財源は国のはずだが・・

 お金は独占的に中央銀行のみで発行される。その独占を認可しているのは国だ。それだけでも、お金は国が発行責任を持っているといえる。

 国が震災後の復興する財源を増税や国債や寄付から得ようとすること自体おかしなことだ。

 そもそも、お金はどのように発行、廃棄するかがはっきりと法文化されていない。そのため、お金が何か? お金の発行廃棄基準がないのである。

 お金の発行と廃棄の基準は単純に簡単な原理である。国民が経済活動をする分だけのお金を発行し、経済活動に必要のないお金を廃棄するだけである。

 社会の最小単位は二人であるから、売り手と買い手の両者が需要と供給のオークションで、決定された商品価格がそのままお金の発行額である。そして、その商品価格以外のお金は廃棄額になる。

 つまり、お金は国民に必要な分だけ発行され、不必要な分だけ廃棄される。

 国全体でいうなら、消費者物価総額がお金の発行金額である。それ以外のお金は廃棄金額である。

 つまり、国は震災で失った国民の資産分のお金を再発行する義務と責任をもっている。その財源は消費税や所得税ではない、国が発行するだけである。

 しかし今のお金は中央銀行が発行したお金の貸借によって動いているため、それは最終的に金持ちにお金がどんどん貯蓄されてゆき、その金持ちが国や世界を支配する構造になってしまうのである。

 その金持ちへの利息付き返済金が税金になっている。

 こうした悪法と悪質な中央銀行システムは「お金が何か?」という理解がなく、「お金の発行と廃棄金額の基準がない」ために起こる。

 国が税収で成り立っているということ自体がまちがっている。金を作れるのは国民ではなく、中央銀行しかないのである。しかも、金を増やせるのは金持ちだけである。

 国の財産と財源は国民の健康で文化的生活であって、それが中央銀行でも、金持ちでもないのだ。

 震災で失った家や土地や生活に必要なお金はすべて国が再発行すべき責任をもっている。それは保険会社のように毎月保険料を払う必要がない。国民であるというだけで、その資産が保証される。

 ベーシックインカム(国民生活最低保障)の財源は必要がない。ベーシックインカムそのものが財源であり、資産であるから、それに必要なお金は国は発行する責任があるからだ。財源は国民の生活であって、金持ちや貯蓄預金や借金ではない。

 必要なお金を発行し、不必要なお金を廃棄する方法は簡単にできる。お金に通用期限を設けるだけでOKである。命はすべて生死の繰り返しによって持続されているが、その命を守る道具であるお金だけが無期限に(生死にないように)通用することじたい、本末転倒な社会を作り出してしまう。

 生死は生きるか死ぬかしかないように、お金は使うか、使わないかでしかない。命を貯蓄することができないように、お金も貯蓄できないことが命を支える道具では必要なことである。

 もし、貯蓄するお金があったら、それは税収廃棄すべきお金である。税金は金持ちのためだけに存在するシステムであることを理解する必要がある。

  

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