おじさん、何のために生きているのかな?

5月 14th, 2017

男はつらいよ 39作目 寅次郎物語1987年

 

甥っ子の光男が寅さんに聞く
「おじさん、人間は何のために生きているのかなあ」

「うんなあ・・難しいこときくなあ。・・・うんなんというかなあ・・
ああ、生まれてきてよかったなあ というときが何べんもあるじゃない、ね、
そのために人間生きているじゃないか?
そのうちおまえにもそういう時がくるよ。まあ頑張れ」
と、光男の肩をたたく。

寅次郎サラダ記念日1988年

大学受験に悩む光男が荒川を二人でながめるおじさんに聞く

「大学にいくのはなんのためかなあ?」
「決まっているでしょう。これは勉強するためです」
「じゃあ、なんのために勉強するのかなあ?」
「人間長い間生きていりゃあ、いろんなことにぶつかるだろう、なあ。
そんな時俺みたいに勉強してないやつは、

このふったサイコロで、出た目で決めるとか、

その時の気分で決めるしかしょうがない。なあ
ところが、勉強したやつは、自分の頭できちんと筋道をたてて、

はて、こういう時はどうしたらいいかなと、考えることができるんだ。

 

悪法もまた法なり

5月 14th, 2017

ソクラテスが国家を乱す思想の罪として死刑されることを受け入れた時に発した

「悪法もまた法なり」

が、2000年後には、諺にもなった程、大きな思想の力になった。

キリストも当時ローマが信奉する神に対する不敬罪で、磔になることを受け入れた。

だが、キリストの思想も教義も、のち2000年以上も道徳指針になっている。

ソクラテスもキリストも、弟子の力で、逃げ出すこともできたし、裁判で、自分の思想とは真逆の嘘を言うこともできたであろう。

だが、逃げ出すことも、嘘を言うこともしなかったのは、当時二人とも著名でその思想は数千年も通用する程の力があり、その社会的運命的責任があったために、どこにも逃げ場がなかったし、嘘を言ったらそれまでも話してきた言葉は嘘となってしまうからであろう。それは当時の、国家反乱罪、神不敬罪で死刑されることで、ソクラテスキリストの思想は生き続けることになった。

それは数十年の肉体の命よりも数千年も生きる思想(魂)を優先したためであろう。

無名で社会的重責もない私だったら、さっさと逃げるか、嘘をいくらでもついて命乞いをするだろう。むしろ、そういう思想や信仰よりも、今の肉体の命を優先する方がこれからの時代を生き抜く適応力になるように思える。

 

大麻が麻薬と同じだと誤解されている法律と世間的道徳に対して、武田邦彦が呟いている。

どうやら、大麻取締法は「悪法もまた法なり」と言えそうである。

私は何かと依存荘になりやすい性格で、1日3箱のヘビースモーカーで、長年なかなか禁煙できずに苦しんだ経緯があるため、大麻を吸うことを禁じる法律は大歓迎であるし、ありがたいものである。でも、社会にとって、煙草も大麻も同じ草の扱いにしないと科学的につじつまが合わなくなるだろう。

通行人クレイマー突如出現

最近、フリマ笹塚の店に、警察と区役所の人を連れてきた3.40代の通行人が、シャッター代わりにしている格子戸を取り壊すよう指示してきた。1世紀もやっているが、こんな出来事は始めてだった。

毎年、道路にはみでる日除けテント使用料として、警察と区役所に5.6千円払っているが、その下にある看板や戸板、机などは許可使用料には入っていないということが今回判明した。

だが、1世紀もの日除けテント下に、いろいろ展示案内できており、それが暗黙の許可となっている。

この道路使用に関する法律は「悪法もまた法なり」とまでもいかないが、「タテマエ法」と言えるのではないだろうか。40キロ制限の道路交通法に、40キロで走り続けるパトカーがいた時は、その後はずっと渋滞が起きることは事実であり、パトカーが横に曲がると、その後続車は一斉に60キロで走りだし、渋滞は解除される。

この最高速度40キロ道路というにも、「タテマエ法」である。時たま、安全運転期間と称して、スピード違反をとりしまる際でも、40キロ制限のところで、30キロオーバーの70キロを出している車が見せしめのために、つかまり、罰金、免許停止される。つまり、「守らねばならない法」ではなく、「注意法」である。

警察も区役所も、道路にはみ出た格子戸を壊せというのは「タテマエ」であって、格子戸を赦すというのが「ホンネ」である。それをクレイジーな通行人に解るように、口で「壊せ」といい、クレイジー通行人には解らないように、目で「そのままでいい」というような目くばせをしてくれる。

みんな違ってみんな良い

これをどう生活で表現していくかが、意外とコツがいる。

その一つのコツが、

「悪法もまた法なり」という処世術をつかい、「タテマエ口」と「ホンネ行動」をうまくバランスをとっていく生活術である。

武田さんが、サンマさんに、「どうして批判されても平気なの?」と問われて、

「私の考え方が間違っているからでしょう」

と答えた。

これも、「タテマエ口」であり、彼は自分の考え方が正しいと思って行動する「ホンネ行動」である。

「みんな違ってみんな良い」は、「どんな思想もどんな法律もみんな良い」という受け入れであり、悪法も善法も同じく受け入れるということであり、両者は矛盾しているが、そうした矛盾も受け入れるという現実的な受け入れ方が「和をもって尊きとなし」に繋がってくる。

 

「彼方を立てれば此方が立たず」

「It is hard to please all parties.(全ての人を喜ばせるのは難しい)」

「智に働けば角が立つ。情に棹(さお)させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい 」

・・「草枕」夏目漱石著

 

「言行一致」は「悪道徳もまた道徳なり」と言えそうである

 

よく、「自分で言ったことはきちんとやりなさい」とか、「いま、わかったって言ったじゃないか、どうしてそういないのか」と怒り、縛り付けようとする。

考えることを言うのもままならぬ、まして、言うことを行うのもさらにままならぬ、そんな人の性(さが)、言行一致という道徳振りかざしても、やはりままならぬ世の中、

考えも、言葉も、行為も、それらの特性を生かして自由に羽をのばして生きようではないか、

ダンゴ虫のように、正反合すれば、

「智に働かざれば角が立たず。情に棹(さお)ささねば流されず。意地を通さねば自由だ。兎角に人の世は住みやすい 」・・ダンゴ虫より

かくて、みんな違ってみんな良いは、自然にまかり通っていく(^^♪

 

 

学びコミュニティへの参加に向けて

5月 10th, 2017

どうやら二回体験談を話すことになった。

6月21日(水)水曜学舎 16:20~17:50

6月22日(木)ボランティアの授業 12:50~14:20

6月23日(金)自然と健康の会 10:00~18:00

それに

柳生心眼流の伝承者 島津先生の送迎ともども、一泊二日かけて行う。

8月1日(火)午前9時町田宅へ 途中、温泉があるところで一泊

8月2日(水)温泉と夕食後 知足庵到着

8月3日(木)ボランティアの授業(島津先生)

8月4日(金)キャンプファイヤー

8月5日(土)健康講座(島津先生)

午後、淡路島 砲術研究の旅 後東京へ 途中一泊

8月6日(日)東京町田宅 着

社会人講義先輩のドクターKから、一切何も準備しない方がいいと怒られるように言われたが、その時何を話すかは決めるとして、一応、どんな場所でどんな授業なのかを知っておかないと、落ち着かない。

大橋教授が目指しているのは何か? 教えてもらえなかったので、独自に調べることにした。

徳島大学 学びラウンジ を主催していて、国際交流を、双方の留学生同志が日本で、海外で ともに体験し語り合い、生活するという方法で、実践している

水曜学舎・・学生と社会人が共同して学びあう会を立ち上げました!その名も『水曜学舎』。毎回テーマを設定して、参加者全員で議論をしています。時に真剣に、時に笑顔ありの中身の濃い会となっています。豊かな人生を目指して、みんなで知恵を出し合いませんか?

総合科学特別講義

総合科学=諸科学を総合して地域課題の解明を目指す地域科学の意義や方法について考察します.授業の後半は、地域社会人との議論が中心になります。また、英語で授業を行う事があり、この授業では英語での意見表明が必要になります。英会話を用いる課外活動への自主的な参加を含めて、外国語の基本的運用能力を身につけながら国際感覚の醸成をはかります.また、体験・参加型学習の形式で課題についての探究と問題解決のための方策を思考できる能力の育成を目指します.

  1. 持続可能な社会を考える
  2. 自然環境保全(石田・大橋・佐藤)
  3. 地域活性化(石田・大橋・佐藤)
  4. 地域文化(石田・大橋・佐藤)
  5. 世代間格差(団塊の世代)(石田・大橋・佐藤)
  6. グローバル化とは(石田・大橋・佐藤)
  7. 歴史を学ぶことの意義(大橋・佐藤)
  8. 大学教育と生涯学習(大橋・佐藤)
  9. 原発問題をどう考える(大橋・佐藤)
  10. 国際交流と国際協力(大橋・佐藤)
  11. 幸福な国を築くには・・(大橋・佐藤)
  12. 哲学をもつことの意義(大橋・佐藤)
  13. 大学教育の課題(大橋・佐藤)
  14. 教養を学ぶ意義(大橋・佐藤)
  15. 総括 総合科学の必要性(大橋・佐藤)

それで私がなぜ呼ばれたかはどうやら社会人ボランティアとしてのようだ。

徳島大学は,「人間性に富む人格の形成を促す教育を行い,優れた専門能力と自立した未来社会の諸問題に立ち向かう,進取の気風を身につけた人材の育成に努める」ことを教育理念

この取り組みにおいては、地域社会の様々な分野で活躍し,大学教育・教養教育に造詣の深い地域社会人をボランティアとして広く迎え入れ,学生・社会人・教員の三者で互いに学び合う場としての「学びのコミュニティー」を授業内あるいは授業外で構成します。

知の循環型社会を構築するための一環のようだ。

どうやら、ドクターKが 主体は学生であって、テーマも、流れも、彼らに任すというもので、社会人ボランティアは提出された内容に対しての経験談を話して、議論を活発化させる役目、まさに、ソクラテスの産婆さんの役割だというのが解る。

そこで話すことは前もって決めないで、学生の質問から、始めるというのが、最も相応しい産婆術であろう。

ともあれ、そうした場合の質問予想に対しては自分なりに整理しておきたいし、質問がなくても、自分自身を整理するにも、よい学びの機会になるだろう。

私が大学生だった時に、こんな授業があったら、どんなことを聞きたいか?

また、現代の大学生が一番問題視しているのは何か? ということを調べてみることも必要だろう。

 

ユーザー車検メモ

5月 9th, 2017

何度かユーザー車検をやっているが、つい忘れてしまうのでメモしておく。

1.まず車検を予約する・・軽自動車検査予約システム(普通車は自動車検査予約システム)予約番号をメモ

2.二年と1か月間、メールアドレスとパスワードが保存されているので それでログイン

3.軽自動車税納税証明書・・毎年市役所から6月13日に送付される。(軽自動車税納税通知書は5月2日の送付されるが使えない)

4.ユーザー車検の方法・やり方を参考にする

5.定期点検整備記録簿(その一枚を切って、それにチェック記入する)

6.特に電気系統 ランプの切れがないかチェックする

7.自動車の下回りをホースで汚れをとる(車検者が見やすいように)

8.車検場ではタイヤのホールカバーははずしておく(ネジの締め付けをチェックしやすくするため)

9.もし、車検に落ちたら、近くにテスター屋さんがあるので、そこで、ライトの上下などを調整してくれるし、ランプの替えもできる。また、自分でランプを交換する場合は、プラスのドライバーが必要なので用意しておくとよい。

山梨事務所

山梨事務所 〒406-0034 山梨県笛吹市石和町唐柏792番地1 050-3816-3121

日御子(卑弥呼)を追いかけて

5月 4th, 2017

混一疆理歴代国都之図(こんいつきょうりれきだいこくとのず)は1402年に李氏朝鮮で作られた地図で、その時の日本は室町幕府の時代であり、その首都は京都であった。その地図から見ると奈良にも京都にも見える。そのため邪馬台国が奈良にあったとするのは間違いだった。

九州説の動画が最も分かりやすく、それを元に追いかけてみた。

実際に朝倉市の平塚川添い遺跡公園に行ってみたが、その弥生式集落の規模が少なく、もっと大きい吉野ケ里遺跡でも、小さく、それ以上にもっと大きな連合村落であったように思えた。

 

魏志倭人伝の世界というwebでは

卑弥呼が天照大御神であったとすると、神話や伝説がスッキリとまとまってくる。

卑弥呼の遺骨はたぶん八女市の古墳に納められたのだろう

その後継者が阿蘇山の南の高千穂の天岩戸に卑弥呼を天照大御神として神化し、その岩に魂が宿るかのように、神話化し、そこに神社を建造して、祀り、そこに遷都して、天孫降臨の伝説が作られたと思われる。

弥生時代の埋葬は甕棺(かめかん)であり、その甕棺を自然の岩として埋葬したとしてもおかしくない。

高千穂の前の都はたぶん山の要塞があるような太宰府天満宮であり、高千穂に遷都したのは南を征服するためと、自然の要塞として山に都を作ったのであろう。

八女市を邪馬台国があったとすると、そこは高千穂から新宮から東征へと神武天皇のルートに重なる。

天皇は死後神として古墳に祀られてきた。弥生の甕棺から古墳になったのは朝鮮の古墳を取り入れたものであろう。百済の王が日本に亡命して亡くなった時にはやはり神として古墳が作られ、神門神社も作られた。

邪馬台国がどこにあったかは重要ではなく、その時の最高の権力者が神として祀られてきたということが重要である。日本全体を治めた卑弥呼や天皇はその遺骨は古墳に、その霊魂は神社や神宮に、庶民の神棚に祀られ、日本人の心を一つに治め、平和な国として安定させようとしたと思われる。

日本を治めるためには、最初は武力であったが、その武力をさらに治めるのは心である。武力を心で治めるためには、洗脳が必要であり、その一役をになったのが神格化であり、それは武士道にも発展している。勝負事のスポーツが平和の祭典ともいわれるのは「平和の心」を最高の神のような精神にしたためであろう。

二つ目に重要だったことは、日本全体を治めるためには、男王ではなく、女王でなくてはならなかったことである。日本の神を奉る最高神が女の天照大御神であったことは、弥生以前は縄文時代が15000年も続いたことに関係がある。

弥生、古墳、現代歴史を合わせても2000年であり、その弥生文化はみな中国朝鮮から伝わり、現代文化はインドヨーロッパから伝わり、発展したものである。

15000年も続いた縄文文明は日本独自のもので、そこに日本全体を統一しようとする武力闘争もなかったし、最も強い権力者を神とする精神もなかった。

縄文の日本人が最も大切にした精神は縄文土器や土偶にみられ、その中心は妊婦姿である。南アルプスのふるさと伝承館には妊婦の土偶が中心におかれ、その妊婦は鈴のように一部穴が開けられ、鳴るようにできている。

その館長さんに話を聞いたら、縄文のキーワードは「再生」であると言う。「再生」は「出産」であり、破壊や闘争ではなく、「平和」と「創造」でもある。

それが女性であり、しかも妊婦であり、新たに生まれる赤子の鳴き声(鈴)である。

そうした15000年も続いた女性と妊婦を最も大事にした、日本独自の縄文文明があったからこそ、日本の武力闘争を治めたのは女王の卑弥呼=日御子であったし、男王ではできなかったといえるだろう。

今世界は3000年くらい戦争の歴史を繰り返している。神様同志が戦争するようになってしまった感がある。そうした武力闘争を治めて平和な世界を築くのは縄文の妊婦を最も崇める心をもって、平和な世界を再生する心は日本独自の縄文の心にあるように思える。

 

「みんな違ってみんな良い」をどう実現するか

4月 17th, 2017

私も含めて、友人たちの家族の多くはバラバラになっていて、老人の孤独死が自然のような家族環境になってきている。

邪馬台国をなぜか求めてきて、そこがどこにあったかはどうでもいいことだが、なぜ、その歴史ロマンに引き込まれるか? 不思議であった。

吉野ケ里遺跡に二日間車中泊して、どうやら、「日本人の心のルーツが大和国という家にあり、そこに八百万の神々が集まり、和して団らんしている」そうした中心に天照大御神=日御子があり、現天皇に象徴的に一つにまとまっていて、安定している。

「みんな違ってみんな良い」を初めて日御子が大和国として、統一実現させた。それは武力ではなく、国民みんなを神々として尊重・尊敬する敬愛の心で統一実現したのだろう。

すぐ武力で制圧しようとする男の特質は破壊に通じ、命を生み出す女の特質は平和に通じるので、敬愛を持つ女王日御子が勇猛をほこる男どもから担がれたのだろう。

世界は今、東洋と西洋の中間にあるシリアにおいて、武力による殺戮と破壊がとどまることなく進んでいる。それを平和にする術がなく、困り果てている。こうした状況は弥生時代の後期に似ている。イスラム国のように首狩りが当たり前の状況であったことも、その甕(カメ)カンに埋葬された遺骨からも解る。

もし、日御子のような敬愛を持つようなリーダー(もしくな法や精神)が世界で選出されたならば、どんな宗教も、どんな人種も、72億の神々として敬愛し、平和に統一されていくだろう。

日本は日御子の時代から二千年にわたって、引き継がれた敬愛の心をもっているのだから、そうしたリーダー役にはもってこいであろう。それはなんの因果か解らないが、唯一の被爆国であり、非戦国としての平和憲法を持っている国として、それを果たすべき日が来たように思える。

 

身長は150センチ、獰猛な戦士をなだめ、敬愛をもって、大和国を平和に治めた

前に、真実は一つだが、真理は一つではない。

としたが、通常、コナンでもそうだが、人の心情や意志を真実の中に入れてしまうので、誤解されやすい。

それで、

事実は一つ、真理は人間の数だけある。

と言い換えることにした。

それは、「みんな違ってみんな良い」を実現するのは敬愛と思えたが、そうした心情は一つになりにくいので、「事実は一つ」を応用して、「事実を共に共有すれば和する」と言えるだろうし、正反合の弁証法の合も、事実の共有で、合するとも言えるだろう。

シリアの問題も、

「共に生きるか?共に死ぬか? どっちが事実であり、どちらの事実を受け入れれば和する?」

という事実の共有で和解できるだろう。

 

真実は一つだが真理は一つではない

4月 13th, 2017

真実はいつも一つ!

「真理はただひとつと考えるのか複数あると考えるのか?」ダライ・ラマ十四世法王

ダライラマは「真理は複数であり、また一つでもある」という自己矛盾に陥っている。

真理は一つであって、第二のものは存在しない。その真理を知った人は、争うことがない」『スッタニパータ』『ブッダのことば』(岩波文庫)194頁

ブッダは「真理が一つであれば、他はみんな真理ではなくなるので、どれが真理か争うしか道がなくなる」ので、その悟りは空論にすぎない。

こうした矛盾や空論は言葉の定義を明確にすると理解しやすい。

上記で語られる5つの言葉が

真実=真理=神=仏=宗教 だとして、

それぞれの言葉の定義がされず、みな同じだとして説明するので自己矛盾と空論に陥ってしまうのである。

これを山登りに譬えてみると

真実は山登りする人々の全体を示すが、真実以外の真理・宗教・神・仏・生き方などは、それぞれの山頂(目的)を目指して上る山道であり、その山道は尾根ルート、沢ルートなどたくさんある。独りで山登りするだけなら問題は起きないが、二人以上で同じ山道を登ろうとするとイザコザが起きる。

どの山道を選ぶかだけでなく、どの山を登るかで、問題が起きるのである。また、登るスピードや、登り方でももめることになる。

今回の旅のテーマは

「みんな違って みんな良い」

という楽しみをどう実現していくか? そのバトル実験を試みている。

この山登りをみて、

それが個々人がみなバラバラに自由に自分の山道を選び、マイペースで登っていけば問題がまったく起こらないが、もし、二人で同じ山や山道を選択しようとしたり、同じペースで登ろうとしたら、問題が起きてしまうことが解る。

そうした場合の解決策は

地球上の72億人の一人一人の自由なな生き方を認めるように、72億人の真理と神と仏があることを認めることである。真理はけして一つではなく、また宗教も神も仏もけして一つではない、それは独り一人の生き方であって、それを誰しも強制することも、強制されることもない。

それを認め合うことで、時に、同じ山道であり、時に同じ山であり、そうした一人一人の生き方の違いを、自分にはできない生き方を知ることで、大いに楽しむことで、調和していくのであろう。

 

ダンゴ虫は弁証法で困難を脱出する

4月 8th, 2017

次の6月に徳島大の大橋教授の学びやに呼ばれている。

何を話していいのか? どんな人が集まるのか? 全く解らないのでネットで調べてみた。

どうやら「学びや」はソクラテスの問答法(元祖弁証法)から生まれた産婆術のようだ。

「教師が生徒に対して詰め込み教育的に教えるのではなく、 教師の手伝いにより生徒が自分で「発見」することを目的とする」

これは医師が手術や薬ではなく、患者自身で病気を治そうとする自己治癒を助けることでもある。

つまり、私はそこに集まった学生の知恵を引き出す産爺(さんじい)として呼ばれたようだ。

ダンゴ虫は弁証法で困難を脱出する

ダンゴムシは、前に障害物があると、右、左、右、左・・・と交互に曲がる習性があり、敵から早く逃げるためらしい。

この「右、左、右、左・・・と交互に曲がる習性」は「正、反、(合)、正、反、(合)、・・・」とヘーゲルが歴史は正反合という弁証法で展開しているという姿と似ている。

現代の裁判が、検事と弁護人による正反を意見を戦わせ、そこで裁判官が両者の合として判決する手法でもある。

矛盾の由来も、「この矛はどんなかたい盾をも突き通すことができると豪語する強者と、この盾はどんな矛でも突き通すことができないとやはり豪語する強者がいた」そこに通りがかった賢者が「その矛で、その盾を突けば、どちらが正しいかハッキリするじゃろう」と、その矛盾解消法が正反合の弁証法でもある。

こうした正反合による弁証法は目の前にある大きな問題に直面した際に、使われる手法であるが、それはダンゴ虫が迷路に入り込んで目の前の障害物にどう立ち向かい、そこから脱出して生き抜く習性ともリンクする

ダンゴムシの習性で遊んでみた

10匹全員のダンゴ虫が弁証法(右左右左・・正反正反・・)で、無事迷路を脱出した。

中には、途中何度も諦めて、動かなくなったダンゴ虫もいたが、また動き出し、ゆっくりと時間をかけて、全員生き延びたのは、人間そのもののような姿をしている。

例えば、

癌になり、医者からあと一か月の命と宣告されたとしよう。

医者の言う通りにすれば死ぬならば、その反対のことをすれば生きられるという選択をする。

反対のことをしてもちっともよく治らなかったら、その反対のことをする。その反対のことをしてもダメだったら、その反対のことをする。

すると、生き残った元癌患者も世界中でたくさん出ている

柔道もまた、

「押してダメなら引いてみな、引いてダメなら押してみな」

「押しても、引いてもダメなら、回してみな」

これが三船十段が編み出した空気投げという弁証法である。

こうしたダンゴ虫の弁証法習性は、人類にも無意識にその遺伝子情報に組み込まれており、その時の常識でダメだったら、その反対を言い、行ったことで、真実がみえ、世界が大きく変遷してきたことはいろいろな史実からも知ることができる。

 

プラゴミこん炉で調理

4月 4th, 2017

薪コンロで毎朝調理していたら、ふと、半年分の分別した紙類、プラスチックごみ、汚れた燃えるコミ、燃えないゴミ、布類、ペットボトルなどはみな薪に入れたら、よく燃えるのではないか実験した。

すると、鉄やアルミ類やガラス陶器類は燃え残り、それはセメントで固めて、レンガにして利用できることを発見。唯一、電池などの危険そうな物質だけは粗大ごみで出すことにした。

生ごみは十数年前から電気生ごみ処理機で、いい香りのする肥料ができ、畑に播いているので、今回はほぼ99.9%は家庭でゴミ処理と湯を沸かしたり、料理したりするゴミこん炉として、一石三鳥の使い方ができた感じがする。

ただ、数十年目にできたダイオキシン(生理的には環境ホルモン)は突如毒があるとして法的禁止された。それまでは、どこの家庭でも、燃やしていたが、黒い煙がでて、匂いがするので、たぶん危険だろうと納得したのだろう。

今回、この黒い煙もほとんどでないし、匂いもほとんどしない燃やす方法を発見した。薪でも、不完全燃焼すると、白い煙がでるが、完全燃焼をすると、ほとんど煙がでない。

プラゴミでも、燃焼温度が高いので、こん炉はブロック6個半で組んで作った方が長持ちする。そして、プラゴミも完全燃焼させれば、黒い煙も、変な匂いもしなくなる。大きく硬いプラゴミはまず溶けるので、その下に薪を置くことで、溶けたプラを薪に絡みつかせ、燃やしやすくする。また、紙類はいちばん着火がよいので、そこに火をつけるとすぐつき、その上に柔らかいブラゴミを置くと、それはすぐ溶けて燃えて、高温になるので、紙だけよりも、プラゴミを混ぜた方がよく燃えるのである。

さらに、その上に、細かい薪、その上に太い薪をのせれば、ほぼ完全燃焼する。

これらすべて燃えた灰は白くなるが、途中水をかけるなどをして、プラゴミなどが不完全燃焼したものは黒い灰になり、匂いが残る。そのため、火は自然に消えるまで燃やし尽くすか、水をかけて消化した場合は、その灰や燃えカスは次回に完全燃焼させると、白い灰と匂いのしない灰になり、それで、焼き芋も作ったが、匂いもつかず美味しかった。

ちなみに、焼き芋は濡らした新聞紙にアルミホイルで包んで焼くと、新聞紙のインクが蒸発するので、匂いも味も悪く毒性になるのでやめて、アルミホイルも新聞紙など、なにもしないで、そのまま焼くと、皮もそのまま食べられて美味しい。

プラゴミは高温になるのでブロック6個半で組むのがいい

さらに、燃焼効率をよくするなら、二重コンロ、ロケットこん炉で高くすればよい

プラゴミが法的規制されたことは、

「科学が社会的デマに負けた」結果ともいえるだろう。きちんとして科学的データと、分別したリサイクル類が本当に再利用されているか、隠密裏に業者に委託されて燃やされているか、公に明示することが、大事であろう。そうすれば、科学がデマに負けて、無意味なまた悪循環するゴミシステムになることはなかろう。

参考に、9年前に、著名人が書いた本のダイオキシンと環境ホルモンの毒性の嘘が、その数十年前の農薬の残留物にあったとする記述を紹介する。

こうしたデータと、科学的検証と、分別ゴミの正確な行き先と、その量を明示されるよう、1日でも早く行われるよう切に祈りたい。

プラスチックゴミとダイオキシン
ほんとうの環境問題 池田清彦・養老猛司著 2008年発行より
p63-65
ゴミがないと困るハイテクのゴミ焼却炉

ゴミの処理をどうするかということで言えば、ゴミの焼却(とくに塩化ビニールのようなプラスチックゴミの焼却)による燃焼工程でダイオキシンが発生するということが問題になり、ダイオキシン類対策特別措置法(いわゆるダイオキシン法)が1999年に成立、2000年から発効となった。
2002年12月から本格的な適応が始まったそのダイオキシン法によって、家庭用焼却炉や学校の焼却炉では、紙ゴミや庭のゴミでさえも燃やすことができなくなった。
そのため、家庭用の焼却炉を製造販売していた会社は潰れてしまった。
代わりに、ゴミの焼却処分のために、住宅街から遠く離れた山の中などに、高熱でゴミを燃やせるようなハイテクの高級焼却炉が巨額を投じて建設された。
家庭用焼却炉ではなく、ハイテクの高級焼却炉をつくるメーカーはそれで相当儲かったわけだけれども、その高級焼却炉のある場所へゴミを車で運ぶためにだって相当のエネルギーがいるわけだから、そんなことをするくらいなら自分の家で燃やしたほうが本来は良いはずである。
そもそも、ダイオキシンの「環境ホルモン」作用で動物がメス化するだとか、家庭ゴミ焼却炉から出るダイオキシンで赤ん坊が死んでいる、などということが一時期よく騒がれていたけれども、それらはみんなウソであり、実はゴミを燃やして出るダイオキシンの量はそれ程多くはないことがわかっている。
ダイオキシンの量が増えた原因の大半は農薬であって(1960代後半から、1970年代末までに使われた水田の除草剤のペンタクロロフェノールやクロルニトロフェン中のダイオキシンが、分解速度が遅いためにその後も残存し続けているのである)、重大な健康被害を引き起こすような量のダイオキシンはゴミの焼却によっては生じないのである。
ハイテクの高級焼却炉というのはある意味で原子力発電所に 似ているようなところがある。
いったん稼動を止めてしまうと、再度、炉を高熱にするのにエネルギーがかかる。それでは効率が落ちてしまうから、そうならないためにずっと炉を稼動させてゴミを燃やし続ける必要があるのだ。
これは妙な話で、ゴミ処理を効率良くするために常にゴミがないと困ってしまうことになる。
ゴミを減らす 目的で作ったものなのにゴミがないとシステム上の効率が悪いからと、なんとしてもあちこちからゴミをかき集めてこなければならない、という変なことになってしまっているのである。
そんなにずっとエネルギーを大量に使って高熱を維持しているならば、場合によっては、その熱を別の 目的 に使うこともあっていいだろう。

ゴミ焼却炉と連動した温水プールがある例もあるようだけれども、私は、ハイテクの高級焼却炉でなら火力発電だってできるのではないかと思っている。
発電については後述するけれども、たとえばバイオ燃料 に比べても、ゴミからの発電の方が効率がいいはずである。なぜなら、それはただゴミを燃やすだけなのだから、生ゴミとペットボトルを混ぜて燃やせば充分発電ができると思う。
ハイテクの炉を稼動させるのにかなりのエネルギーと金がかかっているのなら、それを使って発電するぐらいのことは真面目に考えたほうが良い。

 

癌が治った124人の体験談に1100人大集合

4月 3rd, 2017

人間はなぜ治るのか?

心と体 病気の意味 人間は何故治るのか?①癌の自然退縮による意識の変容・気付き 4人の症例… 投稿者 sphere-project-tv

癌は生活習慣病

昔成人病と言われた糖尿病、痛風、リュウマチ、高脂血症、心筋梗塞、脳梗塞などは100歳近い日野原重明医師が長年国に働きかけて生活習慣病と訂正された。

そして、今、癌も生活習慣病も、間違った生活習慣を患者自身の努力で改めると治ると解ってきた。

癌の原因は、

ライフスタイルの乱れ、食事の乱れ、心の持ち方の乱れの三つである。

1.治った癌患者の8割は玄米菜食

発芽玄米のフィチン酸が悪いという誤解は訂正されている

2.手当の力

ビワの葉の温灸、ビワ葉コンニャク罨法(あんぽう}、里芋のパスタ、塩温石で、

モルヒネよりも痛み解消効果あり、胸水も腹水もとれる。

3.こころと免疫の力

◆マイナスの感情やストレスは免疫を下げる

(恐怖、不安、孤独、怒り、悲しみ、焦り、生きがいの喪失・・)

プラスンの感情は免疫を上げる

(安心、喜び、笑い、感謝、ファイティングスピリッツ、生きがい・・)

嘘も方便、信じれば救われる、

医者に胃薬と砂糖を与えても治るのは・・・

◆「イメージを変えれば治る」

東京国立がんセンターの所長が癌で亡くなった・・癌は治せないという悲観的イメージが原因

末期癌が治った人にあって、末期癌も治るんだ!・・と思ったら、楽観的イメージで快癒

◆「ウェラー・ザン・ウェル」(Weller Than Well)
「健康なときより、いっそう健康」
「自助努力によってガンを治した人は、ガンになる以前にも増して、心身共に、はるかに健康で幸せな人生を送ることができる」

◆癌を自然萎縮した人をたくさん知ると・・

さまざまな生活習慣病の中でも癌は癌は治りやすい病気であると信じられる

→ガンをはねのけ生き抜く力

すべては、あなたが治るため ・・川竹文夫著 NPO法人 ガンの患者学研究所