種を蒔く時期を工夫していると、種の保存方法が難しいと思えてきた。そして、ほとんどの農家が毎年種を買っているということがわかった。種は高価であるので、どうしてそんな無駄をするのか不思議だった。
しかも、ほとんど買える種が、同一品種で大手企業が作ったもので、現代農法に合わせた種だということを知ってびっくりした。あの宮崎の口蹄疫のニュースで種牛の話でびっくりさせられたのは、たった一頭の優秀な種牛からできていた牛がほとんど飼育されているということだった。
それと同じ事が穀物や野菜にもいえることで、まるで、独裁政治のような農業だということだ。それぞれの農家がその土地やその農法に合った種を採種させないおそるべき金権農業があることを知らされた。
民主主義の政府のように、それぞれの農家が自家採種することで、その土地と人にあった個性的な品種ができることで、より強い野菜や穀物ができるはずだ。
お金のシステムも金持ちと投資家に牛耳られるように、穀物も野菜も1遺伝子と1農法で牛耳られている。これでは投資家の意向で右往左往させられる農業しかできなくなる。
生ゴミを堆肥にする自然循環を目指していたが、もっと大事な種そのものの自然循環がされない農業の現実がどんどん疲弊していくのはあたりまえのように思える。
今のお金は循環しないで、みな金持ちのところに、今の穀物も野菜も循環しないで、みな金持ちのところにいく。みな根本的に欲望につながっており、自然にはつながっていない。
これはお天道様から見れば、私たちはほとんど差がないが、人の欲望から見れば、私達は天と地の差があるようなものである。
自家採種の研究をしてみよう。種の自然循環をどのようにするか、それが編み出せれば自ずとお金の自然システムもできるだろう。
期待してます!
種を利用できずに農業ができる方がおかしいですもん。