愛と感謝って柔らかいボールに譬えられる

ボールの弾み方

硬さが違う三種のボールを硬いコンクリートと少し柔らかい土の地面に落とした時、

予想は地面が柔らくなれば、三種のボールはみな弾みが弱くなり、その弾み方はボールの硬さに正比例する。

だが、この予想はまったく外れ、正比例はしないし、反比例でもない。

唯一言えることは柔らかいボールほどよく弾むことだけである。地面の柔らかさに対してはボールは不可思議な弾み方をするので、捉えがたい。

 

「ボールの柔らかさ」は人の心の「愛の大きさ」に、弾んで返ってくるボールは「感謝の大きさ」に譬えることもできそうだ。

「愛を小さく」していくと、硬いボールは固い石になり、それは「憎しみや怒り」になる。石を地面に落とすと、ほとんど弾まず、割れたりする。地面も石も傷ついてしまう。憎しみや怒りから帰ってくるものは互いの痛みと傷である。

また、落とすボールまた投げるボールの相手が地面であれ、人間であれ、それを受け止める硬さはいろいろであるが、柔らかい愛のボールを投げるのであれば、どんな硬さの相手であっても、感謝がかえってくる。

硬い憎しみや怒りを投げつければ、相手が堅物であれば、互いに傷つき、相手が柔らかい愛情深ければ深いほど、憎しみや怒りが自分の方に何倍にも帰ってくる。

どのくらい返ってくるかは、お互いの愛情の大きさ加減で、不可思議な現象が起きるといえよう。

 

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