Archive for 1月, 2017

誰にお金を返したらいいのか?新貨幣案!

火曜日, 1月 31st, 2017

バス代を返したいが

 

47年前、アルバイトで晴海から帰る際、長く並んだ末 混んだバスになんとか乗り込んだ。

私がバス代を払う前に、バスは忙しく発車していた。

バス代を払おうとしたら、財布に細かいお金がなく、一万円札しかなかった。バスの運転手が一万円では両替できないというので、困ってしまった。そんな私の姿を見ていた20代後半の女性の乗客が

「私が代わりに払ってあげましょう。昔、私も同じ状況で助けられたことがありましたから」

バス代は120円くらいだっただろう。

私はどうやってそのバス代をその女性に返したらいいのか、ずっと考えていた。バスが駅につき、私もその女性も同じ場所で下車したが、私はその女性にただありがとうございましたと、頭を下げるしかできずに、混雑の波の中に別れてしまった。

それから今まで、私のようにバス代に困った人がいたら、代わりに払ってあげるチャンスをねらっていたが、一度もそういう場面に出くわすことができないでいる。

 

金銭が、もし食べ物であったら・・

 

色々な問題は自然に合わせることで解決できる

金銭も自然の産物であるリンゴのような果物・食べ物であるとすれば・・

リンゴは授受はできても貸借はできない。

金銭も自然に合わせれば授受ができても、貸借はできない。

 

先のバス代を貸してくれた人に返したいとしても、一生かかってもできそうにない。

また、バス代に困った人に代わりに返したいと思っても、そういう人に巡り合うことは難しい。

 

金銭がリンゴのような食べ物だったらどうだろうか?

 

バス代としてリンゴ一個をある人から頂き、食べてしまったら、そリンゴを返すことはできない。

バス代ではなく、リンゴ一個に困っている人がいたら挙げることができるが、それは食べたリンゴではなく、新しく得たリンゴである。

リンゴをたくさん頂いた人が食べきれないと、それは腐って捨てざるをえない。

人は自分が食べられるリンゴだけあれば充分であり、多ければ与えられ、足りなければ頂ける状態が一番良い。

 

金銭を自然に合わせるには・・

 

こうした自然の産物にあった金銭システムにするのはどうしたらいいだろうか?

現在の紙幣やコインでは、貸し借りができ、しかもそれに利息がついた株券などの金融商品・貸借書が発行された現金の数倍も代わりに多く流通している。

その貸借書の信用度によって、それが毎分値上がり、値下がりして、その差額を狙ったギャンブル金儲けが主流になっている。

現在の貨幣は根本的に自然に合っていないので、貸し借りできない、授受しかできない新貨幣を作るしかない。

しかも、その貨幣が余分な貨幣でギャンブル遊びには使えないように、生活必需品だけと交換できるように、いわば欧州で消費税がかからない生活(衣食住全般)必需サービスとモノに限ればよい。

必要以上に貯蓄、必要以下に不足しないような新生活必要貨幣をベイシック・インカムのように、18歳以上の大人10万円18歳未満の子供5万円というように、毎月マイナンバーと照らし合わせた銀行預金に電子マネーとして、現貨幣と区別した金額のあとに、ベイシックインカムのBIとして、付加すればよい。

さらに、すべての国民に同じベイシックインカムを施すのではなく、月末のマイナンバー預金が大人10万円、子供5万円になるように、その不足分だけ補充し、超過分は没収されるようにして、月初めは大人は10万円子供は5万円でスタートするようシステム設定するのである。

一定の生活必要金が常に補金また超過分排金される新BI貨幣システム

 

そうすれば、新貨幣の発行額まts流通額は国民全部に必要な金額として一定になり、不足したり、余ったりはしない。

 

どんな通貨であれ、新貨幣であっても、どんな商品・サービスとも交換できなければ、その貨幣価値はない。

この生活必要な新貨幣BIと現貨幣との交換も商品を通じてできる以上、そこに為替レートのように毎分ほど激しくなく、毎日の交換レートが必要になってくる。

その時代によって、生活必需品は変化する。

例えば、田舎にとって、車は生活必需品である。昔高価だった冷蔵庫、テレビ、洗濯機も今では生活必需品になる。政府がその時代に生活必需品と決めても、それは地方によっても、その国民の生きがいによっても、変わってくる。国民を健康で文化的な生活にしていくには、何を生活必需品にするかは、人それぞれであるからだ。

そのため、その時代に決められた生活必需品は為替レートのように毎日変わってくるといっていい。

その時代や人によって変化する生活必需品に対応するためにも、新生活必要貨幣BIは現貨幣と毎日変る交換レートで交換できるようにする必要がある。

新生活必要貨幣BIの発行総額は決まっているので、その価格変動はしないが、現貨幣は無制限の紙幣発行と貸借権発行ができるため、その価値はその発行総額とその信用度で、毎分価格変動せざるをえない。

一昔、金本位制があり、世界での生産量がほぼ一定である金と交換できる通貨だけを正貨としたが、必要な通貨が多くなって、無制限に印刷発行できる紙幣と貸借証で、特に当時、最も強いアメリカドルが基軸貨幣となり、それが金に代わって、ドルと交換できる通貨が正貨となった。

新生活必要貨幣BIはその国で最低生活できるだけの金額だけの一定発行総額はいわば金に代わるものであり、最近、ビットコインがその発行総額を2100万ビットコインにしたため、その売買をするドル交換レートはその必要量に応じて、発行当初にくれべて、二万倍以上のドルと交換できる為替レートになっている。

一定額の新生活必要貨幣BIの円との毎日の交換レートは高くなっていっても、最初のBI発行レートより安くなることはないといえるだろう。

現在円に貧しい人も、毎月確実に確保される新生活貨幣BIを倹約して、それを円と交換して、自分の夢実現に必要なモノとサービスを得られる機会ができてくる。

 

 

マイナンバーは税番号だった

月曜日, 1月 30th, 2017

平成28年分の確定申告の手引きに

社会保障と税番号とマイナンバーは同じになる

社会保障・税・災害対策において、行政手続きの効率性・透過性を高め、国民にとって利便性の高い公平・公正な社会を実現することを目的として、社会保障・税番号(マイナンバー)制度が導入されました。

とすれば、マイナンバーは税番号として各市町村に依頼発行されたことになる。

そして、マイナンバーと税番号と社会保障番号とを一元管理するのではなく、分散管理して、一つが壊れたときに、他に同じ番号を照会できて、回復できるシステムだということである。

だから、最初に市町村で発行されたマイナンバーを税徴収に記載し、照会して、税番号と同一にする作業が必要になる。

問題は、

最高機密の個人情報を「税徴収・社会保障」以外の、戸籍改変や不動産名変や預金盗用などに悪用されてしまうことだ。

その防止として社会保障・税・災害対策以外の目的使用が法律で禁止されている。

だが、税務署職員や社会保障職員のよる不正流用をどう防ぐのか?

それも マイナンバーを自分でそれがどこで使われたかを知るホームページができるというのだ。

ここまで徹底すれば、効率化できるかもしれない。

だが、一歩間違えば、国民の皆徴兵制に利用されかれない危険性をもっている。

 

どうやら、私の懸念はとれてきたので、確定申告にマイナンバー提示をしてみる気分になってきた。

このマイナンバーを一元化しないで、分散型管理する方法は

金銭の中央銀行経由の一元管理ではない、ビットコインの分散型管理にも使われている。

どうやら、

中央銀行により紙幣発行ではなく、電子マネーの発行になり、それが各銀行による分散管理になる。

マイナンバー制度が将来善用されるとしたら、社会保障マイナンバーによって、すべての国民に毎月最低の生活保障費としてベイシックインカムが支払われるようになる。

また、税の確定申告や消費税申告などは不要になり、電子マネーによるどんな売買取引において、自動的に1%くらい税徴収されることになるだろう。

プラスの税番号はマイナスの税番号=社会保障番号に統一されていき、各市町村の住民票を分散型管理されていき、ベイシックインカムが実現化されていくであろう。

 

マイナンバーが税徴収に悪用される国家犯罪

日曜日, 1月 29th, 2017

確定申告用紙が来たが、今年平成28年分からマイナンバーの記載と番号確認書類及び身元確認書類の提示又は写しの添付が必要になった。

確定申告書に赤字でマイナンバー記載必要となり、強制兵役徴集赤紙の第一歩が始まった

昨年から、保険屋や貸し駐車場の顧客会計事務所から、「マイナンバーの記載お願い」がされていた。

保険屋へは無視、返信せず(二回通知あったが無視)

貸し駐車場の顧客会計事務所に記載拒否をつげたが、

そのマイナンバー記載のお願いにマイナンバーは記載せず、駐車場を貸しているという署名と三文判の印鑑を押して返信した

もう一人の貸し駐車場の顧客には電話で、マイナンバー記載はお願いであって強制ではないし、個人情報が悪用されやすくなるので拒否したら、あっさり快諾してくれた。

友人も証券会社からマイナンバー記載のお願いがきて、それをしないと取引できないようなことが書いてあったので、マイナンバー記載とそのカードコピーを送ったという。

その友人は個人情報が洩れるのを恐れて、フェイスブック利用を拒否していのに、証券会社へのマイナンバー記載お願いにあっさりと受諾してしまったことにあきれてしまい、マイナンバーがどういうものであるかを説明した。

 

マイナンバーは本人確認をするための、最も信用性の高い

「実印」 と「実印の印鑑証明書」と同じまたはそれ以上の番号である。

実印は変更できるが、マイナンバーは一生涯変更できない。

実印は他人が盗用して押せるが、マイナンバーは他人に教えない限り、盗用されることはない。

マイナンバーが実印以上に本人確認をするためのもっとも最高機密にすべきものである。

もし、会社や税務署にマイナンバー記載とその写しを提出してしまったら、

それは白紙委任状でもあり、何に使われてもいい白紙に実印とその印鑑証明を添えるものである。

もし、不動産を持っていたら、その不動産名義は勝手に誰かの名義変更されて失う。

戸籍の名前だって、別な名前に変更できてしまう。

 

マイナンバーは銀行預金の暗証番号よりももっと貴重な番号である。

オレオレ詐欺は老人をだまし、銀行預金暗証番号とカードが必要だといって、聞き出し用意し、全預金を盗み出す。

マイナンバーと写しで、本人になりすまし、銀行預金を引き出したり、暗証番号を変更したりできてしまうからだ。

 

顧客情報の登録名前やIDが大量に漏れ出して、大問題になるのをよくあることだ。税務署や大会社からマイナンバーの個人情報が漏れだし、それが悪用され、その番号が使い物にならなくなり、廃止せざるをえなくなるのはもう時間の問題であろう。

 

税務署や会社が、自分の銀行預金の暗証番号の記載や実印における白紙委任状の提出お願いやら必要書類とすることは国家犯罪であり、それを受諾して暗証番号と実印白紙委任状を出すとしたら、自分のすべての権利を悪用者に引き渡すことである。

 

今まで、税金申告に、実印とその印鑑証明が必要であっただろうか?

三文判の印鑑でもよかったし、本人が署名しなくてもいいし、代理人や会計士が税申告をしてよかったではないか。

なぜ、今年になって、税務申告にマイナンバー記載と写しが必要になってきたのだろうか?

 

それはたぶん税金の申告漏れを簡単に探すために、国民の個人情報の再興秘密のマイナンバーを利用しようとしたものであろう。

だが、税金の申告漏れを探す目的だったら、送付される確定申告書に今まで記載されている管轄税務署番号と整理番号を税務署や会社に記載提出するだけで十分である。

それを個人最高秘密情報であるマイナンバーを記載、提出する必要とするのは、申告漏れ以外に、国民の国民情報を盗用して、例えば、徴兵制における赤紙発行を出すさい、兵役逃れをさせないためにも悪用できる。

国家の秘密保護法制定と、平和憲法改正という自民党の安倍政権によって、着々と国民の個人秘密情報は国家によって悪用され、国民皆兵と国家犯罪である戦争へと騙され導かれている。

税金申告は国民の義務であるとするのが憲法であるが、その国民の義務と権利は表裏の関係で同一の重みがある。

税金には払う義務と貰う権利があるのだ。

税金をもらう権利はマイナスの税金であり、それは憲法で保障された健康で文化的な生活をする国民の権利であり、社会保障をうけられるものである。

マイナンバーの発祥は国民の社会保障番号から発展しているが、日本の場合、社会保障番号ではなく、脱税防止番号として最初に使われだした。

社会保障番号は国民の権利保護のための民主主義の精神から生まれたが、

脱税防止マイナンバーは国民の義務悪用のために、国家独裁主義精神からうまれている。

だから、

マイナンバーが必要な確定申告は国民の義務を悪用させないため、また国民の個人情報と権利を守るため、拒否することにした。昨年までのマイナンバー記載なしの確定申告だったら、提出するが、それが認められないとしたら、今年から確定申告は拒否するつもりである。

それでもマイナンバー提出を強要した場合、税務署が直接マイナンバーの発行元の役所に提出させるようにするだろう。もし、役所が個人のマイナンバーを税務署に教えたら、そのマイナンバー制度そのものが無意味なものになってしまうだろう。

もし、あなたの資産や個人情報を守りたいとするならば、税金の確定申告にマイナンバー記載は拒否すべきことであり、国民の義務と権利を同時に守ることでもある。国家の奴隷として、その犯罪に加担することは自由な国民として生きることを放棄するようなものである。

 

何が日本を世界のリーダーにさせるのか?

土曜日, 1月 28th, 2017

今世界は癌に侵されている。

癌は一か所の正常細胞が変異し悪性の異常細胞の腫瘍となって、身体全体に転移して、死に至らしめる。

この癌は世界各地に転移して起きている自爆テロである。

この自爆テロの原型は日本の神風特攻隊であろう。

だが、自爆テロと違い、自爆して敵戦艦を撃沈させるもので、多数の自国一般庶民や他国一般国民を殺戮するものではなく、良性の腫瘍である。

癌は原爆による放射能によって、遺伝子異常配列によっても起き、直接烈火と強い放射線で死亡するだけでなく、弱い放射線を浴びて、癌が大きくなり、その病状に苦しめられたり、死にいたる。さらに、子が産めない体になったり、産めたとしても奇形児や成長して癌患者になって長く生きられなくなる。

この原爆や原発事故による癌患者増加は人類種未来そのものを絶滅させてしまう未来永劫まで続く自爆テロとその転移である。

日本は世界で唯一の長崎広島の被爆国であり、世界最大の福島原発事故を起している。

自爆テロが原発破壊に結びつき、転移するのはもう時間の問題だ。

2016年3月に

ベルギー・ブリュッセルの連続爆破テロの実行犯が原子力発電所をターゲットにしていたことが明らかになった

 

自爆テロの標的が、宗教も民族も国も関係なく行われており、日本のNPOが巻き込まれ、首を切られていることからも、日本の原発を標的にした自爆テロが起きないとはいえないし、しかも、日本は被爆、原発事故を世界に先駆けて受難している。原発への自爆テロの脅威の宣伝効果は日本が一番高いのである。

自爆テロはイスラム国や中国のウイグル自治区だけの国や民族の問題だけでなく、

日本が中国朝鮮韓国に対して侵入戦争を起こし、残虐な行為をしてしまった過去の歴史からくる恨みはドイツのナチスが起こしたユダヤ民族殺戮と同様に、何世代にも渡って、続いている。そうした恨みから派生した個人の自爆テロだって起きるし、

社会や自分自身への不満や被害妄想からも自爆テロは起きる

自爆テロはいつでもどこでも起こり得ることであり、その原発への自爆テロによる人類自滅まで追い込まれる兆候が見られる。

原発爆発が一番危険なときは、原発が稼働している時であるのはいうまでもないが、

プールに入って冷やされている使い終わった燃料棒が自爆テロで外に飛び出て、核爆発するまで数時間の余裕があるが、稼働していなくても危険度は稼働時の危険とさほど違いはないだろう。

つまり、原発稼働国だけでなく、過去原発保有国であっても、自爆テロによる原発破壊は今イスラム国による数百万人の難民移動以上の新たな癌増殖のような社会不満個人の核戦争が各地で起きて、あっというまに人類は全滅する危険性が今多大にあるということだ。

その自爆テロの原発破壊による人類全滅を阻止し、そのリーダー役ができるのは 被爆、原発事故、サリン事件があった日本だけである。なぜなら、それらの痛みと悲惨さを最も痛感しているからである。

もう、中国の尖閣諸島の脅しなどで、米国軍隊や核の防衛を期待した国策では日本もアジアも、世界をも戦争から救えない。

原発再稼働をやめることは最低限の防衛であるが、何をさておいても、今ある原発と原発燃料と原発ゴミ、拡散した原発事故放射性ゴミを海底地価数百メートルに移動させ、もし自爆テロがあって爆発しても、最小限の被害ですみ、人類自滅までいたらないように、世界に見本を示し、そのリーダー役になることである。

経済をさらに上向きにさせようと安保、TPP、東京オリンピックなどと、国内外活動するよりも、

人類が今にもすぐ絶滅しないように命の安全を確保することがどんな国策よりも大事だ。

イスラム国やシリア難民の問題以上の試練が、自爆テロ原発破壊によって人類自滅問題があり、その対処を最優先させなければならない今がある。

大きな癌細胞を切り取ったとしても、癌の世界的拡散転移は治まらない。癌による被害を最小限におさえて、人類全滅までいかないようにするのが急務であり、それが世界に先駆け、可能ならしめることができるのは被爆国の日本だけである。

 

必要は存在であり、貴方を貴方らしくする

金曜日, 1月 27th, 2017

I want you. I need you. I love you.


Elvis-I Want You, I Need You, I Love You 投稿者 joseacoostalva

はエルビスの歌で知られ、それに I miss You.が付けくわえられると

さらに、I hate You.が追加されると

I want  You の裏は I miss You.

I love You. の裏は I hate You.

I need You.の裏は I  ignore You.

愛の反対は憎悪ではなく、無関心であるという名言があるが、

無関心とか無視は、あなたがそこに生きていても、あなたがそこに存在していないかのように振る舞うことだ。

もし、「社会は貴方を必要としている」 また 「社会は貴方を必要としていない」 と言われたらどういう風に感じるだろうか?

必要とされていたら、貴方は社会の歯車で存在し、

必要とされていなかったら、貴方はその社会にいてもいなくてもどうでもいいという存在が認められない無である。

シェクスピアの戯曲に

「 To be, or not to be. That is the question.」

この名訳が、生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ!

この to be は ・・であること 存在すること →生きているということ につながっていく。

need も 必要 重要 存在 生きている実感 につながっていく。

必要は健康の大黒柱のように、

必要は自分を自分らしく、

貴方を貴方らしく、

彼を彼らしく、

彼女を彼女らしく、

それをそれらしくする

自分を、貴方を、彼を、彼女を、それを・・・

それらの存在を支える骨格である!

もし、必要という骨格を無視、忘れ去られたら、その人は崩壊してしまう。

生きているのに、生きているという存在感がないと、まさに幽霊にように感じられてしまうだろう。

自分が自分らしく生きていくには

自分が必要に生きているか、必要に生きていないかで判断し、

必要を目的に生きていくことが、自分が生きているという充実感に満たされる存在になるということである。