Archive for 6月, 2009

もっと地熱エネルギーを

日曜日, 6月 28th, 2009

世界は化石エネルギーから自然エネルギーに転換している。

自然エネルギーでは、太陽・地球・月のエネルギーが一番大きい。

日本はその広さと位置から、太陽エネルギーや月の潮力エネルギーよりも、

地球自身の地熱エネルギーをもっと利用した方がいいと思う。

世界の地熱資源は日本は世界3位である。というのは、地熱は環太平洋の火山と地震の多い地域に集中しているからである。

 

でも、地熱発電設備容量からすると、世界第6位である。

地熱発電に欠かせないのは地熱タービンであるが、その生産量は日本がトップであるが、ほとんど海外に輸出しているが、国内では使われていない。

 地熱発電は地下2,000m付近にあるマグマで熱せられた水や蒸気を地上に取り出し、タービンを回して発電するが、温泉や火山とはほとんど無縁だったオーストラリアでも地熱資源の開発が始まっている。

 これは従来の地熱発電の倍、地下4,000mまで掘り下げ、そこにある熱い岩盤に人工的に水を注入して水蒸気を作り出す方法である。この方法が成功すれば、世界中どこででも地熱資源の利用が可能になるとされている。

 日本では1500mくらい掘り下げれば、どこでも温泉が出るという。また、その確定位置や掘削技術は非常に日本はすぐれており、温泉好きな日本人にとっては、地熱発電が一番にあっているように思う。

 日本の地熱発電は全体の発電に対して0,2%(フィリピンは20.6%)であるが、あと10年後には3倍にする計画があるが、アメリカは10倍以上にする計画がある。日本もせめて、フィリピン並みの10倍20%まで延ばしてほしいものである。

 というのは、CO2排出量は太陽や風力発電よりも少ないからもいえる。

もしも・・・が世界を変える

火曜日, 6月 23rd, 2009

先日「お金のいらない国」の寸劇をみた。

お金とは何だ? という研究をしている私にとって、実に新鮮で、何か心のもやもやがとれた感じがした。

この寸劇は「もしもお金のいらない国だったら、きっとこうなるだろう」という空想を楽しむものである。

私たちが、一番の問題をかかえている場合、その問題を解決するにあたって、最初に問わなけれならないのは、

「それは本当に必要があるのか?」

であろう。

長く生きていると、問題となっているものはどうでもいいものであることが多いことを経験する。

悩ましいもののほとんどはどうでもいい問題である。

実は、お金の問題もまた、このどうでもいい問題の仲間のような気がする。

つまり、お金があってもなくてもどっちだってかまわないってことだ。

では、何が問題になるのかというと、

自分や家族にお金がなくて食料が得られない場合だけである。

もしも、お金がなくても、自由に食料が得られればまったく問題がなくなる。

つまり、

お金の問題を煮詰めると、食料と自己所有の2つの問題になる。

この問題の本質を知るには、

もしも、それがなかったら・・

もしも、こうであったら・・・

という想定することで、問題の本質を把握することができる。

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

そこで、世界の問題を解決したくなったら、

この「もしも想像」をすれば、意外と簡単にその本質を把握することができる。

「もしも、自分が世界の王様になったら・・・」

と空想すればいい。

家族は 68億人 年収GDPは7000兆円

だから、世界通貨は世界の食糧がみなに平均して行き渡り、かつ、それぞれ個人が自由にその才能を発揮できるような使い道ができるようにする。

地球人の戸籍とその銀行口座に、毎月一人

7000兆円の4分の1の1750兆円をすべて68億人に年25万7000円、月にして、2万1400円給付する。

これが生存に最低必要な衣食住に交換できる給付金である。

税金は一本化して、すべての資産市場価格の25%自動徴収する。(不動産、株式、現金、証券などの25%)

お金の発行総額は世界のGDP総額と同じ額だけにする。

土地はすべて地球国所有にし、使用者は必要な分だけ毎月使用料を支払えばよい。

この使用料を、公共に必要なインフラ・公務・教育・医療・看護費用すべてにあてる。

すべての法律は地球環境が生存維持可能な自然社会になるためのものとする。

 その法律に、お金の貸し借りの利息はいついかなるときでも、ゼロとする。

それ以外は、みな自由に生きられるようにする。

 私が地球国王だったら、こうするけれど、みなさんはどう想像するだろうか?

一人一人が「もしも 地球国王だったら・・・・・する」ということを想像し、まわりに伝えていく

 ことが、大きな世界変革になるような気がする。

宇宙船地球号

水曜日, 6月 17th, 2009

2009年6月11日、月の周回衛星「かぐや」は1年9ヶ月の任務を終えて、制御落下した。

周回衛星「かぐや」2007,11,7撮影

手前は雲ではなく、月の表面の山とクレータである。

真っ青な地球、水の覆われた美しい地球、命そのもののような地球、

いとおしく、胸がキュッとしめつけられる姿をしている。

2009,2,10地球のダイヤモンドリングが撮影された。

地球からすれば月食時であるが、月からすれば日食時である。

子供のときから、どうして地球の自転と月の公転は同じなのだろうか?と疑問をもっていた。

そのため、月の裏側は地球から見られないが、今では「かぐや」が月の裏側を詳細に見せてくれている。

そして、ある時、月と地球を串刺し、さらに、太陽とも串刺ししたら、なんとなく、納得した覚えがある。

つまり、親子孫の関係が、太陽・地球・月のように思えたのだ。

今、宇宙ステーションに若田光一宇宙飛行士が滞在しているが、

長期滞在のため、自分の出したおしっこをまた水のもどして飲んでいる。

まさに、宇宙ステーションは宇宙空間の閉ざされた世界である。

地球もまた宇宙空間に漂う閉ざされた地球号ではないだろうか!

そのため、人類が生産消費して出したゴミはもとの衣食住になる自然の素材にもどしてこと、人類は地球に永く生きながらえることができるのではなかろうか!

宇宙ゴミがたくさん廻っており、その危険度はロシアの衛星が爆発してから増えてしまい、それが宇宙ステーションにぶつかる危険性は何度も起きている。宇宙にゴミは捨てたら、そのゴミで人類は命の危険が増えるのである。

サハラ砂漠のギルフ・キビールの岩絵に、1万年前に描かれた「泳ぐ人」がいる。そのころ、サハラ砂漠は緑あふれる大地であったことが忍ばれる。

一日一枚月に10枚?? のタッシリナジェールの岩絵より

地球の砂漠化が進んでいる。温暖化を防ぐのはもちろんCO2を出さないことは必要だが、CO2を緑で吸収することも必要であろう。

そこで、考えた。

地球の水の循環をまねて、大がかりな人の手による水の循環プロジェクトである。

サハラ砂漠は標高平均300mであるから、海の海水を500mくらいにあげて、サハラ砂漠に向かって流す。

そして、その巨大なホースは3層にして、上が水蒸気、通常の海水、塩度が濃い海水になれるような技術を開発して、最終的に海水がサハラ砂漠の高地に届くようになると、真水になって、砂漠に水を散布する。

このエネルギーは太陽エネルギー、風力エネルギーを使えばいいのではないか。

エネルギー問題で、忘れられているのは月のエネルギーではないだろうか?

月の引力によって、海水の満ち引きがあるが、その差(仕事量)は巨大なものである。この海水の満ち引きのエネルギーこそ、月のエネルギーではないか。

地球の水の循環が海から山に向かっていくように、それを人間の技術で、可能にできるのではないか、また、地球を砂漠化した人類の責任ではないだろうか。

また、人類は海の栄養分たっぷりの汚泥を捨てるが、それを砂漠の肥料としてもどすことで、海も砂漠も助かるのではなかろうか。

宇宙ステーションでは、自分のおしっこを真水に変えて飲むように、宇宙船地球号も人類の汚水を人類の故郷アフリカの砂漠に真水と栄養素を返す必要があるのではなかろうか。

 地球のしわ

地球が薄い皮のように、つねに近く変動して、海の底はそこにたまった栄養素とともに、隆起して高い山になる。

これを数億年毎に繰り返している。

つまり、それと同じことを人間はすることによって、自然に生きられるのではなかろうか、

この海の栄養と水を砂漠化した陸地に返すことは、海の底を大地の山にすることではないだろうか!

広葉樹発電

木曜日, 6月 11th, 2009

私の家の前の山を2003年2月12日撮影したもので、住民が日照時間を増やすために、陰になる木を山の斜面に沿ってすべて伐採したものである。

当時、私は目の前の絶景を裸山にしたことに憤慨した。そして伐採した理由があまりに人間の理不尽な要求だったことがなおさらだったのである。

しかし、この山は6年半後現在の2009年6月11日撮影すると、すっかり元の樹木に生育した。地元に人にとって、樹木はまるで草刈りのように考えており、なあにすぐに生えてくる感覚だったのである。この6年半、伐採したあとに何もしなかった。植林なんかはしなかったのである。伐採した木は近くにまとめて放置しただけである。

私が学校で習ったのは、針葉樹のことで、それは植樹し間伐したり、枝を切ったりして、世話をしないと、木は総崩れして倒れてしまうというものだった。今日本の木材は海外から安く輸入しているので、資材となる檜や杉は伐採されることもなくなったために、植樹された杉の数はそのままであり、今では杉の花粉で苦しむ人も多い。

世界のエネルギー問題は下記で考察した。

徒然草2009.6.11より

化石燃料や原子力に頼らずに、太陽エネルギーや自然の風力・水力・地熱などにエネルギー転換することが急務である。

その中で、有史以来、再生可能なエネルギーとして日常で使われていたのが、薪である。とうもろこしやさとうきびから石油にかわるエネルギーを作り出すことは、穀物を高騰させてかなり批判されている。それらは、穀物でない、再生可能な植物に変換する必要があろう。

再生可能なエネルギー発電を薪でやろうとする実にユニークなグリーンウッド氏にwebで出会った。

 

 

自然に再生する広葉樹で発電しようというものだ。これは、化石燃料による発電に比べれば微々たるものかもしれない。でも、人間は自然の一部である限り、自然の循環を利用して始めて生きることが許される生命であることを、改めて見つめ直し、再出発したいものである。

co2削減について

本日、日本は2020年までにCO2を2005年に比べて15%削減することを決定した。

一体、このCO2(温室効果ガス)とはどこからやってくるのだろうか?

このほとんどが化石燃料を燃やして排出されるガスがCO2である。

再生可能な薪を燃やしてもCO2は排出される。

しかし、薪は樹木から来たもので、樹木はCO2を吸収して酸素を放出する。一方、化石燃料は廃棄ガスCO2を出しっぱなしで、けして吸収することはない。地球をプラスチックのように、大気を汚すだけの一方通行である。

再生エネルギーとはCO2が水と同じく循環するエネルギーのことである。

熱帯雨林が伐採によって砂漠化する。だが、それは伐採の方法を間違ったのではなかろうか? 広葉樹の場合、根を残すと自然に再生する。根こそぎ伐採しなければ、熱帯雨林は数年でもとにもどる。しかし、針葉樹の場合は、上を伐採したら、根は枯れてしまうので、人間の手で植林しないと、再生しない。

そのため、CO2削減は同時にCO2を吸収するグリーンベルトを地球にはりめぐらせ、化石燃料から再生可能な燃料に転換することなのである。

人は自分で作ったゴミで何万年も苦しめられる

木曜日, 6月 4th, 2009

上勝町ゼロ・ウェイスト宣言

娘の住む甲州市では、ゴミを細かく分別して収集している。
そして、うちの出るゴミの量のランキングをすると、

1.その他のプラスチック(ペットボトル以外の石油製品)
2.生ゴミとそれで汚れたプラスチックや紙類
3.ミックス紙
4,ペットボトル
5.ビン・カン
6.不燃ゴミ(電池・壊れた電化製品・粗大ごみ)

 しかし、娘たちは分別をせず、1~3までをみな燃やすゴミにしている。そういう家庭は多いらしく、週3回あるのは2の分別していない燃やすゴミである。

 この分別ランキングは、重さではなく、その量である。もし、重さで分類すれば、確実に生ゴミが一番になる。

 生ゴミの処分については、庭がある家ではいろいろと工夫した。一番楽なのは蓋付きのバケツに生ゴミをため、それがたまると、庭の土を掘って、そこに埋め、土をかぶせるだだけで1週間ぐらいで処分できる。

 そこで、不思議だったのが、どんなに生ゴミを捨てても、そのゴミは消え去って増えることはなかった。そのため、ベランダに大きな箱に赤土を入れ、そこに生ゴミを入れて処分していったら、赤土は玉になって、黒土に変化するが生ゴミの量は増えないで消え去るのである。

 よく生ゴミを肥料にして、畑に返すというが、生ゴミ自体だけでは肥料にならない、赤土などのような養分をくっつける材料が必要で、養分をくっつけた黒土が肥料になる。

 生ゴミのほとんどは水であるからだ。生ゴミを肥料にしたというのは扇風機で乾燥させたドライフラワーのような形が残った生ゴミということになる。乾燥させないで土にもどすと、生ゴミはほとんど消え去る。残るとしたら、あさりの貝殻や卵の殻くらいである。

  そのため、ごみゼロは生ゴミだけだと実現できる。人間の出す糞尿にしても、土を掘って、土を被し、その土をまぜれば早く分解して、黒土になる。

 コンポストやぽっとんトイレの悪臭がずっと漂うのはそのまま捨てて、土と混ぜまた土を被せないからである。

 紙の処分をする上で、一番簡単だったのは薪ストーブだった。どんなに紙がたくさんあっても、すぐに燃やすと小さくなって、まさに消えてしまう感じになる。残るのは黒い灰である。でも、紙類がたんにパルプだけだったら、さほど変なにおいがしないが、添加物があると、頭痛がするほどの臭いがする。
 これは毒物になって、たとえ灰になっても、肥料して使えそうにないように思える。
 それに、紙類だけ燃やそうと思っても、どうしてもプラスチック類が混入してしまって、不純な灰と悪臭がでてしまうので、ゴミをゼロにしたり、肥料にするのは難しい。

 プラスチック類を燃やすどうなるか?

 低温で燃やすと塩素系のプラスチックが毒性の強いダイオキシンを発生させるので、高温の焼却炉で焼却するとかなりのダイオキシンが出なくなる。

 しかし、ゴミの問題のすべてはその最終ゴミ処分地にある。もともと自然界になかった猛毒な化学物質が大地を汚染する。そこから、地下水に流れ込み、再び、動植物の身体に入り込んでくる。

 ゴミ処置でもっともやっかいなものは石油からできたプラスチックである。その量は多く生産され、廃棄される。それは、120円のペットボトルでジュースなどを一回使って、飲んだら捨て去ることがあたりまえのようになっている。
 これが世界中で、しかも、美しい南海の島々でも行われているのである。

 石油製品のゴミをそのまま放置したら、また土に埋めたとしたら、どれだけの期間で分解するのだろうか? ペットボトルでさえ、約150年といわれているが、確かめられたことはない。

 1991年 日本海溝の水深6270m の海底にマネキンの首が発見された。その周辺にはビニールのシートやその他のプラスチックゴミも散乱していた。その箇所はマネキンバレーと名付けられた。

  この深海では半永久的に残ることになる。今や、海洋全体がプラスチックの海となっているのである。海洋表層に漂流しているプラスチック製品は、時間が経過するにつれ物理的外力や太陽光の紫外線により、破壊、砕片化、劣化、強度低下により、眼には見えないほどの微小粒子となるが、微小粒子となっても巨大分子としてのプラスチックの性質は維持したままの粒子として存在し続ける。このような微小粒子が魚類の幼稚仔や動物プランクトンにまで取り込まれている事が見出されている。

 しかも、やっかいなことは、製品を造る過程で使用される様々な化学物質の影響である。いわゆる外因性内分泌撹乱化学物質である。一般には「環境ホルモン」と呼称されている

 人も動物も、環境ホルモンにより女性化してくると言われている。

 高温で燃やせばなんとか処分できるダイオキシンとは違って、その環境ホルモンは人工合成化学物質は生物の30~40 億年の進化の過程で生物が取り込んだ経験を持たないために、生物体内で薬物代謝酵素がどのように働いても排泄や無毒化することができないばかりでなく、さらに有毒な物質を誘導し、それがジワジワと地球規模に影響してくる。

もっとも、人類にとってもっとも驚異になるゴミは原子力発電から生まれる放射性ゴミである。それが、発電されるときにも、その最終処分地も決まらないで生産されている。そして、その毒性が続くのは数万年である。

 私たちの未来の子供たちが数万年もこの放射能ゴミで苦しめられることになる。

環境問題解決における3Rがある。

1,リサイクル(Recycle)
 ・サーマルリサイクル(廃棄物を「燃料」として利用する)
 ・マテリアルリサイクル(廃棄物を「材料」にして、別の製品を作る)

2,リユース(Reuse)・・洗浄したり修理して“もう一度使う

もっとも大事なことはこの
3.リデュース(Reduce)・・必要のないものは買わない、使い捨てのものなどゴミになりそうなものは使用しないである。

それをさらに一歩進めて、
さらに、ゴミ処理を自治体や家庭に任せるのではなく、
 ドイツのように、その生産者が消費されたその製品を引き取る責任を負うことである。そうすることで、数十年も自然に分解できないゴミを生産しないようにする。

参考:プラスチック処理促進協会

 質量保存の法則は、人類が作りだす化学物質にもいえる。数十年も分解されない製品を作り出すと、それが親子孫何代にもわたって苦しめる原因になる。

 いったい、プラスチックの便利さ、そして、その腐敗しない強さはどこからくるのだろう?

石油が過去地球に栄えた恐竜や植物の死骸が地球の変動で圧縮され、固められ、その遺産は今の地球人をこの100年で数十倍にも増やさせ、大量生産、大量消費、大量のゴミを、大地や海や空にまでまき散らしている。

恐竜が絶滅したのはどうしてだろうか? 

その死骸である石油が今の人類に同じ過ちを犯せようとしているような気がする。

恐竜が大きくなっていったように、人の拡大生産をどこまでも続けたら・・・次にくる世界は見えてくるように思える。

人∽太陽∽宇宙

月曜日, 6月 1st, 2009

人は肉体と心を持つごとく、
  物体は物質と熱を持ち、
 さらに、宇宙は空間と時間を持っている。

その根本法則は
1.質量(重さ)保存の法則
 があり、それを詳しくすると
2.エネルギー(熱)保存の法則(熱力学第1法則)がある。
 例えば、薪が燃える様は
C(薪=炭素) + O2(燃えて=酸素と化合) → CO2 (炭酸ガス)+熱(炎)

であり、木は燃えても、その構成物質である、C1炭素分子とO酸素分子2つの重さの総量は変わらず等しい。

この際生じるエネルギーは CO2 (炭酸ガス)の質量の1兆分の1程なので、重さからエネルギー転化は無視できる

(但し、原爆は無視できない)

質量(重さ)とエネルギーの関係は次の関係式が知られている。

3.エントロピー(変化)増大の法則(熱力学第2法則)
 
 始めのエネルギー量=終わりのエネルギー量(エネルギー保存の法則)
だが、そのエネルギー(熱)の伝わり方は
  高熱の物質→低熱の物質  に必ず伝わり、その逆はありえない。
 燃えている薪のみ、燃えていない薪を燃やすが、その逆はありえない。

荘子の養生主(ようせいしゅ)論4に、
薪一つ一つは燃え尽きてしまう運命だが、その薪の火は他の薪を次々と燃やして、火となり、その薪の火の心は永遠に伝わっていく

とある。
 人の肉体の命を薪だとすれば、それが燃え尽きても、その人の心=魂 は他の薪である人に永遠に引き継がれていく。
 このことから、肉体は物質に相似し、その心は熱であるエントロピーに相似するだろう。
また、肉体も物質も三次元の形と名を持つ空間と相似し、その動きを顕す時間はエントロピーの増大のように、過去現在未来の方向へ一方通行に進み、けして、未来から過去にはもどれないのが宇宙の現象である。

 タイムマシンという空想は可能でも、それは永久機関を作ることが不可能のように、未来から過去へもどれない。
 一度失った命は二度ともどせない。でも、その心=魂はエネルギー保存の法則のごとくけして消え去ることはなく永続する。もっともその心というのは形という個性がないエネルギーである。

4.慣性の法則(運動第一法則)

静止している質点は、力を加えられない限り、静止を続ける。運動している質点は、力を加えられない限り、等速直線運動を続ける。

この運動を続ける慣性の法則はエネルギーを一切与えないで運動し続ける永久機関と混同しやすい。永久機関というのは常にエネルギーが与えられないと停止してしまう機関であり、慣性の法則はそこからエネルギーを取り出すことはできない。

 これら物理の根本4法則は「環境」「経済」「宗教」にも通じており、現在の盲信した問題点を指摘できる。