その意志のYESとNOで大きく世界は変わる

脳死における臓器移植をYES? NO? かという聞き方一つで

大きく臓器移植率は変わってくる。

 

世界の臓器移植率の比較

スペインとフランスとオーストリアでは脳死において、

「臓器移植の意志はない・・NO!」と示していない場合は必然的に、「臓器移植の意志ありYES!」と見なされる。

だが、日本やアメリカの場合

「臓器移植の意志がある・・YES!」と示した場合は、家族の意志のYES!も、必要になる。

スペインでは人口100万人に対し34.8人、日本では0.9人の臓器提供者という差が生まれる。

また、

身体はだれからの贈り物であるか?という宗教・思想観でも変わる。

キリスト教国のような、欧米では

「身体は神様からのプレゼント」と考えると、臓器移植率は高まり、

「身体は親からのプレゼント」と考えると、臓器移植率は下がる。

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選挙の投票に行くYESか?、行かないNOか? で大きく政治が変わる

 

投票に行かないNOという意志は棄権であるが、それは必然的に現状の政権に対してYESであるとみなされる。

これは、暗黙の了解また必然的な結果というもので、

臓器移植の意志はない選択は現状の身体のままであり、

投票の意志はない棄権の選択は現政権の与党に投票をすると必然的了解になるというものである。

 

投票に行くといった場合、立候補者を選ぶ場合、政策で選ぶか、人物で選ぶかで大きく政治が変わってくる。

人物で選ぶ場合、政権が安定し、投票率が低ければ与党が優勢になり、

政策で選ぶ場合、政権が不安定で、投票率が高ければ野党が優勢になる。

これは、

数学における対偶証明

 

生きるか、死ぬかの、二者択一であって、その中間は存在しない場合の選択として捉えるかの問題である。

また、

脳死を既死と認めるか、まだ生と認めるかの二者択一でもあり、そのYESとNOでも、大きく世界は変わってくる。

投票を国民の権利として自由とするか、国民の義務として投票に行かない場合は罰則にして抑制するかでも、大きく、投票率も、政治も大きく変ってくる。

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私たちの生き方も前向きか、後ろ向きかで、大きく人生が変わってくるように

 

また、その意志がYESか? NO?か、

他人にも自分に対しても、どちらかの質問の仕方でも、大きく人生は変わってくる。

ともあれ、

一人の意志がどれほど人を社会を世界を変える力があるということだけは確かである。

もし、自分の意志が不明であったならば、自分への問いかけを逆にしてみたら、

案外すんなりと明確化できるだろうことも事実である。

 

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