時空を超えて今僕はここに居る・その5

二人のヤングフレンド

奇跡のヤングフレンド

初めて恋をしたときから

今の67歳になるまで ず~と解らなかったことがあった。

モンゴルの旅で奇跡的に出会った二人のヤングフレンドにそれを教えてもらった。

もちろん、

19歳のヤングフレンドたちは 自分たちが一体何を67歳の老人に教えたのか ?????であろう。

それは恋愛・結婚・子育ての長い経験がないと まったく????で、

たとえ、言葉による理解でも 一向に??????であろう。

また、死ぬほどの恋に苦しんだことがないと やはり?????であろう。

 

釈迦が断食と瞑想の長年の荒修行の末、息絶え絶えに山から下りてきて、

やせ細り、今にも死にそうな釈迦の姿をみて、若き娘子が

一杯のミルク粥を差し出し、それをいただき 忽然と悟るようなものである。

 

ヤングフレンドは ただ正直に本音で語り、答えてくれただけである。

だが、67年間の片思いの修行者に その本音が ミルク粥をなにげなく与えるように、

奇跡の悟りを忽然ともたらせてくれたのだ。

 

片思いは本質的にエゴである。

無償の愛は理論的には可能であるが、実際的には不可能であり、

どんなに努力修行しても、幾分有償の愛が混じってしまう。

100%の無償の愛は いわば 仏陀の悟りであるが・・

不悟の悟、不知の知 無知の知 を知って、

そうした絶対的境地や仏陀の悟りのようなものは単なる幻想や

終わりのない目標地点としてとらえた方がより自然的またより人間的な自遊な生き方ができる。

 

恋愛は感謝とのバランスで成り立つ。

そのバランスは五分五分で、

自分のことを考えるのを 5 対して 他人のことを考えるのを 5

この半々のバランスが一番人間関係でも、社会の健康度にも、恋愛と感謝でも 丁度いい。

 

相愛はたぶん、恋愛と感謝のバランスが うまくとれた時の状態であり、

そのバランスが欠けると 別れがやってくるが、バランスが満ちると また出逢いがやってくる。

それは 生と死が 波間のように 打ち寄せては、去っていくようなものであろう。

 

 

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