稲思考から自他共存生活に

陸稲栽培を8年模索してきたが、

蕎麦と陸稲による実験を契機に諦めた。

5年目には水稲と同じように苗を育て、マルチシートで雑草対策をして、植えるときには水をたっぷり与え、梅雨時に植え付けを完了させて成功した。

陸稲5年目にマルチと苗植えで成功した

だが、苗作り、苗植え、水揚げがかなりの手間が必要であり、マルチシートのコストも高く、毎年行うのは老人1人では無理である。また、自然に育てる農法とはいいがたい。

苗を作らず、直播で、しかも、マルチシートの代わりに蕎麦を播くという方法を試したが、今年失敗した。

稲は光と水がたくさん必要で、蕎麦の下では育ちにくいので、光が入る端でしか芽がでない。

また、稲は元来水辺に生えるもので、いくら品種改良して畑でも栽培できる陸稲の種を作っても、雨水だけでは生育できないことが、今回の実験でよくわかった。

それに、蕎麦の下に生えるのは、雑草も同じで、しかも雑草は雨水だけで十分大きく育つので、10センチくらい6月にのびた陸稲も、もっと大きく育つ7月の雑草に殺されてしまう。

蕎麦下の雑草と陸稲は半々で芽生えている

まして、

古代麦が枯れて、陸稲の芽が伸びるという理想で、麦と麦の間に、蕎麦をばらまき、陸稲を線播きしたが、蕎麦は5%くらいのびたが、陸稲は100% 7月には芽が出ない。

結局、麦と麦の間は雑草が大きく繁茂してしまったのである。

4月初めに播いた蕎麦10キロと稲20キロはほとんど無駄だったことになる。

麦間に雑草だけが大きくそだってきた7月

雑草抜きをすれば、陸稲が芽をでるかと思い、二度きれいに雑草を根っこから引き抜いたが、ほとんど陸稲は芽を出さなかった。蕎麦だけがいくらか芽をだしていた。

そこで、雑草を抜き取ると同時に、夏に種まく作物を手あたり次第播いて、雑草に負けない作物を探すことにした。

ともあれ、陸稲は8年で終止符を打った。

稲の原産地

イネは、中国南部の雲南(うんなん)~ラオス、タイ、ビルマ周辺に広がる山岳地帯で生まれた

暖かい地域の山岳地帯で、雪解け水が豊富で、昼と夜の寒暖の差が大きいことがよく実を結ぶようだ。

その理由

なぜ、「昼と夜の温度差が大きい地方では、良い作物が採れる」の?

昼と夜の温度差(寒暖差)が大きい地方では、果実にしろ穀物にしろ、美味しいものが採れる。
その理由は、光合成と呼吸の関係に由来している。

昼間、光合成によって炭水化物が作られる。
夜になると光合成はできない。
その夜でも、植物は炭水化物を分化して糖を作り、それを使って呼吸活動をしている。
夜に気温がぐっと下がると、呼吸活動が抑えられる。
つまり、炭水化物の消耗が抑えられるのだ。
すると、作物体内の炭水化物蓄積量が温存される。
要するに、「夜が寒いと、炭水化物の損失が少なくなるため、作物全体の成育および果実に回る栄養が損なわれない」ということだ。
昼間、どんなに好天でたくさん光合成をしたとしても、夜が暑ければ、そのほとんどを消耗してしまうのだ。

熱帯性の植物である米がなぜ日本の北で大量生産されているんでしょうか

イネの栽培種にはアフリカイネ とアジアイネ があり、アジアイネはさらに生態型によってインディカおよびジャポニカに分類される。ジャポニカはさらに、温帯ジャポニカと熱帯ジャポニカ(ジャバニカ)に分けられる。

コメの世界の生産量消費量は?

日本はかなり少ない

日本の国内では?

熱帯のジャポニカの栽培で、最もすばらしいのは 生産量が中国インドにつぐ三番目のインドネシアの

稲の二毛作また三毛作できる棚田がバリの山岳地にある

 

うちは棚田ではなく、水がなく、水はけがいいので、棚畑である。

その土地と気候にあった作物を選ぶことが、まず自然農法の一番の基本であろう。

それはまた、持続可能な農業の基本でもあろう。

やたら、稲作りにこだわりすぎたのは自給自足ということを目標にし、

主食がコメであるというのがあったからだろう。

自給自足は人間の生活だけでなく、植物でもそういえるもので、その土地と気候にあった生き方をすることで、そこで生きられる力を得るということであろう。

そこの土地でしかない特産物があってこそ、他ではできないからこそ、価値がある生き方農業であり、それが他地域の特産と交易することができるというのが、自給自足というより、自他共存できる生活ということであろう。

それは自他が平等に交流しあう関係こそ、ともに生きられる環境づくりといえるのだろう。

 

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