なぜ金持ちに金が集まるのか

 お金は物々交換から始まったが、今ではあらゆるものの所有権を表している。

 お金の数字は所有する量(価値)を表している。億万長者というのは資産をお金に勘定して数億万円持っているという人のことである。

 この所有権というのは、「私のモノ」「自分のモノ」という意味だが、そもそも、この地球上に自分のモノなど存在するのだろうか?

 例えば、あなたが100円で買ったリンゴは、あなたのモノになりえるだろうか?

 あなたがそのリンゴを食べてしまえば、そのリンゴの所有権は失う。あなたが子供にそのリンゴをあげれば、そのリンゴの所有権を失う。

 リンゴでなく、それが土地であっても、あなたが死んでしまえばその所有権を失う。

そもそも、「自分とは何だろうか?」

 自分のモノというのは、自分に属するモノという意味で、自分とは何かをはっきりさせなくては、自分の属するあらゆるモノは理解できない。

 自分とは何か、その存在を明らかにするには、それは明らかな形をもっていなければならない。心のような形をもたないものははっきりとした理解はされない。そのため、自分とはその形を示すものはその肉体をいうのである。自分を証明するのは指紋のようなDNAの遺伝子がもっとも確かである。

 このDNAは他と同じでないことが自分であることの証明である。そのため、自分というのは他とははっきり区別され、他とは交換できない存在である。

 そのため、お金で交換されるモノのすべては自分にはなりえないものであり、自他共通のモノでなくてはならない。自分のモノとは自分に属するモノのことであるから、他にはなりえない自分に属するモノは自分の肉体全体(肉体の一部は臓器移植が可能のため)でなくてはならない。

 自分のモノとは自分の肉体しかないことになる。それ以上もそれ以下もない。所有権とは自分のモノのことであるから、自分の肉体以外の所有権を主張することも、肉体以外の所有権を元にしたお金のシステム自体無意味なものであり、単なる幻想に過ぎない。

 古今東西、争いの元になっているのが、「自分のモノ」という観念(意識や道徳や慣習や法律)である。今のお金が所有権になり、それがモノの奪い合いを法律でも認めているのは、この「自分のモノ」が自分の肉体以外に存在するという幻想からである。

 もし、こうした自分のモノという奪い合いの幻想から脱して、自分の肉体のみを自分のモノであるという幻想でない事実から法律が定められれば、自分の肉体以外のモノすべては、自他共通のモノであるから、それは必ず分かち合いになり、形のない心は、分かり合いになるのである。

 今のお金が通用期間のない所有権を元に製造されているため、それは必ず奪い合いの幻想世界を生み出していく。期限通貨のような命を元にしたお金は個々の肉体を基本にしたシステムのため、それは必ず事実を元にした分かち合いになってくる。

 いったい、なぜ今のお金はすべて金持ちに集まってくるのだろうか?

 これは所有権が1つに集まってくることと関係してくる。知人が、世界通貨なるものができる風潮にあるため、世界は一部の金持ちに支配されるようになってしまうことを心配している。今のお金が永遠不滅の所有権から製造されているため、そのお金を一番持ったものが世界のすべてのモノの所有者になってしまうことはあたりまえのことである。

 国家の利益というのは、国家間のお金の奪い合いにすぎない。超国家の存在はお金であるから、それは世界のすべてを一部の金持ちの支配を法的に許してしまうことになる。

 自分のモノとは肉体であり、それが遺伝情報でつながり、血縁という姿になって遺産相続されていく。そのため、世界のお金はロスチャイルドやロックフェラーのような血族にお金の所有権が相続されていく。

 そのため、今の北朝鮮のように政治権力が親子で引き継がれるように、世界のお金の所有権は金持ち親子親族に受け継がれていき、それが王族の支配と同じような地球世界になってしまうのは当然の結果であり、それが歴史の教える姿である。

 しかし、もしお金を根本的に命の基本にした期限貨幣にしたら、その所有権も相続権もなくなるため、一切、金持ちに支配される心配はいらない。世界はコミュニケーションによる分かち合いになるからだ。

 それにしても、今の中央銀行システムだと、すべてのお金の所有権はそれを製造する各国の中央銀行にあるのだから、金持ちではなく、中央銀行の支配にならないのはどうしてであろうか?

 この理由は2つある。

 今の世界通貨は今の基軸通貨のアメリカドルであり、このドルを中心に世界は支配されている。基軸通貨を発行するのはアメリカの中央銀行であり、その株を一番持っているのはアメリカ政府ではなく、歴史的金持ち家族のロックフェラーやロスチャイルドなどである。そのため、当然、世界はこうした国際金融家系に支配されてしまう。

 2つ目は中央銀行がお金を貸し出しても、それを返済させないことである。

例えば、中央銀行が各銀行に金利数%で貸し出して、国や国民にお金を貸し出すシステムだから、すべてのお金はその元金とその金利は銀行を通じて中央銀行に必ず返金されるはずである。

 しかし、中央銀行は各銀行にその元金も、利息も返済を全額請求しない。そのため、お金は各銀行が債権を無制限に製造し、その債権を売買することで、現金化される。その現金化されたお金は中央銀行から発行されるが、その紙幣は債権ではなく、贈与された所得権である。

 そのため、中央銀行から金持ちにその所得権が贈与されるため、金持ちがその所有権によって、お金を貸し出し、その利息と元金を徴収するために、金持ちが中央銀行に代わって、すべてのお金は金持ちに最終的に集まることになる。

 これは中央銀行が独占的に製造する所有権と、各銀行の債権発行と債権の売買を許可する法律であり、また、金利そのものを許す法律も、金持ちが地球のすべての商品の所有を許す結果である。

 このように、所有権というありえない存在をさもありえるかのような幻想システムが、金持ちだけにお金が集まり、すべての権力が集中することになる。

 もし、お金の所有権を廃止し、それを使用権にすると、お金は通用期間のある減価貨幣(基準通貨)になり、どんな商品も自他共通の財産になり、本来のお金による交換が可能になる。そのため、金持ちが世界を支配することは不可能になる。

 空気や水が誰のものではないように、大地も、それらから生産される商品はすべて自然と人類共通の財産であって、「自分のモノ」にはなりえないモノであり、「自他のモノ」なのである。

 自分のモノとは何をいうのか、

 それが自分の肉体でしかないこと、

 すべての商品が自他共通の財産であること

 これを理解して、永遠不滅の所有権の今のお金から、寿命のある命を基本とした期限通貨を世界の基準通貨にすれば、世界中の商品は奪い合うことなく、分かち合うことになり、そのシステムを通じて、人は分かり合いを心からできるようになってくるだろう、

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