自然な命の姿

 

1、自然な命の姿

命は生と死を併せ持っている

どちらが絶対的にまた永遠に存在することはない

命の生死の時間的差は自然界では問題にはならない。

2.自然とは

自然という文字は自ずと然り(おのずとしかり)と書く
この意味は、人間であれば、自分本来の生き方で生きていく姿をいう。
英語の自然 nature の語源はラテン語で、「もって生まれた意)を示す。
人間であれば生まれたときの才能をそのまま生かして生きるという意味もあるように見える。
自分のありのままの姿で生きるという意味が日本語と英語の語源から紐解けてくる。
自然に反する言葉は、人工的であろう。
この人工的というのは、本来あるべき姿を他人の意志をもって強制的に造り変えることである。

3.自然な努力とは

自然さとは、何の努力もしないことのようにもとらえることができる。
本来の自分の姿のままに楽に生きていくことでもある。
だが
他人や社会に、本来の自分を強制教育また意識洗脳されて変更させられてしまった場合、
自分本来の姿に取り戻すためには、努力が必要になる

 

4.自然に善悪も正邪もない

人間が定めた法や信じた内容や慣習により、善悪、敵味方 正しい間違いなどが決められる。
だが、そうした人間が定めたり、信じたりする内容は時代とともに変化すると善悪正邪敵味方も変化する
今は最も科学的観点が信じられているが、現実的に、そうした科学的知識は検証されずに、

権威ある雑誌の論文として提出された内容であり、それを権威団体が信じるかどうかで判断されている。
また、
科学的知識は狭い分野の中での確率的に高いということだけで、絶対的な知識にはなりえない。
科学もまた、確実に100%正しい知識を見出すものではないことを認めてかかる必要があろう。

それ故に、
自然な命の姿は、その時代と土地の人間の善悪。正邪 敵味方という観念にとらわれない生き方になる。

 

5.平等とは

人は長所と短所をみな持っているということである。
もし、完璧な人がいたら、人ではなく、空想の産物である神様や悪魔である。
そして、
完璧な人がいたら、国や社会は必要がないということ、
みな平等に長所短所を持つがゆえに、国と社会が成り立つということである。
なぜ、人の個性が生きる上でもっとも価値があるかということは、
人は長所短所を合わせ持つからであり、それを互いに補い、会話し、

さらにともに強く生き続けることができるからである。

 

6.本心で生きる

他人を気にすぎると社会の法律・慣習・教育・常識に振り回されて

自分らしく生きにくくなる。

それは他人も同じように自分らしく生きられない社会でもある。

自然な命の姿は自他の差は問題にもならない。

自分らしく本心で生きることが社会で認められる時、

ストレスのない自然な快適な生き方ができてくる。

 

7.悪いことなしに良いことに気付かない

どうして悪がはびこってしまうのか?
ニュースもほとんどが災害や悪事が多いのはどうしてか?
病気になって初めて健康法を思いつくことができる。
失敗は成功の元というように
反省は学習であり、生き抜く知恵の泉でもある。
悪魔なしに神は存在できないし、迷信なしに真実はつかめないともいえる。
どんな災害であれ、それをどう処理して、同じような災害に備えるか?
これが生き抜くための新しい生き方でもある。

 

8.仕事は楽しく、計算しないで

 お金がないと生きられない社会になると、どうしても、お金を得ることが中心になり、
本来のともに生きるという意識が失われてしまう。
そのため、
お金がベイシックインカムのようなシステムで、お金を得て生きる心配がないようにし
本来の、ともに楽しく生きられる意識が高まっていけば、

余計なストレスや勝敗や弱肉強食のように生きなくてもいいようになる。

 

9.雑事万歳

 部屋は何もしていないと埃とゴミに覆われ、生活必需品も散乱する。
こうした掃除整頓は雑事である
畑は何もしていないと雑草に覆いつくされ、野菜や穀物がその雑草に殺される。
その雑草の刈り取りも雑事である。
仕事において、顧客からクレームがくるのを放置しておくと、仕事そのものの運営維持も難しくなる
クレームや事故や損害もまた雑事である。

こうした雑事は、自分の心身や仕事をより健全にするための最高のチャンスであり、その対処から新しく生き直す、

新しく仕事を改善していく原動力になる。
雑事はおおいに受け入れ一つ一つ対処していくところに、真の生きがいも、真の改革も生まれてくる。

 

10.真の目的のための競争が必要

競争は真の目的である

健康・平和・自由のために行うのが健常な社会であるが、
真の目的のための競争ではなく、単に人の過剰な欲望のための競争は

さまざまの問題を引き起こす。

それらは勝敗にこだわってしまいやすく、本来の目的を見失いやすい。

 

例えば

オリンピックのより速く、より高く、より強くの金銀銅メダルの他に

ダイヤ ルビー サファイア メダルを真の目的である「卓越」、「友情」、「敬意・尊重」

に対し、勝敗抜きの各競技者やチーム また、オリンピック競技を支える裏方の者・団体に

与えたらどうかという提案でもある

 

 

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