縄文展に行って感じた。
縄文の生活はつい一昔だと。
人類誕生を赤ちゃんが生まれたと仮定すると、
1000年は1年に相当し、人類は今50歳になる。
弥生時代は2年前で、縄文時代は15年前に始まった。
その前までは寒冷化で、石器時代で他の動物との暮らしの差はさほどない。
温暖化になって、動植物が繁栄し、地域によっては、縄文時代の暮らしをしている先住民も熱帯地域にいる。
今文明が栄えというのは、弥生時代あたりで、
哲学・宗教・科学が発展したのは2年前あたりだ。
世界史を見てみよう。
今の世界の国々ができたのは1か月前であり、科学技術が発展したのは2か月前である。
1年半前はローマ帝国や三国志の時代である。
先日、50年前の高校のクラス会があり、風貌は変わったが、中の心はほとんど変わりがない。
肉体は変化するけど、心はほとんど変化しないのがよくわかる。
人類の生活スタイルは大きく変わっても、心はほとんど変わりがないともいえる。
最近、医師や免疫学の大学教授に教えられたのだが、
今の西洋医学は原始宗教とほとんど変わりがない。
儀式や占いや迷信の科学技術だと知らされ、驚嘆したばかりである。
美の観念も、縄文と今と比べてみれば、偉く違うが、心は同じであるのがわかる。
同じ彫刻であり、究極の美はまるで逆であるが・・・・その美の心は同じであるといえよう。
今は空間的な視点で 地球村とか 地球家族という視点が重要になっているが、これからは
時間的な視点で、人類の千年一昔というように考えて、
体重やお金や健康を数字で判断して、ストレスを感じて、病気になったり、犯罪に走ったりしないで、もっと ゆったり のらりくらり 適当に喧嘩仲良くして、楽しく生涯を暮らしたいものである。