Never Give Up

モンゴルの旅のフィナーレに相応しい事件があった。

カミユとジュリアンを皷川温泉から自宅に帰ろうとするとき、

カーナビが示す道順と違うルートの西関東自動車道路に入り込んでしまい、

その出口で、一時停止せず、徐行したことで、ネズミ捕りのように暗闇に隠れていたパトカーに追いかけられ、

一時停止違反の切符を切られそうになったことだ。

昨日も カミユとジュリアンを乗せて 花影の湯から自宅に帰る同じ間違いのルートだった。

今度こそ間違えないように注意していても、やはり間違えて西関東自動車道路に入り込み、大きく行き過ぎてしまって、Uターンせざるをえなかった。

西関東自動車道路は高速道路みたいなもので、Uターンも途中下車もできないので、一度入り込むと修正がきかない。

私の方向音痴は異常に高く、それは中国・モンゴルだけでなく、地元のなんども通っている道でも迷路にはまり込むのである。

カミユとジュリアンを連れて慣れた山登りをしても、やはり山道を間違い、とにかく尾根にでようと、ジュリアンの案内で、やっと本道にもどれたが、それまで2時間くらい迷ってしまったのである。

警察が追いかけてきて、止まれという指示を出す。

だが、自分がどこで一時停止をしなかったのか?

どうにも理解できないので、そんな看板も覚えていない。

とにかく、それがどの一時停止の看板なのか? その警察に教えてもらうように、現場検証をすることになった。

 

それで 西関東自動車道路の出口で、前日 間違って、甲府からの出口だと勘違いし、右折しないよう、左右を確認しながら まったく車の通行がないことを確認 そして徐行して左折した。

その時、左右の車と風景を確認しようと集中していたため、一時停止の看板を見損なったことに気が付いた。

まして、行き止まりで、しかも夜、甲府からの右折車は頻繁に通るが、皷川温泉から万力ランプに降りる車は一時間の警察の問答に中でも、私の車一台だけだった。

どうやら、甲府から万力ランプに降りる右折車の一時停止違反を取り締まっていたようで、

私を取り締まり中も、一台の暴走族が一時停止もせず、警察をあざ笑うように、プ~カプ~カと連呼し、徐行して右折し、同じように続く車も一時停止せず徐行して通り過ぎたが、警察は私に一時停止違反の切符をとることに忙しく、私が、どうして あの二台を取り締まらないのか?と聞いても、お前が先だ!といって、その理由を延々と説明する。いわば屁理屈である。

 

私は10年無違反のゴールド免許である。人一番、安全運転には気を遣い、やっとゴールド免許を手にしたばかりである。それで、一時停止で2点のマイナスをひかれると、次のゴールド免許は取り消されてしまう。ゴールド免許だと、更新手続きが楽で、しかも保険料も安くなる。

 

しかも、フランスの友人二人が、日本の警察の取り締まりがどういうものか?観察している。もし、私がここで、一時停止違反の切符を切られたら、フランス人が日本の警察の印象を悪くみてしまう。

私は、残りの人生で、若い人たちに命のバトンをすることに集中している。フランス人である若い20代のカミユとジュリアンに対しても、これまでの67年間で得た最も大切な精神

「Never Give Up」そして、

「いかに社会を健全に変えるか?」

「いかに世界を 平和・自然・健康 へと向かわしめるか?」

「世界や社会に対して 自分ができることをしていくことで世界と社会は確実に変わる!」

「Don!t win, don!t lose!  Never kill, never be killed!」

「Live true to oneself!」

を、伝えようとした。そして、それは見事に二人に伝わったのである。

警察官の上司と若い警察官の態度は好対照であり、警察の威信をかけた上から目線の上司に対して、市民目線の若い警察官であった。

まず、私は二人の警察官にこう問うた。

「なぜ 一時停止違反を取り締まるのか、その目的は何か? 警察の本当の目的は何か?」

「市民の安全」

「そうですね。市民の安全ですよね。でも、この一時停止違反を単に注意勧告を口頭ですまし、二点減点し、次のゴール後免許を取り消させるような違反切符を切るのはただの 良心的な市民に対する虐めにすぎないのではないか?

先ほどの一時停止をあざ笑う悪心的暴走族の違反を目の前で逃す。強い者には何もせす、弱い者には法律をたてに従わさせる、そんな虐めをして恥ずかしいのは思わないのか?」

若い警察官はむきになって屁理屈を延々の延べ出す。その上司は警察の威信をかけて私を従わせようとやっきになっている」

上司警官は切符を切り始めた。

「ハイ、一時停止違反切符。ここにサインして!」

「いや、しません。一時停止違反をしたことは認めますが、その取り締まりについては 市民の安全という目的にあわせて、それは単に口頭による注意勧告が妥当とあると判断するからです」

「では、サインしない理由が取り締まりに不満があるということでいいのですね」

そして、不満理由を 上司は長い長文で書き始めた。あまり長いので、繰り返すが、ばかばかしくなったので、そのまま待っているカミユとジュリアンのところに戻り、帰ろうとした。

そして、免許証の返却を要求したが、返してくれない。

「もし、そのまま車を運転すると 免許証無携帯で 捕まえますよ」

「(あきれてものが言えなかった) もう、免許証はいらないよ、君にあげるから! 免許証無携帯で捕まえるならどうぞ」

すると、上司警官は私を車に乗らせないように体で制止する。

「君に、私の自由を奪う権利はないよ。どきたまえ!」

「いや、ダメだ」

力づくで、制止しようとするので、このままいくと、それこそ、どちらかが先に暴力をふるうか その判断がせめられたので、私が平和的に降りた。

そして、最後まで上司警官の取り締まり不満理由調書を読み上げるまで我慢した。

「では それで間違いないですね」

「(内容が欠けていたが面倒くさいので)それでいいですよ」

「では ここにサインして!」

「サインはしませんよ!」

「?????」

「いいですか? 私はこの一時停止違反に対して 口頭による注意勧告が妥当であると主張しているのですよ。

それをどうして、口頭でなく、文書にして、法律を駆使して より問題を面倒にし、本来の目的である 市民の安全から遠ざかることをするのですか?

もし、警察が私の車を停めて 注意勧告をするだけですましていたら、こんなに真っ暗い夜中に、フランスの友人をまたせず、一時間もの無駄な法律問答をする必要も、また、今後、それに対して延々と裁判を続けていく作業をしなくてよいのですよ」

それで、困り果てた上司警官は携帯電話で、さらなる上司に相談をした。

すると、見逃すよう指示を受けたらしく、態度が急変した。

黙って、上司警官は私の免許証を返し、若い警察官はしきりに、私にあやまり、また 待たせていたカミユとジュリアンにも「すいません」を連呼していた。

そして、私はカミユにこういった。

「強い者、権力を持つものには戦いが必要だが、弱い者、社会に押しつぶされそうな者には戦いではなく、平和が必要だと思う」

ジュリアンは空手三段で20年続けている。日本に来たのは日本の武士道をさらに学ぶためであった。だからこそ、特に、私は日本の武士道には二つの道があり、相手の命を奪う道と、相手の命を救う道がある。この両者をバランスよく習得するよう、受動整復・息が止まったときの、気合による回復術があることも教えた。

この警察とのやりとりはカミユとジュリアンにとっては強烈な印象をもったらしく、

それを絵にして、私がWINしたこと。

 

カミユには自分自身には二人の自分がいることを教えた。

True to oneself

Lie to oneself

この両者はいつも葛藤している。その葛藤で本当の自分が嘘の自分に克ことを 克己という。

 

この虐めのような警察官に対して、けして従わず、そして、「面倒くさがる嘘の自分」と戦い、「本当の自分」が勝利したことを讃えてくれ、それを絵にしてくれた。

カミユから私との思いでをプレゼントしてくれた。一生の宝物だ。

私の似顔絵の肩に、 WIN と描いてあるのは それだとカミユは笑って示してくれた。

 

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