このお金は誰のものか?

 

マタイによる福音書 22章 17~21

ところで、イエス様どうお思いでしょうか、お教えください。
「皇帝に税金を納めるのは、律法に適っているでしょうか、適っていないでしょうか」

イエスは彼らの悪意に気づいて言われた。

「偽善者たち、なぜ、わたしを試そうとするのか。
税金に納めるお金を見せなさい」

彼らがデナリオン銀貨を持って来ると、イエスは、

「これは、だれの肖像と銘か」

 と言われた。

彼らは、「皇帝のものです」

と言った。

すると、イエスは言われた。

「では、
皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい

 

命がお金を創るには、

 貸借から生じる金利が幻想であることを明確にする必要があります。
 もし、法律で、「すべての金利はゼロにしなければならない」と規定したならば、金融市場は崩壊します。そして、実体経済がその奴隷的状況から自由の身になるでしょう。

 金利から、資本主義・マネーゲームが生まれ、金儲け教が盛んになります。すべての金利をゼロにすることにより、金利という幻の霧は消え去って、金が金を生みだすことはなくなり、金持ちと貧乏人の差はいっきに縮まり、本来の姿に返っていきます。

 金利が物価を上げ、経済格差を引き上げ、金を神に持ち上げ、人から愛情を奪い、土地・水・空気・太陽を奪い合う骨肉の争いを生み出すことに気が付くのです。

 そして、金利は所有権という姿が変わって、さらに命の奪い合いに発展していく姿も見えてきます。

上記はイエスの言葉ですが、お金の本質とその所有権を実によく言い得ています。

もし、今ここにイエスが現れたら、私たちにこう言うでしょう。

「このお金は誰のものか?」

「はい、私のものです」

「あなたのお金ならあなたの名前が書かれているか?」

「いえ、私の名前はありません」

「では、なんと書かれているか」

「日本銀行と書かれています」

「では、このお金は日本銀行のものであるから、日本銀行に返しなさい。

すべてのお金はそれを生み出した日本銀行と日本国に返しなさい。

すべての商品はそれを生み出した自然に帰しなさい」

 今のお金のほとんどは借金という電子マネーであり、貸借権です。しかし、この貸借権がどうして所有権になってしまうのでしょうか?

 これもまた幻想のなせる技ではないでしょうか。

日本の土地の所有権は誰がもっているのでしょうか?
 土地の私有権を認めていますので、あなた名義の土地はあなたの所有権でしょうか?

 国有地と私有地とどう違うというのでしょうか?
 国有地だけが日本国のものだというなら、韓国人が対馬の土地を全部買い占めたら、そこは韓国の領土になるのでしょうか?
それはならないでしょう。

 そのため、
日本の土地の所有権はすべて日本国にあり、私有権とは単に長期貸借権に過ぎません。
もし、私有地の固定資産税を国に支払わなければその土地は国にもどされます。
そのため、どんな私有地も所有権ではなく、貸借権なのです。

 お金についてはどうでしょうか?

 お金の所有権は誰が持っているのでしょうか?

 あなたの銀行預金しているお金があなたの所有権であれば、銀行はあなたのお金を使って企業にあなたの許可なしに貸せるでしょうか?

 もし、あなたが手にしたお金はすべてあなたの所有権とするならば、土地や商品と同じようにあなたの名前をお金に記入しなければなりません。

 もし、あなたが、紙幣にあなたの名前とその所有権を主張する文書を記入したら、どうなるでしょうか? それは、その時点で、そのお金は使えなくなり、破損した紙幣として、あなたの名前のない紙幣として銀行で交換してもらうしかないでしょう。

 どんな紙幣もそこに日本銀行の名前が、そして、コインには日本国として記入されています。その名前がお金の所有権なのです。

 そのため、お金は日本国、日本銀行以外のだれのものでもないのです。どんな大金持ちでも、そのお金はみな日本銀行に借りているだけにすぎないのです。

 そのため、どんなお金も国と日本銀行からの一時的な貸借権にすぎません。
 お金が現金でなく、ほとんどが貸借権になったのはそのためでしょう。

 この日本と日本銀行のお金の貸借権を所有権と勘違いするところに、金利が生まれ、奪い合いが起こり、所得格差が拡大するのです。

 命がお金を創るようになるためには、

 日本銀行と日本国から借りているお金として扱うことを基本にしたお金システムを創る必要があります。

 お金を創る元になったものは地球の自然の産物です。イラクでとれる石油の所有権は誰のものでしょうか? それはイラクのものでしょうか? イラクから輸入した石油をガソリンにして、私が消費してCO2にしたら、私はイラクの資産を奪ったことになるでしょうか?

 石油の所有権を主張できるとしたら、それは石油自身であり、それまた石油を創り出した地球にその所有権があります。
 そのため、どんな石油も最後は地球に返っていきます。石油は分解されCO2や窒素などになったとしても、地球は生物の死骸を何万年も堆積して、石油をまた創り出すことでしょう。

 そのため、地球で生まれたどんな商品も、どんな生物も、また人類自身も地球がその所有権を持っているのです。
 私の身体の所有権は日本国でもなく、地球のものなのです。そのため、私が死んだら、日本国には返されず、戸籍から抹消され、地球に返されます。

 自分の名前なくして所有権は生まれません。また、その名前が記憶、記入されなければその所有権は生まれません。でも、そのどんな名前も天文時間からすれば消え去ります。

 環境問題の解決策は、地球から生み出したものを地球に返すことです。それはどんな商品も地球に借りているので、その本来の所有者に返すことで、問題が解決します。

 お金もまたそうです。

 お金を創り出した日本と日本銀行に最後はすべてお返しするシステムが、環境にやさしい経済になりえます。

 かくして、命がお金を創り出すシステムは、いかにお金を日本銀行と日本国に返すかどうかを考えることが必要になります。

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このお金は誰のものか? への2件のフィードバック

  1. miyuki のコメント:

    なんだか、感動してしまいました。
    人間は、人間がこの世の主役だと思い込んでいますよね。
    確かに、他の生物が持ちあわせていない物を持っているかも知れない。
    「私利私欲」もそうですね。 でも、限度って物がありますね。
    ここまで自分の首を絞めている物の正体に、どうして気が付かないのだろう???

  2. admin のコメント:

    >でも、限度って物がありますね。

     自由が本当に確保できるのは、自分という感じのごとく、自分の分をわきまえて、始めて実感できるのではないでしょうか。

     そのため、自由になるためには、全体を分配された自己の分を把握することで、可能になるような気がします。

     お金もまた分配券になれば、自由への切符になれるのではないでしょうか。

     

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