平和運動15/平和への架け橋

Making peace is a marathon. / May El-Khalil

ベイルートマラソン ~平和への架け橋~

メイの祖国レバノンは かって血みどろの内戦で壊滅状態にあった。

シリア イスラエル パレスチナに隣接し、レバノンは今なお分断され 不安定な状態である。

長年 政治と宗教によって レバノンは引き裂かれてきた。

でも 年に一度 皆が一つになる日がある。

マラソンの開催日。

メイはマラソンランナーであったが、練習中に バスにひかれてしまった。

その事故で 昏睡状態に陥ったメイは二年間も入院し、36回も手術を受けてやっと歩けるようになった。

意識がもどって、もう二度と走れないと思ったが、

「自分で走れないなら他の人に走ってもらおう」と、夫と共に数か月後 ”マラソン計画”は走り出した。

自分の体が弱り切っていたからこそ、大きな夢が必要だった。

痛みを忘れるような目標が必要だった。自分を憐れみたくなかった。

”マラソン大会を立ち上げ ランナーをレバノンに招待し”

”平和のもとで一緒に走れば 世界との架け橋が作れて 地域に恩返しもできる”

常に戦争の危機にある国に 走ることの意義をどう伝えればいいのか?

かって敵同士として殺し合った人たちを どうやって一緒に走らせるのか?

”マラソン”という言葉も知らない人に 42キロ走ってもらうにはどうしたらいいのか?

2年がかりで 国中を回り 人里離れた村にも足を運んで あらゆる人々と話をした。

市長 NGO職員 学生 政治家 軍人 イスラム教徒 キリスト教徒 

大統領から主婦まで 選手万別。

この経験から ”有言実行すれば信じてもらえる”と学んだ。

多くの人が メイの身の上話に心を動かされ 自分の境遇も話してくれた。

一人の人間として 誠実に語り合いました。隠し立てしない率直な姿勢が メイとメイが会った人々を一つにした。

信頼が築かれると 皆「協力したい」と言った。

「レバノンの本当の姿を世界に知らせたい 平和に暮らしたがっていると伝えたい」と。

2003年10月 49か国から6000人以上が集まり スタートラインについた。

鳴り響く銃声! それは戦争の音ではなく ”変化”に向かって走り出す合図

退会の規模が大きくなったとき 政治的問題も増えていた。

でも困難にぶつかるたびに マラソンが人々を団結させた。

2005年 元首相が暗殺され 政情は悪化 そこで”今こそ団結して走ろう”と

5キロのマラソンを企画、集まったのは政治的主張が書かれていない白いTシャツを着た6万人以上の人々

これがきっかけで この大会は”平和と団結の足掛かり”となった。

2006年から2009年にかけて レバノンは政情不安に陥った。

再び内戦が勃発しかねない状況になってしまった。閣僚たちは辞職し、国はあmたしても分断されてしまった。

それでもメイたちはマラソン大会を開催し続けた。

マラソンを通じて学んだ”政治的問題は乗り越えられる”と。

野党が市街地の一部を封鎖したとき、交渉して 他のルートを確保した。

政府に抗議するデモ隊は 遠藤の応援団となり 給水所まで設けてくれた。

首都ベイルートで行われる この大会は レバノン国民からも 国際社会からも 高い信頼を得ています。

2015年11月 85か国から 3万③000人以上が集まった。しかし 天候にも恵まれず、まるで嵐のような暴風雨

道路は冠水していたけど ランナーたちは この国民的行事に参加したいと願った。

ベイルートマラソンは規模が拡大し、若者 高齢者 障碍者 一流選手 赤ちゃん連れのママまで

あらゆる人々が参加している。

大会のテーマは「環境保護」「乳がんの啓発」「レバノンへの愛」「平和」「走る楽しみ」など

2013年5月 「女性の社会的地位の向上」をテーマに 女性だけが参加するレースが初めて開催され 

当時の大統領夫人を含む4512人が参加。これは最初の一歩にすぎません。

ベイルートマラソン協会は レバノン再建を助ける慈善団体を支援し寄付を呼び掛けてきた。

社会貢献の文化は広がっている。固定観念は覆され 未来のリーダーたちが生み出されている。

これが平和を築く礎になると メイは信じている。

ベイルートマラソンは中東地域で高い評価を受けている。イラク エジプト シリアの政府関係から

「同様のイベントを企画してほしい」という依頼もある。

今や 中東で最大級の大会であり、何より重要なのは

「この大会が 常に危うく不安定な地域における希望と協力の基盤になっていいる」ということ

(マラソン大会でテロがあった)ボストンからベイルートまで 私たちは一つである。

平和は短距離走ではなく マラソンのように時間をかけて作るもの。

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オリンピックも平和のために、政治や宗教を超えて企画運営されてきた。

だが、その開催は戦争の危険がない場所に限定されており、また、競技の勝敗そのものが政治的に利用されてしまうこともある。

だが、障碍者のためのパラオリンピックが同時開催されて人気をはくしているように、

戦争のはげしい 例えば北朝鮮と韓国の37度線国境をまたぐ 平和マラソンをオリンピック協会が企画実行したら、このベイルートマラソンのように、平和と理解の架け橋になれるかもしれない。

戦争を治めるのは武力の一つの選択ではない、武力以外の平和への道は勇気と創造力さえあれば、政治と宗教を超えて、たくさんの選択ができるはずである。

 

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