最後の授業
”ボランティア活動から学ぶグローバル社会と地域社会”の授業にどう答えるか?
私が学生に直接伝えることができるのは今回の6月が最後のような気がする。
呼んでくれるO教授が来年3月に大学退職するからだ。
いわば、私にとって、”人生最後の授業”になること大である。
そのつもりで、最後の90分に臨むことにする。
生涯学び
テーマの”ボランティア活動から学ぶグローバル社会と地域社会”に、私が答えると?
私が今までやってきた活動であり、これからの活動とも同じになる。
「グローバル社会と地域社会」とは、今の現実社会のことであり、
「ボランティア活動から学ぶ」とは、金儲けのために働いてこなかったし、これからも金儲けしたいとも思わない。また、これまでどんなことにも学びをしてきたし、学びをやめたこともないし、死ぬまで学んでいきたいと思っているからだ。
生涯学ぶということは「不悟の悟」「不知の知」「無知の知」ということでもある。
相田みつを の言葉が好きだ。
男のTシャツにするなら
女のTシャツなら
これが我々の課題である!困難なことは解っている!よ! みんな!
ガンジーの名言
「毎日 明日死ぬと思って生きなさい」
「永遠に生きると思って学びなさい」
この知と経験に対する決して消えることのない不屈の精神
どんなに馬鹿げていても
どんなにマニアックでも
どんなに扇動的に思われても
この学ぼうとする意欲が
我らがハンガリー人
ロボチェック氏、テスラー氏、バルトーク氏など そして私自身の
そしてここにいる皆さんの
思い描く未来を形作るものです。
Ez a mi munkank; es nem is keves.
これが我々の課題である!困難なことは解っている!
Jo napot,pacak!
よ! みんな!
どう生き抜くか?!
聴講する学生は ちょうど18歳~19歳だろう
そのころの私の疑問は
「何のために生きるの?」
だった。
それから 半世紀の間 なんとか生き抜いてきた。
その間、家族友人知人が 自殺したり、ガンで亡くなったりしてきた
そして 68歳になる私の疑問は
「どう生き抜くか?」
である。
そして、老人が若者へ 伝えることは
「どう生き抜いてきたか?」
地域問題は大きく国際問題と関わり合いながら、
お金だけでは何も解決できなかった現実をどう生きてきたか?
それを学生に伝えることが一番最後の授業としては適当だと思える。