Archive for 10月, 2015

銭より食の子どもたち

木曜日, 10月 22nd, 2015

癌で自分の死をあと何日と判ると

その日まで何をするか整理するだろう。

たとえ健康であっても 死は確実に来るわけで

いわば

生きるということは 死ぬまでにやること

ではないだろうか。

現役の仕事が終わった今

残された命の時間をどう過ごすか?

と、考えるにあたって散歩に出かけた。

家から歩いて30分ほぼ真っ直ぐ突き当たり

茂呂山公園にきた。


image

保育園児30人くらい並んでやってきて、保育士が

「どんぐりを沢山拾って お芋会のお金にしましょうね〜」

とは びっくりポン❗️

なんで ドングリ食べずに芋食べるお金にするのだろう?

話の中に 松ぼっくりやはお金になるというから

きっと工作する材料になるのだろう!

園児たちのもっぱらの関心は

「あ 栗 栗だあ!!」

つまり 金より食だ!!

シイノキのドングリは乾煎りしてすぐに食べられて美味しいが、

ほとんどのナラの木などのドングリを、水につけ、何度も湯こぼししても、灰汁がなかなかとれずに、食べられたものではなかった。

この野呂山公園にはスダジイのどんぐりは見当たらない、むしろ栗が多いので、栗拾いして それを食べた方が「生きて良かった」となるのになあ^_^

金より食

銭より命

仕事より命

そういう気持ちになり、

残された命をどう使うか?

少し見えてきた感じがする。

 

 

原口正弘和尚逝く

火曜日, 10月 20th, 2015

浄土宗 清岸寺45代住職 原口正弘和尚が亡くなった

先月9月24日に66歳、肺ガンと長年闘った末のことだった

平成27年10月23日 午後1時から 本葬が行われる。

原口正弘和尚は大正大学の国際仏教研究所(IBI)の私の先輩であり、私が作った尺八を愛してくれ、生涯にわたって何かと縁があった和尚であった。

彼は僧侶以外に、尺八や地元の江戸和太鼓の達人として活動していたため、金八先生のソーラン節を思い出す

彼と一緒に尺八を吹いたこともある

原口さんと1 原口さんと2

原口和尚の清岸寺は隣町の幡ヶ谷にあり、ホームページ清岸寺もある。

その住職放談・・

ある寺の法嗣である小学生のお子さんのことです。
このお子さんは運動会でいつもビリばかりだったそうです。
ある年の運動会で2等賞をとって帰ってきて、「おじいちゃん、おじいちゃん、ぼく2等だったよ」と、それこそ得意満面でした。
おじいちゃんはよろこんで、「それはよかった。2等か。よかったな。」 と3べんほどいったあとで、「だがな坊、おまえは将来やがて坊さんになる。ビリになった子のこともわすれてはいかん」といったそうです。

ビリになった子のことまで考えられる人間になってほしい。
勉強が少しくらいできなくたっていい。
ただ社会の底辺のことまで考えられるお坊さんになってくれればいい。

これが一番じゃないかな。

・・・・・

加藤日出男が「美しい花を見て根っこを思う人は少ない」として「若い根っこの会」を創設した信条

そして今も敬愛してやまぬマルセ太郎の「記憶は弱者に在り」とする芸道心にも通じるものであろう。

清岸寺には「しあわせ地蔵」が奉られている

しあわせ地蔵

安藤 寛のしあわせ地蔵を連想するが作者は女性の芸術家である

しあわせ地蔵3

また  同じ浄土宗の小林良正尼僧の「ほほえみ地蔵」を思い出す

 

 

そんな心をたくさん持っていた

原口正弘さんは本当に優しく愛に溢れた和尚さんでした。

どんぐり山公園があった

日曜日, 10月 18th, 2015

新たな散歩道を地図で探していたら

なんと《どんぐり山公園》が自宅から歩いて10分のところにあった

どんぐり山公園1

そこで

一番ポピュラーな『コナラ』と『クヌギ』と思われるどんぐりを拾った。昨日の大きなドングリの名前はどうやら『アベマキ』のようだ。

コナラとクヌギも乾煎りして味見してみたが、やはり苦みが強くて そのままでは美味しくはなかった

コナラとクヌギ1

この苦みは灰汁(アク)といい、水にさらし、何度か茹でこぼしして灰汁抜きをするらしい。

また、皮をむき、粉にして、小麦粉と同じようにして使えるようだ。その際、灰汁抜きができるのかが不明だが、もし、大豆と同じならば、火で調理すれば灰汁は抜けるはずだが、面倒だが、試してみないと解らない。

どうやら 『スダジイ・ツブラジイ・マテバジイなどのシイ類』のどんぐりはタンニンの含有量が少なく、甘みもあるので炒ってそのまま食べられるようだ。

どんぐりの名前の由来は「どんくさい栗」という説が一番しっくりくる。縄文時代から食べられていたというのだから、いろいろな調理して 美味しく食べれそうである。

 

 

スダジイのどんぐりはうまかった

土曜日, 10月 17th, 2015

ネットでスダジイ(椎木)のどんぐりの食べ方をみた。

上板橋のいつもの散歩コースの御神木スダジイに会いにいったが

スダジイ御神木1

老木のせいか、どんぐりの実になるまえにみな落ちてしまっていた

御神木スダジイの実1

帰宅途中名前は解らないが大きなどんぐりの実がいくらか落ちていたので拾い

もっと自宅に近い稲荷神社にスダジイを発見し、そこにたくさんのどんぐりの実を拾うことができた

スダジイ2

さっそくフライパンで乾煎りしたら

スダジイ3

名前の解らぬ大きなどんぐりの実は苦みをあって美味しくないが、

シダジイのどんぐりの実は栗と銀杏を合わせたような味と触感が楽しめ、美味しい。

ちょうどピスタチオのように皮をむきながら食べる感じだ。

煎りたての熱いうちが柔らくて」美味しいが、冷えると少々固くなって美味しさがへる感じである。

食べる分だけ乾煎りして食べるのがもっとも効率的で楽しめる。

スダジイ4

今年最後の大仕事

木曜日, 10月 15th, 2015

6年に及ぶ米麦大豆の自然循環の挑戦も、昨年採れた種籾で大きく育った稲穂でほとんどの基礎ができあがったことになる。

柱がほとんど腐っていた東京のアパートのリフォームも2年半でやっと完成にこぎつけた。

下の娘も就職が内定し、20数年に及んだ子育ても、やっと終了した感じである。

ちょうど、私もこの10月で65歳を迎え、来年から国民年金生活ができるようになり、現役を退けるようになった。

ダイエットも一年半のチャレンジで、なんとか普通体重をキープしているが、内臓脂肪が14で、健康までの10以下にはなかなか進まない。

今年の締めはこの内臓脂肪を落とすチャレンジ一点に集中したいと思う。

私が高校生の時、古本屋で見つけた「正中心道」にはまったことがある。

さらに 三船十段の空気投げ

さらに合気道

古武道

と、武士道の極意にあこがれた学生時代だった。

護身術は自分の身を守る技だが、それは怪我をしたり、病気にならないような健康法でもある。ダイエットで最後に残るのは内脂肪であり、それが最も病気を引き起こす原因になりやすいようだ。

その内脂肪を落とすにはこれら武道の中心となるのは下腹丹田の鍛錬だと思われる。

この丹田に「本当の自分」(腹心の友・仏・神)が在り、そこから力の源泉がわき出てくるような生活運動をしていくのである。

「あさなあさな、仏とともにおき、ゆうなゆうな、仏をいだきてふす」

どんな動きでも丹田に意識を集中し、そこから力を出していくようにしていくと、自然体の動きになり、どんな物事にも動せず、安定した生活が送れるようになる感じがする。

日々の心身の健康が最も大事な仕事であり、充実した生活であろう。世の中がどんなに変わっても、柔軟に対処できる姿勢・信念・生活習慣があれば安心立命であろう。