生活保護とベーシックインカムの違い

 最近、生活保護の不正受給が多い。そこで思い出した。

 店の中を3ブースに分けて、安い出店料でフリーマーケットしやすくしていたが、どうにも3ブース全部が埋まらないことが多い。そのため、1つのブース出店者が他の2つのブースが空いていたら、店の許可なしに無料で店を広げていた。

 こうした不正に対して、友人は私に言った。

  「不正がしやすいのはそのシステム自体に問題があるからだ」と。

 それから1年以上たってから、3つのブースに分けることをやめて、店全体を1つにした。おかげで、出店者同士の争いもなく、また煩雑な事務も軽減できるようになった。

 しかし、売上げが減ったため、かなりの出店料を安くして客をつなぎとめ乗り切っている。

 こうした店の改革は生活保護の不正をなくすシステムがベーシックインカムであると思えるのである。

 それは生活保護には多くの規約があり、その対象者も限られている。しかも、国民年金をもらえば、その分を引かれ、また働けばその分の引かれる。車や家などの財産を持っていたら受給対象にはなれない。

 これは影でうまく真実を隠せば、多額の生活保護費が入ってくるという不正ができるというものだ。それだけではない、自分で働いて生活できるように援助するのが生活保護の目的であるが、働いたら受給が減らされるのであれば、「働かない方が生活が楽」となるのだ。これではどうして働けても働きたいという意欲をなくしてしまうではないか。

 つまり、今の生活保護は「飼い殺し」「えさ」であり、「生きる技術」ではない。それは海外援助における魚をあげて、その魚釣りの技術を教えないようなものである。
 
  ベーシックインカムが実行されれば、「働く意欲がなくなる」と心配する人もいる。それは生活保護と勘違いしているからだ。ベーシックインカムでは働けば働くほど収入が多くなる。最低生活費を働いた分減らされる生活保護とは違うからである。

 それに、一人の生活保護費が月20万円(住宅手当、医療手当を含めて)だとすると、ベーシックインカムでは月8万円くらいしか出せないだろう。いくらかでもいい暮らしをしようとしたら、働くしかないし、いつもテレビばかりみていて生活していてもつまらないから、働きたくなるだろう。

 それに金持ちにも貧乏人にも同額だけ支給されるので、不正も少なくなる。

 今、日銀が大量に円を印刷して国債を買っているが、国の借金が減るわけではないし、税金で日銀に返済しなければならない。ただ、返済の猶予期間が延長されただけである。

 それはいわばデフォルト(倒産)回避の策であり、借金返済にさらに借金を繰り返して返済を先延ばししただけである。

 それは株や通貨が債券のような金融商品になっているように、円の印刷はいわば国の借金を増やしていくようなものであり、円の発行高は円の借金の総額である。逆も真なりで、借金することが円を発行することである。

 各国通貨が債券のように売買されるのは一見おかしなことだが、通貨発行の実体が債券発行だと知れば納得がいくであろう。

 では国民のベーシックインカムとしての通貨を発行すると、どうなるだろうか?

 これは国民に利息なしで、月8万円貸し出すことであり、数年後には返済してもらうこと同じである。ただ、債券と違うのは、それは保険であることだ。保険とは宝くじの反対で、不運な人を参加者全員の援助で助けるようなものである。それがベーシックインカムになると、保険の逆で、幸運な一部の金持ちが不運である多くの貧乏人を助けるシステムになる。

 金持ちは金と資産を多くもっているので、金には貯蓄税、資産には保有税をかけて、ベーシックインカムを返済してもらい、それを国民すべてに等しく分けることで、貧乏人は特に助かることになる。それは一年に一度財産をリセットして、等しく分けることで、全体のバランスをとるようなものである。

 自由市場には参加する者の最低限の生活費が保証されてこそ、正当な自由競争ができるというものである。

   つまり、国民のベーシックインカムがなされて始めて正当な自由市場が成立するのである。

 

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