Archive for 10月, 2011

神とカネ

火曜日, 10月 25th, 2011

 小さかったとき、親がいつもお供え物をして祈りを捧げる神棚があった。小学生になったとき、そこにいる神様の姿をみたいと思い、イスによじのぼって、神棚の中を調べてみたことがある。

 そこでびっくりしたのは、お供えする食べ物を狙ってやってきたねずみの糞がたくさんあってびっくりしたことがある。

 神様が住んでいるところをどうしてネズミは平気で糞なんかできるのか妙だったからだ。そして、神様の正体を確かめようとしたが、何もいなかった。さらに、御札の中をあけても、ただの紙きれに名前を書いてあるだけだったのも不思議だった。

 結局、私は神様というのは神棚のことだと思った経験がある。

 私の母親は信仰心があつく、とくに巣鴨のお地蔵さんに祈りを捧げていた。 青年になったとき、その正体をまた知りたくなって、その鋳造された小さな地蔵尊の像を1万円で買ったことがあるが、そのときも、どうしてお地蔵さんをお金で買うことができるのかが解せなかった。どんな神様もお金で買えるってことを感じ、違和感を感じたことがある。

 高校生の頃から、ずっと神仏の正体を探し続け、精神的病になり、その探求を封印した。40歳過ぎになり、仕事に余裕ができたときに、スタッフが持っていた「理性のゆらぎ」の本を目にしたとき、急にそのサイババに会ってみたくなり、その時点から神仏探求の封印を解いてしまった。

 10数年の神仏を探求した結果は、子供時代の探求と同じく、やはりそこに何もなかったのでかなり落胆した。それから仕事に精を出したが、どうにもお金がたまらず、後発のIT事業のように大きくできず、結局会社を解散せざるをえなくなった。

 成功不成功の差がどうしてこんなに大きくなるのか、不思議だったが、直感的に労働ではなく、株の売買がその正体のような気がしていたが、ミキシーで遊んでいる時に、「money as debt」の動画を観てびっくりし、お金の正体をつかみたくなった。

 そして数年探求した結果、そこにあったのは空論だった。つまり、幻想にすぎなかったのだ。神仏の正体と同じで、そこに実体は何もなかった。そして、長年自分がお金をかせげなかった理由も、はっきりとわかったし、金儲けができなかった自分に感謝もした。

 数万年前の人類の原始宗教のような占いのような儀式とまったく同じような姿が、現代のお金の信奉で政治と生活をしている社会を発見した。

 数学と科学がこれほど進化発展しているというのに、お金だけが、基礎数学を無視して、単に「借りたカネは利息を付けて返さなくてはならない」という幻想からなる原始宗教を信じることからすべて成り立っていたからだ。

 そもそも、商品の価値を決めるお金の貸し借りができることをまったく疑うことがないのだ。 神の存在を認めた者だけに神が支配する。 お金の貸借を認めた者だけにお金が支配するのである。

 今の政治はまさに教団の会話と一緒である。教団がその神そのものを論議しないように、政治もお金そのものを論議することがないからだ。

 詳細は:http://sekaibank.net に記述中
 

自然農法と自然経済

日曜日, 10月 23rd, 2011

 ゲゼルの自然経済を進める上で、一番の問題は減価率をどのくらいにするかである。それは命のバトンの歳月を何年にするかであり、それを人類だけでなく生き物全体の自然サイクルを学ぶ必要がある。

 その答えはNHKスペシャルの「クニ子おばばと不思議の森」の放送にあった。
縄文時代から数千年も続いている「焼き畑農業」と「森の再生」である。

 森を再生循環させるには「30年」の歳月が必要だということを数千年の智恵で知られている。

 通常、ジャングルを農地にするために焼き畑することで、森林が消えてしまうことを危惧している。そうした、世界の森林が消滅して砂漠化することを阻止するために、伐採したら、植林することをしている。

 しかし、その作業は大変であり、莫大な資金と労働を必要とする。しかし、クニ子おばばが進める焼き畑農法だと、こうした地球の砂漠化を防ぎ、苦労して植林をする必要もなくなる。森の樹木を30年毎に伐採していくと、自然に再生するからだ。30年以上だと再生しないし、30年以下だと樹木は育たない。焼き畑する農地は毎年移動し、30年のサイクルで元の森に戻ってきて、伐採がまたでき、その循環は数千年数万年もあらゆる生き物の命のバトンで永続できる。
 
 つまり、焼き畑が自然破壊ではなく、そのやり方が悪かっただけである。日本古来からしてきた、自然循環する焼き畑農業をすることが必要だったのである。

 現在の増えるお金は循環しない命のバトンであり、減価するお金である自然経済は、お金が確実に循環する命のバトンである。

 循環する自然経済にするには生き物全体の生死のサイクルに合わせた30年間の減価率にすることが一番、自然の生き物が教えてくれるサイクルであろう。

 今の中央銀行が発行する貸借貨幣を法的に苦労して循環させる力は「借りたお金は利息を付けて返済しなければならない」と、法律でも道義でも強制させている。しかし、その強制的信用力がほとんど力のないものであることは、各国の国債が増え続けるが、それは借金返済のための借金をする多重債務に陥って、ギリシャのように破産するしか道がなくなる経済である。

 しかし、そんな洗脳的な借金返済力に頼ることなく、自然に確実に返済できる方法が減価する貨幣である自然経済である。それは貸し借り経済ではなく、お金が30年ごとに生死を繰り返す経済である。

 例えば、東北関東大震災で焼け尽くされた土地を元の土地に復興させるためのお金が100兆円必要だとする。今の増えるお金だと30年で償還する国債を発行し、その利息と元金を増税で返済しようとする。これがどれほど無理なあがきであるかは多重債務者の姿や今のギリシャ国民の怒りをみれば推測できる。

 しかし、貸し借り経済する中央銀行のお金に頼ることなく、国が100兆円の30年の減価するお金を発行すれば、発行された100兆円は30年後は使用できなくなるが、30年後には新しく100兆円を発行できるので、常に100兆円の減価するお金は循環することができる。これは森林の再生循環の原理と同じである。

 減価するので、貸し借りは無意味であり、まして利息も無意味である。しかも、税金で国債を返済する必要もない。政府はただ必要な減価するお金を発行するだけで、自然に返済また税収ができる自然経済になることができる

 日本古来の森の思想を減価する貨幣に適用しようではないか。人の信の力に頼らず、自然の力に頼ってこそ、もっと愉快に、多くの生き物とともに生きられると思うのである。

 

やれやれウイルスにやられた

水曜日, 10月 19th, 2011

 このブログはwordpressという無料ソフトで、そこにたくさんの英文のコメントが入ってくるが、ほとんどはリンクなので、削除していた。しかし、長文でしかもどうしてもそのホームページを訪れて欲しい内容を翻訳ソフトで知った。そのホームページにいくと、有料の内容だったので、キャンセルをクリックして、その画面を閉じようとしたら、その画面が消えない。すると、画面を消すためには、下記をクリックするように書いてあったので、妙とは思いながら、クリックしたら、画面は消えた。
 しかし、それからが大変だった。 自分のブログが見えなくなってしまったのだ。その管理画面にも入れなくなってしまった。1年前にバックアップ用にファイルをダウンロードしておいたので、そのメインの分をアップしたが、また、妙な文句が出てきて、自分のブログが表示されない。
 やられた! ウイルスにまんまとやられてしまった。

 そこで、wordpressのソフトを保存してあったのを、そのまま上書きして、FTPでアップしたら、治った。
 やれやれと思ったのはつかのまで、今度はブログのレンタルサーバーにまでいたずらされてしまった。フリマ笹塚のメインのホームページが表示されなくなってしまったのである。
 それを治すには、レンタルサーバーの管理会社にサーバー障害として治してもらうようにメールした。半日かかって復帰したが、もうウイルスの被害を受けないために、サーバーのパスワードを変更し、ブログのソフトwordpressの新しいのに入れ替えた。 
 この作業はなんだかんだと二日に及んだ。うかつに妙なホームページにアクセスしたり、クリックすることは二度としないようにと反省した。

 このウイルスはウイルスキラーで自分のパソコンを完全にスキャンしたが、みつからず、それはレンタルサーバーに入り込んだため、自分ではどうにも削除できなかったようだ。

 しかし、ウイルスを作るやつはよほど頭がいいのに、その頭をもっといいことに使えばもっと楽しくなると思うのだが、そんな愚痴をいってもムダかもしれないなあ。

 ウイルスはみなウインドーズを使うが、マックは使わないらしい。マックに換えた方が楽かもしれないが、問題はソフトもたくさん買わないと入れ替えできそうにないのがそれを難しくさせる要素かもしれない。