Archive for 5月, 2015

麦と稲がやっと作れた

土曜日, 5月 30th, 2015

この山梨に引っ越した畑で

福岡正信著「自然農法・・わら一本の革命」に感銘し、土団子を蒔いて、麦と稲を育てる方法から5年かかり、やっと直採取した麦と稲の種で収穫と苗床を成功させた。

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昨年採れた直採取した麦種で今年収穫の6月になった

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昨年収穫した陸稲の種をすべて今年の種籾として苗を育てている

わら一本の革命の帯封には

「耕さず、草もとらず、肥料もやらず、しかも多収穫!<現代の老子>が語る無の哲学を実践」

と書いてある。

この通りに土団子を作ってばらまき、いざ実践してみると、麦はいくらか育つが、稲はまったく育たない。

無の哲学は大嘘であり、ただの「こうあったらいいな」という、理想論にすぎない。それは科学でもなければ哲学でもない。

ただ、その大嘘の理想が 農薬漬けの現代農法に警笛を鳴らして、大きく変革への道を開いたことは確かだった。

「嘘も方便」としては、「わら一本の革命」は成功したことは間違いないだろう。

 

 

 

人は神に成ることはできないが神になったと想像できる

木曜日, 5月 21st, 2015

学生時代に難解なカントの純粋理性批判を読破はできなかったが、カントが一番大事にしているのが想像力(構想力・・英仏:imagination、独:Einbildungskraft)であることを知った。

 

ジョンレノンの平和の歌の始まりが、「想像してごらん もし・・・・であったら」という想像力である。

10代の学生時代に、自分のこと家族のことそして受験社会の問題に悩み苦しみ、それを解決しようともがいた青春時代だった。一番の難問は「なぜ勉強するのか(なぜ生きるのか)」であり、それを悟ろうと必死になった結果、一年余りも精神病院に入院せざるをえなくなった。

病気になった理由は修行(呼吸法による瞑想)によって本気に神になり、仏のように悟ろうとした為である。もし私がイエスキリストの生まれ変わりのような者になったり、釈迦のように悟ったと信じ込んで行動したら、貴方はきっと私が狂人になったとして精神病院に連れて行くでしょう。

人は神仏に成ることはできない!

なぜなら 神は宇宙創造と破壊をする自然を人間化した想像力の産物であり

仏は全知全能の力を持つ自然を人間化した想像力の産物であるからだ。

人は地球の生命を司る自然から生まれた者であり、世界の創造破壊まして自他の命の生死なんかを決めることはできない。

人ができるのは

自分が神仏自然になったと想像することだけである

この自分がもし神仏自然になったと想像した時、目前にある自分・家族・社会問題の多くを解決する道の第一歩が開かれる。

例えば 国境を奪い合って戦争するイスラム国の現実の姿を神仏自然になったと貴方が想像したとしたら、きっと仏のような慈悲の眼で笑みを浮かべてこう言うかもしれない

「地球に国境なんかありません。アラーの神もキリストも仏もその他いろいろな神仏自然もみな同じ者で 宗教の違いなんかもありません。まして、同じ人間同士を殺し合いさせることもありません。

人類は何も無いモノを有ると思いこんで 争ったり殺し合っています。それは何もない空中に毒グモが落ちてくると妄想して 狂ったように手足をばたつかせるような姿に映ることができるでしょう」

人は神仏自然になったと想像することもできるし、無いものを有ると想像したり、在るものを無いと想像することもできることで、自分や世の中のあらゆる問題を自分たち自身で創り出すことも、解決解消破壊することもできる。

昨日、床のフローリングをしていて、一部下の柱が張り出していて 水平にできないで困ったが、こう自分に言い聞かせた

「お前はプロではなく、素人なのだから、少々床が凸凹になったっていいではないか。どうせ自分のアパートなのだし、自然の地面が凸凹しているのは当たり前だし、むしろ、床が凸凹している方が面白いし、飽きも来ないで暮らしやすいではないか。下手な子どもの絵の方が幾何学模様よりも温もりを感じることができるだろう?!」

 

 

 

BIコインの店

火曜日, 5月 19th, 2015

フリマ笹塚の顧客が戻ってきたり、増えてきた。それはそれで嬉しいことだが、また顧客が激減することもあるかもしれない。その対策と同時に 次ぎの一手を講じてみたい。

板橋のアパートのリフォームが今年いっぱいで完成の見込みができた。一方、倉庫付き駐車場の二件が4ヶ月たっても借り手がつかない。常に今のピンチは明日のチャンスになるのは自然の進歩でもある。

顧客が少ない先月は店終いと倉庫付き駐車場の土地を売る決断に迫られた。金銭の損得を勘定するビジネスではこうした決断は早めにする方が傷が少ない。

しかし私の人生最後の大仕事は『BIコイン』の啓蒙である。『BIコイン』の実現とは言いたいが 実現できるのは「国の法律」であり、私自身ができるのはダイエットと同じで、自分の行為そのものを変革することだけである。BIコインが実現できようとできまいと そんなことは自分にとってどうでもいいことだ。決めるのは多くの他人であり、年金がもらえる65歳老人の残された時間をどう燃やし尽くすかであるから、『BIコインの啓蒙』を充分楽しみながら やるだけである。

『お金ってなんだ?』を5年余りも研究してきて、現在主流の金銭システムがサッカーのようなボール(金銭)を奪い合い、ゴール(投資)を決めて 点数(金儲け)を増やすマネーゲームになっていることに気が付かされた。

貨幣はもともと物々交換をより簡単にできる便利なコイン(道具)から発展してきた。そのコインが金銀銅アルミから手軽に印刷できる紙幣になっている。

そうした紙幣を利息をつけて貸し借りできる法律ができ、借用書(債券)が貨幣の代用品になり、株式と発展している。

貿易で外国通貨との交換ができるようになると、金交換から、世界で一番流通していたアメリカドルが基軸通貨となって 固定相場で交換された。

さらに貿易通貨として その交換量や貸し借りが増えてくると、円やユーロのような通貨はその時の売買相場で交換する変動相場制になり、外国為替もまた貨幣の代わりにもなっている。

人々は株式や外国為替(FX)をサッカーのようなマネーゲームをして、点数(金銭)を稼ぐことに夢中になって 参加また観戦し楽しんでいる。毎日のニュースが為替と株価の相場がサッカーの試合の勝敗の点数と同じく報じられている。

だが、株も外国通貨も持っていない国民の方が持っている人よりも 私と同じように はるかに多いのではないだろうか?

株やFXの相場に無関係で、毎日の生活費として金銭をどう得るかが最も大きな関心事になっている庶民が多いのではないだろうか?

この人生をどう楽しむか?というより、どう生き抜くか!で精一杯である方がより現実的な問題であるように思える。

この地球上で人類が他の哺乳類よりも繁栄できたのは「分かち合い・分かり合える」という「知恵」がより進化できたためであろう。

貨幣金銭も「奪い競い合うボール」として楽しむ道具だけでなく、一部(瓦理論では2割)を、「分かち合う・分かり合えるコイン」として 共に生き抜く力に進化することで、金融恐慌や経済破綻にも耐え得る国造りできるのではなかろうか。他国と無益な戦争をしたり、味方の国の防衛戦争に巻き込まれたりしないですむし、経済格差がどんなに大きくなろうとも国民は笑って過ごせる平和な国になることができるだろう。

その「分かち合う・分かり合える貨幣」こそ、『BIコイン』(ベイシックインカムコイン・・基礎所得貨幣)である。麻雀ゲームでいえば、そこで使われる増減しない点棒であり、サッカーでいえば試合に使うボール(空気が抜けたりしたら交換できる)であり、それらの勝ち負け点数である損得・貸し借りをできる金銭を根本的に支える最も重要な貨幣である。

『BIコイン』は小学生が保護者を招いて行うお店ごっこである。自分たちが作った商品に値札を付け、売買する貨幣を保護者全員平等に配って売買する。

お店の商品が全部買える総額の貨幣が発行され、それが保護者も店主小学生も合わせた総人数で平等に配られれば、自分たちが好きな商品を選び、かつ参加者全員で平等に生産した商品を分かち合えることができる。

但し、作られた商品がすべて嗜好品でななく、生活必需品のように小学生が作った商品として差別なく受け入れられる商品であれば、好き嫌いで商品を奪い合い売れ残りが出たり、足りなくなることは少なく、平等に分かち合いできることになる。

つまり、BIコインが国民すべてに平等に配給されるためには、その時の国民の生活必需品の総額だけ毎月発行され、翌月には使用期限切れになって、税金(BIコイン発行回収者)100%が科せられる必要がある。

天災や戦争時における食物配給券のように、貸し借りや金銭との交換もできない、できても無意味のような貨幣が『BIコイン』である。

この『BIコイン』の啓蒙をフリマ笹塚店の空いた日にポスターを貼ったり、チラシを配ってみようと思うのだが、ただ宣伝しただけでは ほとんど誰も興味を引かないと思われるので、山梨の畑で収穫した麦米大豆小豆を原料にして、加工したアンパンや饅頭のような加工して販売し、そのアンパンをBIアンパン、饅頭をBI饅頭として焼き印して販売したら、借り店賃代も稼げるので 一石二鳥の効果をあげることができるのではないかと空想している。

 

 

運命が人生ではなく開運が人生だ

日曜日, 5月 17th, 2015

造った風呂にガス管が結ばれ、点火された

3年に及ぶリフォームの劇的な瞬間であった。

無事 湯が一階二階の湯船とキッチンに流れ、追い炊きも自動湯沸しできた。

仕事を終えて 真新しい湯船に浸かって 3年間の試行錯誤で造りあげた道を回想し、今の天国のような気分にしたった。

屋根以外ほとんど改装したので 気分は新築に近い。

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一体 自分は何のために生まれてきたのか?

ボロボロになって 今にも地震でつぶれそうな9坪の二階建てのアパートを遺産相続し、

その住人もいなくなって、そのままでは貸せない状態になっていた。

売りたいが売れない特別な事情があり、新築は法的無理があり、道はリフォームしかなかったが、業者に頼んだら新築と同じ値段になってしまう。そんな予算もないので、山梨から東京の板橋に時間ができると、通い詰めて3年やっと貸せる状態に9割なってきた。

この親から受け継いだボロ屋を自分でリフォームして 再び貸せるようにした、それが自分の人生だった気がした。

この世に生れ出ることは親の遺産を引き継ぐようなものだ。それがどんな環境事情であれ、その人の運命である。

そして、命という遺産を親から引き継いだ運命的な自分を 自分の意志でどう変えていくか、それはいわば開運ということであり、それが人生そのものではないだろうか!

 

己を知る

木曜日, 5月 14th, 2015

男はつらいよ 第16作 葛飾立志編

寅さん、偉そうな坊さんに教えを問う。

「何のために学問するの?」

「自分を知ることじゃ。士曰わく、『朝(あした)に道を聞かば 夕べに死すとも可なり』

山田洋次が「己を知る」ことと「悟り」を連想させたのはきっと故事百選にある

「士は己を知る為に死す」

史記刺客伝 「士は己を知る者の為に死し、女は己を説ぶ者のために容つくる、今、智伯は我を知る」

(立派な男子であれば、自分の真価をよく知ってくれて、認めてくれた人のためなら死んでもよいと思うものだ。女性は、自分がそばにいると喜んでくれるような人がいれば、その人のためにお化粧をするものだ)

学問と恋愛の何たるかを知る 寅さんだった。

老人になると、一体今まで何をしてきたのだろうか? また余生を何に捧げようかと迷うものだが・・

「自分を知る」とはいわば「自分は何のために生まれてきたか?」ってことだ!

それがどうやら 『BIコイン』の発案ではないかと思えるようになってきた。

昨年からのダイエット挑戦にしても、便利屋30年の失敗やいろいろな信心の失敗の50有余年の人生

これたは競争金銭に対して それを調整できるような分かち合い金銭『BIコイン』を発想することのような気がするのだ。

それ以外のことは『BIコイン』のための準備や雑務にすぎなかったのではないだろうか。

BIコインはどの国でも、どの地域でも インターネット環境さえあれば、発行 流通 税収できることだ。

その発行額は瓦理論をもってきて、世界の総生産額の20%で充分だ。

しかも それは単にシステムであって、その原資である金や現金や債券は必要がない。

自分たちが持っている20%を世界中の人間とともに生きられるように分かち合いしようという意志だけで可能である。

ネット社会は世界を大きく変革できる。もう世界中で戦争や内乱や差別などしなくていい社会へと容易に変革できる。

武器で脅して金銭をうばえるので、金銭より武器のが強いといえるし、金銭で武器が買えるから武器より金銭のが強いともいえそうな矛盾論争だが、

武器も金銭も 所詮それらを使う者の道具にすぎない。

戦う意志なき者には武器は無用だし

分かち合う意志ある者には金儲けも損得勘定する金銭は無用なものだ

武器や金銭よりも それを使う人の意志が強い!

 

 

 

BIコインと併用で がっちり安定平和生活を実現しよう

水曜日, 5月 13th, 2015

友人が毎日朝9時に株価の変動をみている。それはまるで最優先の仕事のようで、一分でも大きく変動するので 下がりかけたらすぐに持ち株を売らないと大損するという。

現代にあって、株価と外為の変動は毎日のニュースであり、それが経済生活の指標にまでなっている。

だが、こうした株式や外国通貨の価値が毎日コロコロと変わるのは 持っている現金紙幣に書かれている数字が常に同じではなく コロコロと変動していることと同じである。

なぜなら 株式も外国通貨も現金紙幣に両替することができるからだ。

貨幣の由来は物々交換を容易にするために考案されたシステムである。

それは商品の量を測る秤のようなもので、交換したい商品の価値を貨幣という秤で測定して決め、同価値の商品と交換できるというシステムである。

その場合、商品の需要と供給によって その時と場の商品価格は変動するが、貨幣そのものは価格を表す数字であり、それもその時とその場で、変動してしまったら、価格は決定できなくなってしまい 商品交換は成立できず 経済は混乱してしまう。

いわば、商品価値を計る貨幣という秤が壊れてしまった状態で、物品の売買も流通もサービスもストップしてしまい、生活困難になるようなものである。

外国通貨はその国の現金貨幣であり、その国にとっては商品価格を決める秤であるので変動してしまうと混乱するが、その通貨以外の国にとっては変動して困る場合は、その国の商品の輸出入がある場合だ。日本でも輸入石油や小麦の値段また、車の輸出価格が大きく変動すれば生活が混乱するが、輸出入のない国内商品においては困ることはない。

一体どうして商品価値の秤である貨幣がまるで商品と同じように売買され、その価格が変動してしまったのだろうか?

それは株式が企業債券の一種であるように、貨幣の貸し借りができ、貸し出しや返済が順調にいくように利息がつけられたため、そうした債券がその返済信用度によって、その価格が上がり下がりするようになったためだ。

国際通貨も 国債の発行とその売買できることで、それは貨幣が内外で 利息付きの貸し借りが行われるために、その返済信用度によって貨幣価格が変動するようになった。

「悪貨は良貨を駆逐する」と言われるように、債券が現金よりも流通したような形が今である。

今後信用度によって、その価格がコロコロと変動する債券貨幣(貸し借りできる貨幣)に変わって 信用度が高く ほとんど変動しない貨幣が必要になってくることは間違いないだろう。

それはベイシックインカム電子通貨(ビットコインと対照的にした呼び名BIコインと呼ぼう)であろう。

BIコインを貸し借り信用度100%にするには、たとえ貸し借りができたとしても、確実に100%返済されるようにすれば、利息を付ける必要もないので、その価格は変動しない。

貨幣制度がなかった時代 原始部落のように その日に収穫したものは全員で公平に仲良く分けることで、部落全員の平和と安定した生活をしていた。貨幣制度は競争によって経済は大きく発展したが貧富の差は大きくなり、それが戦争という悲惨な結果を生んでしまう弊害もある。

日本でも戦争や災害時には貨幣よりも食品配給券が国民みんな平等に与えられて 生活を守った。

貨幣は物々交換を便利にするためだけでなく、国民すべての命を守る平等な衣食住ができる配給券が必要不可欠である。

この憲法に保障された基本的人権である、健康で文化的生活できる権利として、国民すべて平等に暮らせる衣食住配給券としてのBIコインは平和時であっても、必要不可欠である。BIコインがあった方がむしろ余計な戦争もしなくてすむので 他国へ侵略する必要もなくなる。

BIコインが国民すべて平等に配給されれば 貸し借りする必要のなくなるし、それを奪い合うこともしないだろう。それは生きるのに最低必要な衣食住配給券なので、それを使ってギャンブルしたり投資したりすることもない。

この国民すべて平等に与えられる配給券BIコインは 貨幣制度がなかった平和な部落が行っていた今日の収穫をみんな平等に分かち合う分配券のようなものであるので、 商品交換 債券 ギャンブル投資ゲームの道具としての貨幣通貨とは違うものである。

この発行と回収は以前書いた「ベイシックインカムとその税とその電子マネー」で、毎月すべての国民の銀行預金口座にBIコインが降り込まれる。衣食住に使った企業などに集まり預金されたBIコインは翌月すべて回収され、そこで働く人も働かない人もみな平等にまた個々人の口座に配給預金される。

今流通している貨幣と併用して流通することで、基本的生活はBIコインで、それ以上の楽しい生活は現貨幣で 平和と安定生活を調整できるようにすればいいだろう。

 

 

 

生き抜く知恵が命のバトンだ

金曜日, 5月 8th, 2015

日本人が最も愛する桜の木はソメイヨシノである。

世界中にある数百万本のソメイヨシノは同じ遺伝子をもったクローンである。

ソメイヨシノは花を咲かすが実を結む種はできない。それはメンデルの法則の確率で種ができない品種が生まれる。種ができなければ子孫はできないというわけではないことを証明しているようなものだ。

聖書の創世記で

「アダムの肋骨から女を造った。男の名はアダム、女の名はイヴ」

というように、人だって、ソメイヨシノのように 自分の枝を切って、それを接ぎ木か挿し木して 子孫を増やすことだってある。命のバトンは結婚して子孫を増やすことだけではない、原始の生物のようなアメーバーだって 自己分裂して子孫を増やすことだってできるのだから。

実際人間だって 技術的にもクローン人間を造ることだってできるが その運命はソメイヨシノのように 人に愛され 人による接ぎ木されなければ そのクローンは滅亡するだろう。

今年65歳になる。そろそろ命のバトンを子ども達に渡していかなくてはならない。

私の財産のほとんどは親の財産を引き受けただけのものであり、自分が造った財産はほとんどない。

私が子ども達に伝える命のバトンは一体何だろうか?

私が得た財産といえるものは、64年間この世を生き抜いた力 それは生き抜く知恵と信念ではないだろうか。

不動産や金銭のような財産は親子や親戚で受け継がれるが、環境に合わせた生命の進化してこの世を強く生き抜く力はその知恵と信念は親子に関係なく、次の世代へと引き継がれ 命はバトンされていく。

人類の歴史において、知恵は学問であり、信念は宗教や思想であり、それらは教育や慣習で引き継がれ、命のバトンがされていく。

ソメイヨシノが接ぎ木でかくも世界中で繁栄できるのは その生命力の強さである。近くに大きなしだれ桜があり、それを接ぎ木で増やそうとしてもできない。

今の世界の環境にあった学問や宗教や思想でないと、それらは衰退して消えていくだろう。特に核や原発のような技術は環境を破壊しても環境に適応しないので消えゆくだろう。

人類が生物界において繁栄できたのは環境に合わせた進化ができたからだ。

今の環境に合った新しい学問と宗教や思想をたった一人の人が見いだしても、それが人に愛されたら 命のバトンとしてソメイヨシノのように世界に広がり花を咲かせることができるだろう。

 

人の為に

水曜日, 5月 6th, 2015

人の為と書いて「偽り」である。

人への思いやりは 自分と他人は同じであるとして行動することだと教えられてきた。

だが、特に恋愛や友情において、その信条を実行すると えらいしっぺ返しに合うことが多い。

昨年の正月に 人の為に日本世界の為に「脱原発に残りの人生を使ってみよう」として、脱原発に一歩前進できそうな都知事選の元首相コンビを応援したが、あえなく撃沈し、また選挙運動したことで友人との仲もギクシャクしてしまい、傷つき、もう二度と表向きには活動せず、陰で自分なりにできることをすることに大きく転換した。

それがダイエットだった。ダイエットは自分に対して自分が行動できるので、努力しただけの結果をえることができ、それが生きている充実感へとなっている。

このダイエット挑戦から 必要は発明の母だけでなく、知恵の泉であると経験的に教えられた。

「人の為に」にすることは「最低限生きるのに必要なことだけ」の要望を共有すればいい。

必要以上のことは「自分の為だけ」に生きる楽しみにして、人に対してもつ気持ちも、その自由を尊重して 余計なおせっかいはしない方が無難であり、むしろその方が他人との共同生活がうまくいくようだ。

スチーブジョブズは 世の中の需要よりも自分の好きなデザインのiPhoneを優先した結果 それが世界変革させたのも そういう真実があったように思える。

一週間かかって倉庫が完成した。

 

 

倉庫造った

この倉庫は生きる上で最低限必要なことではないし、家族のためにしたことでもない、昨年の大雪でビニールハウスが倒壊してしまい、もう二度と雪で倒壊しないような倉庫兼作業場を造った。それは自分の好きなデザインと構造で楽しみながら造った。

 

学生運動の盛んな時代 社会主義がいいのか 自由主義がいいのか迷っていたが

やっとこの64歳にして 相反して矛盾した概念の止揚が実現した。それは私の瓦理論にも通じることだが 自由は8 社会共有は2 にして、国の屋根を瓦で覆えば 国民は雨に打たれず仲良く生活できる。

 

この社会共有は必要最低限の生活保障であるベイシックインカムであり、それだけの社会主義が一番であり、政治もそれ以上のことをする必要もないし、むしろ必要以上のことをしないで 民営化させて自由に競争させた方が快適な国造りができるだろう。

税金で海外に兵隊を送るなんて言語道断だ。むしろ、海外の災害や避難民への救援部隊を送るだけでいい。集団自衛権など余計なおせっかいであり、それはむしろ戦争に巻き込まれるしっぺ返しにあうのが落ちである。