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自分しかできないことをやればいい・その5

水曜日, 4月 25th, 2018

ようやく畑に雨が降り、作物たちが歓喜の歌声で合唱しているようです。

「自分しかできないことをやればいい」

では

誰でもできることは???

物事は弁証法の相反合で考えていくと団子虫のように迷路から抜け出られます。

「誰でもできることはやらなきゃいい!」

「それは自然にまかせて放っておけばいい」

キリスト教の呪縛からの解放を歌うルネサンスに咲いた

科学技術の力はどこからくるのでしょうか?

科学技術の力は自然の力であり、人類はその自然の力を応用したにすぎません。

人類は地球上で人類しかできないことをやっているにすぎません。

蒸気機関車が動くのは、水を熱して蒸気を作り、密封したエンジンを回すからです。

人類はただその蒸気機関車という構造を作っただけです。

その蒸気機関車を動かすのは地球の資源である石炭、火力、水、鉄の自然の力です。

人力車であったならば、それは人間の力で、自然の力ではありません。

科学技術の力というのは自然力であり、

それは

「誰がなにもやらなくてもそうなっていく」

「何もしない方がうまくいく」

「誰もできることは誰がやらなくてもできてしまう」

機械力=自然力というのは

「誰でもできることを誰もやらなくても、自然の力でそうなってしまう」

というものです。

機械が故障して、それを修理したり、新たに機械を作ることは

人間でしかできません。それが人間がやることであり、人類の個性というものです。

ただ、今人類は

「それができてもやってはいけない」誘惑にとりつかれています。

原爆原発、遺伝子組み換え、細菌兵器など

人間には自殺願望もあるのです。それは聖戦として自爆テロのような願望です。

地球生物には絶滅種というものがたくさんあります。

その絶滅種の原因は人類の傲慢な殺傷願望にあります。人類だけが地球を謳歌し、他の生物がその犠牲になったら、それは地球の砂漠化を生み出し、人類も絶滅させた種と同じような絶滅種になるというのも、自然力です。

なぜ

「原爆原発、遺伝子組み換え、細菌兵器などはできてもやってはいけない」のでしょうか?

それは人類が絶滅種となるような自殺願望だからです。

一個の人間が自殺しても、他の70億の人間が生きていますが、

「原爆原発、遺伝子組み換え、細菌兵器などは、人類70億人全体の自殺行為につながる」からです。

人類もまた諸行無常であり、永遠に生き続けられる存在ではありません。

一歩間違えれば、人類滅亡になる誘惑は現代たくさんあります。

今の北朝鮮の核戦争の挑発はまさにその兆候です。

自然にとって、人類が滅亡しても、なんら困ることはありません。人類に代わって他の生物が地球を謳歌させるでしょう。それは過去恐竜の時代が繁栄し、絶滅したように、繰り返されるだけです。

 

自分しかできないことをやってはいけないことは

ただ一つ

自分を殺してはいけないこと

だけ、それだけ

それ以外は大いに

自分だけしかできないことをやりましょう

誰でもできることは自然にまかせて

大いにやりましょう

 

 

自分しかできないことをやればいい・その3

火曜日, 4月 24th, 2018

 

 

板橋のアパートを3年がかりでリフォームしてから、2年経った。

一階と二階を同じ仲介者アパマンで、同じ条件で賃貸した。
敷金、礼金、更新料なしで、但し、保証協会に入り、毎月の家賃は自動引き落としの私の口座にするというものだった。

二階はなんの問題もなく、借主の名前で毎月きちんと振り込まれている。

二年の更新料は要らないといったのに、二年たったら、アパマンが契約では1か月5万円の更新料になっているというので、そんな契約はした覚えはないので、家主の私は更新料を要らないとしたら、半分の更新手数料25000円を仲介者のアパマンに払い、その更新契約書が送られてきた。

問題が起こったのは一階である。

アパマンから、一階の借主が更新料の25000円振り込まないし、書類も送られてこないというので、三度ばかり、当方に電話してきた。

「こちらは自動更新と思っていますし、更新料は要らないのでなんの問題もありません」

と答えたが、何か変なので、二階と一階の契約書類を今見直してみた。

そして、びっくりしたのは、同じ条件で同じ仲介者のアパマンなのに、その担当者が違うと、別な契約に借主がさせられていた。

昨年に、当方と契約していたアパマンの上板橋支店は閉店し、赤羽南口店に合同移転した。

条件通りの二階の仲介者の上板橋支店の担当者は問題がまったくなかった。

だが、

条件通りの一階の仲介者であった十条店の担当者に契約の問題点があった。

勝手に、家主の条件をアパマンの担当者の都合のいいように変えて契約していた。

二年前、当方は同じ上板橋の店だとばかり思い、契約もまったく同じだと思いこんでいたので、契約書を確認しなかったのだ。

契約する文面はまったく同じだが、

契約内容が2つ違っていた。

1、契約時の一か月分(アパマン手数料)は家主が負担する

2、連帯保証人が保証協会ではなく、無名だった

二年前、アパマンから

借主が、賃料の5万円を保証会社と家主に両方に送金したので、返金してほしいといった。

そこで、借主に5万円返送金した。

次回からは、当方に家主からでなく、保証会社からの名前で送金してきた。また、毎月、送金した内容がアパマンから送られてきたが、二階とは違うので、変だなと思っていた。それに毎月送られてくる書類も無駄な作業だと思えたので、必要ないと連絡しようと思っていたが・・そのままになっていた。

そして、更新料不払いで書類が滞るという問題が起きたのだ。

一階の更新料不払いで、三度電話してきたアパマンはどうやら仲介者は十条店で、問題のない二階の仲介者は上板橋の移転先赤羽南口店であると、契約書を見直してはじめてわかった。

そして、

どうして一階の借主が更新契約をしぶった理由がはっきり解った。

契約書にははっきりと、振込先を家主の銀行口座にしてあるのに、その契約書と違って、保証会社に振り込むようにしていたのだろう。

それは、保証協会がなかった、昔の不動産屋が賃料の一割をとって、きっと55000円振り込ませたのだろう。

5000円の二年間で、12万円であるから、通常の保証会社に比べてかなり割高である。

問題のなかった二階の保証会社の条件をみると、

初回保証委託料 50% 25000円

保証委託料(1年毎)10000円

ーーーーーーーーーーーー

2年間の合計の保証料は 35000円で、一階の12万円との差は85000円

家主の当初負担金 50000円(仲介手数料)を差し引くと、

一階は35000円に年間で損をしている。

こうした問題は

仲介者であるアパマン(株式会社アップル)が大手であり、それぞれの支店の連絡に不備があり、家主の意向がまったく違ってとらえられえて契約されていたことが。

契約者が、担当者違いというより、支店違いによる問題が生じたものである。

また、一階の借主の意向も、二階と同じであったのに、支店の担当者の思惑で、貸主、借主双方に迷惑がかかったことになる。

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電話かかってきたアパマンの着信履歴を調べてみると、

やはり二階と違う㈱アップル十条店であった。

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翌日、すぐに調査連絡してみたら・・

なんと、私の勘違いが原因だった!

 

1.まず、再三借主の携帯に電話またメールをしたが、返信は一度もなし。

その勤務先に電話したが、二年前に退社。

 

2.保証会社に電話して、借主の契約内容をきくと、

初年度登録料25000円と更新の年10000円は同じ。

違うのは、毎月の家賃代行料としての送金料324円があるだけ。

直接、家主に送金すると、家賃を保証できなくなってしまうということ、

また、連帯保証人に名前を書かないのは、保証会社とのスタンスが違い、通常の連帯保証人とは違う家賃保証だけということだったところが、他の保証会社と違うところ。

 

3.次にアパマンの不動産やさんと連絡。

二階は敷金として1か月分とっていて、それが不動産やの手数料になったが、

一階は敷金をとらなかったので、不動産やの手数料として一か月分家主から引かれたということのようだ。

本人の携帯に一度だけ連絡がとれたが、その時は支払うと約束したが、それ以降、一度も連絡がとれないでいる。

勤め先にも電話したが、退社したと同じ答え。

一度、家にお伺いしようかと考えたところだという。

そこで、

家主としては、自動更新ということで、新しい更新契約書はいらない。

また、火災保険は家主が入っているが、本人の家財保証は本人の負担なので、払わなかったら、それは本人の責任であると、意見した。

家賃の更新は、銀行の自動引き落としなので、更新料も、そうなので、なんの問題もなく、家主も困ることはない。

結局、

新しい二年ごとの更新の書類はなくても、当初の契約内容と同じならば、自動更新されるし、家賃もきちんと振り込まれていれば問題がないので、

アパマンの不動産やさんも、無理して、更新の書類を作成することはしないでいいといったら、「そうですか、と安心していた」

なお、

一階も二階も、契約書をよくみたら、

更新料は1か月と明記されていた。それは私の確認ミスであった。

ただ単に、問題が発生したのは、単に更新料の不動産への手数料25000円を振り込まれないので、書類作成ができなかったというだけである。

つまり、

借主の更新料の遅れだけが問題だっただけである。

ついでに

私の勘違いもまた問題を大きくしてしまったが、すぐに調査して、その勘違いを訂正したので、問題はなくなった。

無事平穏な日常にもどった。

 

 

自分しかできないことをやる

 

同じ条件との契約を同じ仲介会社に頼んでも、その担当者また支店また保証会社で、まったく違う内容になってしまう。

キリスト教とイスラム教は同じ一つの神なのに、まったく違う宗教になり、

同じ宗教なのに、解釈が違うことで、まったく違う多様な派教になってしまう。

それは同じ1つの神が人類70億通りの解釈がされて、ちがったとられ方になるということ。

 

前回のコメントでも話したように、

「・・作曲は難しいが、作詞の替え歌なら・・宮沢賢治みたいに得意みたいだ。

それが自分しかできないことをやるってことだと思う。

同じ曲でも、詩のメッセージが違うと、蛍の光のように 日本では悲しく、西洋では明るく楽しく感じられる。

葬式でも、その考え方が違うと それは生まれた日、結婚した日、第三の生まれ代わりの日のお祝い事になる。

女性の能面だってそうだ。笑っているのか? 泣いているのか? それは観る人の心境による。

つまり、ものは考えよう、気持ちの持ちようで、どうにでもなる。

その事件をよくとらえるか、悪くとらえるか、それを受け取る人自身が決める。。

金正恩が本当に平和を望んでいるか? 言行の本音をとらえれば、次の対策もとれるということにも応用できる。

これからは本音で何事も勝負したいものだ・・」

 

こうした一人の家主の一つの意向が、借主・仲介者の受け取り用で変わってくるのが問題なので、それを納めるのは家主一人であるということでもある。

借主と仲介者に電話して、二階と同じ契約にするよう指示すれば双方ともに問題がなくなる。

それは家主の自分しかできないことである。

北朝鮮問題だって、

たった一人の将軍とされる金正恩自身だけが、関係諸国また世界問題を解決することができる。

そこに的をしぼれば、

金正恩しかできないことをやらせる

そのことが平和への最善策なのである。

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それにしても、

大事な借主のためと思い、

余計なお節介をしてしまったようだ。

私はけっこう相手によかれと思い、

余計なお節介をすることがけっこうある。

それが、今回もそうなったのだが・・・

その結果が自分の勘違いが原因だと解った途端、

今までの自分のよかれと思ったお節介を反省してみた。

すると、

お節介した良きものが悪者で、悪者と勘違いしたものが善者だったことが多い。

これは今後こう注意すべきだろう。

 

良かれと思いお節介したくなる時は注意すべし。

関係者を善悪で判断しないように

勝手な想像で、善悪を決めつけないように

そして、

単に、不明な点の事実関係を調査することに専念するように

 

特に噂やゴシップには注意し、

それを想像で善悪を判断せず、

善悪なしにそれらの事実関係を明らかにすることが先決である。

 

自分しかできないことの中で、

最初に必要なことは、その事実関係を詳細に調べることである。

 

自分しかできないことをやればいい・その2

月曜日, 4月 23rd, 2018

ペルーの民謡にポール・サイモンが歌詞をつけた

「El Cóndor Pasa コンドルは飛んでいく」

I’d rather be a sparrow than a snail.
Yes I would.
If I could,
I surely would.

I’d rather be a hammer than a nail.
Yes I would.
If I only could,
I surely would.

Away, I’d rather sail away
Like a swan that’s here and gone
A man gets tied to the ground,
he gives the earth
its saddest sound,
its saddest sound.

I’d rather be a forest than a street.
Yes I would.
If I only could,
I surely would.

I’d rather feel the earth beneath my feet,
Yes I would.
If I only could,
I surely would.

^-^-^-^-^-^-^-^

カタツムリよりスズメになりたい
そうスズメにね
なれるものならね
きっとなれるさ

クギよりもハンマーになりたい
そうハンマーにね
もしなれさえしたら
きっとなれるさ

遠く 飛び去ってしまいたい
ここにいた白鳥が行ってしまったように
大地に縛り付けられた人は
この世に
悲しみの声を響かせる
一番悲しい声を

町の通りになるのなら森になりたい
そう森にね
もしなれさえしたら
きっとなれるさ

この足で大地を感じていたい
そう感じていたい
もし感じることさえできたら

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欲望には二種ある

1、他との比較から生まれたもの

スズメ>かたつもり、ハンマー>くぎ、白鳥>虫、森>町、地球>足下の土

より大きく、より高く、より広く、より自由な・・・

2.自分の人生の意義(社会的役割)から生まれたもの

(他と比較できない)

スズメ>=<かたつもり、ハンマー>=<くぎ、白鳥>=<虫、森>町=<、地球>=<足下の土

それぞれ、そのまま、それらしく、自分らしく、ありのままに、自然に

>=<>=<>=<>=<

自分しかできないことをやればいい

 

これは健康と自然の会の活動でも、家族でも、グループでも、社会でも、国際交流社会でも・・

そのメンバー一人一人が「自分ができることをやる」というより、

「自分しかできないこと」を目標にやることが、そのグループ・社会にとって、

それぞれの個性を活かし、その個性が歯車となって、グループ(社会)を正常に動かし、保つことができる。

 

スズメも、かたつもりも、ハンマーも、くぎも、白鳥も、虫も、森も、町も・・・

それぞれが それぞれらしく働きさえすれば みなが調和をもって平和で楽しく暮らせる。

それぞれが自分しかできないことを目標にやれば

きっと そのグループ、その家族、その会社、その国、その国際社会 は

調和と平和がやってきて、苦しさも、楽しさも共有するだろう。

カタツムリもスズメも
それぞれ精一杯生きれば
幸せになれるさ
きっとなれるさ

クギもハンマーも
それぞれの役割をすれば
きっとうまくいくさ
何もかも

遠く 飛び去る必要はない
飛べる白鳥も、飛べない鶏も
大地とともに生き死に
この世の
喜び、悲しみも、みな響かせ
最高の歓喜の歌を

町も森も共に調和させれば
もっと自然に
もっと楽しく暮らせるように
きっとなれるさ

この足で大地を・地球を感じよう

自分しかできないことをやればいい
その人しかできないことをやらせればいい

そうすればきっと

自然に、自遊にみな自分らしく

生きてうまくいく

きっと きっと

 

自分しかできないことをやればいい・その1

土曜日, 4月 21st, 2018

命のバトンとして

自信をもって生きるということ

それを50年ぶりに尺八を再開した例をとり

才能より好きであることを優先することが自信を持つと説明した。

実際、尺八を散歩がてらやっていると

この自信をもって生きることが 具体性に一歩欠けることに気づいた。

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私は音痴であるが、尺八は好きである。

その練習は既成曲を何曲も吹けるようになることだったが、

その練習がつまらなくなってきた。

いくら何曲も尺八で吹けたからといって、

才能のある人間にはとうていかなうはずもないし、ただの真似事でしかない。

音痴は音痴なりに、できることがあるのではないか?

そこで 大きく方向転換した。

自分なりの尺八曲を作ること、一生に一曲でもいい、

自分が納得できる尺八曲を

自分しかできない尺八曲を作って演奏できることを目標にしよう。

自分しかできないことをやればいい

それが自信を持つことの基盤になる

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オンリーワンの生き方には

才能の競争がなく、自分は常にナンバーワンであり、ブービーワンでもある。

他と同じ生き方や練習。勉強したって、それは競争し、その差でストレスがたまるだけである。

 

自信をもって生きる

それは

自分しかできないことをやるということ

それは

オンリーワンの生き方

才能の競争なんかない

MY WAY & True to Oneself

常にナンバーワン

常にブービーワン

 

時空を超えて今僕はここに居る・その12

火曜日, 4月 17th, 2018

その思い込みが明日と今の自分を創る

大谷翔平が高校生の時、自分に言った言葉がある

「先入観が可能を不可能にする」

 

その先入観こそが 思い込み である。

思い込みは ほとんど親や教育と学習によって 植えこまれる。

その思い込みが真実か、真実でないかによって、

その後の人生が大きく変わっていく。

その思い込みが真実か?真実でないか?はまさにギャンブルのようなもので、

それが真実であれば、勝利の天才や奇跡を生み出すが、真実でない場合、敗者の逆の馬鹿げた奇行を生み出す、

 

すぐ人の言うことを信じる人は 思い込みやすい性格であり、物事をまず信じて行動する宗教家タイプである。

すぐ人の言うことを鵜呑みにせず、疑ってかかる人は 思い込みにくい性格であり、物事をまず疑ってかかる哲学者タイプである。

すぐ人の言うことを確かめる人は 思い込みが真実かどうか確かめるまで保留する性格であり、物事をまず判断せず保留して、ゆっくりと確かめる科学者タイプである。

 

私は1のすぐ信じ込みやすい性格であり、そのために、新興宗教的また思想的なものをすぐに信じ込んでしまい、何十年という歳月をそうした信仰生活に心身とも没入し、それが真実でないと確認できるまで、多くの喜怒哀楽とともに失敗しつづけた経緯がある。

信心は結婚離婚と同じで、信じるは易し、抜け出すは難し である。

最近医者や大学教授と知り合う機会が多くなり、

医学界や教育界もまた宗教界と同じような 「真実からはほど遠い思い込み」の世界であることが解ってきた。

政治界は昔から宗教界と同じ「真実からは程遠い思い込み」世界であることは今も変わっていない。

 

科学者の集まりである医学界もまた宗教集団のような思い込みの教団だというから、それには無経験な私にはびっくりさせれた想念であった。

だが、著名な科学者のデータねつ造がはびこる現代、また、科学的事実という確かめられたはずの知識がひっくり返ることが数年おきにやってくることからも、医学界もまた 科学的確かさよりも、現実的な損得で経営されているとした方がより真実に近い気もする。

 

宗教界は主に心の生き死にを扱うが、医学界は身体そのものの生き死にを扱うために、失敗や中途半端なことは許されず、患者の命を救う神様のように振る舞う医者教祖でなくてはならなくなる。それは患者に屁理屈をつけて洗脳せざるをえない立場は、宗教教祖よりも重い役目をになった洗脳者であるといえるだろう。

 

また、教育者である先生や教授は 知らないことも知っているかのように振る舞わなくては学生はついてこないため、それも、立場上 宗教の教祖的ななんでも知っているように見せかけざるをえない実情からくるのだろう。

 

こうした立場上真実の自分を隠さざるをえない人たちは その仕事に振り回され、ストレス、過労死、精神疾患、自殺に追い込まれやすくなる。

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思い込みによる弊害

 

その思い込みが真実や自然と合っていない場合、

自他に対して、「こうあらねばならない」「そうしなければだめだ」「あれはこうあるべきである」

と、強制的な言行に走るものである。

自分に対しては ストレスによる病気 精神疾患 過労死 自殺・・・

他人に対しては ストレス発散による パワーハラスメント セックスハラスメント 暴行犯罪 狂気的素行 殺人 無差別テロ・・・

自他の個人ばかりでなく、団体や国もまた おかしな法律(思い込み)などを作ったりして、そういう自滅また戦争などをおこしたりする。

こういう社会の思い込みの弊害は特に過労死やいじめや猟奇的犯罪や無差別テロに顕れやすい。

 

昭和29年度 過労死等防止対策白書

 

をみると、

「脳・心臓疾患」は自動車の運転手に多い

認定された人の職種は、「輸送・機械運転従事者」の「自動車運転従事者」が34.2%、「管理的職業従事者」の「法人・団体管理職員」が8.5%、「サービス職業従事者」の「飲食物調理従事者」が5.4%でした。

輸送事業に従事するトラックなどの運転手が、飛び抜けて多いことが分かります。

「精神障害」は医療/福祉従事者が多い

認定された人の職種は、「医療/福祉」の「社会保険・社会福祉・介護事業」が9.2%、「医療/福祉」の「医療業」が6.4%、「建設業」の「総合工事業」が5.4%でした。

1位と2位は、医療/福祉事業の従業員です。

■67業種中の過労死予備軍ワースト業種10

【67業種中(正規職員)の過労死予備軍ワースト業種10】
■宗教家 ……15.87%
■医師 ……14.47%
■法務従事者…… 9.00%
■飲食物調理従事者…… 5.48%
■漁業従事者 ……5.45%
■接客・給仕職業従事者…… 4.09%
■自動車運転従事者 ……3.77%
■著述家、記者、編集者…… 3.41%
■生活衛生サービス職業従事者 ……3.15%
■教員 ……3.11%

「思い込み」を仕事にせざるをえない

宗教家、医師が圧倒的に多く、

「・・・ねばならない」という正義心が強いものが 「思い込みの弊害」が起こりやすいことがわかる。

私の友人のお坊さんも数年前自殺した。

私がこうして67歳まで生きられているのは

こうした「思い込み」からの脱却を 禁煙するような苦労をしながら、何度も挑戦してやってきたからだ。

「こうあらねばならぬ」という先入観をまず捨ててかかること。

それが、思い込みや洗脳やいじめからの脱却につながり、自遊に生きられるようになってくる。

そこから、いろいろな奇跡的な可能性がどんどん広がっていく。

苦悩からの脱却とは 自分の思い込みからの脱却のことであり、

それが克己というものであり、自分自身に勝つということであろう。

 

 

時空を超えて今僕はここに居る・その11

日曜日, 4月 15th, 2018

古代麦・蕎麦。陸稲の雑草化作戦の準備が終わり

作物交代する6月まで 自分の仕事がなくなってしまった。

自分のことだけだと、時間とお金と情熱は余るものである。

自分で編み出した「5:5の瓦理論」だが、それは結構真実のようで、

自分のこと10だけだと、バランスがとれない。

他人のことを半分の5考えないと、どうにもバランスがとれない。

それは恋愛でもそうで、

「愛する」のを10にすると、それは「エゴ」になって バランスがとれない

「愛される」つまり「感謝」を半分の5にすると、それは「友愛」になって、バランスがとれる。

ちなみに、「愛される・感謝」を10にすると、それは「依存関係」になって、自立できないアンバランスになる。

自他の他の場合、他は一人でも、数人でも、しいては 世界人類の70億人でもいいわけで、

それら他の思案の為所が半分の5が丁度いいバランスである。

 

なぜモンゴルの旅が今までで一番楽しかったのか?

一人暮らしの場合、自分の問題だけで十分楽しいのだが、

海外の旅に数人で行ったり、相手の国と人との交流があった場合、

否が応でも他人の問題を解決せざるをえない状況になる。

他人が困ることを見て見ざるフリができなくなる。

そんな時、その問題が自分の経験と知識で解決できると判断した場合、ついお節介して解決させてしまう。

逆に、その問題が、自分の経験と知識と才能で、解決できないことを押し付けられた場合、私は傷つき、孤独になりたくなる。

そうした自分の苦境を他人に助けられることもあった。

 

この自他の助けあいで、苦悩と歓楽が相互にやってきて、

それが 自分の50年前のトラウマまで解消させてくれたことにつながったので、これまでの人生で一番楽しい旅だったと思えたようだ。

 

相反し、矛盾する自他があってこその自分と他人であるから、

他人あっての自分であり、

自分あっての他人でもある。

両者はどうあがいても5:5のバランスを保って思案したり、共存できるようにした方が自然。平和・極楽である。

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他人の問題で今一番大きな問題なのはシリア紛争であろう。

【シリア情勢】米英仏、シリアの化学兵器施設を空爆

 

 

この問題は自分の経験と知識に照らし合わせると、即解決できる問題である。

シリアのバッシャール・アル=アサド大統領が平和への意志持ち、そのために

1、一切の武力による解決を禁止

2.信教・思想の自由

3.国民の武器携帯の禁止

の三方針を法律制定してから実施すれば可能であろう。

これは日本の憲法を応用すればいいだけである。

だが、どうしてその日本の平和憲法を持つ現安倍首相が 米英仏の武力解決を容認する発言をするのだろうか?

私が首相だったら、

「日本憲法に倣いて、一切の武力による紛争解決の禁止、信教の自由、国民の武器所有の禁止をシリアのアサド大統領に進言したいと思います」

という、発言だけで十分である。

とんちんかんな発言をしてばかりいると・・・

他人に対しても思案5は

みな、大同小異あるが、みなリンクしている。

国内での犯罪も、 武力で解決しようとするから起きる。

日常生活においても、言動においても、武力的な解決法を取らないことが問題がこじれたり、大きくしたりしなくてすむ。それは多くの人々が経験することだろう。

そうした日常問題を 外国のシリア問題に リンクして応用すれば 即解決できるものである。

 

赤信号 みんなで渡れば 怖くない

こうした集団心理が負の連鎖、負のリンクを生み出す。

 

赤信号 一人でも安全確かめれば 怖くない

 

武力闘争 一人でも平和求めれば 怖くない

 

その一人はシリアのアサド大統領でもある。

 

時空を超えて今僕はここに居る・その10

土曜日, 4月 14th, 2018

終活も雑草化作戦に

穀物・・・古代小麦&蕎麦&陸稲・・・の三者の雑草化作戦は

11月に古代小麦の芽が伸び、4月に蕎麦の芽が伸び、6月の梅雨時に陸稲の芽が伸びる

この三世代が交代で、毎年 自然に、人が何も手を加えずに、花を咲かせ、実がなるように計画した。

まず第一の畑に

 

第二の畑に

第三の畑に

第4の畑に

その他 通路に

昨年の11月、古代小麦の種を撒くときに、

その麦わらが大量に余っていたので、畑の畝の凹みに敷き詰めた。

それを三角鍬で、掘り起こし、蕎麦種をばらまき、陸稲の種を線撒きした。

そして、足で麦わらを元にもどし、まずは5月に蕎麦の芽が、6月に陸稲の芽がでることを期待して、

古代小麦が実り、枯れていくと同時に、蕎麦が伸び、7月には蕎麦より高く陸稲が伸びるような図を描いた。

そうなれば、理想的であるが、現実はいろいろと予想外のことが起きるので、

失敗したときのために、

蕎麦と陸稲の種を古代麦が枯れ始めたときに、撒けるように残しておいた。

今までは7月に古代麦の収穫と陸稲の種まきを集中してやっていたが、

今年からは、古代麦の収穫も、耕うんして、陸稲の種まきもしないで、そのまま自然状態に放置して観察することにした。

毎年雑草は二交代、三交代して、同じ草が繁茂する。

その雑草の周期に合わせて、古代麦と蕎麦と陸稲を雑草化させる作戦を実行した。

自分がその日に食べる分は、穂の種だけ手積みして、料理 食べるように計画した。

ー^-^-^-^-^-

しきりに こんな言葉が頭に浮かぶ

 

求めよ さらば 与えられん

 

求めよとは欲望を持てということだ。

その欲望は自分から湧き出たものであろうか?

いや、それは欲望の本質からいって、違う。

まず欲望の対象がなくては、どんな欲望も起きない。

つまり、

欲望の対象が 自分の欲望を引き起こす。

夢が叶うのではなく、夢そのもの(対象)が、欲望を引き起こし、叶えさせるのである。

登山家

「なぜ山に登るのか?」

「そこに山が在るから!」

求めよ さらば 与えられん

ではなく、

それは与えられるから求める

のである。

与えられん 故に 求めよ

なのである。

 

穀物雑草化作戦といっても、

すでに どんな雑草も、毎年 三交代二交代して、育っている、

穀物だってもともと雑草である。

そういう事実対象があるから、穀物だって同じに育つだろうという欲望が起きたのであろう。

 

人は何か 自分から苦労を背負って生きたがっている感じがする。

本来の目的とは別に お金という魔物にとりつかれてしまい、そのお金が目的になってしまうために、

それなしでは生きらえないような お金依存症にかかっている。

農業経営とか、持続する農業とか、農業機械化とか、農薬とか・・

それらはみな農業が目的ではなく、お金経済が目的になってしまうための徒労なことで、

本来の穀物も野菜も、雑草も、同じように彼らが自然に 人間とともに 生きられるようになっている。

その本来の生物共存を目的にすれば、それがもともと自然の姿なので、実現可能であるし、人が何もしないでも、そうなっていく。

そう考え、実行した方が 楽な生き方だろう。

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雑草も穀物も一年が命だろう。

人の命も 平均j寿命80年 として、80年毎に生まれ変わると いうのも、納得がいく自然な出来事である。

どんな雑草も、毎年似たり寄ったりの顔をして生まれ変わるように、人間の顔を80年毎に似たり寄ったりとして生まれ変わると想定しても 自然であろう。

私の残りの13年の就活は

13年後に生まれ変わる準備をするようなものである。

次の若者は老人の魂の親となっていく。親子交代もまた その主従も、生まれ変わりも、命のバトンとして、生命の波のように繰り返され、時に大きく、時に小さく 時に変革的に 打ち寄せては 去っていく。

 

時空を超えて今僕はここに居る・その9

木曜日, 4月 12th, 2018

金か命か?

24歳の末娘が100円ショップのトイレで、カバンを盗まれた。

その中には、財布(クレジットカード キャッシュカード 免許証 ナンバーカード 保険証 現金など)

携帯は個人用と会社用、営業用のタブレット 書類 印鑑(実印・銀行印)

と、生きていくために必要な貴重品と、仕事用のすべてが一瞬で失ってしまった。

こういう時、警察は実に頼りになるものである。

移動に必要なお金は警察の電話で会社の近くにいる同僚を呼び出して、貸してもらい。

また、クレジットカード キャッシュカード など 暗証番号や印鑑もすべて再発行するようにした。

会社にもどって、新しい携帯を貸してもらい、それで親の私にも連絡がきた。

その時には、泣けるだけ泣いて、12時間も経っていた。

会社で怒られるかと思ったら、みな優しい対応をしてくれたというので、ホットしたそうだ。

私も怒るとかあきれるとかいうよりも、とにかく 命が無事であったことの方がはるかにうれしかった。

親の私も、子の災難で、気が付かされたことがある。

命以外のあらゆる貴重品というものはみな再発行できるということだ。

お金だって、再発行のためのお金が少々失うが、貯金がすべて失われることはない。

考えてみれば、世界中のお金もみな 無から発行されたものだから、再発行できるし、発行されたお金はただ持ち主が変わるだけである。

命以外の今貴重とされているものはみな再発行できるもので、それを失おうと、盗まれようと、そう大した問題ではない。

娘が、まず必要だったのはすべてを再発行するには身分証明書が必要だったことだ。

そのため、身分証明のための免許証を再発行するには時間がかかる。

そこで、はたと気が付いたのはナンバーカードの発行なら、区役所にいけば暗証番号を覚えているのでそれが可能だ。

キャッシュカードの再発行には身分証明と通帳と新しい印鑑が必要で、娘の通帳は私が持っているので、速達書留で送ることにした。

また、娘と話して気づいたのが、身分証明ならパスポートがあるので、それで十分だということになった。

 

あなたは本当の自分ですか?

 

再発行できない命の次に再発行できるもので一番大事なものは何か?

それは身分証明するものだ。

 

「あなたは本当のあなたですか? それを証明できますか?」

 

自分には偽りの自分と本当の自分がいる。

他人にも、自分になりすまし、偽りの自分で、人を騙し犯罪を犯す。

自分の中の偽りの自分が、本当の自分を騙して、しいては自殺までおいこむ犯罪さえ犯す。

 

再発行できる命の次に必要なのは本当の自分である。

本当の自分とは自分の魂である。本当の自分の魂さえあれば、自分は再発行できる。

自分の魂とは、自分の経験・知識・才能・性格を総合していて、例えば、ゴーストライターだってことは実際に作品や作曲を次々にすれば解り、新しい自分を再発行できる。

 

また

本当の自分、自分の魂は、命のバトンとして、新しい他の命にも引き継がれるので、それは再発行というより魂のバトンであろう。

会社の創業者の精神(魂)も引き継がれるし、いろいろな宗教や思想や知識も引きつかれることができる。

 

命は再発行できないが、魂は再発行のような命のバトンができる。

ちなみに、

ナンバーカードよりも、本当の肉体の自分を証明するのは、DNA登録の方がはるかに証明率が高い。

指紋認証よりもはるかにすぐれているだろう。

今後、DNAカードというのが一番の身分証明書になってくるかもしれない。

 

娘の災難で、改めて気が付かされたのは

 

一番大事なのが再発行できない「命」で、

次に大事なのが再発行できる「本当の自分(魂)」だ!

 

ってことだ。

 

 

時空を超えて今僕はここに居る・その8

金曜日, 4月 6th, 2018

自然との対話が始まった

田舎の一人暮らしの老人の楽しみは唯一畑と対話することだ。

自然や畑は人と違って言葉を持たない。命を持っているだけである。

命と命の交流みたいなことを自然(畑)との対話と表現している。

古代麦(緑)野沢菜(黄)桃(ピンク)山桜(白)右の斜面と対話する

右の駱駝の背のようなのが棚山、左がフランス人といった兜山。

大橋教授がうちの畑をみて、開口一番に言ったのが、

「小松菜をよくもまあ自然栽培しましたね。雑草は抜いたのですか?」

「あれはホームセンターで一袋の野沢菜の種を8年間かかって雑草化したものです」

小松菜は背が高くなっているので、気が付かないが、雑草は背が低く生えているので、いわば共存状態である。

「最初は苗からそれを移植、そして、花が咲き、種ができたら、それを荒地(畑でない、石がごろごろ、雑草が生い茂るところに 撒く。それを8年間もつづけたら、こうなった」

小松菜は食べる分、漬物にする分だけ、葉だけとり、けして根っこはとらないことが肝心。

もちろん、無肥料、不耕起だ。ただ、小松菜を覆う雑草だけは根ごとひっこぬくのを繰り返す。

また、長ネギは雑草や小松菜とも共存するので、そのまま株分けして 荒地で、増やし、葉だけ食べ、根っこはけして取らない。

小松菜と長ネギは荒地で、雑草と共存している。

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大橋教授の開口一番で、はたと気が付いた。

なんで、僕は荒地・雑草地で、野菜の雑草化に成功しているのに、90%の畑(耕作地)で、少しも成功していないのか?

今後、自然農法の方針を大きく変更することにした。

荒地による野菜の雑草化と同じことを、畑でやればいいではないか!

まずは、荒地でももっとひどい崖地での野菜穀物雑草化をし、さらに、畑全体をそのまま雑草化してみることにした。

これは通常の自然農法とは区別して、

野菜・穀物雑草化作戦と名付けよう

この手順、科学者の論文を書くように、データ記載は面倒なので、写真で、実験と結果を写真で、記録していく方法で まあ、小松菜と同じ8年間もやれば、一目瞭然で、その報告書が8年後できるということになる。

雑草を根ごと刈り、土にそばをばらまき、陸稲を線撒きする

同じように他の荒地も

 

他の荒地も

一番やっかいな崖地も

野菜や穀物のような植物も

魚や動物と同じで、金儲けなどの終わることのない欲望列車で、乱獲していけば、その魚も、動物も、絶滅し、まったく獲れなくなる。

アイヌ民族の伝統猟法ように、生きるために必要な食べ物の分だけ獲っておけば、明日の食べ物は保証される。

それは野菜・穀物だってそうだ。

モンゴルの遊牧生活もまた、葉だけ馬羊牛などに食べさせ、根っこは残し、そして、移動して、翌年にまた牧草がはえるようにするのも同じである。

それはボルネオやアマゾンのジャングルでも同じで、

毎年、自然と前の年と同じ状態に植物動物が生きられるようにしておく配慮が

この地球の王として君臨する人類の持続する農業・社会の築き方であろう。

 

 

時空を超えて今僕はここに居る・その7

木曜日, 4月 5th, 2018

自経理灯明 法目的灯明

 

ようやく いつもの自分一人の生活が始まった。

携帯電話も一日一本もないが それが今日3月26日の午後9時に起きた一時停止違反の件で

警察の担当者とは別の交通課から電話があった。

「どうしてサインしなかったのですか?」

「安全性を考えて、口頭による注意勧告が妥当であると判断し、サインして文書に残す必要がないと判断した」

「なるほど(納得したようす)」

そして、不思議な質問がきた。

「一時停止しましたか?」

「それが記憶にない。左右確認して車が来ないことを確認したことは確かだが・・

警察官が二人とも一時亭しなかったというので、たぶんそうなのだろうが・・

そんなこと、パトカーのビデオカメラの撮影チェックすればわかることじゃあないの?」

「はい、それは確認しました」

で、終わったのだが、何が確認できたのか? ひょっとして、自分が一時停止したかもしれない・・ビデオ判定ではかなり微妙な判断をせめられたのかもしれない。だから、それを確かめに私に聞いたのかも???

妙な疑問が残ったが、

「わかりました。(納得了解しました)」と電話は終わった。

「女性土俵下りて」不適切だった 突然で動揺

命優先せず、しきたりの「女人禁制」を優先した不祥事があったが、

この警察官も「道路交通法違反のしきたり」を「市民の交通安全」よりも優先したためにおきた不祥事でもある。

そのシキタリや法律や教義そして慣習道徳は

「なんのために成立したか?」

これは この世を 生き抜くためには どうしても その目的を考えて 今の状況を的確に判断する必要があるということである。

「そういう法律があるから」では問題解決にはならなく、より問題を複雑化させてしまう。

「その法律はなんのためにあるのか」から問題解決がケイスバイケイスで即断できるのである。

 

自灯明・法灯明 <涅槃経>

自らを灯とし 法を灯とせよ

釈迦が入滅する最後の教えであるが、ここでいう法灯明とは釈迦の説く法律・しきたり・教義である。

だが、こう訂正する方が安全に生きられる

「法の目的とするところを灯とせよ」

自らを灯というのも こう訂正する必要がある

「自らの経験と理性を灯とし」である。偉い人がああいったとか、いうのではなく、自分できちんと物事を考えて、判断していくことだ。

まとめると

 

「自らの経験と理性を灯とし、

法の目的とする灯と照らし合わせて

 判断し 安全に確かに生きよ」