月別アーカイブ: 2013年5月

間引くということ

 毎日、稲こそぎで雑草をとり、稲を間引きしていると、その行為が正常細胞を傷つけずに癌細胞だけを殺すような放射線照射のような作業とリンクしてくる。  雑草採りと間引きは同じ行為のように思えてくる。雑草採りは同じ草の仲間によ … 続きを読む

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稲こそぎの機械あったらなあ

 最初は鎌で、腰がいたくなるので、足で、毎日3時間するが追いつかない。そこで、奇跡のりんごの木村さんが提唱するチェーンをひきづってみたが、5ミリ程度の雑草もとれない。雑草はえる前にやるしか手がない。そこで、電動耕耘機の一 … 続きを読む

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野生化ということ

   上の6枚の写真は家の周りに麦を雑草化させたものである。土は粘土のようで、しかも小石も多い。肥料はまかずに、昨年の麦わらをまいただけであり、種まきは鳥に食べられないように、土をかぶせ、不織布で覆ったがいっさい水をあげ … 続きを読む

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自然に神様も総理もいらない

 自然はそれぞれが自由に動いていて成り立っている。そうした自然を支配する神様なんかいない。そして、すべてを悟っている仏なんかもしない。  生きとし生けるものすべてが自由に活動している。それが自然なんだ。  国家も自然に習 … 続きを読む

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「原発さえなければ」を忘れない

ベニア板の壁にチョークで「原発さえなければ」と無念の涙をながして亡くなった菅野重清さんの遺書をけして日本人は忘れないように、広島原爆の灯と併せて、未来に残していくことが必要な気がする。  2年たって、この原発を海外に自ら … 続きを読む

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