と冒険していくと、いつのまにか、その社会全体の構成員がその後に続いて、自由な世界へと飛び立つことができることを このメダカの迷路は教えてくれる。

 

持続可能な農業6/プレゼン麦稲蕎麦

土曜日, 6月 16th, 2018

持続可能な農業を探求したら、「自然と健康」生活になった。

農業も漁業も、他の生物と人間が共存する自然状態にもっていけば持続可能になる

ダイエットとは健康のこと。

必要最小限の食べ物で満足すれば、食べ過ぎて病気にならず、長生きできる。

食べることは生産すること。生産することは他の植物動物と共存すること。

1万年前から小麦があり、6500年前に普通の小麦として古代小麦も生まれた。

人類はここ200年で品種改良、遺伝子組み換え、ゲノム編集して、より美味しいもの、より生産が楽なもの、より収穫量があがるものとして、人間主体で他の生物を改造していった。

その結果、それは乱獲、大量生産消費で、地球環境を破壊し、他の生物と共存繁栄できなくなってきた。

古代小麦の種は殻9対実1に対して現代小麦の種は殻1対実9になっており、生産の手間と収穫量の少なさで20世紀初め激減したが、21世紀に入って、小麦アレルギーの少なさから注目され西欧を中心に特に乳幼児用食物として、再生産されるようになってきた。

日本ではその生産の手間から10倍近い値段がするが、その味のよさから、一部のパン工房で販売されている。

7年前、一袋の野沢菜の種をホームセンターで買い、それを苗を作って、石ころと土が半々の傾斜地に植えて、それが花を咲かせ、種をつけたら、それをばら撒くということを繰り返したが、7年たち、その雑草地が小松菜畑になった。

この経験を生かして、作物の雑草化作戦を今年からやることにした。

4月初めに、古代麦の麦間や耕した畑に、陸稲種を線播きし、そこに蕎麦種をばら撒いた。

6月になると、

古代麦は白い花を咲かせ、実を結びだしたが、麦間には蕎麦も陸稲も、また雑草も、ほとんど芽がでてこない。

耕した畑には蕎麦の白い花が5月に咲き誇り、ミツバチがたくさん花の蜜をすいにやってきて、6月になると、花が枯れ黒い実をつけだした。

その蕎麦の草下から、陸稲の芽が5センチほど出てきた。陸稲以上に雑草の芽も10センチほど大きくなってきている。雑草の数より陸稲の数の方が多い。しかし、雑草の草の方が背が高いので、それを根こそぎとって、陸稲が殺されないように注意している段階である。

古代小麦と蕎麦の実は自分がその週に食べる分を手で実だけ収穫することにした。その他はそのまま収穫せずに、自然に実が落ち、そこからまた芽がでて、来年も自然に育つように目論んでいる。

陸稲と古代麦と蕎麦の三者がいかに雑草的に共存し、連携が自然にできるかを、それを阻止する雑草を抜きながら、7年かけて、実験していくつもりである。

 

持続可能な農業5/土地争いから共存へ

日曜日, 6月 10th, 2018

池上彰がエルサレムの町の売り子に聞いた

「宗教が悪いのではない、政治が悪いんだ」

すかさず、池上は「土地争いを宗教で解決できるのではないか?」と指摘する。

そもそも、

戦争と平和の違いは何だろうか?

それはイスラエルの20歳の女性兵士が安息日に帰宅する姿に観られる。

日本とイスラエルの20歳の女性の違いをみると解る。

徴兵制があるか? 自動小銃を持って歩くか?

共通は

ジュースとスマホを持って歩く。

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野生動物の間でも、

その縄張り争いは命がけの戦いがあるし、

畑の植物の間でも

その縄張り争いはやはり命がけである。

持続可能な農業は植物同士がいかに殺し合いせず、平和的に共存していくかにかかっている。

特に、雑草と作物の間において、いかに戦わず、共存関係に持っているかである。

 

雑草だけでなく作物同士であっても、

共存できる相性ある植物関係を見出すことが、

除草剤で雑草を強制的に殺したり、雑草や作物と区分したりせず、

それぞれの植物の特性と相性を活かした組み合わせをして共存を探っていくことが

持続可能な農業の基本的な考え方になると思える。

 

持続可能な農業4/健康の科学的根拠evidence

金曜日, 6月 8th, 2018

最近リバウンドしたためリダイエットして

二か月間ほとんど買い物にいかず、冷蔵庫も、乾物も、ほぼ食べ切った。

しかし、問題が起きたのは

残り物を食べて、二度も極度のアレルギーで体中に湿疹ができ、その痒さに苦しめられている。

アレルギーの原因が、どうも健康商品として加工されたものを食したためのような気がして、それらはみな捨て去ったし、燃やしてしまった。

また、賞味期限切れの何年も古いものも、原因とみられ、みな廃棄処分にした。

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アレルギーと闘って、感じたことは

あまり化学物質を使わないこと

あまり加工しないこと

あまり古いものは食べないこと

あまり調味料を使わないこと

つまり

自然でシンプルなものを少量好むような体質にもっていくのがアレルギーに悩まされないコツのようだ。

数年前、原因がわからぬ蕁麻疹で数か月医者に通ったが、その薬が大部余っていたので、それを飲んでもほとんど効果がなかった。

当時も、その薬がほとんど効果がなかったが、「飲めば痒さがおさまる」と、信じて飲んでいたのだが・・

そこで、

薬や医者に頼らずに、自分でこのアレルギーの闘おうとした。

とにかく、痒さを抑える方法さえみいだしたかった。

1、つめで掻くのは自分の皮膚を血だらけにし、ばい菌がはいり化膿してしまい、一週間で消えるものも、一生消えない傷口が死にいたってしまう。

2、服かタオルの上から掻くか、背中は孫の手で服の上から掻く。とにかく、痛みがでないように、血がでないように掻けばよい

3、服は脱ぎ、裸になって、やさしく手当するように、自分の痒いところをさすると意外とそれが一番すぐに効果がでる。

4.湿疹はいわば怪我して血が噴き出るようなもので、またやけどして、水がたまり、それがかたまり膿が出てくるようなものでもある。

そうした場所が数か所だったら、殺菌消毒する薬を塗ったら効果あるかもしれないが、全身なので、水シャワーが一番効果的のように思える。痒さとともに、それが熱を帯びてくるのを下げると同時に、ばい菌を洗い流して、皮膚を清潔に保つ働きがある感じがする。

5、薬はなるべく使わず、体のリセットして、自然治癒にもっていくには、人間に必要な生命の要素、水、空気、太陽の三種が、もっとも効果的な自然の薬のように思える。

 

持続可能な農業とは持続可能な食物であり、持続可能な健康生活へと続くことであろう。

農業が美味しさ、経済優先、見た目優先して、そのための行き過ぎた加工、添加、徒労、機械化などで、それらの目的が病気を多く創り出してしまう副作用がでたら、本来の健康な身体を楽しむことを忘れてしまう。

農業が売れる食品づくりではなく、健康に生きられる食品づくりへと向かうことが、持続可能な農業であろうと思える。

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ネットで

ガン患者の8割が、抗がん剤などの副作用死と判明

を読んだが、その出どころを調べてみたら・・

評論家の船津俊介の著書からきていた。

彼の新医学研究会ホームページにも、

「病気治療に関しての問合せには、薬事法に触れるためお答え出来ません」

とあり、再現性と普遍性を求める科学的根拠Evidenceはない。

 

あの「小麦は食べるな」のウイルアムス デイビスも、科学的根拠evidenceはない。

それらは

とんでもないことをいって、注目を集め、その本が売れればよしとするような金儲け主義のように思える。

だが、

癌治療の保険適用される

「抗がん剤」「放射線」「手術」に、科学的根拠evidenceがあるといえるかどうかは怪しい。

それで治る再現性、普遍性があるかと問えば、あきらかにおかしい数字と現実がでてくる。

 

現世は安穏になり、大難が小難、小難が無難に転じ・・

という祈祷があるが・・

これを健康に言い換えると

 

この世の幸せは 大病が小病、小病が健康に転じていくこと

 

平和に置き換えると

平和は大事故が小事故、小事故が平和安穏に転じていくこと

 

今回の私の小病アレルギーを健康に転じられらば・・

その経験を学んで、大病ガンも小病アレルギーに転じられるような

科学的根拠evidenceが見いだせるかもしれない

 

持続可能な農業3ロイテリー菌

木曜日, 6月 7th, 2018

ロイテリー菌の特集をやっていた。

私はこのロイテリー菌を牛乳3本くらい作って食べていたが、

特に美味しいだけだったが、まさか、こんなに好影響があるとは知らなかった。

腸内フローラが口内フローラと連携していているとはびっくりだ。

以前から、

腸内フローラは畑フローラとそっくりだなと思っていた。

ロイテリー菌が

悪玉菌を抑え、善玉菌を増やすという調整役をするという。

これは

私の雑草との共存自然農法と似ている。

悪玉菌は雑草で、善玉菌は作物であり、ロイテリー菌は農夫に当たる。

このロイテリー菌は

化学物質や抗生物質に慣れている人には少なく、自然環境の中で育った人には多い。

それは

アンデスの自然の中で育った母親の母乳に多く含まれていたということからも推測されている。

最近、

ダイエットで、できるだけ小食を実験していて、ここ二か月ばかり食料を買わずに、家のあるものだけで過ごしてきた。

すると、残った食品だけで過ごすと、最後に残ったものには化学調味長とかサプリメントとか、普段食べないものを食してしまうことが多い。

すると、すぐにアレルギー反応ができて、それも注意しながら二回も起こり、治りかけたと思ったら、また元のアレルギー反応が起きた。その物質は違うものだが、残り物の加工品に入っている調味料をつかったせいである。

小食なので、少しの化学物質がいれこんでしまうと、すぐに反応がおきる。

賞味期限が古いものも食べてしまったことも、アレルギーがひどくおきて、私の体はブツブツだらけで、毎日痒さとの格闘である。

アレルギーは免疫細胞の暴走が原因であるといわれるが、

それは過度の潔癖すぎで、過剰なきれいすぎのような、過剰な防衛反応のような気がする。

免疫力も柔道のように、

優しく悪玉を受け止めて、てなずけて、ロイテリー菌のように善玉菌を誘導していくのがいいのだろう。

これからの畑フローラを腸内、口内フローラとのトリプル連携で、整えていきたいと思う。

 

持続可能な農業2/稲と雑草に共存に挑戦

水曜日, 6月 6th, 2018

山梨も梅雨入りした感じがする。

例年なら、小麦のニシノアカリの収穫と陸稲の種まきで忙しい年で一番忙しい一月なのだが、

今年から、持続可能な農業つまり私のとっては作物雑草化自然農法で挑戦する。

昨年の11月に撒いた古代麦は6月初めの今満開だ。

その麦間に、蕎麦と陸島の種を4月初めに撒いたが両方ともほとんど芽が出ていない。

それは麦が枯れ始めて、雑草・陸稲・蕎麦の芽が一斉に競い合いながら芽を出してくると予想している。

梅雨入りか?雨の中の古代麦・蕎麦・野沢菜2018.6.6

古代麦のない畑には4月初め陸稲を線撒き、蕎麦をばら撒きしたが、

蕎麦は1mも背が伸び満開の花が咲いている。陸稲の芽がその蕎麦の草のしたから、3センチほど芽が出ている。

夏の雑草もまた芽が出ている。

それは蕎麦がもうすぐ枯れることを知っているいるかのように雑草も陸稲も芽を出してくるようだ。

古代麦間は暗く、蕎麦間は明るいので、その日照の差によって、雑草と陸稲の蕎麦の芽が出る時期が違ってくるようだ。

麦間に4が初陸稲蕎麦撒いたが2018.6.6

4月初陸稲線撒き蕎麦ばら撒き2018.6.6状況

一方、

野沢菜は実がなり、すっかり枯れて種もスズメなどが食べたり、下にこぼれ落ちた。

種がたくさん取れたので、それを別な雑草地にまいた。

それは、

その雑草地への野沢菜の種を毎年撒き続け、先に雑草も根から取り続けると。7年くらいして、雑草地が野沢菜ばかりになるからだ。

野沢菜は枯れ、長ネギは種をつけ、雑草が芽を出す2018.6.6

長ネギは花が咲き種をつけるころは、葉は固くなり、食べられなくなる。

ここの雑草地は

石と土が半々で、傾斜地である。畑か毎年石ころをとっては、そこに捨てていた場所だった。

そこは抜いた雑草の放置場でもあり、また、実験的にいろいろな種を撒いたところである。

7年で生き残ったのは野沢菜と長ネギだけだった。

でも、まだ試してないのがあり、そこに大豆・小豆・陸稲を夏の雑草と競争させるために5月下旬に撒いたが、それらは芽がでていない。雑草だけが芽をだしてきた。

 

梅雨に入り、

古代麦間に、4月初めに撒いた陸稲の芽がでるのが心配なので、

予備の陸稲の種を花咲く古代麦の上から、ばら撒いた。

古代麦が枯れる7月には梅雨明けしてしまい、雨水がなく、日射も強いので、その時期撒いても、育たない。

育っても、昨年のように空実で、種籾ができなかった。

空実ができるのは、肥料をあげなかったのではなく、水分と日射と種まき時期また苗の植え替えのためだったと思える。

夏の雑草の競争は激しく、

より早く、より高く、より広くその畑を制した雑草・作物が優先して生き残り、それにまけたものは芽がでても、消えていく。

そのため、人間は弱い陸稲の芽を守るために、毎日雑草を抜かなければならない。

または、マルチシートで畑を覆い、穴を開けたところに陸翔の苗を梅雨入りしたときに植えるか、種をそこに撒くかである。

マルチシートを使う場合は麦を収穫し、そいて耕うんしてからでないと、それができない。

古代麦の枯れるのは梅雨明けくらいなので、時期的に無理であり、梅雨明けに苗を植えても、それは枯れるか、育っても実がつかない。

古代麦と陸稲の二毛作はそうした伝統農法では難しく、それをいかに雑草との生存競争に勝つかというより、いかに雑草と共存するかという視点で、チャレンジする必要がありそうだ。

 

雑草の生存競争が強いのは、その種と根の多さである。

そこで、

古代麦が枯れて雑草の出る前に、古代麦が枯れた根の回りに、陸稲をばら撒くことで、

雑草が芽生えるより早く、より多く、作物の陸稲を根映えさせる実験をしてみた。

 

イネが雑草との生存競争にも負けず、共存への道を歩めるかが

持続可能な農業への第一歩だと思う。

 

 

 

持続可能な農業のプレゼン

月曜日, 6月 4th, 2018

6月22日の健康と自然の会で

「持続可能な農業」のプレゼンを頼ました。

9月15日~23日のボルネオのスタディツアーに

なんと徳大の新一年生6人が参加予定というのでびっくりだ。

あの難しい国際学会をメインにせず、学生を中心にしたプレゼンや討論を入れたためだろう。

いわば、モンゴルのように その日程計画を見る限り、

お互いの学生を中心に5分間の英語のプレゼンをしようというものだと想像する。

どうやら

そのための前哨戦みたいなもので、

「持続可能な農業」に関しての意見としてのプレゼンを5分間して、

参加する1学生たちが英語でプレゼンできるように、その見本を示したい感じにみえた。

その想像が正しいかどうかはどうでもよく・・

私が心から望んでいた形式なので、その準備をすることにした。

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池上彰さんは実にいいポイントをついてくる。

 

チェルノブイリ事故の32年後の今、その放射能汚染地区の立ち入り禁止に、

野生動物の数が増え、そこが彼らの楽園になっているという報告をしている。

その最有力原因説は

「人間による狩猟がなくなり野生動物が増えた」

というものだ。

 

人類が核戦争や原発事故で絶滅すれば、その他の野生動物の楽園になり、

人類が何もしなければ自然環境は蘇ってくる意味もあるということだ。

この一事実から

「持続可能な農業」とは「人間が何もしない自然な農業」ではないかと学ぶことができる。

また、

人間が野生動物と共存して生きていけば、

たとえそこが放射能汚染地球であっても、人類も野生動物とともに生きられる楽園になるということだ。

私が40年前に科学新聞社に勤めたころ、

そこで発行した科学新聞記事に「プラスチックを食べる微生物が発見される」という記事が掲載されていた。

だが、未だにプラスチックの海洋汚染ゴミの処理が問題なっている。

また、

福島原発事故から2年たって、

「微生物が放射能汚染を除去する」という事実(データ)が発見されても、

その研究はいっこうに進められていないばかりか、さらに原発稼働と輸出して放射能汚染を広げている。

人類が欲張って贅沢な生活を研究努力すればするほど、温暖化のように、自然破壊をし、自滅化している。

 

人類同士が信じる神を讃えて自爆テロをするような野生動物がいるだろうか?

 

このことから

「持続可能な農業」とは「雑草に学び、

雑草を敵視せず共存する自然農業」を提案したいと思う。

それは端的に言えば

「作物の雑草化作戦」だ!

 

金儲けから人助けに代わる時代の幕開け

土曜日, 5月 26th, 2018

数十年ぶりの友人がやってきた

一昨日、数十年ぶりに同年齢の今年68歳になる友人のIさんが山梨に車でやってきた。

ヤフーオークションのやり方を教えてほしいとの電話だったが、実際にきたのは別な理由であり、2時間くらい話し込んで帰っていった。

それはどうやら会った40年前と同じように、私への期待を猛烈に話し始めた。

先ずは

私がゴリラ便・・それは便利屋とゴリラの恰好をしてプレゼントを届ける会社・・を讃えることではなく、

ゴリラ便という誰でもが気軽に集まれ、泊まれ、時には徹夜で話し込んだり、一緒に飯を作り食べたりすることを無料でやってきて、そういうお寺がやるべきことを 私がずっとやってきたことを讃えることから始まった。

彼はそういう精神的な癒しの居場所を提供していたことのすばらしさを私自身は気付いていないが、そうした居場所は世界のどこにもなく、貴重な場だったということから始まった。

そして、

Iさんは 自身を IT難民と呼び、そういうIT難民は 団塊の世代から上の老人たちが多いと、彼の周りの具体的環境を説明した。

そして、私みたいに、IT( information technology・・インターネットなどの通信とコンピュータとを駆使する情報技術)が使いこなせば、老人はもっと楽になる。

それをSNSなどのネットで配信するのではなく、昔のような小冊子を配布することで、老人たちの生活を楽にしてほしいというのだ。

私はそれは難しいと答えた。

どんな役立つ情報も、聞く耳を持たなければ ゴミになってしまう。

馬の耳に念仏である。たとえ、役立つ小冊子があったとしても、読むだけの好奇心がなければそのまま山積みされ、いつしかゴミとなって消えてしまうだろう。

それはSNSであっても、マスコミであっても、知人の話であっても、

老人に限らず、若者であっても、その本人にとって興味がわかないものはその存在の意味すらもない。

さらに、

ベイシックインカムの重要性を延々と述べるので、それは十分承知していることで話を止めた。

彼が帰ってから考えた。

自分と彼の視点が明らかに違っていたのは 彼は老人に対してのボランティアであるが、私は若者への命のバトンとしての活動である。

どうしてか?

はたと、彼には子供がいないことが若者への視点がなく、同じ老人への視点になった気がした。

だが、彼の私へのメッセージはもっと別なもっと大きな視点を持つことを教えてくれた。

キーワードは

1.ベイシックインカム

2.ボランティア

3.ゴリラ便のような居場所

の3つである。

 

もしベイシックインカムが実現したら、

人は生きるためにガツガツ働くこともなく、金儲けやギャンブルや犯罪にのめり込む危険性が減り、

人はお金を得るためでなく、人に役立つことをお金を出してまでボランティアでやることを望む社会がくる。

すると、

周りの困った人のために、海外の困った人のために

ボランティアで働きたい人が増えてくるだろう。

そのボランティアを具体的にどうしたらいいか

語り合い、イベントしたり、組織化していくだろう。

そうしたボランティア組織はNPOまたNGO団体として、個々のベイシックインカムとは別に

国などの公共団体からの公共ベイシックインカムとしての最小限の活動費が入ってくるようになるだろう。

そういう

NPOまたNGO団体が

古民家で無料で憩い、ともに語り合い、ともに食べ ともに寝れる ゴリラ便のような誰でもが気楽に止まることができる居場所になってくるだろう。

すると、

今活動に参加している 「健康と自然の会」の知足庵は

まさにそうした将来NGO団体になるだろう活動の拠点になっていく気がする。

そうした

NPO・NGO ボランティアの会がそれぞれの個性ある活動を通じて行うような会社が

今の株式会社(株式という資本金で集まる組織)に代わって主流になる時代への転換期に来たともいえる。

中央銀行紙幣で動く中央集権世界から

電子マネーとブロックチェーンで動く民主自遊世界へと転換期もまた

連動して革新的に起きてきている。

ひょっとすると

「健康と自然の会」の知足庵は

「ボランティア」と「ベイシックインカム」と「楽しく語ることができる居場所」

それが実現する新しい時代への最初の着火剤になるかもしれない。

電子マネーの今の仮想通貨の弱点は巨額な金が簡単に盗難されやすいことだ。

ブロックチェーンは誰でもがそのお金の流れを知ることができることが特徴で、

いわばガラス張りの会計帳簿みたいなものである。

上記の仮想通貨ウオーズで指摘するように、

「盗まれた仮想通貨の流れは把握できるが、盗んだ犯人を捜すことができない」

というのが問題である。

だが、

この仮想通貨とベイシックインカムと合わせることで、

その売買・交換はみな日本ではマイナンバー、アメリカでは社会保障ナンバーで、

その本人と確認されなければ、売買もベイシックインカムもできないとすれば、

盗んだ犯人はすぐにわかることになる。

いわば、今の仮想通貨は中途半端な公開性と民主主義なのだ。

本音で語りあうように、お金も、実名と本心で、分かちあうことで、

盗み気力さえもなくなってしまい、意識はお金を儲けることではなく、

いかに困っている人を助けるか? そういう意識へと代わってくるだろう。

仮想通貨の投資は金儲けではなく、人助けになってくるだろう。

 

人の意識が

金儲けから 人助けに代わる時代が

今始まろうとしている!

 

逆転の着想で乗り切れ

土曜日, 5月 26th, 2018

物事の流れが滞っていた場合とか、

新しい革新的なやり方に変えたい場合、

逆転の着想で、その物事を逆にして発想し、試行してみる。

例えば

6月21日の授業をヤングフレンド相手に行うと想定した場合、同格になり、

どちらが生徒で、どちらが教師かわからなくなり、

同じ学ぶ者同士になる。

 

そこで、逆転の着想をしてみると・・・・

その授業は逆に私が生徒で、相手が教師になる。

年齢差は18歳と68歳で、50歳も違う。

ボケた老人が青年にいろいろと教えてもらうようなものである。

だが、

私はまだボケていない。

では

どのような逆転の着想をしたらいいのか?

信長協奏曲というドラマがあった。

現代の青年が過去の信長になり替わるというものだが・・

それは 時空を超えて

現在の青年が過去の信長に運命と生き方を教えるという設定でもある。

この信長協奏曲の現在と過去の差を50年としよう。

それは

未来の青年が50年前の現代の老人に

その運命と生き方を教えるという着想ができる。

つまり

68歳の老人の私が未来の18歳の青年に、その運命と生き方を学ぶという着想ができる。

現代18歳の学生の姿は

いわば

現在68歳の老人の生まれ変わった未来の姿だともいえる。

では

この50年の時空を超えての逆転の着想を試行するには・・

私は授業の予習で、50年前の自分に振り返っている。

すると、50年前の過去の自分と現在の自分に同じ事実をみても、かなり違った認識を持つことが解る。

それは

現在の認識で、自分の過去の姿が変わってくるということでもある。

同じ物事をみても、そのとらえ方(認識)で、違った物事に見える。

それは鏡をみるように、左右逆に見えるようなものである。

では・・逆転の着想で・・

現実の授業をどう展開するか?

私が50年前の18歳だった時の姿を現在18歳の青年に語って、

それがどう見えるか問えばいい!

 

50年前の青年が現在の青年に、その運命と生き方を学ぶという姿になるだろう。

それはまた、

現在の青年が50年後の未来の青年(現在の老人)に、その運命と生き方を教わるという姿にもなる。

それは

老人が昔の体験を話して、

当時はそう思っていたが、今はこう思っている

という感想を述べることで、

現在の青年の生き方の参考となればいい。

 

いわば、

考古学が人類の未来の生き方を教えるようなものだ。

過去の反省をどう未来の生き方に反映させていくか?

というものでもある。

 

過去の反省で未来も変わるし

その過去さえも、観方が変わる

 

逆転の着想は

正反 正反 正反 正反・・・・の団子虫のように

個人組織 個人社会 個人国 個人国際 個人地球 個人自然・・・メダカのように

 

その道でダメだったら・・

反対の道を歩いてみよう・・

それでもダメだったら・・

元の道を歩いてみよう・・

それでも・・・・

人生は迷って迷って、いつしか

その迷路は抜け出せる・・

どんな生き物でも・・

まして人類だけができないなんてことは・・

ありえないでしょう

生きるってことはそういうことではないですか?

 

染井吉野にサクランボが?!

月曜日, 5月 21st, 2018

いつもの散歩道のソメイヨシノの坂道

桜の染井吉野になんとサクランボが

十数本の桜のソメイヨシノに、なんと数個のサクランボが実っているのを発見した。

十数本の染井吉野の枝にサクランボが数個実っていた

その確率からすれば、万が一というよりも、もっと奇跡的な確率に近いものではないだろうか。

染井吉野はたった一本の実のならない桜の木の枝の挿し木から作られ、全国にその花の美しさから、挿し木によって広がっていった。

ところが、その染井吉野に身がなるという事実を発見した。

 

物事の多くはこうした「絶対に・・染井吉野にはサクランボがならない」というような考え方が多いのではないか。

この世界に絶対という現象はないことからも、どんな思想、どんな信条、どんな科学にも、絶対という知識はないということである

そもそも、この世を眺める自我を持つ人間が生まれる確率からにしても、奇跡の自己をもつ人間であり、

そうした人類を生み出す自然現象は、みな奇跡的なものであり、人類が想像するよりも、

もっともっと 奇跡的な現象であり、

そこに「絶対! 何々・・」という断定!など、できるはずもなく、

どんな考え方、どんな感情、どんな法則も、どんな知識も、絶対的な事実も真実も ありえないと言えるだろう。

まして、

我々の未来を占い断定するなど、馬鹿げたギャンブルにすぎない。

 

そもそも

希望はどうして生まれるのだろうか?

もし、絶対的な現象が真実だったら、

そこに希望など産まれやしない!

この世界はみな奇跡的な現象に満ちているからこそ、

希望が産まれるのではないだろうか?!

まして、

「あの人は 絶対こうだ!」

というレッテル貼りなど、典型的な妄想、迷信であると思った方が間違いが少ないだろう。

「あの人がこうだ!」と断定できる確率は奇跡的確立だからである。

それはまた

「自分はこうだ!」という断定もまたそうであろう。