老いぼれ親父の平和運動6/政治は信国心で

☆愛国は他国と友好関係になってこそ本物だ・・胡耀邦


NHKスペシャル 動画 総書記 遺(のこ)された声~日中国交 45年目の秘史 2017…

胡耀邦が今生きていれば、日中友好も、日朝友好も、それぞれ愛国には必要なことだときっというだろう。

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政治は感情論

 

数年前、初めてまた最後の政治運動を、細川元首相の脱原発を進める都知事選でした。

圧倒的な勝利かと思いきや、なんと三位で完敗した。

その経験で、政治は脱原発政策などの理念では動かないことを知った。

それから先日安倍首相が突然衆議院解散し、できたばかりの希望の党が世論調査で二位に躍り出て、

その流れに、民進党も解党してまでも、乗っかり、一気に政権交代のような姿を呈してきた。

「やっぱり政治は政策や理念では動かない。感情論なんだ」

やっと、政治というのが、実にシンプルで、裁判のような有罪か無罪、経済のような得か損か、と同じで、政権をとるか、とらないかの二者択一であることがハッキリ見えてきた。

選挙システムも、投票する国民感情も、政党政治も、実に単純で、今の安倍政権を支持するか、しないかの二者択一の選択をその時の気分・空気・流れで感覚的直観的に決める。どっちでもいいやという場合は棄権する。

しかも、政策うんぬんとか、いろいろと理屈をいうことよりも、なんとなくあの人がいいな、嫌だなというような感性で決める。政治は政策でも理屈でもなく、その時の気分でどっちにも動く。

それが良いか悪いかということではなく、株価が期待値で上げ下げするように、政権も期待値で強弱する。期待値というのは、そのときの感情・雰囲気で決まるような選挙・政治システムであるということである。

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☆信国ということ

 

愛国に対して信国という私の造語である。

「愛する」よりも「信じる」と言う方が、よりクールで、より理性的、より知性的で

より強く感じる。

胡耀邦が愛国を狭い愛国心と言ったが、

信国という言葉を使えば、広い愛国心のことを信国心と呼ぶことができる。

 

大学生への命のバトンで、「自信を持って生きていってほしい」と授業した。

この個人の自信を大きく、国に広げれば、自信は自国を信じること–つまり信国になる。

自信を持ては、他人と比較して物事を考えず、マイペースで行動するようになる。

それを国にリンクして広げれば

信国を持ては、他国と比較して、奢りやコンプレックスをもたず、ランク付けも、また競争もしないで、

悠々自適に、独自の国際社会を生き抜いていく

自信を持つと、他人も自信をもってほしくなり、そして、同等の立場でつきあいたくなり、自他の違いを楽しむような会話をしたくなる。

広げて、信国を持つと、他国も信国をもってほしくなり、そして、常に同等の立場でつきあいたくなり、自国他国の違いを楽しむような議論をしたくなる。

 

国際社会における戦争と平和も、個人の自信のような、自国の信国心を持つことで、他国との比較や競争をしないで、マイペースで、他国とのあいだで、「みんな違ってみんな良い」という議論・会談・友好がされていく。

この信国心の勧めが、私の平和運動である。

他国の北朝鮮や米国に振り回されず、自国に信国心をもって、衆院選の投票にいけば、

シンプルに、戦争に走りそうな現政権の与党の第一党の自民党か、その戦争の流れをこばむ野党の第一党の希望かの二者択一であるから、政策理屈うんぬん抜きで、私は平和への流れを選択する。

 

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