平和運動11/意見の違いは人生の違い

意見の違いから戦争と平和が生まれる

 

意見とはその意識の見解という意味である。

意識不明状態の時は命の危険があり、意識がハッキリと無い時は命が尽きる時でもある。

意識が在って初めて、意識の見解が生まれ、意見が言え表現できる。

よって

命と意識と意見は同じ位の尊さを持つ。

そのため、

意見の違いは命の違いと同じ性質をもち、

意見の押収は、命のやりとりにもなり、意見の戦いが実際の戦いにまで発展する。

逆に

意見の違いを楽しむと、命の交流にもなり、そこに愛と理解と平和が生まれる。

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意見・意識そして命

 

意見も、意識も、命も、人の数だけあり、それは色々多様にあり、

そして、

意見の素には意識あり、意識の元には命が在る。

いわば、

命が身体とすれば、意識は脳、意見は顔である。

 

意見が在るか無いかは

意識が在るか無いかであり、

命が在るか無いかでもある。

 

意見が正反二つに分かれて戦うことになるのは

命が生死両面でできていることから来る。

「その意見を活かす」「その意見を殺す」とも言え、

その意見を活かすのは平和的であり、その意見を殺すのは戦争的であるとも言える。

裁判で、有罪か無罪か、検察と弁護人で議論しあう形式も、

この命の生死の二面性からくる意見の正反の二面性である。

その裁判結果に、死刑があるのは戦争的であり、死刑がなく、無期懲役で活かすのが平和的である。

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意見の違いは人生の違いであり、

意見の違いの多様性を認めることは、人それぞれの人生を認めることである。

命に貴賤も、人種も、国・宗教もないように、

意見に、貴賤も、人種も、国・宗教もなく、

どんな意見でも、その人の命として尊び、活かし合うことで、

正反合にも、会議も、話し合いも、理解も、楽しみも生まれてくる。

 

宇宙から見た バングラデシュ ガンジス川デルタ

 

命は根であり、意識は幹であり、意見は枝葉のようでもある。

命の樹木は大河が海にそそぐデルタ地帯のようであり、身体の毛細血管のようでもある。

 

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