1.基本的人権
ベーシック・インカム(最低所得保障)を進める場合、忘れてはならないのは最高所得制限も同時に進めねばならないことである。
日本憲法でも世界憲章でも、健康で文化的な生活を保障する基本的人権がある。これは法的にその生活ができるように最低所得保障をしなくてはならないという国の義務を明示している。と同時に、それを実行するための責任として、最高所得制限をしなくてはならないことも明示している。
人は言葉でつなぎ合っているため、言葉の論理と、その行為を一致させる言行一致で信用と協力が得られる。最低を決めるならば、最高も決めることが基本的論理と信頼である。
ベーシック・インカム最低所得保障を月8万円を決めるならば、最高所得制限を月800万円までというような金額指定することが必要である。
人の言葉は善悪・損得・上下左右高低・賛否というように、対になる言葉によって、論理が明確化し、それが実行可能になる。
2,永存可能な環境
温暖化や公害や戦争によって、人類が絶滅しないで永存できる環境にするためには、地球に対しての生産と破壊活動に制限を設けなくてはならない。
そのためには、世界のお金の発行総額とその割り当て額を制限しなくてはならない。それは、お金がなければ、CO2を出すこともできないし、戦争もできないからである。
お金は過去現在未来の3つの形の時間的形態として存在し、過去は資産、現在は現金、未来は債券(貸借権)という形になっている。
そのため、お金の発行総額を制限することは、個人や法人の最低と最高の資産額と現金保有額と貸借権を保証と制限をしなくてはならないということである。
例えば、前回の例のように10人の世界で月500万円のお金の発行総額を決めれば、同時に、資産保有総額を年額にして6000万円、債券の発行額を6000万円以内にすることを決めなくてはならない。
現在の中央銀行制度によって、今のお金の90%は現金ではなく債券(貸借権)になっている。貨幣の発行総額を制限することは、未来においては、貸借金の総額を制限することであり、過去においては、不動産や金融商品などの資産保有額を制限することであり、現在においては、年収の総額を制限することである。
そのため、国民すべてのベーシック・インカム(毎月の最低所得保障)を実践するには、最低と最高の国民の資産・所得・貸借権の金額をも保証制限しなくてはならない。と同時に、発行する現金・債券・持てる資産を制限しなくてはならないということである。
3,自由競争とは
自由とは自分が存在して始めて成立する。
自分と全体の中の一部という意味であり、自分が全体になったら、自由を失うことになる。
自由は全体の中で制限があって始めて存続できるものである。
そのため、自由競争をするためには、自分が持てる収入の最低と最高の金額は制限されてこそ、始めて成立できるものである。
4,平等とは何か
スマップの道徳の時間の番組の中で次の問題が出された。
和尚さんが掃除した4人にチョコレートを5枚与えた。
4人で分けたが、残った1枚をどうするか?
1,もっとも食いしん坊にあげる
2,兄弟がいる子にあげる
3.もっとも掃除をよく人にあげる
4,1枚を4つに均等に分ける
正解は2だった。
道徳的には、
次の段階から高くなる。
1.自己的
2.均等に
3.もっとも働く人に
4,そのときの状況に合わせて
であるという。
兄弟にあげるというのは、4人だけのことだけでなく、もっと多くの人のことを考えることが道徳的になる。
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→我々は平等であるというと、均等に分けることだと思いこんでいる。これは道徳的には2段階の理解でしかない。
人は生まれながらにして平等ではない資質を持って生まれる。そのため、人を平等に接するということは、障害者とプロスポーツ選手が平等に自由競争するためには、ハンディ(差)を与えなくてはならないということである。
努力した人が最も多く収入を得られるという自由市場の資本主義の原理は道徳の第3段階でしかない。道徳の最高段階においては、資本主義における自由競争はハンディを与えた競争によって得られる成果である。
ハンデイを与えない自由競争は道徳の1段階のエゴイズムになり、これが真の不平等であり、自由競争以前の反則になるということである。
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