農工商士の時代

 国内外の問題に対処するとき、何を一番先に考え行動するかということがうまく切り抜けるポイントになる。

 大晦日に、掃除や年賀状を出すことなど、いろいろとやりたいことがあった。そこで、この一日を最も有意義に過ごすには何を一番すべきかを考えた。

 「今しかできないこと」を最優先して、年賀状を書くことにした。すぐにできる予定が、、プリンターがうまく作動しないで、とうとう、電源を入れるとメーカーに修理するようなメッセージしかでなくなった。

 それを分解して、なおそうとは思ったが、ほとんど使っていないもう一台のプリンターもまたうまく作動しなかったが、それをなおすことを優先したのも、「今しかできないこと」は何かと問い直したからだ。

 掃除は私がやらないので、娘達が手早くやり、ハガキプリントもうまく作動でき、元旦を気分良く迎えられた。

 この大晦日で思ったのが、「モノよりも時間」を大事にすべきだということだ。

 今中国や韓国との領土問題でもめている。最悪なのは武力衝突である。武力で領土を決める時代は過ぎ去っている。

 昨年、平清盛という連続ドラマをみたが、それは国を治めていた天皇のような王国から武士の世にかえたというのが骨子である。

 武士の世は江戸時代において、士農工商という位ができたが、武士の世である軍事政権は第二次世界大戦で終わりを迎えることになる。

 武士の時代に代わって、商人の時代になっているのが現代である。それは国を治めるポイントが、血筋から武力、武力から経済(お金)になったということだろう。

 武士の世で一番位の低い商人が一番になったのは、世の常かもしれない。こうした動きは武力衝突をさけるために、政治とは別に経済で仲良くしていくという解決策がとられている。

 しかし、武力にかわり、経済になっても、経済戦争が激化すると、武力にさかもどりする場合がある。兵器は人の命を奪うためだが、金は人の生活を奪うためにもなるものであり、武力を治める金は紙一重で、すぐにくずれさる運命があるだろう。

 そのため、武力も経済も納めるものは、何かというと、それは「環境」であろう。士農工商でいえば、農にあたる。工と商はモノの生産と流通で一体化している。戦争で荒廃したときに、最も必要としたのが食料であり、兵器でも金でもなかった。

 日本の戦争は武力ではなく、経済戦争であり、その経済の兵器が原発であろう。放射能で汚染された福島の現状は将来の日本を警告している。核廃棄物と放射能で汚染された領土を誰がうばおうとするだろうか。そこでは安全な食料はとれず、出入りもできない領土になっていたら、そこは武力も、金も、無意味な領土になるからだ。

 それは逆にいえば、武力と金を治めるのは安全に食料が生産できる環境であるということである。

 環境とは人の命を安全に支えていける自然のことであり、人の命を長く守るという意味でモノよりも時間が大事な世界のことである。

 武力や経済戦争で、そのときだけ優劣があっても、環境はつねに盛者必衰の理がある。長く時間をかけて、協力しあうのが、自然の平和の知恵であろう。

 

カテゴリー: 徒然草, 社会問題 パーマリンク