民間療法を考える

詐欺的ビジネス

 

最近、snsの広告で、ケーブルテレビを低周波電波で受け取り観れるというアンテナと増幅器アンプを合わせて70ドルで米国の通販から買った。

来たものはチャチでまるでおもちゃであり、アンテナをつけてみたが、何も映らなかった。

文句言おうにも、相手は米国だ。返品するにも金がかかるし、返金だってドルから円だから、ややこしく難しい。つまり、海外を狙った文句も返金も、しにくい、詐欺ビジネスである。

なぜ騙されたかというと、ケーブルテレビはみな法的に低周波の電波放送が義務付けられ、それが受信できると信じてしまったからだ。日本と米国の差がなく、受信できると信じ込んでしまった。

詐欺ビジネスー米国から

 

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腱引きという伝統療法?

 

こういう文句や返金されにくい詐欺ビジネスは、いろいろな分野であり、民間療法でもあるようだ。

仰天ニュースで、米の34才のトップモデルが首の痛みで、カイロプラクティックに何度か通ったあと、8日後死亡した。それが椎骨動脈解離は血管が破れのが、原因であり、検視の結果はカイロプラクティックの施術による損傷となっていた。

カイロプラクティックは米国では国家資格であるが、日本では国家資格ではない。

日本の手技療法として国家資格があるのは、医業類似行為の按摩、マッサージ、指圧、柔道整復術があり、医師の指示においてされる理学療法がある

「国家資格がなければ、人体に「触る・なでる・揉む・叩く・擦る・押す・身体の他動的操作および自動運動とその誘導」など総ての手技療法行為を業として、又は金品の授受が無くとも継続的に行うことは出来ない。違反した者には50万円以下の罰金が科せられる。しかし、厚生労働省の見解はヒトに害の無い限り取り締まりの対象とは出来ないとしている」

健康と自然の会において何度か紹介される「腱引き」は国家資格もないだけでなく、伝統療法また民間療法としても、ほとんど認知されていないが、それを発展変化させ実施しているのは医師であるから、なんら問題はないが、医師でない者が、腱引き療法とか、柳生心眼流の伝統療法しての施術は、国家資格法に違反するだけでなく、病人をさらに悪化させたりしたら、厚生労働省も取り締まらざるをえなくなる。

腱引き療法が柳生心眼流からの伝統療法とされており、その伝承者が腱引きを習う健康人に対して、施術を教える際、極度の痛みを伴うようにしたことが数回あり、そのため、伝承者と腱引き側の間にもめ事があった。

そのもめ事のようなことが、健康と自然の会で、伝承者と腱引き者の間であり、私も隣にいて、医師ではない伝承者の手技療法は明らかに健康人を怪我と心的損傷を与えることが解った。

そのため、伝承者の運転手役を放棄し、腱引きが柳生心眼流の伝統療法からくるという腱引き療法にも、疑問が生じた。

私自身、その伝承者にも、腱引きをされる者にも、何度か手技されたが、唯一指の痛みがあったのが、それが治ったことも、またそれ以外の何をされても、何の効果もあったことはない。

つまり、やっても、やらなくても同じで、ただ記憶に残るのは何ら問題のないところを圧迫し、痛くされた時の痛み感覚はずっと残っている。そして、「治っただろう」という繰り返しの催眠術のような暗示にうやむやに答えるしかない妙な体験をさせられる。

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西洋医学が安全か?

 

さりとて、国家資格のある西洋医学の病院での治療も、同じようなことがけっこうある。病院にいっても、いかなくても、同じ結果であること。

歯科医院なんかでは、何度も通えば通うほど悪化していったことが何度も経験している。叔母が癌で高齢のため手術を拒否して、同じ母が叔母よりも数年後に癌になり、すぐ手術して数か月で死んでしまったが、叔母はその後数年先まで生き延びた。

信じられない医療事故だって、ニュースにならないものを合わせたら、民間療法と同じくらい事故があるのではないだろうか。

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健康になるには

 

「自分の命は自分で守る」

ように、

「自分の健康は自分で守る」

「医者にも頼らず、民間療法士にも頼らず、自分で研究し、自分で治す」

「医師や民間療法士を指示するのは自分であり、指示されたことを吟味し実行するかしないかは自分で決める」

いわば、

健康になることは、学ぶことと同じではなかろうか。

医師は治療し、先生は教える。

教えることはソクラテスは産婆術であるという。

治療もまた教えると同じく、産婆術である。

赤ん坊を産みだすのは妊婦である自分であり、それを手助けするのが産婆である。

健康を生みだすのは病人である自分自身であり、それを手助けするのが医師であり療法士である。

赤ん坊は産婆がいなくても、ほとんど知識がなくても、一人で産みだすことはできる。どんな動物でもそうであり、人間だけが産婆や医師が必要というわけではない。

つまり

健康という赤子は産婆の手助けがあっても、なくても、生まれてくる。これを自然治癒また自然出産とでもいえるだろう。

自然治癒にどうしても必要なことは、自分の健康は自分で守るという意志である。この健康への意志を免疫力ともいえるものではないだろうか。

自分がどう生きる、どう健康になるかを決めるのが自分だけであり、他が決めることはできない。

癌になって、あと何か月を命ですということが当たるも八卦当たらぬも八卦であるようなものである。それを信じるのも、信じないのも自分自身である。

健康にとって、ストレスのないダイエットは必要だが、その方法も、その実施も、決めるのは自分であり、他人でも、科学者でも、経験者でもない。

今まで多くのことを学んできたが、そのほとんど役に立ったことは教えられたことではなく、自分で調べ考え、実験して得た知識経験である。

健康も、自分で学ぶように、自分で健康になることが最も効果のある方法だと思う。

 

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