火と自然循環2

ゴミ薪コンロで調理していて

半年分の家から出たゴミの殆んどが 無くなってきた。

そのため、ゴミを薪燃焼材として使うことで、ゴミエネルギーの省エネにし、その焼却量を最小限にしないと、ゴミが足りなくなる。

薪も、近くの休耕畑の薪も急激に減ってきたので、使用する薪の量を半分以下にするために、ゴミ薪コンロをブロック6枚半で作ったものに変えた。

なんと、市のゴミ収集に頼らずも、ゴミの自給自足といってもいいような、100%自分でゴミを自然に戻すことができるという自信がふかまってきた。

それに、自分の家庭だけでなく、薪確保のため、近所の休耕地の剪定や草刈りで、そこが綺麗になっていく。

自分がゴミの出ない自然生活できるだけでなく、周りのジャングルや森林の剪定と伐採を薪燃料のためにするので、森林や畑を守る自然保護も自動的にするようになってきた。

森林や休耕畑は誰かしらの所有ではあるが、その持ち主の連絡先も不明なことが多く、その許可を得なくても、その土地の自然を守るボランティアとして活動するなら、それは公園や海岸のゴミを収集することと同じであるから、例え不法侵入として裁判になっても勝てると思うのである。

ゴミ焼却で問題になるのはダイオキシンなどの有害物質が出ることだ。だが、そういうダイオキシンでも、高温800度以上で燃やせば無害になる。石油製品ゴミは焼却すると、溶けて、高温になる。そのため、薄い鉄板だと溶けてしまう。また、不完全燃焼すると、薪でも、一酸化炭素という有害物質を出すので、プラスチックゴミであっても、ダイオキシンという有害物質をだすのは同じである。

石油は元々植物や動物の腐ったものが不完全な分解から、地下変動のおいて、高圧な状態で、生成されたもので、薪と同じ材料でできたものだ。

今一番問題になっているのが放射性ゴミである。これを無害にするには、数千度のレザー光線で燃やせば、無害な金属に戻る。

核爆発は有害な放射性物質を拡散してしまい、それが生物の遺伝子を破壊し、不自然な分離と結合で、奇形と不治の病をもたらす。

だが、太陽は数十億年も続く核融合であり、地球も月もそれで産まれた。自然とはまさに核融合の産物であるとも言える。

核爆発で生成される放射線は水で遮断でき、核融合で生成される宇宙線は空気で遮断できる。

現在持て余している核爆発ゴミは海の水底地下深く保存するのが一番安全であり、そのゴミを核融合できるくらいのレザー光線技術が開発されたら、そのゴミもいつしか、貴重なエネルギー源になると思える。

つまり、自然界において、

星が生まれるのが核融合であり、

星が死んでいくのが核爆発と言えるのではないだろうか?

星が死んでまた生まれる働きがブラックホールであるとすれば、

生と死と再生の絶え間ない繰り返しこそ、自然力であろう。

家庭ゴミで最終的に残るのが鉄とガラスゴミであるが、それも、家庭用の高温で溶かせる溶鉱炉があれば、再生できる。

それが、難しければ、手軽に鉄やガラスを電気溶接のようなもので、いろいろな物を付けたり切ったりすれば、新しい工具や機械や設備を自分で作れるようにすれば、まさにリサイクルの極みとなれると思える。

自然にゴミは出ない、人間の不完全また循環させない放置させる行為がゴミの現れだと言えるだろう。

星や無生物の熱循環を自然体というならば

生命体の食事と運動の流れの循環が完璧なのが健康で

その流れの不完全また滞りで循環できない状態を病気であるとも言えるのではないだろうか。

 

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