時空を超えて今僕はここに居る・その3

モンゴルの大学で、ズーム(スカイプのようなテレビ会議ソフト)による

日本とモンゴルを中継をするのに、私の友人である源吾郎さんを大橋教授に紹介した。

モンゴルに公演12階、ごみ拾い6回の大道芸人である。

30歳ころ、私と源吾郎さんとで、日本大道芸協会みたいのを作ろうと、原宿の歩行者天国で集まるギリヤーク尼崎さんを交えて、ワイワイ マルセ太郎の女弟子コンビ エンジェルも参加して やっていた。

私は芸人でなく、ただのゴリラメッセンジャーのプレゼント配達人であるためか、どうにもそこでやっていく自信がなく、また、便利屋やゴリラ便の方が忙しく、協会は彼一人で続ける格好になった。

テレビで活躍できる芸人はほんのわずかであって、万が一の割合で 出てこられるが、それも長く出られるのも万が一の割合であり、非常に笑いの世界は競争率が激しく、ほんの些細な才能と運の差で、天国と地獄の差が生まれる。それは有名無名だけでなく、経済的格差も万が一の差ができる。

モンゴルでは市会議員でかつ電子技術者のセンザイさんは67歳、クリ医師も67歳、源吾郎さんも私と同じ67歳である。

昨年2017年の2月の毎日新聞に

 紙芝居
デビュー45年・源吾朗さん、「和の心」込め 2度のがん乗り越え、台東であす公演 /東京

電話ではただ病気していて昨年はモンゴルに行けなかったといっていたが、今初めてネットで調べて解った。

ズームによるモンゴル公演が実現しなかったのは

源吾朗さんが、パソコン音痴で、すべて奥さんが手伝ってもらわないと難しく、パソコン類はスマホしかもっていない。また、モンゴルでは日本語で、日本語を学んでいる小中高生相手に自作の紙芝居 スーホーの白い馬を演じていた。

大学では英語もほとんど通じない、まして日本語も通じないので無理だろうと思えたのである。

また、大病を患っている、源吾朗さんはボランティアする余裕がなく、ギャラなしでは「飯も食わせず仕事させ」状態になるのは会話中にヒシヒシを感じられた。

それで、私は大橋教授に無理だと報告して、ブーム実験は中止になったのである。

源吾郎さんの活動を調べてみた

源吾郎ブログ(更新されていない)

東京演芸協会

体験ジャパン

 

35年前当時から、必死で大物大道芸人になろうという悲壮感が漂っていた。

その頑張りまた病気との闘いも合わせての笑いには余裕がなく、その内情を知っている私には涙さえ出てきてしまう。

 

そういう悲壮感ただよう笑いを続けるのは 何も源吾朗さんだけでない、この同じ67歳の私も また同じ67歳の友人の多くが、そんな頑張りと余裕のない悲壮感を漂わせながら なんとか笑い 生きているという現実と心通うところがある。

才能と運 その剃刀の刃ほどの差で、見かけ上は天と地の差があるが、

意外と、その実は 無名であることの自由さの 幸せを感じているのである。

ただ悲壮感は経済的や病気などがあった場合はつい表に出てしまうが、そうでないと、本当に天真爛漫な67歳なのである。

携帯電話で話しているとき、

どうもギャラガ出て、モンゴルに招待してくれると勘違いしているらしく、

「源吾朗さん、ボランティアですよ!」

「そうなの。。ちょっと期待しちゃってさあ・・・アハハハハ」

 

芸で売れない=劣等感に苛む=貧乏忍耐=笑って自分をごまかし

それは芸だけでなく、それぞれの専門の道でも、そうだろう。

ただ、売れる売れないはほんの些細な着眼点とタイミングのズレがあるだけの気がする。

恋で アバタもエクボ

人気や慣れで、下手な芸も上手い芸に見え

 

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