己を知り世界を知る

生まれ、この世を生きていくと世の中が複雑に見えてくる。お釈迦様のように、一体この世の苦しみの原因は何か?と問いたい気分になる。

特に、政府の原発推進と、自分の脱原発とが真逆の場合、自分なりの調整をしないと苦しくなる。

そこで、物事をシンプルに理解できるように知識を並び替えてみた。

1,己を知る

自分は他人とほとんど変わらない体を持っていると同時に、他人とかなり違う心を持っている。体は地球の海の水のように、水分でできている。心は地球の空のように、つかみどころがなく、曇ったり晴れたりする。

自分1

私と政府との矛盾は心の意向の違いである。心には悪魔と神様が両方住んでいる。自分の思い通りにならないやつを殺したいという心と、自分の思いと同じ人と共有して生きたい心がある。自分の思い=意志によって、他人は、神のような心は味方と、悪魔のような心の敵に分類される。

自分2

この世を天国と地獄にするかどうかは、自分の思い=意志によるものだ。もし、脱原発で苦しみならば、寝返って原発推進にすればいいだけである。人の行動は多数決で最終的に動くのは、多数の他人の思いに合わせた自分にすれば天国のような世界にうつるからである。

原発推進派は与党議員と原発村くらいで、国民も世界も脱原発が多数であるから、自分も脱原発への思いをもった方が天国に近いだろう。ただ、国民の多くが自民党を選んだのかをみると、脱原発かどうかで選んだものでないことは確かだ。この国を安心して任せられる党として、分裂ばかりする民主与党に反対する大きな受け皿は自民党しかなかったということであろう。

 

自分の思い=意志によって、世界が天国にも地獄にも、敵味方になる。それは世界がどんな姿になるかは自分の思い=意志でどうにでも変わることになる。自分の思いによって、何が善で悪であるかも変わり、何が成功で失敗かも変わる。何が幸せで不幸かも変わるのである。

そして、自分の思いによって変わらないのは海のような体の世界である。人類と同じほ乳類と対して変わらない生物だということであり、それを変えようとしてもそう変わらないだろうし、変える必要もない。もし、心が分裂葛藤して疲れたときは、ほ乳類と同じような心と生活をすれば癒されるだろう。そして、癒されたら、また人類としての闘いという仕事をしていけば、絶滅種のようなほ乳類にはならないだろう。

 

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