Archive for the ‘自然に生きる’ Category

徳島大の話予定表ができた

水曜日, 6月 21st, 2017

水曜学舎 (徳島大)
 6月21日(水)16:20~17:50(90分)

1.自信を持って生きること。それがこの世を生き抜く最高の力になるということ。

(老いるものから若者への命のバトンである)・・・10分    16:30まで

2.笑点と折り紙風船作り・・・30分  17:00まで

3.問題解決学

A ダンゴ虫の弁証法  10分 17:10

B メダカの群れ社会学 10分  17:20

C 依存症からの脱却 10分 17:30
禁煙 禁パチ ダイエット

D 目的と手段 10分 17:40

E 健康と自然 10分 17:50

時間が余れば ゴミこん炉 (科学が社会に負けた一例)

 

ボランティア授業

6月22日(木)12:50~14:20 (徳島大) 90分

1.お金とは何か?

A お金はけして借り貸しができない!・・・結論 10分 13:00
お金にもバランスが必要で、現在の貸し借りできる金銭がアクセルとすれば、
貸し借りができない真貨幣がブレーキとして発行されれば、うまく経済生活を安全運転できる。

B ロビンクルーソ・漫画 10分 13:10

C プラスの金利とマイナス金利 10分 13:20

D 貸し借りできない新貨幣ドウカ 10分 13;30

H どうしてまたお金の貸し借りができると幻想してしまったか?  10分 13:40

 

2. 1 for all, all for 1

A ナンバーワンとオンリーワン 10分 13:50

B 張力統合体 を作る 20分 14:10

 

3.働くって何だ? 10分 14:20
お金のために働く時代は過ぎ去り、ボランティアのために働く時代へと世界は切り替わる

 

時間が余れば 瓦理論 公私 5:5 重なり瓦模型の提示

 

第三者機関とは中央銀行にあたる。ブロックチェーンではその中央銀行を必要としない

 

半世紀ぶりに尺八を吹き出した

土曜日, 6月 10th, 2017

コンドルは飛んで行く

おいらも跳んでいく

♫♫♫ ♫♫ ♫♫

どうも、尺八だけの曲は暗く悲しいものが多い。

民謡・演歌でも、なぜか日本人は哀しい感じがぐっとくるようだ。

高校生のころ、近所に、琴古流尺八の大家、兼安洞童先生がおられたので、

一年習い、病気で数年あけ、また一年習ったが、

どうにも自分に音楽の才能がないという壁に突き当たり、

もちろん、子供の時から音痴であることは十分解ってはいたが、

あの尺八のワビサビのかすれた音が好きで、その門に飛び込んだが、

所詮、尺八は音楽そして芸術である。

悩みに悩んだすえ、

洞童先生に聞いた。

「先生、音楽は才能でしょうか?」

「そりやあ、そうだよ・・」

と何気なく答えてくれたが、私には愕然としてしまった。

どんなに努力しても、尺八は上手くならないし、納得いくような作曲もできないもの、

それは天性の才能であり、どんなに好きであっても、どうにもならないものだと。

 

当時、私はいろいろと物事を深く考えることが好きであり、それは尺八よりも好きだった。

そこで、自分の才能は「考える」ことであって、「音楽」ではないと、決断し、尺八をそれ以降やめてしまった。

当時8万円もした尺八は押し入れの隅っこに隠れて、ふと懐かしく手に取ってみたら、縦半分にぱっくり割れていた。そこで、ボンドをつけて、何本もの結束バンドでくっつけたが、音がどうにもならないので、また数十年間ほったらかしていた。

最近、深呼吸しならの瞑想をいろいろと試していたら、けっこう飽きるのだ。

どうせ、深呼吸するなら、尺八の音出しでもしてみようかと、あの割れて鳴らない尺八を吹いたら、

なんと、いくらか鳴ったのだ。

どうやら深呼吸で、腹式と胸式をゆっくり吐き出す訓練をしていたからかもしれない。

腹式だと低い音がでて、胸式だと高い音がでた。まるで、肺全体が尺八の胴みたいにみえた。

また、

好きな考え事も、一段落してきたので、昔の楽譜を引っ張り出して、好きな曲を吹き出した。

でも、やっぱり、暗い、今の時代感覚に合わない曲想だ。

一番心に響くのは宮城道夫の曲だが、それは琴曲で、尺八の音を活かした曲ではない。

尺八の音を活かす曲は虚無僧が吹くような古い本曲である。

だが、暗い、虚無を表すような曲ばかりなので、どうにも納得暗譜なんかできない。

 

そこで、現代尺八が合うような曲はないものかと探していたら、

アンデスのケーナが音も楽器も尺八に近い、ケーナはどうやら、日本雅楽の笙と合わして吹いている。

コンドルは飛んでいくという曲は実に優雅である。高山に住んで、その風にのって飛翔するコンドルの姿が目に浮かぶ。

その楽譜を見つけたが、なんせ五線譜のドレミである。私はそれが読めない。尺八の楽譜ロツレチリしか読めないので、いちいち、翻訳して、自分で尺八楽譜を描いていくしかない。

音楽の才能があれば、みな耳できいて、それをそのまま尺八でふけるだろうが、

才能のない私はいちいち理論と努力で、楽譜をかき、それをまた吹き込むまで、相当の手間と情熱がいる。

 

だが、

老年になって、明日の予定なんかなにもない暇だけが死ぬまでいくらでもあるので、暇つぶしには絶好かもしれない。要は自分が納得いくまで楽しめればいいだけなので、才能なんか必要もないし、そんなものどうでもいいものだ。

 

才能は人のためにあるもので、努力は自分のためにある。

 

そこで、あの博山さんの「汚な美」を思い出した。文字だって、下手な文字の方が味があるものである。

音痴な自分をそのまま楽しめれば、それが一番幸せなことである

 

それがまた

自信を持つということではないだろうか。

♫ ♫ ♫♫ ♫♫♫ ♫♫♫ ♫♫ ♫♫ ♫

コンドルは飛んでいき、

おいらも跳んでいく・・・

コンドルは優雅に、

おいらは自信をもって・・

コンドルはアンデスを

おいらは山梨を・・飛んでいく

♫ ♫ ♫♫ ♫♫♫ ♫♫♫ ♫♫ ♫♫ ♫

60歳からの手習いと言うではないか。

私は66才からの手習いである。

つまり、定年になって時間と金が自由に使えるようになったからできることである。

ついでに、時間と金の他に、自由に使えるのが自信である。

若いときは、その若さ故、自信が持てないが、

老いどきは、その老いさ故、自信が過剰なほどではないが持てる。

それは長い経験と、恥ずかしさが消え

ほとんどの他人が自分より年下になるからだろう。

 

そこで、66才からの尺八の手習いの流儀を打ち立てることにした。

その名も、

 

尺八音痴流

である。

才能はないばかりか、音痴である馬鹿まで付く。

だが、努力だけは惜しむこともなく、とにかく楽しく使える。

なんせ、音痴馬鹿に、つける薬の「時間と金」はいくらでもあるからだ。

 

病院が匙を投げたら自宅や田舎で自然療法しよう

木曜日, 6月 1st, 2017

入院ストレスは深刻な状況に

入院ストレスが深刻であり、

病気を治す病院が、さらに病気を悪化させているという事実が解ってきた。

西洋医学において、「原因不明」の病気というのは、ほぼ「ストレス」が原因であるともいえそうだ。

ストレスは個人的な心や生活スタイルから生まれるもので、

それは目に見える病気ではないから、西洋医学では病気でも、病気の原因とは言えない。

そのため、入院生活におけるストレスの増加には気に留めない。

これからの病院の経営方針も、患者の「ストレス」をいかに無くすかを最優先する必要になってくるだろう。

 

ストレス緩和する「病院と自宅」のネットと訪問治療システムへ

 

東洋医学では「病は気から」といって、多くの病気の原因が「ストレス」であるという。

参照:西洋治療と東洋治療の違い

直接原因を治療する西洋医学だけでなく病気になる前の患者の生活スタイルや心の在り方まで治療する東洋医学との併用をしないと、根本治療は難しい。

患者のライフスタイル改良や心のケアは自宅でやる法が効果的であろう。

それで、「病院と自宅治療」をセットして、

ネットと訪問介護治療を合わせたシステムを構築していくことが望ましい。

 

私の母は自宅治療で天国へ

 

私の母は、大腸がんになり、新宿の東京医科大学病院に入院して、手術し退院したが、

数か月で肝臓に転移してしまい、手術もできないので再入院できないと断れ、近くの初台にある

私立で、古ぼけた玉井病院に入院させらえたが、医師も看護師も不足して、ただ死を待つ病院であり、その看護と治療をみて、あまりに母が苦しむのを、また、家族が24時間そこで寝泊まりできないので、すぐに自体介護へと切り替えた。

ベットとトイレは渋谷区役所で、無料で提供され、また訪問医師は中野から来てもらい、看護師は近くの幡ヶ谷から来てもらった。

そこで、やっと、私と鎌倉の妹と交代で、24時間ケアできるようになった。

たった一か月の自宅看護ではあったが、亡くなったときはたぶん先に逝った父からの愛の告白に乙女のように赤らめ、幸せのような顔をして去っていったのを、記憶している。

癌の痛みはモルヒネをいくら注入しても、消えないが、

息子や娘が、痛い肝臓を手をさすってあげると、不思議と痛みは和らぎ、

母は「ありがとよ、良くなったよ」と繰り返し、幸せそうな顔をした。

 

自然治癒を中心にした自宅・田舎治療がいい

 

こうした家族による手当はどこの病院でも、いつでもできない。

それは20年も昔であるが、訪問医師と訪問看護士で、十分自宅治療ができた。

死を待つ家のような病院として、ホスピスがあるが、家族も一緒に暮らせることはできないだろう。

また、西洋医療がさじを投げた癌であったならば、

そこから、自宅治療や病院が近い田舎の空き家・借り家で、

東洋医療(自然療法など)を中心にした「自分の病気は自分で、家族で治す」という意気ごみで、

楽しく遊びながら、余生を満喫するのがいい。

ひょっとしたら、ストレスを無くした自然治癒で治る確率が30%はあるとも言われるので、完全治癒することだってあるかもしれない。

あきらめた時が最後で、あきらめなけらばまたの始めりである。

自殺ではなく、天(自然)のお迎えがあるまで、共に楽しく生き抜きたいものである。

 

パパラギとの出会い

月曜日, 5月 22nd, 2017

徳島大で話を6月に二度することになって、

いよいよ 若い世代(私の子供も含めて)へ「命のバトン」をする時期が来たと思った。

いわば就活である。

命のバトンには「生き抜く力の資産は子供たち」に、「生き抜く知恵は若い世代」へと繋げたい。

 

私は40才になった時、失恋ばかりする人生に「一生結婚しないでいこう」と決意し、

当時、ベストセラー化した「パパラギ」という本に感銘し、

西洋文化を批判したサモアという国はどういうところだろうか?

という疑問もあって、その西サモアにそれまでの失恋全部の傷心旅行にいった。

 

そして、結婚をあきらめた途端に、18才のサモア人と結婚し、二人の娘を得た。

その娘たち世代への「命のバトン」として、国際結婚という経験を整理していて、

改めて、娘たちを産むきっかけとなった「パパラギ」に出会った。

驚いたことに、それがなんと「著者ドイツ人のフィクション」であることが今解った。

 

私の人生は感銘した多くの本に騙され、失敗してきたが、「パパラギ」にまで騙されたとは唖然とした。

当時に、パパラギがフィクションであると解っていれば、サモアに傷心旅行には行かなかっただろう。

真実をいつ知るかで、大きく人生が変わることは確かだ

 

パパラギがフィクションであれ、その内容は西洋文化の批判としては今も通用する内容なので、まとめてみた、

 

パパラギ

1920年にドイツで画家で作家のエーリッヒ・ショイルマンによって出版された書籍である。ヨーロッパを訪問したサモアの酋長ツイアビが帰国後、島民たちに西洋文明について語って聞かせた演説をまとめたもの。

 

文化人類学者の間では、ツイアビの演説がサモアの話法とは異なっていることなどから、この本は実際にはツイアビの演説をまとめたものではなく、ショイルマンの創作だと考えられてきた。上記の天声人語での評も、ツイアビが実在の人物かどうかは不明というスタンスを取っている。近年の研究により、ツイアビは現地語で「酋長」を意味する言葉であり、本書でツイアビとされている人物はアガエセ(Agaese)という名のドイツ軍の軍属で、ヨーロッパを訪問したこともなかったことなどが分かっている。しかし、ドイツ及び日本での出版時にはフィクションとの断り書きがなかったので、真実だと取り違えている人も多い。

 

パパラギの本当の神はお金だ

おまえたち、明敏なわが兄弟よ、わたしたちはみな貧しい。太陽の下、私たちの国ほど貧しい国はない。

私たちのところには、箱いっぱいの丸い金属もなければ重たい紙もない。

パパラギ(白人)の考えからいえば、私たちはみじめな物乞いなのだ。

だがしかし!おまえたちの目を見、それを金持ちのアリイ(紳士・男)の目と比べるなら、彼らの目はかすみ、しぼみ、疲れているが、おまえたちの目は大いなる光りのように輝いている。

喜びに、力に、いのちに、そして健康にあふれ、輝いている。おまえたちの目は、パパラギの国では子どもだけしか持っていない。

言葉も話せない、それゆえお金のことは、まだ何も知らない子どもだけしか。・・

大いなる心は、私たちをアイツウ(悪魔)から守ることによって、私たちを愛してくださった。

お金がアイツウである。その仕業はすべて悪であり、悪を生む。お金にさわったものは、その魔力のとりことなり、それをほしがるものは、生きているかぎり、その力もすべての喜びもお金のために捧げねばならない。

もてなしをしたからといって何かを要求したり、何かをしてやったからといってアローファ(贈り物・交換品)をほしがるような人間を、私たちは軽蔑する。

という尊いならわしを、私たちは大切にしよう。ひとりの人間が、他の人たちよりずっとたくさんの物を持つとか、ひとりがうんとたくさん持っていて、他の人びとは無一物、というようなことを私たちは許さない。

そのならわしを大切にしよう。そうすれば私たちは、隣の兄弟が不幸を嘆いているのに、それでも幸せでほがらかにしていられるあのパパラギのような心にならずにすむ。・・
宣教師は私たちに嘘をつき、私たちをあざむいた。

パパラギが宣教師を買収し、大いなる心の言葉を借りて私たちをだましたのだ。

丸い金属と重たい紙、彼らが「お金」と呼んでいる、これが白人たちの本当の神さまだ。
(中略)
彼は患い、とり憑かれている。だから心は丸い金属と重たい紙に執着し、決して満足せず、できる限りたくさん強奪しようとして飽くことがない。

「私はこの世に来たときと同じように、不平も不正もなく、またこの世から出てゆきたい。大いなる心は私たちを、丸い金属、重たい紙なしに、またこの世に送ってくださったのだから」などとは、彼は考えることができない。

(中略)

そう、おまえは誕生のときにさえお金を払わねばならず、おまえが死ぬときも、ただ死んだというだけで、おまえのアイガ(家族)はお金を払わねばならぬ。

からだを大地に埋めるにも、思い出のためにおまえの墓の上にころがす大きな石にも、お金がかかる。

(中略)

何よりもまず、私たちはお金から身を守ろう。

パパラギは今や、ほしがらせようとして、私たちにあの丸い金属と重たい紙を差し出している。

それが私たちを豊かにし、幸せにすると言う。

すでに私たちの中で、目がくらんで、重たい病気になったものがたくさんいる。

けれども私はおまえたちに語ろう。お金で人は楽しくなったり、幸せになったりすることはない、それどころか、人の心を、人間のすべてを、悪しきいざこざの中へ引き込んでしまうということを。

そしてお金は、ひとりも本当に救うことはできない。ひとりも、楽しく、強く、幸せにすることはできないのだということを。
おまえたちが、おまえたちのつつましい兄弟の言葉を信じ、言うことをわかってくれるなら、おまえたちはあの丸い金属と重たい紙を、もっとも凶悪な敵として憎むことになるだろう。

「丸い金属と重たい紙について」

 

石の箱に住むパパラギ

パパラギは、巻貝のように堅い殻の中に住み、熔岩の割れ目に住むムカデのように、石と石のあいだで暮らしている。頭の上も、足の下も、からだの周りも、すべて石である。

パパラギの小屋は石でできていて、まっすぐな箱のような形をしている。たくさんの引き出しがつき、あちこち穴だらけの箱である。

(中略)

たくさんの人の住む石造りの箱、無数の河野用にあちこちに通じる高い石の割れ目、その中の人波、うるさい音と大騒ぎ、すべてのものに降り注ぐ黒い砂と煙、一本の気もなく、空の青もない、明るい風もなく、雲もないところ、これをパパラギ(白人)は「都市」と呼び、それを創ったことを誇りにする。

たとえそこには一本の木も、森も、広々とした青空を見たこともなく、まだ一度も大いなる心と対面したことのない人間ばかりが住んでいようとも。

(中略)

パパラギは、彼らが集めてきたこの石の山が自慢なのだろうか。私にはわからない。

パパラギは、何か特別な心を持った人間のようだ。意味も無いことをたくさんする。無意味どころか、そのために自分が病気になってしまう。にもかかわらずそれをほめ、自分で美しい歌にして歌う。

(中略)

だから不思議でならないのは、どうして人がこの箱の中で死んでしまわないか、どうして強いあこがれのあまり鳥になり、羽根が生え、舞い上がり、風と光を求めて飛び立ってしまわないか、ということである。

だがパパラギは、石の箱が気に入っており、その害についてはもはや気がつかなくなっている。

(中略)
ここは、まだいくらか美しく、豊かである。私たちの土地と同じように、木々や森や川があり、小さな本当の村もある。

(中略)
これらの村には、町の人間とは違った心の人びとが住んでいる。

この人たちは田舎者と呼ばれる。町の人間より食べ物もたくさん持っているはずなのに、ざらざらの手をし、汚れた腰布をつけている。

彼らの暮らしは、割れ目の人間よりもずっと健康で美しい。

ところが、彼らにはそのことが自分で信じられず、彼らがなまけ者と呼んでいる、大地に触れることもなく、果実を植えて収穫することもない町の人間たちのことをうらやましがっている。

(中略)
だが双方のこの争いは、戦争にまで広がるほどのものではない。

総じてパパラギは、割れ目に住んでいようと田舎で暮らそうと、あるがままに、すべてのことに満足なのである。

(中略)
だが私たち、日と日の光の自由な子である私たちは、大いなる心にいつまでも忠実に、石をもってその心を煩わすことはすまい。

もはや神の手を放してしまい、心迷える病気の人たちだけが、日もなく光もなく風もない石の割れ目で幸せになれるのだ。そんな不確かな幸せでも、パパラギが望むならくれてやろう。

だが、日当たりのいい私たちの海岸に石の箱を建て、石で、割れ目で、塵と埃で、うるさい音で、煙で、砂で、人間の喜びを滅ぼそうとするパパラギのあらゆる企ては打ち砕かねばならぬ。

「石の箱、石の割れ目、石の鳥、そしてその中に何があるかについて」

 

個人主義のパパラギ

パパラギは一種特別な、そして最高にこんがらがった考え方をする。

彼はいつでも、どうしたらあるものが自分の役に立つのか、そしてどうしたらそれが自分の権利になるのかと考える。それもたいてい、ただひとりだけのためであり、みんなのためではない。このひとりというのは、自分自身のことである。(p68)

神からたくさんの物をもらえば、兄弟にも分けてやらねばならない。そうでないと、物は手の中で腐ってしまう。

なぜなら神のたくさんの手は、すべての人間に向かって伸びており、だれかひとりが他のものとは不釣り合いにたくさんの物を持つのは、決して神の心ではない。

さらに、だれかひとりがこう言うのも神の心ではない。「おれは日なたにいる。おまえは日陰に行け」私たちみんなが、日なたに行くべきである。

神が正しいその手の中で、すべてのものを支えておられるかぎり、たたかいもなければ苦しみもない。狡猾なパパラギは、こう言って私たちまでだまそうとする。

「神様のものなんて何もない。おまえが手でつかんだものは、おまえのものだ」――そのような愚かな言葉に耳を貸すまい。正しい知恵に耳かたむけよう。すべては神のものだ。(p75)

パパラギは何でも、貪欲に取り込む。

たとえばどんなに悲しいことでも、健康な人間の理性ならすぐに忘れてしまいたいことでも。

そう、まさにそういうよくないこと、人を悲しませるようなことが、どんないいことよりもずっとくわしく伝えられる。そう、よいことを伝えるより、悪いことを伝えるほうがずっと大切で、うれしいことででもあるかのように、こと細かに。(p102)

パパラギの生き方は、サバイまで舟で行くのに、岸を離れるとすぐ、サバイへ着くのに時間はどのくらいかかるかと考える男に似ていると言えるだろう。彼は考える。

だが、舟旅のあいだじゅう、まわりに広がる美しい景色を見ようとはしない。

やがて左の岸に山の背が迫る。それをちらっと見ただけで、もう止まらない――あの山のうしろにはいったい何があるだろう。おそらく湾があるのだろう。

深いのかな?せまいのかな?こういう考えのためにもう、若者たちといっしょに歌っていた舟唄どころではなくなってしまう。若い娘たちの冗談も聞こえなくなってしまう。(p108)

考えることが重い病気であり、人の値打ちをますます低くしてしまうものであることを、パパラギは身をもって私たちに教えてくれた。(p115)

物がたくさんなければ暮らしていけないのは、貧しいからだ。

大いなる心によって造られたものが乏しいからだ。パパラギは貧しい。

だから物に憑かれている。物なしにはもう生きていけない。

(中略)
少ししか物を持たないパパラギは、自分のことを貧しいと言って悲しがる。

食事の鉢の他は何も持たなくても、私たちならだれでも、歌を歌って笑顔でいられるのに、パパラギの中にそんな人間はひとりもいない。

ヤシの木の方がパパラギよりずっと賢い

おお、兄弟たちよ、こんな人間をどう思うか。
サモアの一つの村なら村びと全部がはいれるほど大きな小屋を持ちながら、旅人にたった一夜の宿も貸さない人。
こんな人間をどう思うか。
手にバナナの房を持ちながら、すぐ目の前の飢えた男に乞われても、ただの一本も分けてやろうとしない人。
私にはおまえたち(白人を指す)の目に怒り、唇には軽蔑の色の浮かぶのが見える。

そうなのだ、これがいつでもパパラギのすることなのだ。
たとえ百枚のむしろを持っていても、持たないものに一枚もやろうとはしない。
それどころか、その人がむしろを持っていない、と言って非難したり、むしろがないのを、持たない人のせいにしたりする。
たとえ小屋のてんじょうのいちばん高いところまで、あふれるほどの食物があり、
彼とアイガ(家族)が一年食べても食べきれないほどでも、食べるに物なく飢えて青ざめた人を探しに行こうとはしない。
しかもたくさんのパパラギが飢えて青ざめて、そこにいるのに。

熟せばヤシは葉も実も落とす

葉も実も落とすから、根元の土はますます肥えまた新しく葉が茂り実が成る
人も年ごとに振り落としていくものがなければ心の土壌は肥沃にならない
でも、パパラギに生き方は未熟なヤシが葉も実もしっかりかけているようなもの

「それはおれのだ!持って行っちゃいけない。食べちゃいけない」

と 人はあんでも抱きかかえて離したがらない。
それじゃどうして新しい実がなる?

ヤシの木の方がパパラギよりもずっと賢い
ヤシは葉も実も落として根元の土を肥沃にし
パパラギはなにもかも抱きかかえて枯れ死していく
ヤシの木のほうがパパラギよりずっとかしこい。

 

やっかいな迷いから抜け出るにはもっと自由に遊べ

金曜日, 5月 19th, 2017

ダンゴ虫の弁証法的習性

ダンゴ虫の障害があった時に左右交互に動く弁証法的習性で、難なく迷路から抜け出ることができた。

だが、その迷路が複雑であった場合は、ダンゴ虫はその弁証法的習性だけでは障害は克服できず、パニックに陥ったり、うつ病のように閉じこもったりする。

ちなみに、

弁証法の正反合の合とは何か?

というと、それは矛盾の解決法であり、その矛とその盾を戦わせ、勝利した方を選ぶということで、正反合の合は「戦い」「確認」「挑戦」「実験」という意味が強い。

 

しかい、正反の内容が事実ではなく、感情・意見・知識・信念・伝統といった場合は、正反の意見が違ったままで和合するというような、「みんな違ってみんな良い」という「結論先送り」「保留」「かっこにくくる」「平和」「和を以て貴しとなす」という意味あいである。

ダンゴ虫はいかに複雑な迷路から抜け出たか?

左右に動く習性では迷いから抜け出られないと知ると、パニックになったり、ふさぎ込んだりする。

だが、気を取り直して、左右に動く習性にこだわらず、左左と続けて動いたり、時には上に這い出すような挑戦をしていく。

つまり、弁証法的習性にこだわらず、自由に、動き回ることで、いつの間にか、迷路から全員抜け出ることができる。

このダンゴ虫が生き残るための弁証法的習性は、時には知恵であったり、時には障害的な思い込みであったりする。「いつもこうだ」「こうなっている」「こうすべきだ」というような、「常識」「習慣」「道徳」「知識」は簡単な迷いからの脱出はできるが、複雑な迷いからの脱出には不向きであり、むしろ、そういう固定観念をはずして「自由」に「挑戦」を「し続ける」ことが生き残れることが解る。

メダカの迷路の脱出法

メダカが生き残る習性は群れである。

だが、この群れるという習性は、迷路からの脱出には邪魔になっていることがわかる。

あるメダカが群れから飛び出て、新しい道を進むが、独りでは不安になり、元の群れの方にすぐもどってしまう。だが、あるメダカは自由に遊びながら、群れから何度も大きく飛び出していく。それを観ていたメダカも同じように遊びだす。そのうち、大きく遊びだしたメダカから迷路から抜け出すことがわかる。

生き残るためには、群れという習性が時にはよいが、時にそれは邪魔になることがある。群れるという習性にこだわらずに、もっと自由に遊ぶことで、自分も、またその群れ全体を救うことができるともいえる。

群れという生き残る習性は、人間ならば、多数決で物事を決めるということである。だが、その多数決されたものが、逆に群れ社会全体を戦争状態のようなパニックを起したという歴史はいくらでもある。

だが、多数決に限らず、独り自由に遊ぶかのように行動することで、自分も社会も救う道が出てくるということもある。

もし、群れ社会が混乱していた時は、その社会の常識にこだわらず、メダカのように、独り自由に遊んでみることが、自分も群れ社会も救える道だともいえよう。

 

おじさん、何のために生きているのかな?

日曜日, 5月 14th, 2017

男はつらいよ 39作目 寅次郎物語1987年

 

甥っ子の光男が寅さんに聞く
「おじさん、人間は何のために生きているのかなあ」

「うんなあ・・難しいこときくなあ。・・・うんなんというかなあ・・
ああ、生まれてきてよかったなあ というときが何べんもあるじゃない、ね、
そのために人間生きているじゃないか?
そのうちおまえにもそういう時がくるよ。まあ頑張れ」
と、光男の肩をたたく。

寅次郎サラダ記念日1988年

大学受験に悩む光男が荒川を二人でながめるおじさんに聞く

「大学にいくのはなんのためかなあ?」
「決まっているでしょう。これは勉強するためです」
「じゃあ、なんのために勉強するのかなあ?」
「人間長い間生きていりゃあ、いろんなことにぶつかるだろう、なあ。
そんな時俺みたいに勉強してないやつは、

このふったサイコロで、出た目で決めるとか、

その時の気分で決めるしかしょうがない。なあ
ところが、勉強したやつは、自分の頭できちんと筋道をたてて、

はて、こういう時はどうしたらいいかなと、考えることができるんだ。

 

学びコミュニティへの参加に向けて

水曜日, 5月 10th, 2017

どうやら二回体験談を話すことになった。

6月21日(水)水曜学舎 16:20~17:50

6月22日(木)ボランティアの授業 12:50~14:20

6月23日(金)自然と健康の会 10:00~18:00

それに

柳生心眼流の伝承者 島津先生の送迎ともども、一泊二日かけて行う。

8月1日(火)午前9時町田宅へ 途中、温泉があるところで一泊

8月2日(水)温泉と夕食後 知足庵到着

8月3日(木)ボランティアの授業(島津先生)

8月4日(金)キャンプファイヤー

8月5日(土)健康講座(島津先生)

午後、淡路島 砲術研究の旅 後東京へ 途中一泊

8月6日(日)東京町田宅 着

社会人講義先輩のドクターKから、一切何も準備しない方がいいと怒られるように言われたが、その時何を話すかは決めるとして、一応、どんな場所でどんな授業なのかを知っておかないと、落ち着かない。

大橋教授が目指しているのは何か? 教えてもらえなかったので、独自に調べることにした。

徳島大学 学びラウンジ を主催していて、国際交流を、双方の留学生同志が日本で、海外で ともに体験し語り合い、生活するという方法で、実践している

水曜学舎・・学生と社会人が共同して学びあう会を立ち上げました!その名も『水曜学舎』。毎回テーマを設定して、参加者全員で議論をしています。時に真剣に、時に笑顔ありの中身の濃い会となっています。豊かな人生を目指して、みんなで知恵を出し合いませんか?

総合科学特別講義

総合科学=諸科学を総合して地域課題の解明を目指す地域科学の意義や方法について考察します.授業の後半は、地域社会人との議論が中心になります。また、英語で授業を行う事があり、この授業では英語での意見表明が必要になります。英会話を用いる課外活動への自主的な参加を含めて、外国語の基本的運用能力を身につけながら国際感覚の醸成をはかります.また、体験・参加型学習の形式で課題についての探究と問題解決のための方策を思考できる能力の育成を目指します.

  1. 持続可能な社会を考える
  2. 自然環境保全(石田・大橋・佐藤)
  3. 地域活性化(石田・大橋・佐藤)
  4. 地域文化(石田・大橋・佐藤)
  5. 世代間格差(団塊の世代)(石田・大橋・佐藤)
  6. グローバル化とは(石田・大橋・佐藤)
  7. 歴史を学ぶことの意義(大橋・佐藤)
  8. 大学教育と生涯学習(大橋・佐藤)
  9. 原発問題をどう考える(大橋・佐藤)
  10. 国際交流と国際協力(大橋・佐藤)
  11. 幸福な国を築くには・・(大橋・佐藤)
  12. 哲学をもつことの意義(大橋・佐藤)
  13. 大学教育の課題(大橋・佐藤)
  14. 教養を学ぶ意義(大橋・佐藤)
  15. 総括 総合科学の必要性(大橋・佐藤)

それで私がなぜ呼ばれたかはどうやら社会人ボランティアとしてのようだ。

徳島大学は,「人間性に富む人格の形成を促す教育を行い,優れた専門能力と自立した未来社会の諸問題に立ち向かう,進取の気風を身につけた人材の育成に努める」ことを教育理念

この取り組みにおいては、地域社会の様々な分野で活躍し,大学教育・教養教育に造詣の深い地域社会人をボランティアとして広く迎え入れ,学生・社会人・教員の三者で互いに学び合う場としての「学びのコミュニティー」を授業内あるいは授業外で構成します。

知の循環型社会を構築するための一環のようだ。

どうやら、ドクターKが 主体は学生であって、テーマも、流れも、彼らに任すというもので、社会人ボランティアは提出された内容に対しての経験談を話して、議論を活発化させる役目、まさに、ソクラテスの産婆さんの役割だというのが解る。

そこで話すことは前もって決めないで、学生の質問から、始めるというのが、最も相応しい産婆術であろう。

ともあれ、そうした場合の質問予想に対しては自分なりに整理しておきたいし、質問がなくても、自分自身を整理するにも、よい学びの機会になるだろう。

私が大学生だった時に、こんな授業があったら、どんなことを聞きたいか?

また、現代の大学生が一番問題視しているのは何か? ということを調べてみることも必要だろう。

 

日御子(卑弥呼)を追いかけて

木曜日, 5月 4th, 2017

混一疆理歴代国都之図(こんいつきょうりれきだいこくとのず)は1402年に李氏朝鮮で作られた地図で、その時の日本は室町幕府の時代であり、その首都は京都であった。その地図から見ると奈良にも京都にも見える。そのため邪馬台国が奈良にあったとするのは間違いだった。

九州説の動画が最も分かりやすく、それを元に追いかけてみた。

実際に朝倉市の平塚川添い遺跡公園に行ってみたが、その弥生式集落の規模が少なく、もっと大きい吉野ケ里遺跡でも、小さく、それ以上にもっと大きな連合村落であったように思えた。

 

魏志倭人伝の世界というwebでは

卑弥呼が天照大御神であったとすると、神話や伝説がスッキリとまとまってくる。

卑弥呼の遺骨はたぶん八女市の古墳に納められたのだろう

その後継者が阿蘇山の南の高千穂の天岩戸に卑弥呼を天照大御神として神化し、その岩に魂が宿るかのように、神話化し、そこに神社を建造して、祀り、そこに遷都して、天孫降臨の伝説が作られたと思われる。

弥生時代の埋葬は甕棺(かめかん)であり、その甕棺を自然の岩として埋葬したとしてもおかしくない。

高千穂の前の都はたぶん山の要塞があるような太宰府天満宮であり、高千穂に遷都したのは南を征服するためと、自然の要塞として山に都を作ったのであろう。

八女市を邪馬台国があったとすると、そこは高千穂から新宮から東征へと神武天皇のルートに重なる。

天皇は死後神として古墳に祀られてきた。弥生の甕棺から古墳になったのは朝鮮の古墳を取り入れたものであろう。百済の王が日本に亡命して亡くなった時にはやはり神として古墳が作られ、神門神社も作られた。

邪馬台国がどこにあったかは重要ではなく、その時の最高の権力者が神として祀られてきたということが重要である。日本全体を治めた卑弥呼や天皇はその遺骨は古墳に、その霊魂は神社や神宮に、庶民の神棚に祀られ、日本人の心を一つに治め、平和な国として安定させようとしたと思われる。

日本を治めるためには、最初は武力であったが、その武力をさらに治めるのは心である。武力を心で治めるためには、洗脳が必要であり、その一役をになったのが神格化であり、それは武士道にも発展している。勝負事のスポーツが平和の祭典ともいわれるのは「平和の心」を最高の神のような精神にしたためであろう。

二つ目に重要だったことは、日本全体を治めるためには、男王ではなく、女王でなくてはならなかったことである。日本の神を奉る最高神が女の天照大御神であったことは、弥生以前は縄文時代が15000年も続いたことに関係がある。

弥生、古墳、現代歴史を合わせても2000年であり、その弥生文化はみな中国朝鮮から伝わり、現代文化はインドヨーロッパから伝わり、発展したものである。

15000年も続いた縄文文明は日本独自のもので、そこに日本全体を統一しようとする武力闘争もなかったし、最も強い権力者を神とする精神もなかった。

縄文の日本人が最も大切にした精神は縄文土器や土偶にみられ、その中心は妊婦姿である。南アルプスのふるさと伝承館には妊婦の土偶が中心におかれ、その妊婦は鈴のように一部穴が開けられ、鳴るようにできている。

その館長さんに話を聞いたら、縄文のキーワードは「再生」であると言う。「再生」は「出産」であり、破壊や闘争ではなく、「平和」と「創造」でもある。

それが女性であり、しかも妊婦であり、新たに生まれる赤子の鳴き声(鈴)である。

そうした15000年も続いた女性と妊婦を最も大事にした、日本独自の縄文文明があったからこそ、日本の武力闘争を治めたのは女王の卑弥呼=日御子であったし、男王ではできなかったといえるだろう。

今世界は3000年くらい戦争の歴史を繰り返している。神様同志が戦争するようになってしまった感がある。そうした武力闘争を治めて平和な世界を築くのは縄文の妊婦を最も崇める心をもって、平和な世界を再生する心は日本独自の縄文の心にあるように思える。

 

「みんな違ってみんな良い」をどう実現するか

月曜日, 4月 17th, 2017

私も含めて、友人たちの家族の多くはバラバラになっていて、老人の孤独死が自然のような家族環境になってきている。

邪馬台国をなぜか求めてきて、そこがどこにあったかはどうでもいいことだが、なぜ、その歴史ロマンに引き込まれるか? 不思議であった。

吉野ケ里遺跡に二日間車中泊して、どうやら、「日本人の心のルーツが大和国という家にあり、そこに八百万の神々が集まり、和して団らんしている」そうした中心に天照大御神=日御子があり、現天皇に象徴的に一つにまとまっていて、安定している。

「みんな違ってみんな良い」を初めて日御子が大和国として、統一実現させた。それは武力ではなく、国民みんなを神々として尊重・尊敬する敬愛の心で統一実現したのだろう。

すぐ武力で制圧しようとする男の特質は破壊に通じ、命を生み出す女の特質は平和に通じるので、敬愛を持つ女王日御子が勇猛をほこる男どもから担がれたのだろう。

世界は今、東洋と西洋の中間にあるシリアにおいて、武力による殺戮と破壊がとどまることなく進んでいる。それを平和にする術がなく、困り果てている。こうした状況は弥生時代の後期に似ている。イスラム国のように首狩りが当たり前の状況であったことも、その甕(カメ)カンに埋葬された遺骨からも解る。

もし、日御子のような敬愛を持つようなリーダー(もしくな法や精神)が世界で選出されたならば、どんな宗教も、どんな人種も、72億の神々として敬愛し、平和に統一されていくだろう。

日本は日御子の時代から二千年にわたって、引き継がれた敬愛の心をもっているのだから、そうしたリーダー役にはもってこいであろう。それはなんの因果か解らないが、唯一の被爆国であり、非戦国としての平和憲法を持っている国として、それを果たすべき日が来たように思える。

 

身長は150センチ、獰猛な戦士をなだめ、敬愛をもって、大和国を平和に治めた

前に、真実は一つだが、真理は一つではない。

としたが、通常、コナンでもそうだが、人の心情や意志を真実の中に入れてしまうので、誤解されやすい。

それで、

事実は一つ、真理は人間の数だけある。

と言い換えることにした。

それは、「みんな違ってみんな良い」を実現するのは敬愛と思えたが、そうした心情は一つになりにくいので、「事実は一つ」を応用して、「事実を共に共有すれば和する」と言えるだろうし、正反合の弁証法の合も、事実の共有で、合するとも言えるだろう。

シリアの問題も、

「共に生きるか?共に死ぬか? どっちが事実であり、どちらの事実を受け入れれば和する?」

という事実の共有で和解できるだろう。

 

真実は一つだが真理は一つではない

木曜日, 4月 13th, 2017

真実はいつも一つ!

「真理はただひとつと考えるのか複数あると考えるのか?」ダライ・ラマ十四世法王

ダライラマは「真理は複数であり、また一つでもある」という自己矛盾に陥っている。

真理は一つであって、第二のものは存在しない。その真理を知った人は、争うことがない」『スッタニパータ』『ブッダのことば』(岩波文庫)194頁

ブッダは「真理が一つであれば、他はみんな真理ではなくなるので、どれが真理か争うしか道がなくなる」ので、その悟りは空論にすぎない。

こうした矛盾や空論は言葉の定義を明確にすると理解しやすい。

上記で語られる5つの言葉が

真実=真理=神=仏=宗教 だとして、

それぞれの言葉の定義がされず、みな同じだとして説明するので自己矛盾と空論に陥ってしまうのである。

これを山登りに譬えてみると

真実は山登りする人々の全体を示すが、真実以外の真理・宗教・神・仏・生き方などは、それぞれの山頂(目的)を目指して上る山道であり、その山道は尾根ルート、沢ルートなどたくさんある。独りで山登りするだけなら問題は起きないが、二人以上で同じ山道を登ろうとするとイザコザが起きる。

どの山道を選ぶかだけでなく、どの山を登るかで、問題が起きるのである。また、登るスピードや、登り方でももめることになる。

今回の旅のテーマは

「みんな違って みんな良い」

という楽しみをどう実現していくか? そのバトル実験を試みている。

この山登りをみて、

それが個々人がみなバラバラに自由に自分の山道を選び、マイペースで登っていけば問題がまったく起こらないが、もし、二人で同じ山や山道を選択しようとしたり、同じペースで登ろうとしたら、問題が起きてしまうことが解る。

そうした場合の解決策は

地球上の72億人の一人一人の自由なな生き方を認めるように、72億人の真理と神と仏があることを認めることである。真理はけして一つではなく、また宗教も神も仏もけして一つではない、それは独り一人の生き方であって、それを誰しも強制することも、強制されることもない。

それを認め合うことで、時に、同じ山道であり、時に同じ山であり、そうした一人一人の生き方の違いを、自分にはできない生き方を知ることで、大いに楽しむことで、調和していくのであろう。