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因果は真実 応報は嘘八百

土曜日, 9月 5th, 2015

因果応報とは仏教からきた言葉で悪因悪果・善因善果の意味だが

これは古今東西 真実であろうか?

そもそも善悪そのものがはっきりとはしないし、善悪がはっきりと感じるのは人が決めた法律を犯すのが悪で、犯さなければ善であるというだけである。

その法律がそもそも悪法であることも、その解釈が悪ということだってある。

世の中に起こる病気や事故災害や飢餓戦争がみな悪因悪果だとはとてもいえないし、因果応報は真実ではなく、法や道義を守らせるための戒めであろう。

しかしながら どんな結果にも原因がある因果は真実である。応報だけが努力や評価が必要な人為的な行為であり、確かなことではなく、真実ではない。

洋式トイレに立小便する時 小便が二又に分かれて どうにも便器から漏れてしまう。漏れないように毎回工夫をするが完璧にはできないでいた。

NHKのためしてがってんの番組で 立小便して汚さない方法は12センチ以内にチンチンを便器に近づけなければ 便器も便器外の床も壁にしぶきが跳ねるという実験結果をみた。

洋式トイレでは面倒でも座ってチンチンを押し下げて小便するしか完璧に汚さない方法であることを知った。

トイレを汚すことは悪果であるとしたら、立小便は悪因になるが、立小便は法的にも道義的にも悪行ではなく、日常的普通の行為であり、また男らしさからいえば善い行為とも言えさえする。

立小便ひとつにとっても 因果は真実だが 応報は真実ではなく、そこに法律や道義や技術があっても無駄な努力行為である。

原発稼働させるだけで数百万年も有害な放射性廃棄物を作り出し、それを無害化させる技術も 保管したり捨てることもできない現状はまさに悪因悪果であり、原発させることがそもそも100万年も続く人的事故なのである。

原発稼働させることは法的には悪くはないし、温暖化を防ぐCO2を出さずに電気を生産できるのは善行にもなりえる。だが100%安全な原発はありえないし、単に津波対策したくらいでは 世界のテロや戦争また隕石が落ちたり地震火山などの自然災害の危険さえもある。

原発事故を完全に防ぐ方法は原発を廃炉にするしかない。さらにいままでの悪因である原発稼働による放射性廃棄物の無害化や事故処理も何世代もかけて取り組まなければならない。

どんな病気も事故も その原因を取り除かなければ延々と続くことになる。

世界の金融恐慌は借りた金銭を返済できない状況が原因であり、世界の飢餓貧困はそもそもカネが最初からないのが原因である。借りたカネは利息を付けて返すという信用経済で成り立つ金銭システムは100%安全であろうか? ましてカネが無ければ生きていけない世界は健全な経済また自然なことであろうか? 人類以外の生物はカネがなくても生きていけるのは真実ではないか?!

飢餓貧困や金融不安の原因は金銭システムが借りたカネを努力して返すという不確かな信用で成り立っているからである。もし借りたカネを100%返せる金銭システムにすれば世界の飢餓貧困はなくなることだろう。

因果は真実であるが、応報は真実ではなく 嘘八百 洗脳である。